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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
149/184

149.Getting Away With Murder

149話目です。

よろしくお願いします。

 クゼム側ホーラント兵たちは、前線から徐々に崩壊するかに見えたが、兵たちが目の前にいたネルガル側へと逃げ始めたため、双方を巻き込んだ乱戦となった。

 もはや敵味方の区別なく襲い始めた不死兵に、ホーラント兵たちは剣や槍、時には火球などの魔法で対応していたが、刃物はもちろんのこと、火だるまになっても動きを止めず、それどころか炎にまみれたまま兵士にしがみつく者までいる。

「やめろ! 放せ! 放してくれ!」

「ああああ……」

 悲鳴と怒号が入り混じる中、乱入する一団がいる。

「網! でっかい奴のために持ってきた網で足止めするよ!」

「了解!」

 アリッサが率いるフォカロル兵たちが、不死兵の攻撃で混乱するネルガルの部下たちの前を、台車で無理やり横断していく。

 若干のホーラント兵を巻き込みつつ、不死兵を踏み潰しながら、フォカロル兵は次々と網を投げていった。

「アリッサさん!」

「槍を!」

 ようやく前線にもどってきたネルガルの声に、アリッサは短く叫ぶ。

 その一言で理解したネルガルは、周囲の兵に向かって指示を飛ばした。

「投槍器で敵兵に向けて一斉に攻撃! 手が空いているものは自分で投げろ!」

 網に絡み取られ、もがいている不死兵たちに、槍の雨が横殴りに叩きつけられた。

「た、助けて!」

 中には不死兵ともみ合っていて一緒に網にかかったホーラント兵もいたのだが、狂乱さながらに降り注ぐ槍は、彼らに対しても無慈悲に突き刺さる。

「私は、この一件だけでも、相当な罪を背負うことになりますね」

 王になれば部下になるはずだった兵士たち。

 彼らが阿鼻叫喚の中で不死兵と混ざり合って死んでいく様を見ながら、ネルガルは顔をゆがめてつぶやいた。

「ですが、これで……」

「全員、離れて! 後退! 後退!」

 ネルガルたちの正面を左へと抜けて行ったアリッサ率いるフォカロル兵が、口々に下がるようにと叫びながら戻ってくる。

 焦りを隠せないその表情に、ネルガルが正面をよくよく観察すると、槍で貫かれた中でもホーラント兵は絶命しているように見えるが、不死兵たちは武器で網を切り裂き、這うようにして抜けだし始めていた。

 槍を受け、ハリネズミのような状態になりながらも、真顔のままで淡々と自分の邪魔をする網を切り裂いていく。

「なんという……後退します! 投槍器は前方に向けたまま、全員、合図をするまで後退! 隊列は崩さず、油断しないように!」

 ネルガルが、網から抜け出そうとしている不死兵たちの向こう側に目を向ける。

 そこでは、こちらのような対応ができず、不死兵に次々と殺されていくホーラント兵の姿があった。

「あっちの指揮官は何をしているのだ! このままでは……」

 今は敵かもしれないが、説得して協力を頼むつもりだったネルガルは、蹂躙される自国の兵の姿に、歯噛みして後退せざるを得ない自分の非力さを呪った。

「もし、一二三さんのような力があれば……」

 同じことを、この世界の何人が考えただろうか。


「しつこい!」

 アリッサが振るった脇差で、台車にしがみついた不死兵の首が飛ぶ。

 さすがに頭が無いと動かないらしく、ずるりと滑り落ちた不死兵の身体は、台車の下へと落ち、車輪に潰された。

「長官! このままだと……」

「とにかく距離を取る! あとはホーラントに任せよう!」

 ここでホーラントのために余計な消耗はできない、とアリッサは考えた。見捨てるようで申し訳なく思うが、部下の命を投げ打つような場面とも思えない。

 相手の正体が明確で、巨人兵のように対抗策がわかっているのであれば話は別だが、初見であり、いかにも対応が難しい相手に乱戦を選ぶほど、アリッサは蛮勇を好むタイプではない。

「でも、逃げるだけだとダメだよね……どうしよう……」

 冷静に、と自分に言い聞かせてはいるものの、聞こえてくる悲鳴と再び交戦が始まった自軍側の喧騒に、焦りが増大する。

 だが、アリッサが冷静になろうと頑張っているとき、彼女の上司は全く冷静では無かった。

「ふざけるな!」

「……えっ?」

 台車に足をかけ、アリッサの頭上を飛び越えていったのは、他の誰でもない、一二三の姿だった。

 未だ地面にある網の上を器用に駆け抜けながら、一番近くにいた不死兵の首を横薙ぎに刎ね斬った。

 さらにもう一体を左右に両断し、近くで倒れて呻くホーラント兵にも刀を突きたてた。

「ひ、一二三さん?」

「アリッサ」

「うわっ」

 一二三の突然の登場に目を瞬かせていたアリッサは、後ろからオリガに声をかけられて肩を跳ね上げて驚いた。

「声をかけただけでしょう。失礼な」

「ご、ごめんなさい。あ、兎の人だ。こんにちは」

「え、こ、こんにちは」

 オリガに何とか食いついてきたヴィーネは、アリッサからフレンドリーにあいさつされて、目を白黒させながら応えた。

「アリッサ。ここから一二三様が蹂躙を開始されます。私はこぼれた者どもを始末しますので、邪魔をしないように」

「私も行きます!」

 なんとか息を整えたヴィーネも、腰に差していた短い杖を握りしめ、同行を宣言する。

 オリガは、ヴィーネの目を見て、頷くことで了承を伝えた。

「あ、じゃあ僕も行く。あとは適当に王女様に従ってやってね。よろしく」

 台車から飛び降りて一二三の後を追うオリガとヴィーネを追って、部下に適当すぎる命令を出したアリッサも、脇差を片手に台車から飛び出した。

「……どうする?」

「どうって……領主様が出て行ったんだ。もう出番無いだろ」

 そうだそうだ、と確認しあったフォカロル兵たちは、とりあえずは状況を伝えよう、とイメラリアがいる場所を目指して後退していった。


☺☻☺


「やべっ。なんだあれ」

 不死兵のために前線が混乱していく様を見つめながら、撤退のタイミングを計っていたタンニーン。

 彼は馬上から見える光景に、焦っていた。

 クゼムの執務室で見た覚えのある男が、細い剣を振り回し、不死兵とホーラント兵を分け隔てなく切り刻んでいるのだ。

 今は最前線の出来事だが、ここまで到達するのは時間の問題だろう。

 よく見れば、三人の女性が、彼をサポートするように周囲の兵士たちを攻撃している。

「あいつ、あんな強かったのか……」

「タンニーン様! 不死兵が倒されていきます!」

 どういたしましょう、という問いかけに、タンニーンは即答しなかった。

 後ろを見ると、まだ状況が伝わっていないらしく、クゼムが乗った馬車は変わらず部隊の中腹あたりにあるのがちらりと見えた。

「あと一台分の不死兵がいるだろう。前線に持って行って解き放て。俺は宰相のところへ状況を伝えに行く」

「了解しました!」

 不死兵を乗せた馬車のもとへと向かう部下を見送り、タンニーンは馬の向きを変えた。

 だが、その行先はクゼムの場所ではない。

「魔法が防がれ、不死兵もだめ。人数も圧倒できないなら、勝てるわけないだろ」

 吐き捨てるように言うと、兵士たちの隊列から外れ、後方へ向かう振りをして逃亡していった。


☺☻☺


「どけ、死にぞこないが!」

 不死兵の足を払い、頭を踏み潰す。

 びくりと痙攣した不死兵は、二度と起き上がることは無かった。

「う、うわああ!」

 混乱して一二三に斬りかかるホーラント兵もいる。

「よっ」

 左手で剣を横から叩いた一二三は、剣につられて体勢を崩した兵士の肩を撫でるようにして仰向けに引き倒し、刀で喉を貫く。

「……で、木偶の坊はまだいるのか?」

 じり、とすり足で迫る一二三に、ホーラント兵は怯えて竦み、不死兵だけが涎を垂らして襲いかかる。

「ふん!」

 柄頭で目の前に来た不死兵の頭を叩き潰し、勢い余って倒れかかってくる身体を前蹴りで跳ね返す。

「どうして、なぜこうなった?」

 一二三は、目の前のホーラント兵たちを指差した。

「考えない戦い方なんざ、いくらやっても意味がない、とマ・カルメたちは言わなかったか? ちょいと前に潰した奴が使っていた強化兵も役に立たないのはわかっていたはずだ。なのに……」

 語る一二三にも構わず襲いかかる不死兵たちだったが、蹴り飛ばされ、首を刎ねられ、次々と行動不能にされていく。

「またこんなガラクタ兵士を作りやがって。そろそろ我慢の限界だ。全部ぶち壊してやる。あの宰相は説教だな。邪魔するなら殺す。邪魔になる場所にいても殺す。選ぶ時間は俺の刀がお前らに届くまでだ」

 不死兵たちは話を理解せず、一二三やオリガたちに向かっていくが、ホーラント兵たちは一人、二人と武器を捨てて逃げて行く。

 中には、武器を構えているものもいたが、大半は判断がつかずに右往左往といった様子だ。

「そら! はじまりだ!」

 くるりと一回転。周囲に群がる不死兵の首を残らず斬り飛ばし、一二三はクゼム側のホーラント軍に向かって猛然と駆け出した。


☺☻☺


「まずい! あれはまずい!」

 ネルガルはこの戦いが始まってから最高に焦っていた。

 それはクゼム側の動きではなく、一二三の行動に対してだ。

「このままだとホーラントの兵士がごっそり減ってしまう! 急いで網を撤去! 終わり次第前進!」

 ネルガルの叫びに、兵たちがフォカロル兵がばらまいた網を回収しに向かうが、何しろ広く巻かれた上に、あちこちを不死兵が切り裂き、死体が絡まっている。

「時間がない! 街道から出て大きく迂回して向かう! 街道を出られない馬車と半数の兵は残って……」

「お待ちください!」

 ネルガルの元へ、サブナクが馬に乗って駆けてきた。

「騎乗のままで失礼します」

「さ、サブナクさんですか……」

「この網はぼくたちが台車で無理やり引っ張って大半を撤去します。進軍はそれからでも遅くないでしょう」

「しかし、このままではホーラントの兵が……」

「急ぎます。ですがこれは良い機会であるとお考えください」

「良い機会ですと?」

 サブナクの提案に、ネルガルは鼻白んだ。

「誤解なきよう。全てはネルガル様が王座に着くための、女王陛下からのご提案です」

「イメラリア様のお考えですか。お聞かせいただきましょう」

 手短にお伝えします、とサブナクは前置きして、口を開く。

「フォカロル兵からの報告で、一二三さんたちがホーラント側へ突進したことを知った陛下は、このまま崩れていくホーラント兵のところへ突入します。オーソングランデ軍もそれに続き、一二三さんが切り開いた場所から敵軍中央を突破するのです」

「と、突破? 無理やり中央を通り抜けるのですか!」

 驚くネルガルに、サブナクは頷く。

「そうです。彼らとぶつからなければならないのは、彼らがぼくたちの“前”にいるからであって、“後ろ”にいるのであれば、無視して首都を目指すことができます。双方に余計な犠牲を出すこともありません」

「しかし、無理やり突破すると言っても、無理があるのではないですか」

「今だからできるのです」

 ネルガルの不安をサブナクは切って捨てた。

「敵は味方を巻き込む行動に出ました。すでに一般の兵たちの士気は最低です。おまけに指揮系統も一二三さんのせいで混乱していくでしょう。誰だって、指示がなければ命がけで大軍の前に立ちたいとは思いません」

 ただ、とサブナクは真剣な表情から一転して柔和な笑みを浮かべた。

「ネルガル様には、呼びかけをしていただきますけれど。“ホーラントの王が通るのだ。道を開けろ”ってね」

 一二三の背中がどんどん小さくなるのを見て、ネルガルは了承の意を伝えた。


☺☻☺


「で、結局一二三さんは何をそんなに怒ってるの?」

 脇差で不死兵の首を飛ばしながら、アリッサはヴィーネに近づいて尋ねた。

「え? 私もよくわかりませんけれど、この変な兵隊を見てから急に不機嫌になられて……えいっ!」

 水の塊がホーラント兵の顔に当たり、鼻や口から水をまき散らして転げまわっている。

「あ~……なんとなくわかった。それより、魔法が使えるんだ! すごいね!」

「いえ、あの、水魔法しか使えないんで……」

 恐縮するヴィーネに迫る不死兵を、アリッサは乱暴に蹴とばした。

「僕は全然適正が無くて、なんにも使えなかったんだよね」

 残念、残念、と言いながら、転がった不死兵の目に脇差を差し込み、脳を壊す。

「それだけ強ければ、あんまり関係ないような気がします……」

 残酷ともいえることを平然とやっているアリッサに、ヴィーネは自分の腕前に早速自信を失っていた。

「強い、かな? お手本があんな感じだからね」

 アリッサの視線は、踊るように身体を滑らせながら、不死兵を両断する一二三の姿を見ていた。

「あの長い刀が、いまいち使いこなせなかったんだよねー。手の長さが足りなくて」

「ご主人様もお強いですが、奥様も……」

 ヴィーネが見ている先には、一二三からやや距離をとり、鉄扇をひらひらと揺らしながら立っているオリガがいた。

 一二三のやり方を見て、とりあえず首を落とせば良いと判断したらしく、近い者は鉄扇で、一二三やアリッサからも離れている者は、風魔法で次々に首を刎ねていく。

 そこに迷いや戸惑いは無い。

 不死兵もホーラント兵も、まとめて区別なく首を落としていた。

「オリガさんは、ものすごくキツイ訓練するんだよね。お仕事もあるけど、毎日やってるみたい」

「そうなんですか……」

 ヴィーネは魔法も直接攻撃もこなすオリガを見て、すごいとは思ったが、それ以上に怖いと思った。

「奥様って……」

「それ以上は言わない方がいいと思うよ」

「はい。ありがとうございます」

 何かを言いかけたところで、オリガがこちらをちらりと見たような気がして、ヴィーネは口を噤んだ。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願い申し上げます。

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