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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
131/184

131.Somewhere I Belong

131話目です。

よろしくお願いします。

 昼下がりの街道を、豪華な馬車を中心にした軍の隊列が進む。

 述べ二百名を越える集団は、オーソングランデ女王イメラリアが率いる反乱貴族討伐軍だ。

「女王陛下。ビロン伯爵からの伝令と接触いたしました」

「では、直接お会いします。こちらへ。進行を止める必要はありません」

 先頭にいた一人の騎士が、イメラリアが乗る馬車の隣にまで騎乗のまま下がってきた。

 イメラリアは乗馬のためのパンツルックに長靴という姿だったが、出発一日目になれない遠征で尻が痛くなったのに耐え切れず、二日目以降はたっぷりのクッションを敷いて馬車の中で大人しくしていた。

 服を変えないのは、何かあればすぐに騎乗できるとの意気込みを表していたのだが、側仕えの面々としては、荒事は騎士に任せて大人しくしていて欲しいというのが本心だった。

 ほどなく、ビロン伯爵からの伝令と称した青年が、騎士と共に馬を並べてやって来た。

「えっと……お、お初にお目にかかり、光栄です、女王陛下。馬上からのご挨拶、失礼いたします」

「構いません。わざわざ歩みを止めるには、少し人が多すぎますから。それよりも、ビロン伯爵は何と?」

 本来であれば、一兵卒に過ぎない伝令が、女王と直接言葉を交わす事はあまり無い。だが、イメラリアにとって今は準戦時という認識であり、一二三から以前に言われた、“自分で情報を吟味しろ”との言葉を実践するため、極力当事者から話を聞くことを基本としていた。

 それが城内に勤める者たちからの好感をいや増しているのだが、必死になっているイメラリアには、そこまで汲み取る事は難しい。

「ビロン伯爵からは、陛下に現状の全てをお伝えするように、と」

「聞きましょう。あ、サブナクさんにも聞いてもらいましょう。誰か呼んできてくださいませんか」

 隊列前方で指揮をしていたサブナクがやってくると、改めてイメラリアは伝令の青年に話を促した。

 そこで、伝令はアスピルクエタ伯爵以下造反貴族の捕縛、ホーラント国境でのマ・カルメ達フォカロル教導部隊の戦いとホーラント側の攻撃について、仔細に説明した。

 すでに何度か話している内容だったので、語り口は慣れた調子ではあったが、マ・カルメのくだりでは、まだ涙が溢れそうになる。

「……これは、大問題ではないでしょうか」

 サブナクが青い顔をしてイメラリアに視線を向けると、彼女はしっかりと伝令の顔を見据えたまま頷いた。

「状況は、わかりました。貴方は、これからビロン伯爵のところへ戻るのですか?」

「いえ……。私は、マ・カルメ殿との約束があります。伯爵様の許可もいただいておりますので、このままフォカロルへ向かいます」

「そうですか」

 しっかりとした言葉で答えた伝令に、イメラリアは優しく微笑む。

「その情報をトオノ伯が知った場合の事を考えれば、わたくしは為政者としては問題を抑えるために、貴方の足止めをするべきかもしれません」

「そ、それは……」

 困る、と伝令は言おうとしたが、女王に言われればどうしようもない。

「ですが、貴方が貴方とその方の約束を果たす事を止めるなど、わたくし自身が許せそうにありません。サブナクさん」

「はっ!」

「彼に護衛を二人ほどつけて差し上げてください。路銀も多少は」

「そ、そこまでは! これは私の個人的な約束に過ぎませんので!」

 慌てる伝令に、イメラリアはピシャリと言い渡す。

「では、これはわたくしが個人的に良いと思ってやることです。それに、伝言相手のアリッサさんは、わたくしの個人的な知り合いと言っても良い相手です。それを断るのですか?」

「う……ありがたく、お受けいたします」

 よろしい、と頷いたイメラリアに馬上で一礼した伝令は、やってきた二人の騎士と共に後方へと向かっていった。

「……イメラリア様」

「身勝手な事をいたしました」

 苦笑いを浮かべたイメラリアに、サブナクは頭を垂れた。

「いえ。陛下のお心遣いに、感服いたしました」

「ありがとうございます。それでは、少し相談に乗っていただけますか?」

「ぼくの浅知恵でお役に立てるのであれば」

 サブナクは、貴族を相手にするよりもずっと胃もたれしそうな未来図に、ため息を殺して再び頭を下げた。


☺☻☺


「こんな真似をして! ホーラントを滅ぼすつもりか!」

 謁見の間に於いて、玉座の横に涼しい顔をして立っている宰相クゼムに向かって、元大臣を含め城内の上位者達がそれぞれ紅潮した顔で抗議を叫ぶ。

 すでに城内の兵士たちの掌握は済ませているクゼムにとって、役を追われた要人たちは、貴族と言っても何らの脅威も感じない。

「おやおや、私はホーラントに敵国が攻めて来たのを追い返した、言わば戦功を上げた忠臣なんですがね」

「ふざけるな! ネルガル様ご不在の間に、国政を壟断するような貴様のどこが忠臣だ!」

「おや、自画自賛が過ぎましたかな。しかしながら、陛下の国葬で忙しいこの時期に、わざわざつまらない抗議のためにお集まりになられたので?」

 お役御免になったとはいえ、暇なことですな、とクゼムは吐き捨て、同じく壇上にいた一人の兵士に、何かを指示する。

「言うに事欠いて暇だと? 陛下がお隠れあそばされた事に対し、貴様のように毛ほども哀悼の意を見せず、ただ自らのために権力を振りかざして遊んでいるような奴に、言われたくはない!」

 第一、とさらに大臣たちから声が上がる。

()()男の部下を殺したと聞いたぞ! たった一人相手でも城への侵入を許し、本来の王太子まで殺されたというのに……。間違い無く報復がある! 一体どうするつもりだ!」

 この言葉を聞いた瞬間、余裕の笑みを浮かべていたクゼムが、急に眉間にしわを寄せて怒りの表情を見せた。

「それが!」

 クゼムが指差したのは、一二三の報復について言及した男だ。

「その負け犬根性が駄目だというのだ! あの敗戦のあと、この国にはフォカロルの軍人が我が物顔で居座って、いつの間にか我が軍よりも上位のような振る舞いをしている! これが正常な国の在り方であると言えるか!」

「だ、だがそれがこの国のためだと、前王は……」

「国というのは、ただ存在すれば良いというものではない。その国その国民が自らの力で立ち、守るものだ。他国の技術をそのまま模倣したところで、その国家の存在意義はどこにある?」

 語る間に落ち着きを取り戻したクゼムは、次第に穏やかだが卑下するような口調に変わる。

「しかし、現に正面から戦うには相手が……」

「私が、何ら準備をしていないとでも?」

 そして、謁見の間に僅かな振動が響き始める。

「なんだ、この音は?」

「ようやく来たようだな。……さて、皆様」

 次第に大きくなる振動を感じながら、クゼムは両手を広げた。

「先ほどの話に戻りますがね、この国らしい戦い方といえば、何かはご存知でしょう?」

「ま、魔法や魔道具の事か?」

「正解です! さらに言えば魔法薬なども、我々の専売特許だ」

 振動はさらに大きくなる。

「実を言うと、あの戦いの時点で我が国の防衛力は充分な基礎ができていた。混乱の中で研究成果を失い、実験体も失ったが、資料は残っていたのだよ」

 後方から顔を出したのは、魔道具と魔法薬で身体を改造され、身長が五メートルを越えるほど巨大化した身体を持つ兵士だった。

 専用の分厚い鎧を着、太い指で長大な槍を掴んでいる。

 この場所で一二三に殺されたヴェルドレと酷似しているが、その目は真っ白に濁っているものの、クゼムの指示を大人しく聞いている。

 そんな巨大な兵士が、五体、足音を響かせて入って来た。

「な、なんだこれは……」

「亡き王太子の遺産ですな。ようやく実用化にこぎつけたのですが……」

 ぎらり、と見下ろすクゼムの瞳が怪しく光った。

「何しろ順応する適当な素体が足りませんでね。軍団というにはまだ数が足りんのです」

 クゼムは、元大臣たちを取り囲んだ改造強化兵たちに命令を下す。

「殺さず、逃げられないように手足を折って研究所へお連れしろ」

「や、やめ……」

 巨大な手は大の大人の身体を片手で悠々と掴むと、小枝をへし折るように簡単にその手足を捻り折っていく。

 悲鳴が響く中、クゼムは一人、ほくそ笑んだ。

「さて、細剣の騎士とやらの武器が、我が改造兵に通じるかな?」

 数体の改造兵で囲めば、嬲り殺しにできるだろう、と笑う。そうすれば、大手を振って報復としてオーソングランデを攻める事ができる。

 ホーラントの技術でそこまで達成してこそ国は蘇るのだ、とクゼムは固く信じていた。


☺☻☺


 地方の混乱は地方のものとして、オーソングランデ王都は活況の最中にあった。

 軍が動いた事は知れ渡っていたが、それについて悲観的な雰囲気は無く、どちらかといえば王城からまとまった資金が市場に流入したという受け止め方をされており、目ざとい商人などは追加の兵糧の依頼が来るのではないかと期待し、人々は新たな武勇伝を今か今かと待ち構えていた。

 そんな中に一二三が女性二人を連れて王都へ訪れたのだから、民衆の耳目は自然と集中する。

 とはいえ、今更そんな視線を気にするような三人でも無かった。

 町の入口で兵士に馬を預けると、徒歩でブラブラと街を散策する。一二三の右手には、バールゼフォンの首を包んだ“お土産”が提げられている。

「腹が減ったな。確かうまい定食屋があったな。ここに来て最初に食った店が」

「『踊るクルード亭』ですね。こちらです、一二三様」

「王都も賑やかだよね」

 迷いそう、とアリッサは一二三の道着の右袖をつかみ、左腕にはオリガが絡みついている。

 変わった服ではあるが華美ではなく、気楽に街を歩き回る姿を王都でも見せているので、街の人々もあまり緊張せずに見守っている。

 緊張しているのは、たまたま見かけた警ら中の兵士たちだ。慌てて王城や騎士団詰所へ知らせに走る者、それとなく追いかけてトラブルに備える者。中には一二三が街中で刺客十人を惨殺した時に後片付けをさせられた兵士もおり、あれはもう嫌だと顔色を悪くしていた。

 食事を済ませ、店を冷やかしながら街を歩く。

 王都の繁華街にはオリガの顔も売れているため、あちこちから声がかかるのを適当にあしらいながら城へと向かう。


「……それで、本日はどのようなご用件で?」

「イメラリアに土産でもやろうかと思って、な」

「陛下は今、ホーラント方面で発生した造反貴族の鎮圧のため、自ら軍を率いて戦いに赴かれております」

 留守役を任されている宰相アドルが疲れきった顔で出迎える。

「ふぅん。じゃあ、ちょっとバルコニー借りるわ」

「え?」

「失礼しますね」

「いいのかな……」

 勝手知ったるという様子で城内を歩き回る一二三を、アドルは慌てて追いかけた。

 スイスイと廊下を進む間、文官や侍女たちが廊下の脇に寄り、会釈をする。

「これはトオノ伯! ご無沙汰しております!」

「また是非、妙技をお見せください!」

 と、騎士たちに至っては顔を上気させて声をかけてくる。

 一二三は軽い調子で挨拶を交わし、ずんずんと進む。

「あ、トオノ伯爵! また色々教えてくださ……ひぇ!?」

 女性騎士が声をかけた時は、一二三の背後から射殺すようなオリガの視線が向けられるのだが。

 十分弱歩くと、城の前の広場に向けて作られた大きなバルコニーにたどり着く。

 ここはイメラリアが戴冠の際に民衆に向けて語りかけた場所であり、何かの告知があれば広場や街の入口への掲示以外に、ここで大臣なり宰相から発表される事は珍しくない。

 逆に言えば、そう言った発表がある以外は、あまり人が立ち寄らない場所でもある。

「と、トオノ伯、一体何をする気ですか?」

「ああ、せっかくの土産だから、他の連中にも知らせておこうかと思って、な」

 バールゼフォンの首の包を乱暴に剥ぎ取る。

「う、うわわっ?」

 驚いたアドルが尻餅を付いているのを放って、一二三はバルコニーの手すりに飛び乗り、大音声で呼びかけた。

 対象は、街を警らする兵士や騎士たちだ。

「王都を守る騎士と兵士! あと戦いたい奴がいれば、そいつも聞け!」

 頭を掴み、高々と掲げた生首を見て、悲鳴を上げる人もいる。

 声をかけられた兵士たちはバルコニーを見上げ、見覚えのある黒髪の男に視線を集中させた。

「こいつは荒野の土産だ! 見ろ! 首だけになってもまだ生きている! これが人間の新しい敵、“魔人族”だ!」

 ざわざわと人々が顔を見合わせて口々に魔人族という言葉について意見を交わしている。

 多くの民衆は首をかしげているが、騎士のほとんどと、兵士の多くは眉を顰めた。魔人族の存在そのものが、あまり一般的ではないらしい。

 その反応の薄さに少しがっかりしながら、一二三は言葉を続ける。

「荒野で大人しくしていた魔人族だが、新たな魔王の誕生と共に組織化されている! こんな化物が徒党を組んで攻めてくるのも、時間の問題かもしれないな!」

 首の正体が魔人族ではないことを知っているアリッサも、一二三の目的を知らされているので黙っている。

 オリガに至っては、朗々と語る一二三に鼻息を荒くしながら釘付けになっていた。

 バルコニーで最も取り乱しているのは、間違い無く宰相だろう。

「トオノ伯、その話は一体……」

「だから!」

 大声でアドルの声をかき消した一二三は、首を振りながら嗤う。

「この街を、国を守りたいと思うなら、必死で強くなれ!」

「応!」という声があちこちから届く。

 大仰に頷いた一二三がバルコニーから飛び降りると、アドルが恐る恐るバールゼフォンの首を指差した。

「そ、その魔人族の首というのは……」

「これか?」

 くるりと回してアドルに向けると、バールゼフォンが苦しげに口を開いた。

「うわっ……うん?」

「見覚えがあるだろう? この城で騒動を起こした阿呆の顔だ」

「で、では魔人族が攻めてくるというのは、嘘なのですか?」

「さぁな」

 オリガに首を渡し、再び丁寧に包装されるのを見ながら、一二三は刀の柄を叩いた。

「魔人族の王が新しくなって、閉じ込められていた場所から解き放たれたのは本当だぞ。まあ、攻めてくるかはそいつら次第だな」

「その、あまり民を不安にさせるようなことは控えていただければ……」

「あのな」

 一二三がグリッと左目を見開き、アドルの右目を覗き込む。息がかかるほどの距離にある黒い瞳から、アドルは視線を外せない。

 小さい声でオリガが「羨ましい」と呟いたのを、アリッサは聞き流した。

「それじゃあ駄目なんだ。誰がいつ攻めてきても良いように鍛えて覚悟をしておけ、と俺は俺のところの兵士連中には言っている。これからは、敵が見えてから「さあ戦いの準備をしよう」なんて間抜けじゃあついて行けないような戦いが始まるんだよ」

 顔を話した一二三は、アドルに生首はイメラリアに土産として渡すように言うと、バルコニーから城内へ戻ろうとする。

 その背中に、アドルは腰を抜かしたままで声をかけた。

「こ、これからどこへ向かうのですか?」

「そうだな……」

 一二三は、チラリとアリッサを見る。

 ジッと見上げているアリッサと視線が合うと、一二三はフフッと笑いをこぼした。

「箱入り娘がどれくらい成長したか、見に行ってみようかね」

 良い敵がいるなら横取りするかも知れんが、と袴についた埃をバシっと左手で払い、一二三は王城を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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