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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第一章 王都の一二三
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14.Decadence Dance 【騎士隊にも軋轢はある】

14話目は準備回。戦闘シーン少しだけ。

お楽しみいただければ幸いです。

 オリガたちの気持ちを汲んだのか汲んでないのか、よくわからないまま準備と称して旅の道具を次々に購入しては、闇魔法収納へ放り込んで、また次の店へと突き進む一二三。 オリガとカーシャはさっきまでの悲壮な空気はどこへやら、この世界の旅についての知識を持たない一二三から矢継ぎ早に繰り出される質問に答えながら、あれこれと商品を選ぶのに大わらわだった。

「テントや薪、調理道具と……一応松明も持っていくか」

「ご主人様が闇魔法属性というのは伺っておりましたが、収納魔法の容量は大丈夫なのでしょうか……」

 一般的に闇系統が得意と言われるレベルでも、3㎥程度を収められれば優秀と言われているが、今日買い込んだだけでも、すでに超えている。

「ああ、感覚でいえばまだかなり余裕があるな」

「剣だけじゃなくて、魔法もすごいんだねご主人は」

「闇魔法だけしか使えないけどな。考えてみろ、城の金庫にあった金貨・銀貨の半分が俺の収納の中に入ってるんだ。それでもまだ10分の1も埋まってない。馬車丸ごと入るぞ。馬はダメだが」

「馬車ごと……」

 もはや得意とかいうレベルではない話に、オリガの持つ常識ではついていけない。

 カーシャはあまり魔法に詳しくないせいか、「すごいね」の一言だが。

「そうだ、馬車を買おう。馬もだな。お前たち、馬は乗れるか?」

「アタシ、馭者はできるよ」

「私も、多少は操れますが……」

 答える二人に、違うと一二三は首を振った。

「馬車じゃなくて、一人で馬に乗れるかという話だよ。馬車はちょっとしたお遊びに使うだけだから」

「お遊び……ですか?」

「ああ、お前たちに聞いた話から考えついた。ま、楽しみにしてるといい。それより馬だ。のんびり馬車で旅なんかしたくないし、荷物は気にしなくていいからな。みんなそれぞれ馬に乗って旅をしよう」

 馬屋はどこかとスタスタ歩いていく一二三に追いすがりながら、カーシャは必死で止めた。

「ちょっとまってご主人、アタシもオリガも馬に乗ったことはないよ! それに馬車用の駄馬より人を乗せて走れる乗用馬の方がずっと高いんだよ?」

 カーシャの言葉に、あからさまにがっかりする一二三。

「え~……じゃあ、明日から午前中は対人戦の稽古で、午後は乗馬の訓練な」

「ほ、本気で……」

 絶句するカーシャの肩に手を置いた一二三は、稽古の時の厳しい目で言った。

「騎馬戦は戦の基本だ。矢が尽きて、馬が疲れて槍が折れ、刀が折れて無手(素手)になっても戦えるように、一通りの武芸を治めるのは当然だろう」

「戦? ご主人様は戦争を見据えて訓練をされてきたのですか?」

「ん……戦争に巻き込まれても大丈夫なように訓練をしたんだよ。お前たちも、何があっても自分を守れるように鍛えてやるよ」

 そう言うと、一二三は収納から金貨を十枚ほど取り出すと、カーシャに渡した。

「こ、こんな大金どうするのさ!」

「食料品を買っておいてくれ。塩と砂糖は多めにな。全体で30日は三食楽に作れる程度の量で。腐る心配はしなくていいぞ、収納に放り込むから」

「ご主人様、ヴィシーの国境までは馬車でも五日ですが……」

「それに、そんな量はご主人しか運べないよ?」

「量は多めでいい。自分たちで食うだけが食料の使い方じゃない。荷物は宿に運んでもらうように多めに払えばいいだろう」

 俺は馬と馬車を調達してくる、と一二三は二人から離れて言った。

 向かう方に城が見えるのが、カーシャの不安を掻き立てる。

「さ、カーシャ。指示された買い物にいきましょう」

「オリガは不安じゃないの?」

「不安がないと言えば嘘になるけど、なんとなくだけど、悪いことにはならないと思うの。それに、今は信じてついて行くしかないでしょう?」

「それもそうだね……」


 穏やかな雰囲気で紅茶を楽しんでいる騎士たちは、詰所のドアが音もなく開いたことに全く気付かなかった。

「よお」

「ぶほっ! ……ゲホッゲホッ……」

 急に目の前に座った一二三を見て、パジョーは紅茶を盛大に吹き出した。

「……きたねぇな」

「驚かせる方が悪いと思うんだけど? まったく、レディになんてことさせるのよ……」

 むせて涙目のパジョーは、ささっと汚れたテーブルを拭いて、澄ました顔で座り直した。

「貴方に敵対心を持った派閥もあるから、できればこちらには来て欲しくなかったのだけれど」

「敵対するなら始末するだけだから、大丈夫だ」

 それは大丈夫とは言わないと、ため息をついたパジョーは、詰所で騎士たちの世話をする侍女に紅茶を二つ持ってくるように言うと、中身がほとんど無くなったティーカップを脇へ寄せた。他の騎士たちは、遠巻きに聞いている。

「で、突然訪ねてきたのは何の用?」

「馬と馬車。お前が持ってきた依頼の件で、国が用意するという話だったろう? 馬は乗用馬を三頭欲しい。自分の目で選ぼうと思って、ここに来た」

「……馬車はいらないの?」

「いや、基本は馬に乗って行くが、何度かは普通の馬車のように使うから。二頭引きの幌付き馬車を用意してくれ」

 パジョーが理解できないという顔をしているのに、一二三はにやりと口の端を釣り上げる。

 すっと目の前に置かれた紅茶に口を湿らせ、一二三は語る。

「ちょっとした仕掛けをしてやろうと思ってな。例の侯爵の派閥の子爵、なんつったかな?」

「ハーゲンティ子爵よ」

 侯爵と子爵のつながりは、“社交界の公然の秘密”というもので、裏では何かしらの取引があるのかもしれないが、表立ってつながりは見られない。その為、ラグライン侯爵捕縛後もハーゲンティ子爵は罪には問われていない。

 ハーゲンティ子爵はヴィシーとの国境近くの領地を治める血筋で、武張った所は無いが、抜け目のない男だと言われている。

「例の事件が起きた街の名は?」

「フォカロルの街。ヴィシーへ行く途中に寄ることになると思うけど……一体何をするつもり?」

「まあ、お楽しみは取っておくもんだ」

 眉をひそめて聞いてくるパジョーに、一二三は答えない。

「……疑問は尽きないけれど、希望はわかった。馬車は出発までに手配して、宿の停車場に用意しておく。馬場は別の場所だから、今から案内ということでいいかしら?」

「頼む」

 一二三の返事を受けて立ち上がったパジョーに、脇から声をかけてきたのは、騎士隊の鎧を着た偉丈夫だった。

「こいつが例の敵対禁止令が出ている王女様のお気に入りか?」

「ゴデスラス。何の用かしら?」

「お前には用はねーよ。そこの小僧に用がある」

 身長は180cm程ながら、鍛え上げた筋肉が鎧を着ていてもはっきりわかる。ヒゲをたくわえた顔にニタニタとした笑いを貼り付けて、一二三を無遠慮に睨みつけてくる。

「待ちなさい。自分で言っていたでしょう? イメラリア様から指示が出ていると」

「敵対はしねーよ。ちょっとどんな奴か見に来ただけだ、こんなヒョロいガキに何の価値があるってんだ? お前ら第三騎士隊は弱い奴らの集まりだから、こんな奴でも強く見えるんだろ?」

 あからさまな侮蔑に、パジョーは第三騎士隊への侮辱よりも、一二三が個人ではなく騎士隊そのもの、ひいてはこの国を敵と見なす可能性えの恐怖の方が先に立つ。

 詰所内にいた騎士たちも、さらに距離を置いて状況を見守っている。その表情は緊張していて、武器に手をかけるかどうか迷っていた。

 第二騎士隊は治安維持隊兵士の上位に置かれている部隊で、城詰めが基本の第一騎士隊や諜報が基本でどこにでも一定数配備される第三騎士隊と違い、現場一辺倒になる。どちらかと血の気の多い人間が多く、ゴデスラスもその部類だ。

 しかも、城や文官系の貴族よりも武官・現場寄りな事が悪い方に影響する者も多く、強さや功績と関係なく特別扱いされる者を嫌う傾向があった。

「……見た目でしか判断できない無能が、囀ったところで何の役に立つんだ。こんな無能を飼い殺しにできるほど、この国の財政は余裕があるのか?」

 一二三の質問は、ゴデスラスを無視してパジョーに向けられた。

 ちなみに、オーソングランデの財務状況は、宰相が駆け回って国家の資産を整理し、いくつかの美術品を売りさばいて、なんとか一息ついたというところだったりする。

「無能だと? ガキが特別扱いされて増長しやがって。王女様のお気に……」

 ゴデスラスの言葉は最後まで続かず、不意に膝をついて首を振っている。

「この程度の攻撃も避けられない。何をされたかもわからない。弱すぎるし頭が悪すぎる」

 掌底打ちで顎を横から叩いただけだが、軽い一発でも目眩を起こして立っていられない程度には効いている。

 何が起きたかわからない他の騎士たちは、すっかり狼狽して何もできずにいる。

「行くぞ、パジョー」

「え、ええ……」

「待て!」

 背を向けた一二三に向かって、よろよろと立ち上がったゴデスラスが、ずるずると覚束無い手つきで剣を抜いた。

「パジョー」

「は、はい!」

「あいつ、剣を抜いたぞ? お前たちはどうする?」

 一瞬混乱したパジョーだったが、これは一二三の助け舟だと判断。すぐに周りに居る騎士を見回して叫んだ。

「全員抜剣!」

 そういう訓練もしているのだろう。パジョーの声を聞いた全員が、剣を抜いて構えた。

「そうだパジョー。俺たち騎士が舐められたままにしてちゃいけねー。こいつにはしっかり立場の違いを教えてやらねーとな」

 ニヤリと笑ったゴデスラスだが、パジョーは彼の思惑と真逆の命令を下す。

「全員、ゴデスラスを包囲しなさい! 彼をイメラリア様からの命令違反により捕縛します!」

「なにー!?」

 ようやく目眩から立ち直ったのか、目を見開いて周りの騎士を睨みつけるゴデスラスだが、すでに周囲はぐるりと囲まれているとわかると、パジョーを射殺すような目で睨んだ。

「裏切り者め!」

「裏切り者は貴方よ、ゴデスラス。身勝手な判断で王族の指示を無視する者は騎士隊にふさわしくありません。大人しく武器を捨てて縛につきなさい」

 歯を食いしばって怒りに震えていたゴデスラスが、パジョーではなく一二三を睨むと、遮二無二襲いかかってきた。

「ゴデスラス!」

「こいつが何だって言うんだ!」

 パジョーの制止を振り切った一撃は、一二三の目の前を素通りして床を叩いた。

「あ? なんで当たらん!」

 一二三は踏み込むように見せて身体を引いたのだ。そのためゴデスラスは距離感を狂わされて、斬りつけたはず軌道が空ぶった。

 足元にある剣を踏みつけ、一二三は握りこんだ寸鉄で筋肉の薄い肘の内側を突いた。

 たまらず剣を落とし、腕を押さえるゴデスラスのこめかみにまた寸鉄を打ち込む。

 白目を向いて倒れたゴデスラスを、騎士たちは素早く縄で縛り上げた。

「……始末はそっちに任せる」

「感謝します」

 寸鉄を懐へ戻した一二三の言葉に、パジョーは優雅に頭を下げた。

「ああ、それと……」

「はい」

 頭を下げたまま、パジョーは何を言われるのかと戦々恐々だった。もし怒りをぶつけられるなら、イメラリアへ向かう前に自分が押しとどめなければと、自らを叱咤する。

「俺の奴隷のオリガとカーシャに、明日から馬の乗り方を教えてやってくれ」

「はぁ……い、いえ、喜んでご指導させていただきます」

「快諾してもらえてよかった。あいつら結構頑丈だから、多少無茶してもいいから七日間の間に、騎乗で旅が出来る程度に仕上げてくれ」

 これも仕事のうちかと思いつつ、パジョーは安堵に肩を落とした。


 それから七日間の間、オリガとカーシャにとっては非常に厳しい日々だった。午前中は一二三から人間の骨格から筋肉の付き方をレクチャーされつつ実践で痛めつけられ、午後はパジョーからの馬術指導で股が痛くなるほど馬に乗ることになった。

 特にパジョーの気合の入り方が尋常ではなく、七日間の期限になんとしても間に合わせるべく、騎士訓練所で1ヶ月かける訓練メニューを、馬を変えながら強行した。

 午後がまるまる空き時間になった一二三は、あれこれと買い物をしたり、トルンに新たな武器を依頼して過ごしていた。

「道具も食料もいい。馬も選んだし……あ、そうだ」

 荷物の確認をしながら街を歩く一二三は、不意に立ち止まって振り返り、一人の若い男に声をかけた。

「なあ、パジョーかミダスに伝言を頼みたいんだけど」

「うぇ!? な、なんで……」

「騎士の歩き方の癖はすぐわかるぞ。行軍訓練をしっかりやるのは良い事だが、偽装に響くようならもうちょっと考えたほうがいいだろうな」

 泣き笑いのような顔をしながら、若い騎士はミダスから「どうせバレてるから気楽にやれ」と言われたのを思い出していた。

「わかりました。何を伝えればよろしいんですか?」

「金は払うから、用意してもらいたいものがある」

 騎士は懐から羊皮紙を取り出すと、炭のかけらを布で包んだ筆記具で聞き取りの用意をしている。

「アクアサファイアを一つ。多く出回っているサイズのものがいい。正式に国の認可を得て俺が買ったという証明も付けてな」

「なんでそんなもの……」

「相手を騙すことで利益を得た奴は、一度成功したやり口に固執するものさ」

 だから、考えるのをやめた奴からダメになるんだ。と一二三は城の方を見た。

お読みいただきましてありがとうございます。

ちょっと説教臭いかと思いましたし狙いがわかりやすいですが、

主人公自身そんなに必死に隠すつもりもないようなので、こういう書き方にしました。なんで城を見たかは後々入れようと思っています。

また次回も、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
これが処女作ですか 私泣いてもいいよね? まあ、ネットにあげたのが初めてで、これの前にもいろいろ書かれていたんでしょうが、、、、 あ、今のところすごく楽しんでます。作者様に感謝!五体投地!
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