151.Girlfriend
151話目です。
よろしくお願いします。
「痛い、痛い!」
鞭の痛みに台車の上で転げまわるサブナクを無視して、イメラリアは近くにアリッサを呼び寄せた。
「なに?」
「もはや丁寧な言葉づかいを覚える気はないようですね……まあ、いいでしょう。一二三様から、何か聞いていますか?」
「なんにも」
ぶんぶんと首を横に振るアリッサ。
クゼム誘拐の際に置いてけぼりにされて、帰されてきただけらしい。
「……では、一二三様は何をされたいのでしょう?」
「それはハッキリ言ってたよね。命がけで攻略する場所を用意したから、頑張れってことでしょ?」
何を言っているのか、と首をかしげるアリッサに、鞭がU字になるほど握りしめたイメラリアは、椅子に座りなおした。
「質問を変えましょう。あの城の中はどうなっていると思われますか?」
「さあ。行けばわかると思うけど……誰か斥候に出そうか?」
イメラリアが、近くにいるネルガルに視線を送ると、ため息交じりに首をふるネルガルの姿が見えた。
「……お願いします」
本来であれば、ホーラント側で斥候するべきだろうが、そういう技能を持った者は、現状フォカロルにしかいない。
オリガがいればエコーロケーションで調査することもできたかも知れないが、そのような特殊な魔法はオリガ以外に使い手は存在しない。
「二人ついてきて!」
台車から飛び降りたアリッサが、早い者勝ちとばかりに飛んできた兵士二人を連れ、さっと城の正面から姿を消した。別の場所から監視でもするつもりらしい。
「さすがに行動が早いですね」
感心するネルガルに対し、イメラリアは頭を抱えた。
「優秀なのは良いのですけれどね……必ずしも味方であるとは限らないというのが……」
ネルガルは呻くだけで答えられず、再び城を見上げた。
相変わらずクゼムがつるされているが、もう叫ぶ元気は残っていないようだ。うなだれるように首をがっくりと下げている。
「アリッサさんが戻るまでに、打ち合わせをいたしましょう。ここはホーラントなのです。ネルガル様はどのようにお考えなのですか?」
サブナクがよろよろと立ち上がるのを確認したイメラリアは、ネルガルを見つめて問う。
ネルガルは息を飲んだ。それは表面だけを見れば“現状”についての質問に聞こえるかも知れないが、彼の耳には“国”としての立場を明確にせよ、という質問に聞こえたからだ。
(なんという事を考えるのか……)
ひょっとすると穿った見方かも知れないが、ネルガルは拭いきれない緊張感を覚えていた。
イメラリアは、ホーラントの問題に介入しているオーソングランデを、どのように扱うつもりかと問うている、とネルガルは確信していた。
迷いを隠すこともできず、しばらく考え込んだネルガルは、はっきりと言った。
「引き続き、貴国のご協力をお願いいたします。私が戴冠したのちに、必ずお礼をさせていただきます。……私は今の時点で、女王陛下と同格にお話しする権限を持っておりません。全ては陛下の御心のままに」
「聞きましたね、サブナク」
「はい、陛下」
恭しく頭を下げるサブナクに、イメラリアは平坦な声で指示を出した。
「投槍器と、可能な限り遠距離攻撃の得意な兵士を。フォカロルの手を借りても構いません。……あのクゼムとか言う男は邪魔です。始末いたしましょう」
ネルガルは何かを言いかけたが、ぐっと飲み込んだ。
☺☻☺
「お城の門の向こうには、兵士を入れていたあの箱があったよ。建物の中まではわかんなかった」
投槍器の用意ができたあたりで、アリッサたちが戻ってきた。
城内の兵士たちが逃げ出してきたあと、開いたままの城門から踏み込むと、方法はわからないが不死兵が箱から飛び出してくるのでは無いだろうか。
「一二三様やオリガさん、兎獣人さんの居場所はわかりますか?」
「ぜんぜん。建物の見えるところにはいなかったよ」
「なるほど、わかりました」
すっと立ち上がり、イメラリアはアリッサの肩に右手を置く。
「今から、わたくしとアリッサさんの指示で、この場を解決しなければなりません。それができれば、一二三様も多少は大人しくなるでしょう」
「多分、そうだろうね」
アリッサは内心、終わりじゃないだろうけど、と付け加えた。
「じゃあ、みんなで突撃してお城を制圧する?」
「ええ。そのように見せることはいたします」
良くわからない、という様子のアリッサに、イメラリアは大丈夫、と呟いた。
「お城にはある物が必ずあります。幸いにも、この城について知っている人もこちらにいます。……何も、一二三様の狙い通りに動いて差し上げる必要もありませんから」
内容の説明は済んでいるらしく、ネルガルもサブナクも、口をはさむことはしない。
「アリッサさん。案内役にネルガル様とホーラント兵を二人、それと立会人としてわたくし。わたくしの護衛としてサブナクさんとヴァイヤーさん。この六名を連れて城へ潜入いたします」
「一二三さんに見つかるんじゃない?」
「かまいませんわ」
フフッ、とイメラリアは笑う。
「一二三様がわたくしたちを見つけたところで、手出しはして来ないでしょう。元より、あの方自身が手を出すことはしないはずです。そんなことをすれば、あっという間に一二三様の勝ちで終わってしまいますもの」
同様に、オリガも直接の手出しをしてくるとは考えにくい、とイメラリアは推察する。試練の準備は終えており、それをイメラリアとアリッサがどのように対処するかを見ているはず。
「作戦を説明いたします」
イメラリアは、今度こそ一二三を驚かせてやる、と息巻いていた。
☺☻☺
城での騒動が始まったあたりで、タンニーンは密かに首都へと戻ってきていた。
「やれやれ、あっという間にここまで押し込まれたか。逃げて正解だったね、こりゃ」
町の入口近くで馬を隠し、人目を避けるように城の近くにある自らの邸宅へと近づく。
本来であれば貴族の邸宅が多いエリアには多くの兵士が巡回しているのだが、城の騒動の影響で、近隣の住人を遠ざけるために動員されているらしい。
「使用人も逃げたか……都合がいいっちゃあいいんだけどね」
荷物を自分でまとめるのが面倒だな、と考えながら、正面ではなく裏口から入る。
「……誰もいないか」
「タンニーン様」
「うわっ!?」
不意に声をかけられ、タンニーンは飛び跳ねて声から離れた。
「あ、き、君は……レヴィじゃないか」
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
タンニーンに話かけたのは、城内で彼に口説かれていた侍女だった。
城にいた時と同じ使用人服を着たまま、どこから入ったのか建物の奥からしずしずと歩いてくる。
「お待ちしておりました。ご無事でお帰りになられましたこと、うれしく思います」
「あ、ああ。ありがとう。それはいいんだが、どうしてここに?」
「使用人は全員お城から退去するように命じられまして……。私も明日までは城に立ち入ることを禁じられてしまいました」
しゅん、と視線を落とすレヴィに、タンニーンはいつも通り小さく壊れそうで、華奢な印象を受ける。だが、それ以外に何か引っかかるものがあった。
「よくここへ入れたね」
「はい。事情をお話ししたところ、入れていただけました」
「事情?」
レヴィは笑顔で語る。
「タンニーン様に貰っていただくお話になっておりましたので、その事を……」
「そ、それは……」
タンニーンとしては、体の良い愛人を一人捕まえた程度の感覚でしかなかったのだが、レヴィにとっては嫁として望まれたと理解していた。
むしろ、タンニーンはそう誤解させることで女性を手に入れてきたという悪癖があり、彼女もまた騙された一人に過ぎないのだが。
「でも、ひどいんですよ。留守をされていた使用人の女性の方が、私を“騙されたかわいそうな子”なんて言うし」
レヴィの笑顔は崩れない。いや、笑い声は大きくなる。
「違いますよね? 私のためにお家まで用意していただくお話まであったんですから。それで、このお屋敷の荷物を先にある程度まとめておくのにいい機会だと思って、来たんですけれど」
まさか家まで来られると思っていなかったタンニーンは、レヴィの両肩に手を置いて、顔を近くに寄せた。
「いいかい。まだ俺たちの仲はそこまで進んでいなかったじゃないか。もっとゆっくり……」
「そんな! 戦いが終わったら、迎えに来てくれるんじゃなかったんですか?」
「戦いはまだ終わってないよ。だから、城から出るように言われたんだろう?」
「では、なぜタンニーン様はここへ?」
逃げてきた、と言うわけにはいかないタンニーンは口ごもった。
「えっと……ほら、あれだ。城にはあの一二三とかいう悪い奴がいるだろう? あいつは人気がある俺の事を嫌っているんだ。だから、俺は念のためここで待機することになったのさ」
自分でも苦しい言い訳だと感じながら、口からこぼれるままに話す。
実際は、嫌っているのはタンニーンが一二三を、であって、一二三からしてみれば顔も覚えていない程度の扱いでしかない。
「そうなのですか……」
「ああ、まったく嘆かわしいことだけれど、この戦いが終わるまでは油断ができない。せめて、彼が城から出ていけば、多少はマシになるし、大手を振って君を迎え入れることができるだろう」
うまい具合に信じてくれそうな反応を示したレヴィに、タンニーンは畳みかけるように話すと、レヴィの唇にキスを落とす。
「かわいそうなレヴィ。でも、もう少しだけ我慢してくれないか? 彼が卑劣にもここを目指してくるかもしれないからね。君はしばらく身を隠しておいて欲しい。君のその美しい顔、素晴らしい身体に傷をつけないためにも」
「タンニーン様……私のためにそこまで……」
うっとりとする表情を見て、タンニーンは取り合えずの危機は去ったと判断した。
「では、当座の資金をあげよう」
手持ちの金貨を一枚、レヴィの白く小さな手に握らせ、その上から両手でしっかりと包み込む。
「周りが落ち着いたら、また城で会おう。その時は、君から熱い接吻をもらえたら最高だ」
再びキスをして、レヴィの肩を抱いたタンニーンは、自分が入ってきた裏口へと誘導し、そこで別れた。
「では、また」
軽い足取りで去っていくレヴィを見送り、屋敷の中に入ったタンニーンは、エントランスの光景を見て愕然とした。
「どういう、ことだ……?」
腹から血を流し、苦悶の表情でこと切れている古参の侍女が倒れていた。
☺☻☺
「籠城戦となれば、本当なら門を閉めて石や煮えた油を上からかぶせたりするのがセオリーだな」
一二三とオリガ、そしてヴィーネはホーラント城内にいた使用人たちを追い出し、ガアプに指示をだし、すべての兵たちを使って敵を迎え撃つ準備をさせた。
イメラリアが予想した通り、一二三にとってはあくまで“試験”なので、本気で籠城戦をするつもりはない。だが、油断すれば死ぬだろう程度のトラップは仕掛けた。
イメラリアたちに宣言をした一二三は、ガアプを伴って食堂でのんびりと食事をすることにした。
今は、城にある食材を使ってオリガとヴィーネが調理場で腕を振るっているのを、今か今かと待っている。
「煮えた油、ですか……」
「液体の利点は、どんな鎧や服でも隙間から入りこむことだ。まともな神経をしていれば、痛みで立っていられないだろう。たとえ飲み込んでも即死はしないから、悶絶して狂い死ぬか、後遺症を抱えて生きることになる」
もっとも、死にさえしなければ、金さえあれば回復する機会はあるのがこの世界だが、と一二三は笑いながら紅茶のカップを傾けた。
青い顔をして聞いているガアプも、その利点は理解しながらも、自分がそれを実行したり命令するのは怖くてできそうもなかった。
「城に入られた場合は、隠し部屋から奇襲をしたり……そうだな、魔人族の城でやられたことがあるが、天井を落とすってやり方もある」
「天井を、ですか?」
「仕掛けまでは良くわからんが、俺のいたところでも同じような罠はあったぞ。部屋の中に誘い込み、その部屋の石造りの天井を落とす。うまく逃げ場を塞げば、敵はまとめてぺちゃんこだ」
ぺち、と天井に見立てた手のひらをテーブルに当てる。
「え。あの……やられた、とは?」
「その罠にひっかかった。まさかそんな仕組みを作ってるとは考えてなかったからな。あの時は楽しかった」
魔人族の王が強かったことや、魔人族の中には色々考えている奴がいた、と楽しげに話していると、料理を抱えたオリガとヴィーネがやってきた。
「お待たせいたしました」
「おう、ありがとうな」
一二三に礼を言われ、頬を赤らめたオリガを、ヴィーネは微笑ましいものを見る目で見つめた。
テーブルには何かの肉を焼いた物や、貝がごろごろ入ったスープ、山盛りのサラダに、チーズとバターを挟んで窯で温めなおしたパンが並べられ、良い匂いが広がる。
「さて、食うか」
一二三の両隣にオリガとヴィーネが座り、正面にガアプが座る。うらやましい気もするが、ガアプはどことなく二人の女性が持つ勢いに気後れしていた。
「それで、一二三さん。これからどうするのですか?」
「決まってる」
分厚い肉にフォークを刺し、したたる肉汁に嬉しそうな顔を見せた。
「準備は終わった。後はあいつらが苦労してどうにかするのを、高見の見物さ」
噛みしめた肉は、香辛料が程よく効いて、溶け出すような脂も甘く口の中に広がる。
「この肉いいな。帰りに貰って行こう」
それは困る、という言葉がガアプの喉まで出かかったが、パンと一緒に飲み込んだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




