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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
141/184

141.Wild World

141話目です。

よろしくお願いします。

 アリッサが入り込んだ部屋は倉庫のようで、運よく鍵もかかっていなかったことから、倉庫外へ出るのは簡単だった。

「……あれ?」

 外から見たときには四階建てだと思っていたのだが、木箱が積み重ねられた狭苦しい倉庫の外は、城のホールのように天井が高くなっているのを、室内にある仄かな灯りでかろうじて見て取れた。

「外の感じからすると、上にもう一フロアあるくらいですかね」

 一人の兵士が呟き、アリッサは頷く。

「ということは……うわぁ……」

 倉庫の慎重に周囲の状況を確認しながら移動すると、巨大な檻を発見した。

 アリッサの腰ほどもある太さの鉄格子が並び、光がほとんど届かないその奥には、壁に背をもたれさせて眠っている巨人兵がうっすらと見える。

 檻が二つあり、片方が空になっているのは、朝に一二三が倒した方が入っていたのだろうとアリッサは推測した。

 アリッサはここで悩む。

 巨人兵を今のうちに始末してしまえば、今後ホーラント首都へ進むにしてもかなり楽になるだろう。

 だが、対応準備をしているとはいえ、三人で巨人兵を相手にして必ず勝てるとは限らない。

「うむむ……」

 唸っている間に、変化は訪れる。


「火事だぁ! みんな起きろ!」

 隣の建物からだろうか、遠くから慌てた様子の声が聞こえた。

 その声が聞こえたのか、眠っていた巨人兵がもそもそと動き出した。

「いったん隠れよう!」

 アリッサの判断で、倉庫前まで戻って暗がりに隠れ、様子を見る。

 どうやら他は三班とも早々に火をつけ始めたらしく、建物の外からは大勢の人間が行き来する音や怒号、木が焼けるパチパチという音が聞こえてきた。

 檻の方を見ると、すっかり目が覚めたらしい巨人兵が天井に届かんばかりの長身を伸ばし、不機嫌そうに周囲を見回している。

 そこへ、上階にいたのか、ホーラントの魔法使いと思しき人物が二人、息せき切って駆け込んできた。

「強化兵を出そう!」

「いや、私たちだけだと制御が……」

「延焼して焼け死んだりしたら、責任が取れないだろ! しかもこれは敵襲だろう! 鍵を開けるぞ!」

 及び腰の同僚を一括した男が、鍵らしい魔道具を鉄格子の一部に当てながら、巨人兵に向かって「大人しくしていろよ!」と叫んでいる。

 巨人はのっそりと立ち上がった状態のまま、ホーラントの魔法使いたちを感情の抜けたうつろな目で見下ろしていた。

 その様子を見て、アリッサは仲間たちに向き直った。

「あれを解放されたらまずいよね。行こう!」

 返事を待たず、弾かれる様な勢いで飛び出したアリッサは、止めようとしていた方の男に向かって、体当たりさながらに脇差を突き立てた。

「んぎっ?」

 喉から漏れたような声を出して絶命したのを確認したアリッサが視線をもう一人へ送ると、戸惑う仲間の目の前で、巨人兵に鷲掴みにされてもがいている魔法使いの姿があった。

 格子を開けた途端に捕まったらしい。

「は、離せ、この……」

 痛みと恐怖で汗をびっしょりとかいた魔法使いが、必死に巨人兵を止めようとするが、魔法使いを掴んだまま、巨人兵はのっそりと檻から身を乗り出そうとしている。

「二人とも距離を取って戦闘準備! あれを用意して!」

 仲間に指示を出すのに、アリッサは巨人兵の注意を引くために殊更大声をだした。

 巨人兵の視線がのっそりとこちらを向いたのを確認し、光の当たる目立つ場所に立ち、脇差を右手に構える。

 冷や汗が、頬を伝う。

 未だ馬上から叩き落とされた時の怖さが身体を振るわせていたが、脇差を握る右手だけは強い気持ちで震えを押えた。

「かかってこい!」

 一二三が相手を挑発する時のイメージそのままに、真似をして笑って見せた。

 それに腹を立てたのか、掴んでいたホーラントの魔法使いを、巨人兵がアリッサに向けて投げつけた。

「ぶべっ」

 壁に叩きつけられ、カエルのような声を出した魔法使いは、そのまま板壁をぶち破って外へと転がり出て行った。

 アリッサは、横に転がって躱しながらも、巨人兵から目を離さない。

 睨み合いの最中、アリッサの耳に仲間たちの声が聞こえた。

「網を使います!」

 次の瞬間、大きな網が巨人兵に覆いかぶさった。

「ヨシッ!」

 もがくほどに絡まる網を引っ張りながら苛立つように唸り声をあげる巨人兵に、アリッサは脇差を抱えて走る。

 この網はサブナクが防御陣地に槍避けとして張った網を、一部譲ってもらったものだ。目が細かく、縁に重りをつけて漁に使う網のようになっている。

「たしか、一二三さんが倒した時には……」

 アリッサが狙うのは、網の下から見えている巨人兵の足。具足もつけていない裸足の指は薄汚れ、分厚い爪は獣のように伸びている。

 両手にしっかりと握った脇差で、小指側から指を根元からごっそりと切り取った。

 親指だけは、骨に引っかかったが、血を流しながら指が散らばったとたんに、巨人兵は尻餅をついた。

「……むぅ」

 網に絡まり、身もだえしながらも的確に振り回してくる丸太のような腕を掻い潜りながら距離をとったアリッサは歯噛みした。

「これじゃ届かないよ」

 座ったままもぞもぞと動く巨人兵を睨みつける。

 網を投げた仲間たちは、武器を抜いて巨人兵に斬りかかっているが、怯む様子も見せない。

 一二三の真似をして、巨人を転ばせて首か頭を狙うつもりでいたアリッサだが、座っている状態でも巨人の頭までアリッサの身長の二倍はある。

 巨人の怪力で、網も次第にボロボロになっていくのを見ながら、アリッサは何か無いかと考えながら、空いている左手でリュックの中や懐を探る。そこで、手裏剣を見つけた。

「ほとんど使ったことないけど、たしか、こんな感じで」

 オリガの真似をして、脇差を納めて右手で手裏剣を構え、腕を前に伸ばすようにして投擲する。

 大きく外れた手裏剣が向こう側の壁にカツン、と音を立てて突き刺さる。

「むむっ!」

 うなりながら二投目。

 これが巨人兵の顔に刺さり、不愉快になったらしく前かがみにアリッサに迫る。

「もう一回!」

 今度は大きく振りかぶって力いっぱいに叩きつける。

 手裏剣は風を切って疾り、網越しに巨人兵の左目に埋まるほどの勢いで突き刺さった。

 突然視界の半分を失った巨人兵は顔を押えて混乱した様子でもがいている。

「長官!」

「腕を狙って!」

 再び脇差を握り、アリッサが仲間に指示を出す。

 素早く対応した二人のフォカロル兵は、剣を使って巨人兵が顔面を押えている両手の手首をそれぞれ切りつけた。

 痛みは感じずとも鬱陶しいのだろう、仰向けに倒れた巨人兵が腕を振り回して、兵士たちが振りほどかれたのと入れ替わりにアリッサが飛び込んだ。

「これで終わり!」

 手裏剣でつぶされた目に向けて、脇差を深々と叩き込んだ。

 脇差の切っ先で押し込まれた手裏剣が脳まで届いたのだろう。

 残った右目を見開いたまま、巨人兵は動きを止めた。

「……ふぅ」

「長官、やりましたね!」

 褒めそやす仲間たちに笑顔を向けて、汗をぬぐったアリッサが、上階に資料を探しに行こうかと顔をあげると、魔法使いが投げつけられた壁の穴あたりから、すでに火が上がっているのが見えた。

「やばっ。みんな、資料はあきらめて脱出しよう! 上に行ったら火が回ってくるかも!」

「り、了解です!」

 未だ外では燃え盛る建物の周りを、ホーラント兵たちが右往左往している。

その混乱に乗じて脱出することに決めたアリッサは、倒れて死んでいる巨人兵を一瞥すると、建物を後にした。


☺☻☺


「まぁ、及第点かな」

 上階へ続く階段からアリッサの戦いぶりを見つめていた一二三は、ぐいっと口の端を釣り上げて笑った。

 身体能力はさておき、手裏剣を外したのはいただけないが、それにしても敵を倒す方法を設定し、指示をしっかりと出して、イレギュラーにも対応できた。今までのこの世界の戦いなら、身体能力で勝る相手なら、魔法が無ければ対応しようがなかっただろう。

“搦め手”をアリッサが選択し、効果的に利用した。

 また、一二三のやり方を見て、自分でできる部分を拾い上げて実行したことも評価した。

「それじゃ、俺も次の目的地に行こうかね」

 一二三がちらりと背後に視線を送る。

 二階フロアには、五人のホーラント兵の死体が転がっていた。すべて一刀で斬り伏せられ、全員何が起きたかわからないという混乱の表情のままだった。

 一二三は舌打ちを一つ。

「成果確認のためとはいえ、ストレスがたまるな……」

 刀の鍔をこつこつと指で叩きながら不満を漏らしていると、アリッサが撤退した後の下フロアに数名のホーラント兵が雪崩れ込んできた。

「これは……強化兵がやられている?」

「そとにいる奴も死んでる。とにかくここは放棄だ! 死んでるならもうどうしようもない!」

 口々に状況を話している兵士に向かって一二三が飛び降りる。

「うげっ?!」

 そのまま肩の上に膝を載せるようにして一人の兵士を押しつぶす。ついでに頭を掴んでいたので、後ろにそらされるようにして首が折れ、鎖骨ごと上半身を潰すようにして床に叩きつけられた兵士は即死だった。

「な、だ、誰だ?」

「あ~……そうだな。不審者ってところだな」

 ゆっくり立ち上がった一二三は、懐手のまま鉄格子に背中を預ける。

「この!」

 上段から振り下ろされた剣を避け、横から蹴りをくれてやると、剣は格子に引っかかり、兵士は素手のまま転がった。

「周りもよく見て戦わないとな」

 ドン、とブレストアーマーの上から足全体で踏みつけると、兵士は血を吐いて絶命する。 

 別の兵士が突き出した剣に対し、一二三は懐から取り出した十手を軽く振る。

 それだけで引っかけられた剣は兵士の手を離れた。

 突然手の内から奪われたことに唖然としていると、その喉に向かって自分の剣が投げつけられた。

「くらえ!」

 魔法使いが混じっていたのか、剣を投げた一二三に火球が迫る。

 だが、一二三は冷たい瞳で業火を見つめると、手袋をした左手で火球を叩き落とした。

「よっ」

「な、なんだそれ……」

 驚愕する魔法使いに、一二三はゆっくりと近づくと、先ほど火球を叩き落とした時と同様に、平手で相手の顔を殴った。

「あのさ」

「ひぃっ!」

 衝撃で倒れた魔法使いの頭の真横にたち、一二三は見下ろす。

「単にまっすぐ飛んでくる火の玉なんて、百発飛ばされても全部対応できるんだよ」

 だから、と一二三は左手で魔法使いを指差す。

「お前らがやってるのは石を投げてるのと何も変わらん。まして掛け声まで出しやがって。無言でいきなり火炎瓶でも投げてこられた方がもっと対応し難いわ。俺が言っている意味がわかるか?」

「う……うぁ……」

 問いかけられても、まるで金縛りにでもあっているかのように指一本動かせずに震えているだけの魔法使いを見て、一二三は深々とため息をついた。

「ちっ」

 苛立たしげに十手を魔法使いの目に叩きつけ、痙攣して死に向かう相手に興味を無くした一二三は、残っているホーラント兵たちに向き直った。

 視線を向けられた兵たちは、思わず後ずさる。

 火は完全に燃え移り、元あった灯りよりも燃え盛る壁をじわじわと登っていく炎が明るい。

「何のために、わざわざマ・カルメたちをこの国に派遣したと思ってる? お前らがもっとマシな戦いができるようにだろうが。お前らも」

 剣を持った兵士たちを指差した時、一二三はもう怒りの表情を隠そうともしていない。

「馬鹿みたいに剣を振り回すだけじゃねぇか。いい加減腹が立つ。俺がどんだけ我慢して、殺さずに育てる選択をしたかわかってんのか。戦い方を教えて広めるためだけじゃないぞ。強い奴が増えたら危機感を持って鍛えようって奴が増えるのを期待してたんだ。戦い方を工夫して、新しい魔法やら新しい武器やらが出てきて、命がけの争いが始まるのを期待したんだ」

 次第に語気が強まるのを、ホーラント兵たちは震えながら聞いている。

「時間が無かったか? まだ戦う準備ができていないのか? じゃあなんで攻撃した。なぜ逃げようともしない?」

 腰から刀を抜く。

 炎の揺らめきが、刀身を怪しく輝かせる。

「ふざけるなよ、本当に。この世界、これだけ人を殺すのに恵まれた世界で、お前らは一体何をやっていたんだ。まだヒントが足りないのか? それとも、目の間で誰かが死なないとわからんのか?」

 興奮し、熱い息を吐いた一二三は、切っ先で巨人兵の死体を差した。

「あれはいい。あれもホーラントが魔法を研究した結果だろう。あれを倒すのにアリッサは頭を捻った。道具を使い、必要な技術を学び、倒すことができた。最初は俺もそれなりに手こずったからな。だが、それだけか?」

 切っ先は、兵士たちへと向けられる。

「ひょっとして、それだけを頼りに戦争を起こしたのか? 殺し合いの決着がそんな簡単に終わるとでも思ったのか?」

 鼻から息を吸い込み、口から吐く。

「選べ。鍛えた証明を俺と戦って示すか、逃げ出して俺の言葉をお前らの親玉に伝えるか」

 さあ、と一二三が一歩だけ踏み出したところで、残ったホーラント兵は全員が背中を向けて逃げ出した。

 その姿を見て、一二三は深いため息をついた。

「やれやれ……」

 刀を納め、息を整えて気配を消した一二三は、必死で逃げてゆく兵士たちの後をそっと尾行し始めた。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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