134.Hurricane
134話目です。
よろしくお願いします。
サブナクを含む十五名の騎士と、同様に護衛を連れたビロン伯爵を従えたイメラリアが国境が見える位置までたどり着いた時には、朝日がしっかりと視界を確保してくれていた。
街道から外れた茂みの中、爽やかに冷えた朝の空気を吸い込みながらも、イメラリアは不満顔である。
「どうしてこんなものを被らないといけないのですか」
草や葉を張り付けた布に包まれて、細い指でつまんで前を合わせているイメラリアは、同様の格好で隣にいるサブナクに非難の視線を向けた。
「我慢してください。これも相手から見つかりにくくするためです。それより、あれを見てください」
サブナクが指差した先では、国境の手前、オーソングランデ側の兵士詰所や宿舎周辺でで忙しそうに立ち回る兵士たちと、彼らに交じって何かの作業をしている市民の姿が見えた。
「何をやっているのでしょう?」
「おそらくは、こちら側の施設を接収し、大工なりに改装をさせているのでしょうな」
ビロンが冷静に答える。
ガラスの加工が未熟で、レンズというものが存在しない世界だが、簡素な筒で遠方を見やすくするやり方はある。ビロンが使っているのも、木製の単なる筒ではあったが、無いよりはましだった。
手渡された筒を覗き込んだイメラリアは、宿舎周辺にいる兵士たちの装備を確認し、魔法使いはいないようだと判断する。
「大した人数はいないようですね。兵士だけなら二十人くらいでしょうか」
「ええ、こちら側にいる分だけならそうですね」
両手を筒状にして覗き込んでいるサブナクは、問題は塀の向こうだと言った。
「ここから見える分には、変わった設備等は見えません。あるいは、これから作るのかもしれませんが。義兄……ビロン伯が言われるように改装をしているのであれば、何かしらの設備を運び込もうとしている可能性もありますね」
「建物を使う程の大規模な魔法装置だとすれば、大問題です。まだ解明できていない古代魔法の中には、大規模な殲滅魔法もあると聞きます。もし同様の物をホーラントが発見なり開発したとすれば……」
イメラリアは、じっと国境を凝視したまま考える。
こういう時、一二三ならどうするだろうか。
(正面から突撃されるような気もしますが……)
内心苦笑しながら、以前に言われた事を思い出す。
「サブナクさん、ビロン伯、協力して国境周辺を常時監視する体制を整えてください。何か動きがあればすぐに知らせるように。そして……」
指示するかどうか躊躇われたが、そうしなければならない、とわかっている以上、人を動かして結果を得るのも自らの仕事だとお腹に力を入れて、声を絞り出した。
「夜間、可能な限り国境へ近づいて偵察をさせてください。できれば、塀の向こうまで確認するように」
それは危険な任務であり、見つかれば命の保証はない。
それでも、国を危険に晒よりは良い。
そう思わなければ、やりきれない。
「陛下」
ビロンは、被っている布の隙間から白い歯を見せて笑った。
「そのご決断を無にしないために、兵たちは訓練しているのですよ」
「そうですよ。必要だとお考えであれば、どんどんやるべきです。ぼくも、そのご命令は当然の事だと思います。むしろ、ぼくが出すべき指示でした」
全てわれわれにお任せください、と両方から言われ、イメラリアは少しだけ心が軽くなった。
ゆっくりと後退し、サブナクとビロンはそれぞれの兵に指示を出す。
イメラリアは被っていた偽装のための布を取り、乗馬服に張り付いた草を払い落とした。
「ところで、このちょっと間抜……変わった格好は、どなたの考案ですか?」
布を兵士に返したイメラリアの質問に、兵士たちは顔を見合わせた。まさかイメラリアが知らないとは思わなかったらしい。
「あの……トオノ伯爵領からの兵士に教わりました。遠目から見えにくくすることで、ゆっくり監視できるようになるから、と」
「……そうですか」
想像以上に一二三の薫陶が行き届いていることに、喜んでいいのか恐怖するべきか迷いつつも、イメラリアはかなり冷静に思考できるようになっていた。
「興味がありますわね。一二三様の兵士から、他には何か教わりましたか?」
「はい。個人戦から集団戦闘、陣地攻めや、逆に防衛の方法も……」
女王から直接質問を受けた兵士は、ガチガチに緊張しながらも、懸命に訓練を思い出し、内容を羅列する。
その中で、イメラリアには気になることがあった。
「……その方法は、他の教導部隊からも各領地に指導がされているのでしょうか?」
「恐らくはその通りかと。教本のようなものもありましたので」
「なるほど。ありがとうございます」
「い、いえ! 恐縮であります!」
女王直々に礼を言われた兵士は、カクカクと強張った動きを仲間に笑われながら受け取った布を大事に抱えて後退した。
「ホーラント側も、同様のやり方を知っている可能性が高いということですね……」
やっかいな種を蒔いてくださったものです、とイメラリアは嘆息した。
頭の中の冷静な部分では一二三に助けを求める考えもあったが、それが正解だとは、どうしても思えなかった。
☺☻☺
「……どうしましょうか?」
「そこまで考えてませんでしたけど……話しかけるのはダメですか?」
プーセが悩む姿を見て、片耳兎のヴィーネが素直に答えた。
長い日数をかけて荒野を抜けてきた彼女たちは、ようやく見えてきた人間たちの町へ続く街道の入り口を前に、どう接触するかを迷っていた。
彼女たちにはわからなかったが、ちょうどフォカロルとアロセールの中間地点あたりに位置する街道途中にある小さな町のすぐ近くだった。
「あっしらは獣人族ですからねぇ。顔を出したとたん、攻撃されてもおかしくありやせんぜ」
「笑ってる場合じゃないよ」
いや参った、と頭をかいているゲングに、マルファスは首を横に振る。
「プーセさん。とにかく話をしに行きましょう。ここで色々考えても仕方ありません」
「……そうですね。わかりました」
恋する乙女は強いですね、とからかいつつ、プーセはゲングたちにいざとなったらプーセとヴィーネが魔法でけん制してから、さっさと逃げましょうと伝えた。
「わかりやした。なぁに、レニさんがいつも言ってるように、とにかく話をしてみましょうや」
「じゅ、獣人族!?」
「それに……あれは人族じゃない、エルフか? 初めて見た!」
突然現れた獣人族とエルフのグループに、警備をしていた兵士たちは浮足立った。
本来であれば急いで応援を呼ばなければならないところだが、あまりに予想外の状況にそれすらも忘れてしまった兵士たちは、どんどん近づいてくる獣人たちをじっと見ているしかできなかった。
「あの……よろしいですか?」
話しかけたのはプーセだ。
耳以外の容姿は一番人間に近いということで、最初に彼女が話すことになった。
「は、はい!」
近くでみると、エルフ独特の整った容姿に、話しかけられた兵士も思わず上ずった声で返事をする。
「私たちは荒野の向こうにある町から来ました。何分、こちらへ来たのは初めてなもので、教えていただきたいのですが」
恐る恐る、自分より背の高い兵士に上目使いで話しかけるプーセは、初対面であればどこか可憐なお嬢様にも見えたかもしれない。
「ええっと……」
兵士はドキドキと鼓動を早めつつも、プーセの後ろで待っている獣人たちを見る。
犬の獣人はいかにも強そうで怖いが、他はなぜか片耳しかない兎の獣人女性と、虎獣人とはいえ、子供にしか見えない。
「彼らは私の連れです。ある人に会うために旅をしているのです」
「ある人、とは?」
もしご存じであれば助かるのですが、と前置きをする。
「一二三さんという人です。黒い髪の、ちょっと変わった」
何が変わっているかは言わない。
「ひふみ? ひふみ……あぁ!」
声をあげ、隣の同僚を見ると、同じように目を真ん丸に見開いている。
「りょ、領主様じゃないか!?」
「間違いない……どうしよう……と、とにかく詰所に来てもらって」
「馬鹿野郎!」
彼らが使っている詰所は、男所帯の多くがそうであるように、掃除が行き届いているとはお世辞にも言えず、来客など全く想定していない。不審な人物を連れて話を聞くための小さなテーブルとイスがある程度だ。
怒鳴り声をあげた兵士は、へらへらとした笑顔でプーセに「少々お待ちを」と伝え、同僚の腕を引っ張って少し離れた場所に移動する。
「なんでダメなんだよ」
「よく考えろ。あんな上玉なんだ。ひょっとしたら領主様が荒野で見つけてきたコレかもしれん」
「えっ」
言いながら小指を立てて見せた兵士に、同僚の顔が青ざめた。
「それをあんな狭苦しい詰所に入れたなんて、領主様に知れてみろ。文字通り首だけにされるぞ」
「じゃ、じゃあどうしたら……」
「とにかく待ってもらえ。急いで隊長に知らせてくるから」
と、言うなり全力疾走で責任者に報告を届けると、聞かされた方も思わず立ち上がり、少なくとも自分の立場ではどうにもできない。というより、そんな判断をしたくもない。
「急いでフォカロルへ護送……いや、丁寧に、気を使って丁寧に、細心の注意を払ってお送りするのだ!」
その命令は、もはや悲鳴に近かった。
☺☻☺
盗賊を殺しながら、一二三はふと考えた。
「大規模な戦争ってのは、この世界ではほとんどやってないんじゃないか?」
「ぎゃあああ……は、離せぇ!」
足元で、手首を極められてうつ伏せになっている盗賊の声が聞こえる。
「大規模というと、どの程度でしょう?」
オリガは、鉄扇で別の盗賊の首を叩き折りながら、一二三に笑顔を向けた。
「そうだな。例えば十万とか二十万とかの軍勢どうしがぶつかるような。何万人も殺されるような戦闘だな」
一二三が振り向いたはずみで肩の関節が外れた盗賊は、大きな悲鳴を上げたところで首を踏み折られた。
「それは無いかと。オーソングランデの全兵力を集めても、五万いかないでしょうから」
「そうか。大体の戦闘は平地でぶつかり合うという形だったな。運用を考えても、その辺が限界か」
「そうですね。兵をきちんと組織化して役割を決めて運用するという方法が、一二三様のご提案より前にはありませんでしたから。せいぜい、魔法使いか歩兵かの区別程度でした」
「ふぅん」
一二三は次の盗賊が振り下ろした剣を避け、軽く拳を当てて鼻を折る。
「ぶぎゃっ!」
鼻を押さえるために持ち上げた左手は、一二三に掴まれて手首を捻り折られた。
「それでか」
「何がです?」
オリガの風魔法が、逃げようとした盗賊の首を後ろから切断する。
「ヴィシーとの戦闘の時も、他での模擬戦をやっても、何のためらいもなく敵地に飛び込む奴が多かったからな」
自分が今やっていることを完全に棚に上げた発言に、オリガはクスリと笑った。
「誰もが一二三様のようにお強ければ良いのでしょうけれど……。私も以前はそうでしたが、誰も彼もが、腕っぷしと武器の強さが一番大事だという考えですから」
ですが、これからは変わります、とオリガはもう一人を風魔法で殺した。
その間に、一二三も二人の盗賊の首を折る。
「戦争に道具が持ち込まれました。魔法もただ攻撃するだけではなく、魔道具が使われ、魔法薬も。罠が一般的になり、防衛も兵が出て行って戦うのではなくなります。それはそれは多くの方法があり、攻める側も守る側も、たくさん考える必要が出てきましたね」
外にいた盗賊が全員死に、二人がそろって盗賊が隠れ家にしている洞窟の前に立つと、オリガは鉄扇を腰に提げ、魔法で中にいる人物を探す。
「こんどのホーラントでの戦闘で、それが見られるならいいんだが」
「少なくとも、アリッサはしっかりとやってくれますよ」
「問題はホーラントと、イメラリアか」
中の調査を終えたオリガは、再び鉄扇を手にする。
「イメラリア様にはサブナクさんが付いて行っているようですし、ホーラントも一二三様の兵士がしっかり指導したでしょう。それに、ホーラントには魔法や魔道具もありますから。……中には十六人います。うち三人は動いていませんし、女性のようですね。まだ息はあるようです」
「そうか」
その女性たちがなぜ盗賊のいる洞窟にいるのかは、お互いにわかりきっているため言及しなかった。
「特に変わった物の感触はありません」
「じゃあ、入るか。女は任せた」
「わかりました」
刀は腰に差したまま、無手でぐんぐん入っていく一二三の後ろを、オリガは鉄扇を構えたままついていく。
「もし」
一二三がぽつりとつぶやくのを、オリガは聞き逃さない。
「もし、世界が一斉に戦いに巻き込まれたとしたら」
「はい」
「地理的に王都が主戦場になるかもな。人間対亜人ということになれば、そうだな……一番可能性が高いのは、俺の領地か」
一人の盗賊の両目を、出会い頭に両手の親指で潰した一二三は、そのまま固い岩壁に後頭部を叩きつけて殺した。
「魔人族は俺を殺しに来る。うまく事が運べば、イメラリアもそうするだろう。獣人はどうだろうな。あまり関わろうとしないかもな。俺が囲まれた状態になれば、ヴィシーあたりもまた攻めてくるかもな」
「それはそれは、楽しい未来図ですね」
「だろう?」
死体を通路の隅に蹴とばした一二三は、それにしても、と呟く。
「領軍はまだ到着しないのか」
「彼らも一二三様の兵です。きっとすぐに追いつきますよ」
二日後、フォカロル領兵が軍の進行速度としては異常な速さで追いついたのだが、その頃には、町の周囲にいた盗賊や凶悪な魔物は綺麗に片づけられていた。
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