138.My Hero
138話目です。
よろしくお願いします。
イメラリアがいるオーソングランデ側陣地からは、巨人が国境の砦を迂回して塀を乗り越えて出てくるのが見えており、アリッサたちが砦の上部に吊り下げられた何かに気を取られて、巨人に気づいていないことまでわかった。
「サブナクさん!」
「投槍器は巨人に向かって一斉射撃! 騎兵は僕についてこい! 右から迂回して巨人の注意を引く! フォカロル兵は左から回って彼女たちの救出を!」
声を張り上げ、サブナクはフォカロル兵からの返事も聞かずに馬に飛び乗った。
躊躇いなく囮になることを選んだサブナクに礼を言い、フォカロル兵たちは素早く台車を走らせる。
騎兵たちが駆け出した瞬間、オーソングランデ兵たちが槍を射出。
数本の槍が刺さり、叩き落されたアリッサに迫る巨人が悶絶する。
混乱に紛れ、イメラリアも馬に飛び乗り、サブナクではなくフォカロルの兵たちと共にアリッサの元へと向かう。
護衛の兵たちから諌める声が聞こえたが、今のイメラリアには窮地に陥ったアリッサしか見えていない。
さらに、馬上から叩き落されたアリッサに巨人が迫り、焦燥感を掻き立てられる。
「嫌だ! みんな逃げて!」
「アリッサさん!」
落馬しながらも、仲間に声をかけるアリッサは、後ろから迫るイメラリアたちに気づいていない。
「アリッサさん! 手を!」
「……え?」
叫び声に振り向いたアリッサ。その瞬間、救援に来たフォカロル兵から一斉に槍が放たれ、巨人は握っていた槍を取り落した。
馬に乗って自分に手を伸ばしているイメラリアの姿が目に入っても、それが何か一瞬わからなかった。
「お、お姫様?」
「女王様です! 早く手を!」
呆然として言われるままに差し出された右手を、イメラリアはしっかりと掴んだ、が、鍛え挙げた兵士ならともかく、相手が少女とはいえ武装をした一人の人間を引き上げられるような腕力はない。
「きゃっ!」
「うわあっ!」
アリッサの手を握ったまま、イメラリアが落馬する。
その間にも、フォカロルの兵たちが同僚を台車に回収していく。
「今だ! 全員台車に乗れ! 長官も早く!」
「う、うん!」
気を失ったイメラリアを抱えて、アリッサは右膝をついて無事な左足を踏みしめた。
さらに槍を受けて暴れている巨人の向こうでは、サブナクが率いるオーソングランデの騎士たちがホーラントの兵たちに足止めを受けている。だが、そのお蔭で巨人以外の敵勢力がこちらに来ていないのは確かだ。
台車が自分の横に来たところで、イメラリアを先にと兵士に託したアリッサは、痛みをこらえて片足立ちになり、横たえられたイメラリアの横にと座る。
「いいよ!」
「では……危ない!」
兵士が叫び、その視線の先を見る。
暴れる巨人が、太い腕をめちゃくちゃに振り回しながら、アリッサたちがいる方面へと迫っていた。
体中を槍に刺されてハリネズミのようになった巨人は、何かを見ているわけではなく、ただただあばれている。しかし、その腕が一振りされるごとに人間がはじき飛ばされていく。
そして、一歩で二メートルは進む巨体が、すでにアリッサを見下ろすほどに迫っていた。
「ううっ!」
逃げる時間は無い、と判断したアリッサは、せめてイメラリアだけでも守るため、その細い身体を隠すように覆いかぶさった。
「……一二三さん!」
情けないと思いつつも、自分の中で一番頼りになる人物の名前が口をついて出た。
助けてほしいとは思っていなかった。ただ申し訳ないと思った。偉そうに自信満々に、自分が仲間を救うと宣言しながらも、間に合わず、さらにはついてきてくれた兵士たちさえも敵の手に蹂躙され、自らの命も今、失おうとしている。
もし、一二三に何かを伝えるならば、伝えたいことは一つだった。
「ごめんなさい! 一二三さん!」
「そうだな。海よりも深く反省しろ」
「……うぇ?」
聞こえるはずのない声と共に、地響きが聞こえる。
「こうやってな、踏み出した足を少しそらしてやるだけで、人間の体は簡単に倒れるわけだ」
「なるほど。勉強になります、一二三様」
アリッサが顔を上げると、そこには横倒しになり、槍が深々と刺さって苦しんでいる巨人と、その前でオリガに向かってのんきにレクチャーをしている一二三の姿だった。
「二本の足で立っている人間のバランスは基本的に悪い。片足を踏み外したり、重心の位置が両足の間から外れたりするだけで、簡単に転ぶ」
「ひ、一二三さん!?」
「うるさい。さっさとあっちに戻れよ。とりあえず今回のお前の指揮と行動は不合格な。……そこでのんきに気絶してる阿呆もだ」
イメラリアを指差した一二三は、巨人に向き直って刀を抜いた。
隣に立つオリガは、三歩だけ下がって、一二三を凝視している。
「うう……」
感動の救出シーンのはずが、イメラリアとそろって不合格と言われて、アリッサは半べそで肩を落とした。
「と、とにかく長官。ここは領主様にお任せして、陣地まで退きましょう」
「うん。お願い……」
怪我人を含めたフォカロル兵たちは、台車に分乗して陣地へと去っていく。
サブナクたちも、状況を見て撤退を始めていた。
「ほら、立てよ。まだ生きてるだろうが」
台車の車輪から響く轟音の向こうで、一二三が巨人を蹴り飛ばしながら冷たく言い放つのが聞こえて、ようやくアリッサは自分が助かったという実感が沸いた。
と同時に、今回の失態を思い返して気が重くなる。
「お、怒られる……」
どんな罰が待っているのか、巨人と対峙しているときよりも身体が震えるアリッサだった。
☺☻☺
“エルフと獣人を王都へ送ろう”と言い出したのは、他の誰でもないカイムだった。
首をかしげる他の文官たちにカイムが説明した理由としては、このままフォカロルに滞在しても、いつ領主である一二三が戻るかわからないこと。立ち位置のわからないゲストに対してどう接していいか解らず、職員のストレスがたまると懸念されること。敵意の無いエルフや獣人に対してどのように扱うのか、オーソングランデ自体に規定が存在しないため、その判断を王都で直接女王にしてもらうのが早いこと。
最後は詭弁にしか聞こえないが、すべて王都の連中に押し付けてしまおうという意見には、誰もがもろ手をあげて賛成した。
さらにダメ押しになったのが、
「奥様とあの兎獣人が争うことになったとき、領地に被害が及ぶのは避けたいと思います」
という、カイムの冷静かつ誰もが口に出すのを憚った言葉だった。
方針が決まれば動きが早いのがフォカロル領主館の職員たちだ。
あれよあれよとカイムが予算を組み、ブロクラによって旅の準備が行われ、ミュカレが護衛の兵士を選抜し、二日後には旅に出る準備ができた。
三日目の朝には馬車の中だったプーセたちは、あまりの展開の速さに頭がついていっていない。
「……ええっと、どこへ向かっているんでしたっけ?」
「たしか……“オウト”とかなんとか……」
プーセの質問に兎獣人のヴィーネがおぼろげな記憶を掘り起こしていると、馭者と並んで座っていた文官のパリュが「そうですよ」と声をかけた。
「王がいる都と書いて“王都”。この国の中心地です。王もその都市におられますし、領主様である一二三様も、そこに滞在されているか、少なくとも通られています」
「そこも、フォカロルみたいに人間が沢山住んでるの?」
「フォカロルよりも、今のところは人口も多いですよ」
ほえー、と口をあけて想像つかない人間の数に、怖いやら興味が掻き立てられるやら、複雑な顔をするマルファスの頭をぐりぐりと撫でまわしながら、ゲングがパリュを見た。
「するってぇと、王様は一二三さんより強いんですかい?」
すげぇや、と感心するゲングに、パリュは困惑した。
「今の王様は私と同じくらいの年齢の女性ですよ。お会いしたことはありませんが……たぶん、領主様より強いということはないかと」
「へぇ。てぇこたぁ、その女の王様は一二三さんより知恵があるってことでやすな。てぇしたお人がいるもんだ」
そういうわけでもないだろう、とパリュは思ったが、いちいち訂正するのも面倒になってきたので、そういうことにしておく。
「ご主人様は、どうして王都に行かれたのですか?」
「えっと……」
ヴィーネの質問に、パリュはどこまで説明していいか迷った。自分自身もそこまで詳しくも無いので、当たり障りのない説明をしておく。
「隣の国から攻撃されたので、国境の町に応援に……」
「応援?」
獣人たちやプーセが、顔を見合わせて困惑している。
「こういっちゃなんですが、あの一二三さんが誰かを応援に行くなんてこたぁ、ちょっと想像つきやせんぜ」
「ああ、そういう……」
ゲングの言葉で、一二三が荒野でも相変わらずの行状であった事を理解したパリュは、訂正することにした。
「言い方を変えれば、戦いがあるからそこへ行かれたわけです」
「なるほど。そういうことですね」
プーセが頷き、他の獣人たちも納得の顔をする。
「あの、出発してから言うのも変ですが、こんなに良くしていただいて良いのでしょうか?」
荒野の旅路も、獣人たちの自慢の脚力で踏破してきた彼らにとっても、馬車という乗り物は楽で快適だった。
エルフであるプーセにしても、森を歩き回っていたので脚力には自信があり、こっそり魔法で疲労回復をしていたのだが、歩かずに済むならそれに越したことはない。
ヴィーネとしては、こんな楽ができるのは地位の高い者だけではないかと、内心気が気でなかった。
「大丈夫ですよ。貴方方は私たちの領主である一二三・遠野伯爵のお客様です。これくらいの事は当然ですから、何も気にすることはありません」
「一二三さんって、すごい人なんだね」
マルファスが素直に感心しているのを、パリュは内心で(いろんな意味でね)と付け足して、笑顔の中に冷や汗を隠した。
「とにかく、王都まではまだ数日かかります。荒野を抜けてお疲れでしょうから、ゆっくりお過ごしくださいね」
「ありがとうございます」
お礼を言って、ヴィーネはいよいよ一二三に会えるかも知れない、と期待を抱きながら、後ろ向きに流れていく石畳の街道を見つめながら、主人の面影を脳裏に思い浮かべていた。
☺☻☺
巨人との戦いは何度目だろうか、と一二三は槍の刺さった足が横から迫ってくるのを見ながら考えていた。
伏せて回し蹴りを掻い潜りつつ、サンダル履きで露出している軸足親指を思い切り踏みつけた。
爪が割れて血があふれるが、巨人は気にすることもなく今度は踏みつけてくる。
「ふん。やはり痛覚が麻痺しているか」
くるりと体を翻し、踏みつけを避けた一二三は、足の甲に突き立っている槍を思い切り上から殴りつけた。
鈍い音を立てて足を貫通した槍は、地面にまで刺さり、巨人の左足を固定する。
それすらも無視して、巨人は右足を振り上げた。
「やれやれ」
迫る巨大な足に向かい、一二三は右へと身体を滑らせながら、刀を振るう。
踏み出された足、そのすべての指が滑り落ち、踏みつけた勢いのまま、巨人は倒れた。
「指が無いと踏ん張れないのは、痛みが有ろうが無かろうが同じよな」
巨人の耳から刀を刺し、そのまま延髄まで斬り裂く。
びくん、と全身を痙攣させると、巨人は永遠に動かなくなった。
「デカいだけじゃなぁ」
一二三が懐紙で刀を拭いながら視線を向けると、巨人が倒されたことに驚いたホーラント兵たちが、サブナクやアリッサたちにやられた兵の身体を引きずりながら、国境の向こうへと撤退していく。
見上げると、マ・カルメたちの死体が風に揺れていた。
「どうやら、お前らが敬愛するアリッサによる復讐は、もうちょっと時間がかかりそうだぞ」
「……一二三様。お疲れ様でした」
そばに来たオリガに、一二三は刀を鞘へと差し入れながら向き直った。小柄な彼女の向こうから、台車が再びやってくるのが見えた。
「マ・カルメたちを下ろしてやれ。台車に載せていけばいい」
「承知しました」
オリガが投げた手裏剣がロープを切り、十の死体が地面へと落ちる。
陣地へと戻る一二三の横を通り過ぎた台車が、それらを回収するためにガラガラと音を立てて走っていく。
「さて」
陣地へ戻った一二三は、アリッサに回復薬の小瓶を放り投げながら一同を見まわした。
イメラリアも意識を取り戻しており、半べそで肩を落として座っている。
「どいつもこいつもやらかしてくれたな。あ?」
部隊を整理し終えたサブナクがやってくると、一二三は彼にも座るように指示する。
「サブナクにも言いたいことがある。とりあえず座れ」
「えっ……あ、はい」
咳払いをした一二三は、懐から羊皮紙を取り出した。
「後ろから戦いぶりを見せてもらった。それを踏まえて今から反省会な」
反省会という名の小言の嵐は、昼になって一二三が空腹を覚えるまで続いた。
お読みいただきましてありがとうございました。
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