133.Putting In Holes Happiness
133話目です。
よろしくお願いします。
ホーラントとの国境警備にあたっていた兵たちからの連絡が無く、遠目から監視していたビロン伯爵領の兵たちによって、国境周辺がすでにホーラント兵で固められているとの状況報告が届いたとき、ビロンの執務室にはイメラリアとサブナクの姿があった。
報告を聞き終わり、ビロンはイメラリアに向き直り、深々と頭を下げた。
「陛下。国境に領を持つ臣として、此度の損害は私の不徳の致すところと痛感しております。いたずらに陛下の兵を失いました事、その責はこのビロンにございます」
「いいえ、それは違います。ビロン伯爵」
面を上げるように促したイメラリアは、ビロンには何ら落ち度は無いと断言した。
「全てはアスピルクエタと彼に協力した一党と、ホーラントにあります。ビロン伯爵、貴方は自らの兵によってアスピルクエタたちを捕縛したという功績はあれど、責を負うべき点はありません」
「……ありがとう存じます」
「わたくしたちが今やるべきは、ホーラントへの対応です。ビロン伯爵、協力をお願いいたします」
「御意のままに」
状況報告についてさらなる吟味を行うため、ビロン伯爵の館は臨時でイメラリアが滞在する指揮所とされ、国軍はミュンスターの中にある建物に分宿することになった。
そして、当日のうちに肝心のホーラントへの対応に付いての軍議が開かれると、最初に口を開いたのはサブナクだった。
「まず気になる事があります。ホーラントは前回のトオノ伯爵による攻撃によって手酷いダメージを負っています。誰よりも彼の力を知っており、また少数ゆえ対抗することができませんでしたが、彼の持つ領軍の戦闘力についても解っているはずなのですが」
「なぜ、オーソングランデの警備兵やフォカロル教導部隊に対して攻撃をしたのか、ということか」
サブナクの疑問を受け、ビロン伯爵が確かに、と頷いた。
「名分としては“オーソングランデから攻撃を受けた”というところですか」
「あるいは、フォカロル領教導部隊を“侵入者”として扱うという事も考えられます。我が方に目撃者がいるというわけではありませんので、ホーラント側でどうとでも言えることですね。おそらくは、一二三さん……トオノ伯に対抗しうる何かの準備ができたのでしょう」
ビロンが用意した軍議の場にいるのは、イメラリアとサブナク、ビロンの三人だ。一人の侍女が飲み物を用意するために待機しているが、他の護衛たちは全て部屋の外に待機している。
紅茶を傾けたサブナクに、イメラリアは首を傾げた。
「対抗しうる何か、というと強力な魔法や武器、といったところでしょうか」
「中途半端な話で申し訳ありませんが、ホーラントといえば魔法でしょう。あるいは何かしらの魔法具の開発ができたのかもしれません」
当然ながら決定的な資料もない状態では有効な対策も立てられず、あれこれと言葉を交わしながら時間だけが過ぎていく。
一時間程経ち、埒があかないので現状の見直しをしましょう、とイメラリアが発言した時、サブナクが手をあげた。
「よろしいですか」
「何か思いつきましたか?」
「状況がわからないのであれば、見に行きましょう」
サブナクの発言に、イメラリアもビロンもキョトンとしている。
「ええっと……サブナクさん、見に行くというのは?」
「そのままの意味です、陛下。情報が無ければ現場を見に行くのが一番手っ取り早いのです。これは一二三さんからの受け売りですが、あれこれ考え込んでいても答えはでません。わからないならそこへ行く。それが一番早くて正確です」
「言うのは簡単だけれどね」
ビロンは眉間を抑えながら言う。
「誰がそれをするんだね? トオノ伯のように個人として強力な人物なら、怖いものなしでどこへでも入っていけるだろうけれど」
「それはもちろん、ぼくが行きますよ」
言い出した責任がある、とサブナクは立ち上がる。
「ご存知の通り、ぼくは第三騎士隊の隊員として捜査関係は慣れています。連れてきた中にも第三騎士隊出身が何人かいます。多少は一二三さんから教わったこともありますし、ちょっと遠くから自分の目で確認しに行くだけですよ」
だから大丈夫です、と笑うサブナクを見て、イメラリアも立ち上がる。
乗馬用のぴったりとした服を着て、胸を張っても凹凸の感じられないスレンダーな体つきは相変わらずだが、ビロンはそれでもどこか大人びた自信のようなものを感じられた。
(こんな顔をするようになったのか)
イメラリアが生まれた頃から、何度か王城で見てきたビロンは、まだまだ小さかった頃の彼女を思い出していた。懸命に周りの人々のために何かしなければと焦っては、空回りしている子供の印象だった。
それが、今は国を背負う女王となって、誰かのためではなく、国を動かし何かを成すために立ち上がっている。
だが、イメラリアの発言はそんなビロンすら頭を抱えた。
「わたくしも行きます」
「ちょ……」
「わたくし自身が自ら確認する事が大切なのです。何も知らないまま、兵たちを死地に向かわせるような真似を、わたくしにせよと言うのですか?」
「き、危険です、陛下!」
「あら?」
顔の前にかかった髪をさらりと払い、イメラリアは不敵に笑う。
「遠くから確認するだけなのでしょう? 警備をお願いするのは心苦しいのですが、馬上で確認してそのまま撤退すれば問題無いでしょう。サブナクさん、人選をお願いいたしますね。明朝、出立して国境の状況を確認します」
命令として断言されては、サブナクもそれ以上は反対できない。
そのまま軍議は終了し、準備のためにサブナクがいち早く退室する。
「イメラリア陛下」
「なんでしょう、ビロン伯爵」
「私は、陛下が偵察に向かわれるのは反対です」
面と向かって反対されたイメラリアは、目を丸くして硬直し、返事ができずに座ったまま、ビロンの顔を見ている。
しばらく顔を見合わせたあと、ビロンはいつもの柔和な笑みに戻った。
「ですが、陛下がそうしたいと言われるのであれば、それを支えるのが臣たる者の役。明日は私も同行させていただきますゆえ、ご納得いかれるまで敵状視察をなさるとよろしいでしょう」
ほっとした顔を見せたイメラリアに、ビロンは侍女に命じて砂糖入りの暖かい紅茶を用意するように命じる。
「陛下。私の放った伝令から状況を聞かれたという事ですが、彼はどうしました?」
「なんでも、フォカロル教導部隊の方との約束があるとか。その情報がフォカロルに届けば、一二三様やアリッサさんがここへ来るでしょうね」
ふぅ、と紅茶に息を吹きかけ、紅茶の甘い香りを愉しむ。
「そうなる前に、わたくしの力……と言っても、皆さんにご協力いただいてのことなのは承知のうえですが、わたくしのやり方で、わたくしの指揮で結果を出さねばなりません」
「わかりませんな。何をそんなに焦っていらっしゃるのです。私などは、トオノ伯が片付けてくれるなら、それで良いと思うのですが」
「理由は二つです」
カップを置いて、イメラリアは小さな焼き菓子を一つ、優雅な手つきで口に入れた。
「一つは、一二三様だけに戦果が集中するのを避けるためです。今の時点で彼が陞爵するのは早すぎますし、民衆の人気が集中しすぎると、国内のバランスが崩れてしまいます」
「なるほど」
と、頷いてはいるものの、ビロンにもそれくらいは想像がつく。
「二つ目は個人的なものですわ」
「それは、教えていただけないので?」
クスリと笑い、イメラリアは薄い口紅をひいた唇をカップにつけ、甘い紅茶で湿らせた。
「あまり、レディの秘密を探るのは感心しませんよ、ビロン伯」
「これはこれは、失礼いたしました」
「そうですね……わたくしが一人前の敵に成れるのだと示すためですわ」
「敵、ですか……」
紅茶の礼を言い、イメラリアが退室するのをビロンは立ち上がって見送った。
「これは、一度話をしておいた方が良いかもな……」
いずれ来るであろう一二三に聞くべき事がある、とビロンは王都の方面を見つめた。
「やれやれ、モテる男は罪だということか」
☺☻☺
「暇だ」
宿の一室で、ベッドに座ったまま一二三はポツリと呟いた。
ビロン伯爵嶺ミュンスターまであと一日もあれば着く距離にある町にいるのだが、一二三たちはここでフォカロル領軍と合流するつもりでいた。
オリガとアリッサは兵たちが野営するための場所を確保するために町の代官に話をつけに出ている。
本来であれば、一人でもさっさとホーラントに乗り込んで、状況を引っ掻き回し、隙あらば人を殺して回るのだが、自分でアリッサに任せると言ってしまった手前、それもできずにいた。
「よく考えたら、本も流通していないし、これといった娯楽というのが無いわけだ。人を殺すのが楽しくて気がつかなかった」
失敗した、と今更ながら一二三は肩を落とし、仕方ないと言いながら、刀を取り出して柄糸を解いていく。
しばらくやっていなかった刀の手入れをして、オリガたちが帰ってきたら何か食べにでも行こうかと考えたのだ。
「何やら、すっかり落ち着かれたようですね」
「死神か。何の用だ?」
不意に声をかけられても、一二三は少しも動じずに目釘を抜きにかかる。
「いやいや、計画が順調に行っているようで、少しご挨拶をと思いましてね」
「順調……といえばそうだな。おかげでこんな所で留守番させられているわけだが」
「より大きな果実を得るためには、育つのを待つことも必要なのですよ」
それで、と一二三は慣れた手つきで刀身に打込を当てていく。
「暇をしている俺に、説教をしに来たのか。暇な奴だな」
「仕事を押し付けておいて、それはないでしょう」
すっかり復活した全身を揺らして笑い、燕尾服の襟を指先でつまんで整えると、死神は一二三の向いにある椅子に腰を下ろした。
「魔人族は準備が出来次第、荒野に覇権を広げるつもりのようですね。新しい魔人族の王は、人間とやりあうかどうかは未定のようです。今は、ソードランテに対してどうするかを考えておられるようで」
「ウェパルか……変に安全を選んで引き込まれても困る。獣人連中には勝てるだろう。エルフにもな。レニあたりがやってるような融和政策に巻き込まれる可能性が多少はあるが、それはあいつら次第だろう」
だがなぁ、と一二三は頭を捻りながら、打込を拭った刀をじっくりと見ている。当然だが、傷一つない美しい刀身は、小窓から入る光を反射して妖しく光っていた。
「獣人が平和的解決を模索し、人間は相争う状況とは。人々が亜人を蔑むというのも、こうして見ると皮肉が効いて愉快ですね」
痩せた顔をぐにゃりと歪めて笑う死神に、一二三は目もくれない。
「しかしながら、貴方にしてみればもっと争いが起きて欲しいのでは? 私としても、人間以外も殺し合ってくれた方が良いのですがね」
「そうか」
「そうですよ」
刀身に油を薄く塗りつけ、再び柄を取り付ける。
「それなら、いい方法があるぞ」
「窺いましょう」
「ウェパルのところに行って、魔人族の神でも名乗って色々と知恵をくれてやれば良い。そういう、言葉で人を弄するのは得意だろう」
「頭脳派と言ってくださいよ」
目釘を打ち、柄糸を丁寧に巻いていく。
「評判なんざ他人が決めるもんだ。好きにできると思うな」
「これでも、神様なんですけどね」
「神でもそうだろう。ある場所で良い神と言われても他のところでは祟り神扱いされる」
手入れの終わった刀を右手で軽く振り、ぐらつきが無い事を確認すると、鞘に納める。
「別にソードランテを潰しても良いし、協力して人間と戦うなら、それはそれで良い」
道具を収納に放り込むと、立ち上がって刀を腰に差す。
「とにかく、真剣に戦う事に頭を使う連中を増やすことだ。それでなくては、お前の言う収穫の時に腹いっぱいに貪る事ができん。量が多くても、味が悪ければ意味が無い」
「おやおや、贅沢なことで。では、ご提案の通りにいたしましょう」
死神が姿を消すと同時にノックの音が響き、満面の笑みを浮かべたオリガが入ってきた。
「よろしいですか、あなた」
「用は済んだのか?」
「ええ、あとはアリッサがやるそうです。それで、その……」
頬を染めてもじもじと言いづらそうに両手の指を絡ませ、オリガはちらちらと一二三の顔を見る。
「町のギルドを覗いてきたのですけれど、近くに盗賊団の住処があるそうです。それで、良かったら、その、一緒に……」
ごくり、と唾を飲み込み、オリガは拳を握った。
「今晩、一緒に盗賊を殺しに行きませんか?」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
と言いながら、一二三はあっという間にドアノブに手をかけていた。
「詳しい場所と盗賊団の規模を聞きに行くぞ。ギルドまで案内してくれ」
もちろん、オリガは大喜びで頷いた。
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