15.Don't Lie 【青空解剖実験】
15話目です。
旅立ち回。旅といえば盗賊です。
まあ、このお話の悪人なので、ひどい目に会いますが。
少しだけグロテスクな表現がありますのでご注意ください。
女性二人が乗った二頭立ての馬車と、その後ろに若い男を乗せた一頭の馬がついてくる、変則的な一団が王都の検問所へ近づいてきた。
検問所の兵士たちは、馬車の荷を改めるべく、馬車の後ろに回り込む。
「おい」
後ろの馬に乗った男が声をかけてきた。
騎乗のままで声をかけてきたことにムッとする兵士だが、うっかり貴族のボンボンだったりすると面倒なので、我慢する。
「何か?」
「この書類にもここの確認が必要なんだろう?」
馬上から見せびらかすように広げられた用紙は、検問所では稀にしか見ないが、その重要性は認識している。
「アクアサファイアの流通確認証……」
「馬車の木箱がそれだ。確認してくれ」
「り、了解した」
兵が明けた木箱には、間違いなく木屑の緩衝材に包まれた、見事なカット施されたアクアサファイアが収められていた。これまで彼が見てきたアクアサファイアの中でも、特に高級品だとひと目でわかる。
書類に記載されているサイズや形と相違ないことを確認して、木箱は金具をかけてしっかりと閉じられた。
「確認完了。他の荷物も旅の用意だけだな。念のため聞くが、行き先は?」
筆記用の炭で確認者のサインを入れ、書類を返しながらの質問に、馬上の男はニヤリと笑って新たな書類を取り出して見せた。
「ちょっと隣の国までな。許可はある」
兵が見せられたのは、この国を自由に出入りできる事を示す書類で、イメラリア王女の署名もはっきりと見えた。貴族位を示すメダルも添えている。
「失礼いたしました! どうぞお通りください」
「気にしなくていい。丁寧な仕事だった」
「ありがとうございます!」
兵達が姿勢を正して見送る前を、馬車が進み出し、若い男もあとを追って出て行く。
馬車の姿が見えなくなってから、検問所の男たちは息を吐きだした。
「……あんな貴族様がいたかな?」
「イメラリア様が署名なされた書類で、ヒフミ・トオノとかいう変わった名前だった。ひょっとしたら、あれが噂の“細剣騎士”じゃないか?」
「なるほど、イメラリア様お気に入りという噂の新参者か」
兵士たちが話している“細剣騎士”というのは一二三を指す二つ名で、尊大な態度の馬上の男は確かに一二三だったのだが、二つ名の存在も何故そう呼ばれているかも、本人は知らない。
ギルドのとある女性職員が気まぐれにつけただけなのだが、一二三の狩りのペースと最初の事件のインパクトのせいで、瞬く間に広まった。
二つ名が広がり始める前に、一二三自身が旅の準備に追われてしまってギルドに顔を出さなくなったため、一二三たちの耳に入ることはなかった。
後々一二三がそれを知った時には完全に定着してしまっているのだが、それは余談だ。
「貴族の立ち居振る舞いをやってみたんだが、めんどくさいな」
「その割には、随分堂に入った感じだったけど?」
完全に王都が見えなくなるくらい離れてから、一二三はさっさと馬車を闇魔法収納へ片付けてしまった。
今は全員がそれぞれ馬を駆って軽く走っている。
「いや、あんな尊大な態度であれこれ言うのは苦手なんだよ。貴族は大体そんな感じらしいから真似してみたけど、あんま気分がいいもんじゃないな」
「ご主人、アンタ何を今更……」
一二三にとっては、貴族のやっていることは血筋という何らの努力もせずに得たものをひけらかす事であって、理屈・根拠のある指導や指示とはまったく違うものだと考えているが、その微妙なさじ加減はカーシャには伝わらない。
「ご主人様、街道の先に気配があるのですが……」
両手に手綱ごと杖を握っているオリガが、不意に一二三たちに声をかけた。
全員、速度を落とした。
オリガがずっと話していなかったのは、魔法に集中していたためで、一二三と共に開発した新しい魔法を使うのにまだ慣れていないので、街を出て馬車から馬に乗り換えてから、ずっと杖を手に集中していた。
訓練中に魔法の自由度を知った一二三は、風の魔法が使えるオリガに、音が空気の振動で伝わる事を教えて、可聴域外の音波を使って周囲、特に前方の障害物を探知する魔法を開発することに成功した。
音波を出すのも感知するのもオリガしかできないので、どのように感じられるかは具体的な事は一二三にはわからないが、簡単な糸電話を使って、音が伝わる仕組みを説明する一二三に、オリガはアレコレと質問したあと、訓練時間の半分はこの魔法の開発に没頭した。
オリガがやりたい事を聞いて、一二三はアドバイスをしただけだが、まだまだ発展途上な魔法ながら、対象物との距離や数、大きさなどをかなり正確に図ることができる。
「おそらく人です。街道の路上に……10人です」
「丁度いい」
距離を聞くと、1分も進めば接触するという。まだあまり遠くまでは計測できないので、まだまだオリガはこの魔法を練習する事を決めている。ちなみに、オリガに命名を求められたので、散々悩んでから『エコーロケーション』の名前をつけた。確かコウモリがやっている音波感知方法だったと思うが、よく覚えていないので元ネタは言わなかった。
一旦馬を止めた一二三は、カーシャとオリガには武器を用意して馬を降りるよう指示した。
「まずは俺が接触する。十中八九盗賊だろうし、こんな街の近くで待ち伏せするようなアホどもだから、大した連中でもないだろう」
一二三は馬から降りずに刀を抜いた。大太刀と違って馬上で振るうには短いが、盗賊相手なら問題ない。
「俺が適当に数を減らすから、後ろから追ってこい。訓練の延長として対人戦の実戦をやろう。カーシャは必ず一人に対して二度までの攻撃で殺すこと。オリガは手裏剣を使ってみろ」
「了解っ!」
「わかりました」
二人が自信を持って返事をしたのを聞いてから、一二三は上体を低く伏せて馬を走らせた。
「止まれ!」
一二三が走る前方、街道の上には5人の汚い格好をした男たちが、武器を手にして立ちふさがっていた。ひどい話だが、一二三はその格好と殺気だけで相手を盗賊と判断した。
気配からすると、街道の両脇に数人が隠れているようだ。
「金目のモノを置いていけば命は……ぶっ!?」
悠長に口上を述べる盗賊を無視。少しも速度を落とさないまま盗賊たちの間を駆け抜けた一二三は、すれ違いざまに刀を奮った。
口を断ち割るように盗賊の頬を裂き、そのまま滑らせて頚動脈を絶った。
血しぶきに倒れる仲間の姿にうろたえる盗賊たちに、引き返してきた一二三が怒涛の勢いで接近する。
慌てて武器を構えるも、遅かった。
今度は走る勢いそのままに馬から飛び降りた一二三は、盗賊の一人の首を抱え込み、地面を転がる受身を取った。一二三の回転に巻き込まれた盗賊の首は、完全に破壊されている。
あっという間に二人を殺され、及び腰になった盗賊。残り三人。
ここでようやく、隠れていた街道脇から左右3人ずつ駆け寄ってくるのが見えた。
(合計11人か。一人漏れたのはうまく隠れていたのか、見逃したのか)
冷静にオリガの新魔法の成果を確認しながら、一二三は刀を収納し、新たな武器を取り出した。
それは内側に刃が付いた30cm程の刀身を持つ、鎖鎌だった。
作成したトルンに「どう使うのか見当もつかん」と言わしめた一品だが、一二三の評価としては実によくできていた。しっかり手になじむ柄と程よいサイズの刃、鎖の長さと分銅の重さも指定通りだ。
鎌を右手に、分銅をぐるぐると回す姿は、この世界の住人からすると異様だ。
武器かどうかも判断がつかない奇妙な物を振り回す若い男を相手に、盗賊たちは手を出せないでいた。
「ぐあっ!」
不意に、一人の盗賊が倒れる。
見ると、首の後ろに見覚えのある手裏剣がつきたっていた。
(オリガか)
よく練習していると感心する一二三をよそに、さらに混乱が深まる盗賊がまた一人斬り倒された。カーシャが一刀で首を刎ね切ったのだ。彼女の動きも以前より洗練され、大振りは無くなり、自分の手の内でしっかりと剣をコントロールできている。
そんな二人の成長ぶりを見ながら、一二三は自分から目を離した盗賊の一人に向かって分銅を振り下ろし、頭蓋を叩き割った。
オリガの魔法で腕を切られ、カーシャの剣で止めを刺されるなど、流石にうまく連携が取れている。
二人が討ち漏らした盗賊を始末しつつ、今後の指導方針に思いを馳せる一二三だった。
瞬く間に盗賊は全員殺され、街道の一角が血に染った。
「上出来だ。短期間で叩き込んだ割には、うまく動けていた」
「ありがとうございます」
「だが」
一二三は倒れた一人の盗賊を指差した。粗末な革鎧の背中部分に手裏剣が刺さっている。
「こいつは俺が止めをさしたんだが……オリガ、何が悪いかわかるか?」
「刃が通らない鎧の部分に当ててしまったこと……です」
褒められて喜んだのも束の間、失敗を見つかった生徒のようにうつむいてしまったオリガに、一二三は「そうじゃない」と言う。
「どこに当たってもいいんだよ。元々手裏剣は致命傷になることは珍しい。最初の奴がたまたまうまくいっただけだ。問題は、こいつが革鎧に手裏剣が刺さったことに気づかなかったことだ」
一二三はしっかりと観察していた。パニックになっていたこの男は、一二三の動きに対応するのに頭がいっぱいになっていて、いつの間にか背中に手裏剣が刺さったことに気付かなかった。
「これは無駄な一手だった。革鎧に当てるにしても、目の前で正面部分に当てるのはいい。恐怖心を煽ったり、隙ができるから他の誰かが止めを指すこともできる」
「なるほど……精進します」
「次はカーシャだ」
「え、アタシ?」
あの乱戦でよくそこまで見ていたと、他人事のように感心していたカーシャだったが、次はカーシャが注意を受ける番だった。
自分ではうまくやれたと思っていたので、急に声をかけられてびっくりした。
「剣を見てみろ。右手に持っていた方だ。少し欠けているだろう」
「えっウソ! ……本当だ。小さな欠けがある。いつの間に?」
まったく気づいていなかった事実に、仕切りに首をかしげるカーシャに、一二三は別の男の死体を差した。
「あいつに突きを入れた時だ。無理に突っ込んだ感触があっただろう。骨に当たったな」
刃の部分はどうしても薄くなるため意外と脆く、対して人間の骨は意外と硬い。滑らせるように当てればまだしも、おかしな角度で当たると剣の方もダメージを受ける。
「突きの時はしっかり剣を寝かせて、肋骨に当たらないように、中心は避けて胸骨や背骨に当たらないようにと教えただろう」
「う……だって、相手が変に身体を丸めてたから……」
「それなら、体じゃなくて顔を斬れ。止めはそれからでも充分だ」
言い訳をぴしゃりとはねつけられて、カーシャもオリガ同様肩を落とした。
その後の一二三の行動は、カーシャにもオリガにとっても、後々のトラウマになった。
「よし、教材ができたから、ちょっとここで人体の構造について説明してやろう」
「えっ? 人体の、こうぞうって?」
「教材……ですか? まさか……」
「よいせっと。胴体の正面はこの胸骨と背骨を左右から肋骨が……」
「うっ……うぶっ……」
「うげっ! ちょっ……」
いきなり盗賊の死体の体を刀で割いて、骨格の説明から始めた一二三に、オリガもカーシャもまともに話を聞く前に吐いていた。
ハーゲンティ子爵が治める街フォカロル。
以前にオリガとカーシャが罠にかけられた苦い思い出のある街だ。
その街の入口に、一台の二頭立ての馬車が街道を近づいてくる。馬車の後ろには一頭の馬に乗った若い男。
フォカロルに近づいた一二三は、再び馬車を出して馭者席にオリガとカーシャを並んで座らせた。オリガとカーシャはマントを付けてフードを目深に被っている。日差しを避けるために女性の馭者がよくやる格好なので、フォカロルの検問役の兵達も、不自然とは思わなかった。
「いろんな意味で、あの後にもう盗賊がでなくて良かったよ……」
「思い出させないでカーシャ。できれば頭じゃなくて心で整理できてからの話題にしたいの……」
胃液も出ないほど吐いている二人を見て、慣れてないなら触りだけという一二三の微妙な気遣いもあり、胴体部分の骨格の説明だけで終わった青空教室は、二人に重大なダメージを与えていた。主に精神的に。
フードが無ければ、二人が真っ青な顔に涙をうっすら浮かべて馬を操っているのが見えただろう。
もう少し気持ちに余裕があれば、最初の目的地に着いた事で気持ちを引き締めたりもしたかも知れないが、気合を入れたらまた吐きそうで、何も起きて欲しくない気持ちが強かった。
街の入口前に到着したところで、門の前にいた二人の兵のうち、一人が近づいてくる。
オリガとカーシャには見覚えのある男でなければ咳払いをして、見覚えがあれば黙っているように一二三は言っておいたが……咳は出ない。
「止まれ。馬車の荷物を確認する」
「わかった。積荷は旅の道具がほとんどだが、木箱の中にアクアサファイアがあるから、これに確認のサインを頼む」
王都の時と違って、馬を降りた一二三は、懐からアクアサファイアの流通確認証を取り出した。
「アクアサファイアか。よし、この木箱だな」
妙に慣れた手つきで箱を開ける男は、わざとらしく頷いてから木箱を閉め、許可証にサインを入れた。
その瞬間、一二三は男の腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ!? な、何をする!」
地面に転がった兵に素早く近づき、起き上がる前に腕をひねり上げてうつ伏せに押さえつけた。
突然の暴行に、門に残っていた兵士が慌てて剣を抜いて走ってくる。
オリガとカーシャの咳払いが聞こえた。
「貴様! 何をしている!」
「落ち着け。俺はこういう者だ」
王都で見せた許可証と準騎士爵位のコインを見せて駆け寄ってきた兵士を止め、うつぶせで呻いている兵士の懐を探るように指示する一二三。
渋々と従うと、懐からは蒼く輝くアクアサファイアが出てきた。
「こ、これは……。グザファン、お前!」
一二三に取り押さえられたままの男は、グザファンという名前らしい。突然の同僚の犯罪発覚に、どうしていいかわからないという表情の兵士。
さらに力を入れて腕をひねり上げた一二三は、グザファンに低い声で尋ねた。
「その宝石の特徴を示した流通許可証があり、箱は閉じられ、こいつのサインがある。なのにこいつの懐からアクアサファイアが出てきた……さて、説明をしてもらおうか。それで“俺たち”が納得させられるかどうか、試してみるといい」
グザファンが顔を上げると、フードを取ったオリガとカーシャが立っていた。見覚えのある二人の女は、怒りに満ち満ちた顔をしていた。武器を持つ手には、力が入っている。
「お、お前ら! 奴隷に堕ちたはずじゃ……」
「さあ、さっさと話せ。ふざけた言い訳やごまかしをしたら、心優しい俺はさておき、怖い女どもが何をするかわからんぞ?」
奴隷達の怒りとは裏腹に、一二三はカラカラと笑った。
お読みいただきありがとうございました。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
次回もよろしくお願いいたします。