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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
148/184

148.Thriller

148話目です。

よろしくお願いします。

 馬上のネルガルの後ろは、いつのまにかオーソングランデの兵からホーラントの兵に入れ替わっていた。魔法兵も多く含む彼らは、しっかりと正面にいる同国人たちを見据えている。

 その視線の先には、馬上で様子をうかがっていたタンニーンの姿もあった。

「参ったね、どうも」

 タンニーンは自分が計算違いをしていたことに苦笑していた。

 ネルガルには自らを証明するものとして前王スプランゲルの署名が入った出国許可証が与えられてはいただろうが、それだけではクゼムに対抗するだけの人物、人数を糾合できるとは思っていなかったのだ。

「やれやれ、伯父さんはいまいち人望に欠けるところがあるとは思っていたけどね……それ以上に、ネルガルの方を褒めるべきかな? 大した人数を引き連れてきたもんだね」

 おどけてはいるが、頬を伝う汗は止まらない。

 タンニーンの見立て通り、今クゼム側三千人強と対峙しているネルガル直属兵は二千を超える。国境にいた兵士の他、途上でのホーラント貴族ほとんどがネルガルに恭順することを申し出、兵力も最大限に貸していた。

 貴族たちの考えは簡単である。オーソングランデと友好的に接しているネルガルの方が経済的な将来性は上であるからだ。もちろん、オーソングランデと戦いたくはないという意味もある。

 もちろん、兵士たちには単純に正義のための戦いとしてしか説明してはいないのだが。

「賢明なるホーラントの兵であれば、どこに正義があるか判断できよう! 私のことを知り、そして彼らは私と共に戦うことを選んだ! これが、私がここにいる証明であり、正統なる継承者として立つ証である!」

 ネルガルの声は、タンニーンにまで聞こえている。

 当然、周囲の者たちにもその話は聞こえている。不安げに自分をちらちらと窺う視線が鬱陶しい。

「こりゃ、厳しいな」

 タンニーンの小さな呟きは、幸か不幸か誰にも聞こえなかった。

「少し様子を見る。合図をしたら、あの気持ち悪いのを最前線で……いや、最前列の後ろで放て」

 指示を聞いた兵士が、あわててタンニーンに意見する。

「お待ちください、それでは最前列の兵が巻き込まれてしまいます」

「俺が決めたことだ」

「しかし……」

「あれはどうせ制御不能な代物だからな。それに、前列の連中はどうせ裏切る」

 まあ見てろ、とタンニーンはネルガルとその周囲にいる兵士たちの様子を睨み付けながら、馬上で鼻を鳴らした。


 明らかに同国の兵士だとわかる者たちが目の前に現れたことで、タンニーン側の兵士たち、特に最前列のグループは混乱していた。

「あれは、間違いなくホーラント兵士だぞ?」

「だが、命令が……」

「宰相より王様が上だろう!」

「まだ王様じゃないから、違うんじゃないか?」

 口々に言葉を交わし、目線を泳がせ、誰かが答えをくれるのを待つ。彼らは優秀な兵士であるがゆえに、自らで判断はできない。

「王になるものとして」

 ネルガルの言葉は、彼らを促す。

「道を開けるなら、民として遇しよう。だが、国家を壟断する者の手先に成り下がるというのであれば、許すわけにはいかない」

 だが、決してやさしくはない。

「戦いを望みはしないが、ホーラントを正しき国へと導くために、私は戦いを躊躇することはない!」

 タンニーン側からの槍は止み、魔法障壁は消された。

 ネルガルが、ゆっくりと馬を進めると、その軍勢も進む。

 迷い、戸惑う兵たちは、その圧力に隊列を崩しながら後退していった。


 タンニーンが首都から“輸送した”ものは、人であり人ではなくなったものだった。

 スプランゲルにすら秘匿されたまま、死んだ王太子ヴェルドレが命じた研究をクゼムが引き継ぎ、未完成ではあるが使える状態にまでなったというものだった。

 ヴェルドレは、この研究が成功した暁には、正規兵全てにこれを適用するつもりでいたらしい。

 その研究は、ヴェルドレ存命時には“不死兵計画”と呼ばれていた。

「タンニーン様の指示だあいつらを解き放つ準備をしろ」

「……本当に、よろしいのですか?」

 不死兵を輸送……いや、隔離している馬車の兵は、その中身を知っているゆえに怯えた表情で聞き返した。

「お前はまだましな方だ。逃げるタイミングがわかるからな。だが……」

 指示を伝えた兵は、すぐ近くの前線で混乱している味方を見ながら顔をゆがませた。不死兵が放たれた結果が、容易に想像できたからだ。

「まだ、準備をしろという命令だけだ。なにも、そうすると決まったわけじゃない」

 気休めだ、と誰もがわかっていた。


「お、俺はやめる! どっちに行っていいかなんてわかるか!」

 一人の兵士が、ネルガルの圧力に耐え切れずに、武器を捨てた。

「そ、それなら俺もやめる!」

 箍が外れると、前にいた兵士から次々と武器を捨てていく。

「待て! 敵前逃亡は重罪だぞ!」

 街道の外へ、隊列から外れていく者が続出し始めると、隊長各の兵士が焦って戻るように命じているが、その声に戸惑うものはいても、従う者は少ない。

「反逆罪になるよりましだ!」

 誰かが叫ぶと、周囲もそれに納得し、賛同する声が波紋のように広がる。

 もはや、ネルガルも前進をやめ、状況を見つめている。

「……味方にはならずとも、このまま瓦解してくれればいいんですけどね」

 イメラリアとの打ち合わせでは、ネルガルの演説に賛同し、同行するのであれば良し。従わなくとも邪魔をしなければ充分な警戒をしたまま通過して首都を目指す。

 もし、一部でも攻撃してくるようであれば、相当な打撃を与える、としていた。

 接敵当初のフォカロル兵の攻撃は完全なイレギュラーではあったが、想定通りの状況を作れたことに、ネルガルは内心ホッとしている。

 今なお混乱は続いているが、すでに隊列らしき状況はなくなり、逃亡していく兵はどんどん増えていく。このまま行けば、前線は軍としての機能を失い、そうなればまともな将であれば一度退いて首都へと戻るだろう。

 ただ、ネルガルには一つ、気になるものが見えていた。崩れ始めた敵方前線の向こう側、妙に大きな四角い馬車が。

 ネルガルはそのような形をした馬車に見覚えがない。誰か指揮官職あたりの者が作らせた箱馬車かとも思ったが、それにしては窓も申し訳程度の小さなものしか見当たらない。

 正念場である、とネルガルは神経をとがらせていた。だが、それでも見えないものはわからない。箱の中身は、開けてみないと見えないのだ。


☺☻☺


「あれ?」

 前線を固めるネルガルの兵に交じって、数名のフォカロル兵が隊列の端に陣取っており、アリッサも指揮官としてそこにいた。急に大勢の味方ホーラント兵が前線に出張ってきた際に、押し出されてしまう格好になったのだ。

 元々の打ち合わせではホーラント兵が前線へ出張るようであれば、フォカロル兵とオーソングランデ兵が場所を譲ることになっていたが、アリッサと二十人ほどの兵だけは状況を把握するために残っている。

「何か見えましたか、長官」

 大人が多くてよく見えないと言ったアリッサを肩車している兵士は、周囲の同僚から恨みがましい目で見られながら、笑顔で尋ねる。

「向こうがごちゃごちゃしてるんだけど、なんかおっきな馬車がある」

「馬車? 貴族の坊ちゃんでも来てるんですかね?」

「派手じゃなくて、なんというか、箱そのままおっきくしたみたいな」

 両手で庇を作って向こうを見ながら、アリッサが首をかしげていると、その箱についていた扉が開かれた。

「うえっ……」

 出てきたものを見て、アリッサは舌を伸ばして顔をしかめた。

 遠目には、最初それは単なる簡素な鎧をきた兵士に見えた。背が高いとか筋骨隆々とかでもなく、むしろ痩せている。

 その異様さは、つるりとした兜の下に見えた顔にあった。

「なに、あれ……」

 鼻梁はそぎ落とされたように低く、瞼は垂れ下がり、紫色に変色した唇からは絶えず涎をこぼしている。一見して正気とは思えないが、さらに顔のあちこちに紫やどす黒い斑点があり、アリッサは知らなかったが、毒などで死んだ者の死斑そのものだった。

 表情は抜け落ちたように平坦で、ただただぼんやりとしている。

「どっかで見たことあるような……あっ!」

 アリッサが思い出したのは、ローヌというヴィシーの町で見た、夥しい数の死体。無表情のまま殺された死体と、ぐずぐずに腐っていた死体たち。

 目の前にある兵士の頭をペチペチと叩き、急いで肩の上から降りたアリッサはその場で盛大に吐瀉した。

「ちょ、長官?」

「大丈夫ですか? 水、水をどうぞ!」

 あわててアリッサを囲む兵士たちが、それぞれ布巾や水筒を差し出すのを、アリッサは唾を吐きながら断る。

「ぺっぺっ……だ、大丈夫。それより……」


「ぎゃあああ!」

「や、やめろ!」


 アリッサが何かを指示しようとした瞬間、敵兵の方から悲鳴が上がった。

 不死兵たちが、敵ではなくまず手近にいたクゼム側兵士たちを襲い始めたのだ。

 剣を持てないのか、両腕の小手に固定された刃を滅多矢鱈に振り回し、近くに寄った者にはしがみついて噛みついている。

 捕まえられた仲間を助けるために、同僚たちが不死兵の背中や腕を斬りつけるが、離れるどころかまともに反応しない。

「ああ……」

 首筋をかまれ、おびただしい血を流していた兵士が力尽きると、不死兵の標的は、まだ立って歩いている他の兵士へと移る。


「なんですか、あれは……」

 目の前で繰り広げられる惨劇に、どう対応して良いかわからず、ただ息をのむネルガルのところへ、ネルガルを護衛する兵をかき分けて、というより飛び越えながら、アリッサがやってきた。

「あ、アリッサさん?」

「すぐに兵を下げて! あれは危ない!」

 返事を待たず、アリッサはネルガルが乗る馬のくつわを掴み、器用に方向を変えると、ネルガルの後ろに飛び乗り、馬の尻を軽く叩いて走らせ始めた。

「何がおきているのですか? 向こうの兵が同士討ちをしているように見えましたが……」

「時間が無いから簡単に言うけど、ホーラントの薬とか魔道具? で痛いとか怖いとかがわからなくなった人を見たことがある! それと一緒!」

 イメラリアが乗る台車の前へ来ると、アリッサは馬から飛び降り、ネルガルが慌てて手綱を引いて馬を止めた。

「何が起きたのですか? 向こうが騒がしいようですが……」

「説明はネルガルさんに聞いて!」

 言い捨てて、フォカロル兵たちが集まっている場所へ走り去るアリッサに、オーソングランデ兵たちはムッとした表情を向けたが、イメラリア本人は今さら気にもしていない。

「おっ。ホーラントの隠し玉とやらが出てきたか」

 話を聞いた一二三は、立ち上がるや否や台車からはじけだすように駆け出し、オリガは無言で追いかける。

 突然の事でヴィーネが戸惑いつつも、プーセをちらりと見やってから、一二三の後を追いかけた。

「えーと……」

「ここで休んでおられたら良いと思いますわ。お茶でも飲まれませんか?」

 迷っているプーセに、イメラリアが微笑みかけた。

「王女様。落ち着いてらっしゃいますね」

「もう、慣れました」

 紅茶を用意するように命じ、イメラリアは再び前線へと視線を向けた。

「それに、今はまだわたくしが動く時ではありません」

 お菓子を勧めながら、イメラリアは微笑んだ。

「荒事はそれが好きな方にお任せいたしましょう。淑女が活躍するのは、もっと知恵を使う場面がふさわしいのですわ」

「なるほど」

 上流階級然とした語り口に、プーセは口を開いて感心していた。彼女も見た目こそ可憐で大人しい性格だが、基本は森の中で採集などをして過ごしてきた野生派で、生活様式は獣人たちに近い。

「……あれ、でも先日は馬に乗って戦場に飛び出して……」

「サブナクさん」

 余計な事を思い出しているサブナクを睨みつけ、カツン、と踵を鳴らすイメラリア。

「わたくしが動かないからといって、我が軍が何の対応もしないというのはおかしいとは思えませんか」

「すぐに対応いたします! ヴァイヤー、どこ行った! ヴァイヤー!」

 逃げるように台車から飛び降りていったサブナクを見送り、イメラリアは「まったく」とぼやいた。

「イメラリア陛下。……誠に申し上げにくいのですが、おそらくは我がホーラントで開発された魔法薬が使用された兵士が使われているようです」

「それは、どのような薬なのでしょうか?」

 あくまで推測ですが、と前置きをして、ネルガルは語る。

「亡くなった……トオノ伯爵に討伐された王太子が研究を行っていなものの中に、人間の恐怖心や痛覚を鈍らせるものがありました。また、逆に人間の怒りの感情を増幅させるものも。短時間ではありますが、状況を見るに“攻撃性を持ちながら痛覚を持たない兵士”を作り出すことに成功したのではないかと……」

「なるほど。あの大きな兵士も大変鈍かったようですが、普通の兵士の大きさでそれをする、と。しかし、それでは大きな兵士よりも弱いのではありませんか?」

 何の意味があって普通の兵士と同じような大きさにするのか、とイメラリアが問う。

「強化兵は、その大きさから運用に難がありました。装備も特注になりますし」

 一般兵サイズであれば、奴隷のように檻などに押し込んでしまえば済むうえ、装備も他の兵士から使いまわしができる。死者から剥いだ物を渡しても文句も言わない。

「つまり……」

「一度に大量の不死兵を使えば、斬られても突かれても襲ってくる兵士で、敵を押しつぶすことができる、というわけです」

「ずいぶんと、面倒な薬を開発されたのですね」

 はふぅ、と口から息を漏らし紅茶に口をつけるイメラリアに、ネルガルは首をかしげた。

「随分と、その……落ち着いておられるようですが……」

「ネルガル様。フォカロルの方々は、あのようにどうしようもない自分勝手な方々ですし、わたくしの騎士たちも、その影響でどこか軽すぎるところがございますけれど」

 紅茶のカップを置き、熱い吐息と共にほほ笑む。

「その強さにだけは、わたくし信頼をおいておりますの」

「……感服いたしました。では、私は前線へ戻り、私の兵士たちと共に貴国と共に戦うことにいたします……私も、貴女のように民を信頼できる君主になれるように」

 駆け足で馬に戻るネルガルに、イメラリアはうらやましい、と思った。

「わたくしも男であれば、あのように戦場を駆けまわるのも許されたのでしょうけれど」

「エルフは、主に魔法で戦いますから、男性も女性も関係ありませんけれど、人間は違うのですか?」

 プーセの質問に、イメラリアは苦笑いで答えた。

「息苦しい身分ということもありますけれど、わたくしは失敗してしまいましたから」

 魔法は得意ではあるけれど、攻撃魔法はからきしだ、とおどけて見せると、プーセもクスッと笑って、自分も同じだと答えた。

「魔物退治の時も、風魔法とかが得意な子が前に出て活躍するのに、わたしはずっと後ろから回復だったり足止めだったり……拘束の魔法も多少は使えますけど、動き回る魔物にはなかなか当たらなくて……」

 カツン、とローヒールの音がして、プーセが顔をあげる。

 イメラリアが立ち上がり、プーセに真剣なまなざしを向けていた。

「プーセさん。そのお話、もっと詳しくお聞かせ願えませんか?」

 イメラリアは、プーセに魔法談義を求めた。

 周囲が慌ただしく戦いに向かう中、イメラリアはプーセを抱き込むことを決意していた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願い申し上げます。


※拙作『狐憑きは異世界監察官』も連載再開いたしました。

 気力と体力が続く限り、交互に更新して参る所存。

 本作ともども、よろしくお願い仕りまする。

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