139.Poker Face
139話目です。
よろしくお願いします。
反省会で槍玉に上がったのはアリッサとイメラリア、そしてサブナクの三人だった。
「アリッサは状況確認をするのに安全圏まで離れるべきだったな。そうすればあのデカブツが出てきたことにも気づいただろう。サブナクは槍を撃ってから突っ込むのは良かったが、速度を求めて歩兵を残したのは失敗だったな。あれは正面から全員で圧力をかけるべきだった」
と、だいたいこういった内容を、実例や地面に線を引きながら説明した。
イメラリアに対しては、最後の最後になってから、
「自分にできることとできないことを把握してから動けよ」
とだけ言われ、アドバイスは何も無い。
解散後、昼食を終えた一二三が適当なスペースで寝転がっていると、アリッサがフォカロルからの兵たちを連れてやってきた。
オリガは一二三に膝枕をしながら、黙って様子を見ている。
「どうした?」
「こ、今夜あたりにホーラントに入ろうと思って……許可を、ください」
アリッサが頭を下げると、後ろに並んでいる兵たちも一斉に「お願いします!」と声をそろえた。
「アリッサ。貴女あれだけの失敗をしておきながら……」
「まあ、待て」
怒りに震える声で注意しようとするオリガを、一二三は手袋をつけた左手を上げて制した。
ひょいと身体を起こした一二三は、座ったままアリッサを見る。
「策は?」
「暗いうちに国境を越えて静かに潜入して、敵の施設を焼いていく。その際に、あの大きな敵が他にいないか、敵の人数とか武器がどれくらいあるのかも確認する」
「それだけか?」
一二三の言葉に、アリッサは躊躇う素振りも見せずに頷いた。
「そのまま戦っても、何をして良くて何がダメかはわからないから。まず情報を集めようと思う」
元々フォカロル領の軍隊を一二三が発足させた時、アリッサは偵察のための部隊を任されている。そのための訓練も受けているし、その結果として王城でのバールゼフォン釣り上げなどの作戦も成功させてきた。
三時間ほど一二三に説教されている間に、どうすれば復讐を果たせるかを考えており、イメラリアが言われた自分にできることをやれという言葉を横で聞いていて、まずは相手を把握することが重要で、潜入工作ならばフォカロル領軍もヴィシー切り崩しの際に何度もやっている。
「で、火を放つのは何故だ?」
「ええっと、書類とかが無くなっていることを知られないようにするためと、敵の武器を多少なり減らすため。後は火災でいぶりだされる人数とか内容を確認したい、です」
指を折りながら説明したアリッサに、一二三は優しく微笑む。
「そうか。なら好きにやるといい。だが、今度は助けは来ないぞ」
「大丈夫! ちゃんとやるから!」
それにしても、と立ち上がった一二三は並ぶ兵士たちを見渡す。
「お前ら、アロセール攻めの頃は夜襲やら潜入やらを卑怯な事だとか考えて青い顔してただろう?」
男たちの中でも特に古参の兵たちは、一二三の言葉に苦笑いを浮かべている。
「領主様、あの頃のことはご容赦ください」
「長官や仲間たちとここまでやってきて、すっかり考えが変わりましたよ。無駄死になんざしたくないし、何より……どんな方法を使ってでも仲間の敵討ちをしなくちゃいけねぇ!」
なあ、と仲間たちに檄を飛ばすと、全員が一斉に野太い声で応えた。
「それに、さっきは長官まで危険な目にあわされましたからね。あいつらは絶対にゆるせねぇんですよ!」
兵たちが口々に話している内容は、最初はマ・カルメたちの復讐だったが、次第にアリッサを怪我させたことへの復讐についての怒りが増えてきている。
一二三の後ろで聞いていたオリガの目はすっかり冷めきっていた。
「ま、本気で殺しに行く気概があるならいいさ。それで、またデカイのが出てきたらどうするつもりだ? 仕返しにぶん殴って、その仕返しに踏みつぶされるのか?」
「おっと。領主様、俺たちだってバカじゃあないんです。ちゃんと対策は決めてますよ。ちょいと道具をお借りしていくつもりなんですがね」
ニヤリと笑った兵士が指差したのは、オーソングランデ兵たちが構築した、防御陣地の一角だった。
「なるほどな」
一二三も、同じような笑みを浮かべて作戦を許可した。
☺☻☺
「このままではいけませんわ!」
と、しがみついていたクッションから涙の跡を残した顔を上げ、イメラリアが大声を上げたのは一二三の説教から生還して二時間経ってからのことだった。
「へ、陛下。その……おかげんは……」
そばに控えていた侍女がびっくりしながらも声をかける。
「あ。ご、ごめんなさいね。驚かせてしまったかしら」
「いえ。それよりもお化粧をいたしましょう。それと、お昼をご用意しております」
言われてみれば、昼も過ぎてお腹が空いていると思ったイメラリアは、自分が泣いていたことを思い出し、薄いながらもしっかりやってもらっていた化粧もすっかり流れてしまっているだろうと赤面した。
「じゃあ、お願いします。恥ずかしいところを見せてしまって、ごめんなさい」
天幕に置かれた折り畳み式の長椅子の上から立ち上がり、クッションを置いたイメラリア。彼女に返事をしたのは、目の前の侍女ではなく、食事の乗ったお盆を抱えて入ってきた女性だった。
「陛下の泣き顔を見られましたので、それで充分です」
「……シビュラさん。どうして貴女がここにいるのでしょうか?」
困惑するイメラリアをよそに、テーブルに盆を置いてポットから紅茶を注いでいるのは、サブナクの妻であり宰相アドルの娘、シビュラである。エプロンドレスをまとった姿は、城で侍女として働いているそのままの格好だ。
「夫へお弁当を届けに来ました」
「わざわざ戦場まで、ですか?」
侍女から受け取った綺麗なハンカチで涙の跡をぬぐい、イメラリアは呆れ顔で席についた。
「ええ、ついでに夫が浮気していないかを確認に。先ほど会って来ましたが、久しぶりに凹んでいる姿が見られて満足です。ご存知でしたか? 夫は失敗してしょんぼりしている時の顔が一番かわいいんですよ」
「真顔で酷いことを言いますわね……。それに、サブナクさんは、浮気なんかする方じゃないでしょう」
戦場ということもあり、イメラリアの食事も簡素ではあった。これも彼女自身が指示してそうさせているというのもある。それでも、兵たちに比べればかなり良い物ではあったが。
ローストされた肉を挟んだパンを一口かじり、ゆっくりと噛んで飲み込む。
「それで、何か用事があって来られたのでしょう?」
「一二三様に陛下が泣かされたと耳にしましたので、痴情のもつれかと思ってお話を伺いに」
「いい加減にしないと、サブナクさんに第二夫人をあてがいますわよ」
「親書をお持ちしました」
スカートのポケットから出てきた書簡を手渡され、イメラリアは頭が痛くなってきた。
「親書の扱いじゃないでしょう……第一、こういう物は誰か騎士が運ぶものではありませんか?」
「たまたま、夫の職場を掃除しているときにヴァイヤーさんがこれを運ぶ騎士をお探しでしたので、いい口実になるから脅しとっ……お願いしてお預かりさせていただきました。馬車は一番速いものを父が用意してくれました」
「親書をそんなふうに……ヴァイヤーさんは減給しましょう」
「あら、可哀そうに」
誰が原因だと思いつつ、イメラリアは行儀が悪いとは知りつつも食事をしながら親書を開いた。
「……ネルガル様の保護に成功したようですわね。嘆願書……ですか。これはわたくしではなく、一二三様やアリッサさんにお渡しするべきでしょうね」
「あら、恋文ではないのですね」
「何を言っているのですか……」
紅茶を飲みながら、イメラリアは深いため息をついた。
「ですよね。陛下のお心はトオノ伯に向いておられるのですから、妙な横槍はご法度ですわ」
イメラリアの腕が震え、カップの半分ほどに減っていた紅茶が揺れる。
「そ、そんな根も葉もない話、どこから……」
「あら、王城の侍女の間ではまことしやかに噂されておりますよ」
トオノ伯に良いところを見せようと思って、戦場まで出てこられたという話は有名ですよ、とシビュラは涼しい顔をして話す。
「だ、誰がそんな話を……」
「もちろん、私です」
「ブフッ!」
断言したシビュラに、侍女が思わず噴き出した。
震える手でかろうじて紅茶をこぼすことなくテーブルへと置いたイメラリアは、目の前のシビュラをにらみつけた。
「ま、まったくもって不愉快ですわ。とにかくもう、用事が終わられたなら早く王都へお帰りなさい。ここは戦場です。色恋沙汰の話など不要です」
「陛下。アピールは何も殿方と同じ土俵である必要はありません。むしろ、狙いの殿方ができないことで目立つのです。殿方は自分に無い物を持っている異性に惹かれる、という話が……」
「出てけ!」
では、夫をもう少しからかってから帰ります、とシビュラは平然と天幕を後にした。
「……なんだか、どっと疲れましたわ」
その後、今後について考えているところにアリッサから夜襲をするという連絡が入り、さらに疲れた顔を見せたイメラリアだった。
☺☻☺
国境のホーラント側は、朝の敗戦の影響か、陽が落ちてもかなり混乱している様子で、 それを一二三はホーラント側にある建物の屋根の上からぼんやり見下ろしていた。
ホーラント側国境警備兵のための宿舎で、屋根のうえにも数名の歩哨が行き来しているが、隅の暗がりで闇魔法を応用して作った影に隠れている一二三に気づく様子は無い。
(ちょっと早く来すぎたな。暇だ)
オリガに持たされた野菜とあぶり焼きにした何かの肉を挟んだサンドイッチを食べながら、アリッサたちが攻めてくるのをただ待つ。
アリッサが通知した夜襲は、最初はイメラリアからもサブナクからも反対された。
朝のうちにやった戦闘でホーラント側にはまだ強力な武器が存在する可能性もあり、夜襲だからと言ってうまく奇襲できるとは限らないからだ。
しかし、アリッサはすでにそうすることを決めていたうえ、その“可能性”を調査するための作戦だと言って譲らなかった。
結局、イメラリアは最終的に許可をした。
あくまで攪乱と調査を目的とすること、ホーラント内へ深く進攻したりしないこと、情報はすべてイメラリアおよびサブナクと共有することを条件とした。
「卑怯だと思われるかもしれませんが、お願いいたします。わたくしたちも情報が欲しいというのが正直なところなのです。本当ならば、もっと安全な方法をとりたいのですが」
代案も出せない以上あまり強く反対はできない、とイメラリアはこぼした。
「わたくしはわたくしなりにできることを考えます。今すぐには何とも言えませんが、アリッサさんの情報から、わかることもたくさんあるでしょう。失敗したわたくしが言うのも妙ですが、どうか、無事に戻ってきてくださいね」
イメラリアはアリッサの手を取ってしっかりと握手をすると、ぞろぞろと兵たちを引き連れて準備のために離れていくアリッサを天幕の外に出て見送った。
その様子を黙って見ていた一二三に、サブナクがそっと近づいた。
「一二三さん、アリッサさんが何かとても張り切ってますけど、何かあったんですか?」
「あれはあれで必死なんだろ。仲間がやられた分を、なぁんにもやり返してないからな」
それより、と一二三はサブナクをにらみつけた。
「お前の嫁がオリガに何か話しかけてたんだが、何を吹き込んだんだ?」
「え、シビュラが?」
ぶわっと顔に汗が噴き出したサブナクは、何も知らないと言う。
「き、急にこんな所まで来たと思ったら、今日の失敗をさんざん笑われたんですよ……オリガさんが、何か言ってたんですか?」
「知らん。やれ食事は自分が作ったとか、道着を繕いましょうとか、肩がこってないかとか、変にまとわりついてくる」
「何それうらやましい……じゃなくて、それならいいじゃないですか」
「いや、流石に鬱陶しい。それより、俺は夜に備えて寝るから、天幕を一つ借りるぞ」
手をひらひらと揺らしながら、資材を置いている場所へと向かう一二三に、サブナクは笑いかけた。
「アリッサさんについていくんですか?」
「いや、見るだけだ」
振り向いた一二三もまた、笑顔を浮かべていたが、サブナクのそれとは性質が違う。
「あいつは俺が拾って鍛えてみた奴だからな。成功にせよ失敗にせよ、確認しておきたい」
今後の戦いが楽しくなるかどうか、アリッサの作戦遂行を見て判断するつもりだ、と一二三は去っていく。
「一二三さん……」
サブナクには何となく想像していることがある。一二三は、作り上げたものが派手に壊れていくのを見たいのではないかという予想だ。
その時、壊れていくのはなんだろうか。フォカロルの兵士たち、この国、この世界。
どこまで破壊されれば、一二三は満足するのだろう。
壊してしまった後、一二三はどうするのだろう。
「考えても、仕方のないことだけれど……」
サブナクの思考は、怖い想像ばかりを勝手に生み出しては、自分自身を不安にさせていった。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。