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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
153/184

153.I Want To Party

153話目です。

よろしくお願いします。

 フォカロル兵に先導されたオーソングランデの兵たちは、今度は城の壁をよじ登る羽目になり、再び落下地獄を味わっていた。ホーラント兵は一階に突入しているので、彼らは二階へ直接侵入するのだ。

 突入訓練をアスレチック気分で繰り返していたフォカロル兵たちにとっては、二階までならよじ登るのは朝飯前だ。

 戦闘を行く兵士が少ない突起を頼りにするすると登り、窓から顔を覗かせる。

「あっ」

「えっ」

 窓の向こうは通路になっており、二階を巡回中のクゼム側ホーラント兵と目があった。

 両手で体をささえいたフォカロル兵はすぐに対応できず、ホーラント兵は背中を向けて逃げていく。

「見つかった。逃げて行ったから今のうちに侵入する!」

 言いながら、窓から室内へと飛び込む。

 仲間のためのスペースをつくり、廊下の隅へと張り付くようにして立ったフォカロル兵は、素早く構造を確認する。

「廊下に各執務室が並び、中央に階段……教わった通りの構造だな」

 広く長い廊下、中央の階段より手前に並ぶドアは城内に執務室を持つ高級文官が使う部屋となっている。階段の向こう側には、会議等のための大部屋が並ぶ。

「無人、か?」

 仲間のフォカロル兵たちが次々に廊下へと飛び込んでくるのを待ちながら、注意深く警戒をしていたが、誰かが来る様子はない。

 階段のあたり、おそらく下からだろうが、大勢の人間の叫び声が聞こえる。

「どうだ?」

「なんだか臭いな……一階は苦戦しているようだな。二階は……来た!」

 階段の先にあるドアの一つから、ホーラントの兵たちがぞろぞろと出てくる。それぞれ手に桶のようなものを持ち、ゆっくりと出てくるのが不気味に感じられる。

「なんだ?」

 フォカロル兵が困惑しつつ観察している前で、ホーラント兵たちは手に持った桶を振り回し、廊下に液体をぶちまける。

 次々に流される大量の液体は、あっという間に波を作って廊下を流れ、フォカロル兵たちの足元まで流れてきた。

「おっと」

 それぞれが窓枠や開けたドアの上に避難すると、液体がいきわたったとみたホーラント兵の一人が、紙片を見ながら大声で叫ぶ。

「あー。我々はこの城を守る警備兵だ。警備の立場としては、不法侵入者を排除せねばならん。といわけで、邪魔をさせてもらう」

 メモを読み終え、丁寧に畳んだホーラント兵。ジャリ、と何かを巻きつけた足を液体の広がる床に躊躇なく踏み出し、満足そうに佇むが、それ以上は何もしない。

「……で?」

 思わず声をかけたフォカロル兵に、ホーラントの兵士は仁王立ちのままうなずく。

「以上だ。そのまま小虫のようにしがみついていても良いが、貴様らも兵士としての矜持があるなら、かかって来るが良い」

「なんだと!」

 フォカロル兵の一人が激昂するが、周りの仲間に止められた。液体の正体がわからないうちは、動かない方が良いと判断したのだ。

 だが、答えはホーラントの方から教えてくれた。

 大量の液体が階段の下へと流れていくと、慌てた声が聞こえる。

「ちょ、油がここまで!?」

「あ、俺滑り止め忘れて……あー!」

 階段のあたりから、遠ざかる叫び声と共に誰かが転がり落ちていく音がする。

「油、か……」

 フォカロルの兵士が先ほど宣言を読み上げたホーラント兵を見ると、相手はつつ、と視線を逸らした。

「……べ、別に油だと知れたところで対応の使用があるまい」

 顔を赤らめて強がるホーラント兵を見て、フォカロル兵たちは顔を見合わせた。

「やるしかないな。火気厳禁ってことで、火花も怖い。刃物は禁止。ぶん殴ってやろう」

「了解」

 バシャ、と音を立てて床に降り、全員が転んだ。

 大笑いするホーラント兵に向かって、怒り狂ったフォカロル兵たちがこけつまろびつホーラント兵に突撃し、凄絶な殴り合いが始まる。

 棘のある草を干した、この国特有の滑り止めを巻いていたホーラント兵も、動き回って棘を踏み潰してしまうと、状況は同じになっていく。

 中には、もみ合って腐臭ただよう一階へと転げ落ちていく者もいた。

「……三階へ続く階段にもたっぷり油を流した。お前らはここでストップだ」

 もみ合いの最中、にやりと笑うホーラント兵に、フォカロル兵も嘲笑で返す。

「俺たちの目的は突破じゃねぇんだよ」

 掌底を顎に叩き込みながら、フォカロル兵は油で転びながら笑う。

「このままやりあってれば、任務は成功かな? あとは頼みますぜ長官」


☺☻☺


「……下が騒がしいですね」

 三階にある高級官僚向け執務室の一室、クゼムの部屋で書類に目を通していたオリガが呟く。

 同じ部屋で書類を漁っていたヴィーネが、片耳をぴくぴくと動かしてオリガに向き直った。

「一階と二階で騒動……一階は悲鳴が多いみたいですけど、たくさんの人がいるみたいです。外から侵入されたみたいですよ?」

 逃げた方が良いのでは、と不安を吐露するヴィーネに、オリガは真顔のままで再び処理に目を落とした。

「気にする必要はありません。攻めてきているのはオーソングランデとホーラントの兵。トチ狂って私たちに攻撃してきたとしても、有象無象に過ぎません。それより、何か見つかりましたか?」

 彼女たちがここにいるのは、クゼムの狙いを知るためだった。巨人兵や不死兵という、リスクの大きな兵を動かすには、それなりの理由があったはずだと一二三が考え、オリガが自ら調査役を引き受けたのだ。ヴィーネはそれに巻き込まれた。

「文字を読むのはまだ慣れてなくて……あっ」

 ヴィーネが棚に入っていた一枚の書類をオリガの前に置いた。

「これ、誰かからの報告書ですよね。“不死兵のための魔道具をヴィシーから独立したピュルサンの使者へと手渡した”って書いてあります」

 差し出された書類に視線を落とし、オリガは目を細めた。

「ピュルサン……一二三様にすり寄るつもりで独立したような都市国家でしたね。それがホーラントとつながりがある……と」

 オリガの周囲の空気が冷たくなったような気がして、ヴィーネは後ずさる。

「うふ」

 息が漏れたような笑い声。

「うふ、うふふふ……」

「お、奥様?」

「良く見つけてくれました。これで一二三様に新しい敵を提供できます。そして新しい戦場が生まれますね」

 この書類は接収します、とオリガは三つ折りにした書類を懐に差し入れ、広げた書類もそのままに、ヴィーネを伴って廊下へと歩き出した。

「……何かにおいますね」

 オリガにはわずかにしか感じられなかったが、ヴィーネは人間より鼻が利くのか、涙目で鼻を押さえていた。

「下から上がってきてるみたいです」

「ではさっさと上に行きましょう。一二三様にお伝えしなければ」

 カツ、カツ、とブーツの靴底から音を響かせながら、背筋を伸ばして歩くオリガに、鼻をつまんだままのヴィーネが付き従う。

 それはまるでキャリアウーマンの上司についていく、新入社員のOLのようだった。迷いなく歩くオリガを、ヴィーネがちらちらと気にしていた。

「ヴィーネさん」

「は、はい!」

「魔法も使えて、獣人族として身体能力もある……それなりに戦えるようですけれど、この先一二三様についていくにはまだ不安です。段取りはしておきますから、フォカロルへ戻ったら訓練すると良いでしょう。……貴女は」

 言いかけて、少しためらった。

 オリガは一呼吸おいて、後ろのヴィーネに振り向いた。

「戦う一二三様を見て、味方に試練を与えるあの方を見て、それでも一二三様を好きだと断言できますか?」

 突然の質問に、ヴィーネは面食らって耳をピンと立てた。

 オリガの意図はわからなかったが、答えは変わらない。

「もちろんです。わたしに生きる素晴らしさを与えてくださったときに知った愛情は、ご主人様の魅力はこの程度のことで……いえ、たとえご主人様がすべての獣人族を敵に回したとしても、消えるものではありません」

 ヴィーネの答えを聞いて、オリガはくるりと元の方向を向いて歩き始めた。

「そういうことでしたら、厳しい訓練も耐えられるでしょう。私が一二三様から教わったこと、教えてさしあげます」

「あ、ありがとうございます!」

 喜色満面でお礼を言うヴィーネに、「ただし」とオリガは歩みを止めることなく語る。

「一つ訂正すべきです。獣人族に限らず、人間や魔人、魔物を含めありとあらゆる生きとし生けるもの。その全てを敵に回しても尚、笑っておられるところこそ、一二三様の魅力なのです」

 どう返答して良いのかわからず、ヴィーネが一言も発せずにいると、オリガは優しい声音で続けた。

「心配いりません。一二三様のお側でお仕えしていれば、すぐにわかりますよ」

 階段を上がり、四階の特に重厚な扉を押し開く。

 そこは王のための部屋。一階にある、一二三が王太子と戦った謁見の間とは違い、さほど広くは無い。だが、見事な調度品が並び、奥に設えられた玉座は、謁見の間にあるものとはまた違った意匠をこらした芸術品であった。

 そして今、そこに一二三が座っていた。

「なんで王の椅子って背もたれが垂直なんだろうな。落ち着かない」

 横で「いいのかな」と青い顔をしているガアプを無視して、楽な姿勢を探してもぞもぞとしている一二三に、オリガはまっすぐ近づき、跪く。

 ヴィーネが慌てて真似しようとすると、一二三が手を振ってやめさせた。

「やめろ、やめろ。俺は王様ごっこなんぞやりたくない。用事があるなら、ちゃんとこっち見て話せ」

「失礼しました」

 クスッと笑って、オリガはさらに一二三に近づくと、懐から先ほどの書類を取り出し、内容を説明した。

 話を聞いた一二三は、傍らに置いた刀を掴み、ひょいと立ちあがる。

「次の戦場はあっちか。やれやれ、大変だな」

 そう言いながらも、顔に浮かぶのは笑み。

 刀を腰に差し、収納から取り出した筆記具でさらさらと二枚の羊皮紙に何かを書きつけた一二三は、オリガとヴィーネに問う。

「一度フォカロルに戻って、それからヴィシーに行く。お前らはどうする?」

 散歩に誘うかのような気軽な言葉。

 オリガはしっとりと微笑む。

「もちろんついていきます。食料は持ち出せるように準備しておりますから、すぐにでも出られます。お弁当も作っていますよ。ヴィーネと一緒にご用意いたしました」

「そうか。そりゃいいな」

 後は任せた、と言われ、紙を押し付けられて戸惑っているガアプを尻目に、三人は途中の町にある名産や温泉の話をしながら、部屋を出て行った。


☺☻☺


「もうすぐ、出口、です!」

 ネルガルが弾む息を織り交ぜながら声を張る。

 階段を駆け上がるイメラリア一行。

 秘匿されている脱出路は、城の敷地内に入ったところで階段へと変わり、城の背面を上がっていく。

「何階まであがるの?」

 明かり採りのための小窓から高さを確認しながら、アリッサがネルガルに尋ねる。彼女だけが、ほとんど息が上がっていない。

 ホーラントの兵士たちは信じられない物を見るような視線を向けていたが、アリッサと目が合いそうになって、慌てて逸らした。不死兵たちとの戦いも見ていた彼らにとって、アリッサはもはや少女ではなく畏怖の対象ですらある。

「四階、です。そこにある、玉座の、後ろまで、通路は、つながって、います」

「ふぅん。じゃあ、すぐだね」

 対して、最も余裕がないのがイメラリアだ。

 一応は騎士として訓練をしていたサブナクも、鎧の重さを呪いながら肩で息をしていたが、呼吸すら苦しげな女王陛下よりはマシだ。

 現場仕事が多いヴァイヤーは、サブナクよりもまだ余裕がある。

 目を見開いて、意地だけで足を動かすイメラリアに、誰も声をかけようとはしなかった。


 彼らが目的地にたどりついたのは、一階に突入したホーラント兵が全員気絶して、二階で戦っていたフォカロル兵とホーラント兵が、互いに半数以上疲労で動けなくなった頃だった。

 ちなみに、二階に侵入しようと頑張っていたオーソングランデ兵たちは、五人だけ壁登りに成功して殴りあいに参加し、残りは落下した際の怪我で呻いている。

「ぜはっ……ぜ、ぜぇ、ぜっ」

 狭い通路から広い部屋に出たイメラリアは、バクバクとかつてない程飛び跳ねる心臓を押さえながら、懸命に酸素を取り込みつつネルガルに視線を向けた。

「はぁ、はぁ……ここが、目的地、です」

 その言葉を聞いたイメラリアが床にへたり込んだ瞬間、アリッサが弾かれたように前にでる。

「ひっ!?」

「誰?」

 アリッサに脇差をのど元に押し付けられ、悲鳴を上げたのはガアプだった。

 一二三が出て行ったあと、やることも無く呆然と部屋にいたのだが、急に現れたネルガルに驚いていたところを、アリッサに捕まった。

「が、ガアプさんではありませんか」

「陛下……」

「話は後で聞きます。今は、先にやるべきことがありますから」

 ネルガルは怯えるガアプをおいて、玉座の後ろ、避難路の横にある壁を押した。

 ズル、と見た目よりも軽い音を立てて壁の一部がずれ、金属の小さな扉が露出する。

「イメラリア陛下。これより戴冠を行います。どうか、立会をお願いいたします」

「ふぅー……。ええ、もちろん構いません」

「ありがとうございます」

 ネルガルが金属扉にある小さなくぼみに指輪を押し当てると、小さな音がして少しだけ扉が開く。

 ゆっくりと開かれたその中には、煌びやかな宝石がちりばめられ、中央には短剣を象った金細工があり、大きなダイヤがはめ込まれている。

「これが、この国の王冠です」

 イメラリアの手に王冠が渡され、その前にネルガルが跪く。

「ホーラントを治める王として、お認めいただけるのであれば、その王冠を私に。もし、そうでなければ……」

「その先は必要ありません」

 イメラリアが、ずっしりと重みを感じる王冠を、その細い腕でネルガルの頭上へと運ぶ。

「良き王とおなりなさい。民の信頼に拠って立つ、立派な王に」

「誓いましょう。全ては民を守り、その人生を支えるために」

 玉座へと座り、その両脇には護衛としてついてきていたホーラント兵が控えた。

 イメラリアやサブナク、ヴァイヤーはネルガルの正面を避けて立つ。

 王となったネルガルの前には、アリッサに脇差を突き付けられ、跪くガアプ。

「では、話をききましょうか、ガアプ」


 ガアプに託された二枚の紙は、それぞれイメラリアとネルガルに宛てたものだった。

「やれやれ……即位して最初の命令が掃除とは……」

 罠の内容についての説明と、“掃除がんばれ”と書かれた紙を読み終え、ネルガルは苦笑いを浮かべた。ガアプからも、およそ戦闘というには穏やかで、あくまで訓練と実験を兼ねたものだったと聞いたネルガルは、脱力しかけた身体に鞭打って姿勢を維持した。

 ガアプについては謹慎を言い渡し、城内の兵士たちには戦闘行為の停止を命じ、避難していた使用人たちも呼び戻す。そして、彼らの仕事は油と腐臭にまみれた城内の掃除から始まる。

「まあ、訓練もできて警備のレベルも上がったと思えば、まだマシでしょう。奸臣も成敗できたことですし。わたしよりも……」

 部屋の横を見ると、気を失ってサブナクに抱えられているイメラリアの姿がある。

“がんばったで賞”と“ヴィシー行ってくる”とだけ書かれた紙を見たイメラリアは、魂が抜けたようにぱったりと倒れたのだ。

「えーと、ネルガル国王陛下。大変申し訳ないのですが、ご覧の状況ですので……」

 ヴァイヤーが申し訳なさそうに声をかけると、ネルガルはひきつった笑顔で答えた。

「城内……いえ、近くの宿を用意いたしましょう。イメラリア陛下がお目覚めになられたら、一度お話をさせていただきたいとは思いますが、今はゆっくりとお休みください。貴国兵士のための宿泊場所も用意します」

「ありがたきお言葉。きっとイメラリア女王へお伝えいたします」

 アリッサも含めて退室するサブナクたちを見送ったネルガルは、そろそろ限界だ、と息を吐いた。

「次はヴィシーですか。遠いですが、巻き込まれないとも限らないですね。準備をしなければ……それにしても、背もたれとしては垂直すぎますね、これ」

 少し後ろに倒せれば、もっと楽なのに、と思考が現実逃避を始めているのに自覚が無いネルガルだった。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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