13.Stronger 【復讐心を糧に】
13話です。
オリガとカーシャが奴隷になった経緯に触れていきます。
結局、オリガたちは一二三に何も言わなかった。というより、言えなかった。
奴隷の立場で主人の行動を縛るような真似をするのは以ての外だというのもあるが、自分たちの復讐のために一二三を巻き込む事に、二人とも踏ん切りがつかないでいた。
オリガは自分が強くなって復讐することは誓ったし、その為に一二三による厳しい訓練にも気力でついて行くことができている。だが、一二三の指導で力を得ることと、一二三の力を頼るのは、似ているようで違うものだとも思っていた。
夕食後、相変わらず一二三だけ別の部屋に入り、オリガたちは二人部屋で向かい合って、そんな相談をしていた。
「……確かに、オリガの言うとおりご主人に頼って何とかなっても、多分アタシたちの気持ちはスッキリしないだろうね」
ベッドに仰向けに倒れて布団の感触を味わいながら、カーシャはオリガに同意した。
柔らかい感触が、疲れた身体に優しい。
思えば、この宿もオリガと二人で冒険者として活動していた頃よりもランクが高い。奴隷になったら生活環境が良くなるなんて、どんな皮肉だろうと苦笑する。
食事も好きなものを選ばせてもらえて、量もしっかり食べている。きつい練習のおかげか、それでも体型は維持できていた。逆に少しだけ引き締まったような気もする。
「でもそうすると、いつまでも私たちの復讐は果たせないのよね……。ご主人様はお優しいから、機会があれば多少はお願いをしてもいいのかも、とは思うけど……」
(優しい、ね。確かにそうだね)
敵対したら迷いなく殺すし、相手の立場や権威などは歯牙にもかけない。逆に言えば身内には優しいし、奴隷の二人とも何不自由なく生活できている。虐待や性的な暴行もない。
ベッドに座っているオリガは、透き通るような青い髪にブラシをかけている。綺麗に梳かれた髪は、洗いたてでしっとりとした光沢が有り、同性のカーシャでも見とれてしまう。
(普通奴隷なんてたまに水浴びをさせてもらえれば幸運な方なのに、アタシたちは毎日暖かいお湯で身体を洗えるし、身の回りの物も買ってもらえる)
客観的に見れば優しい主人だし、オリガは実際にそう思っているようだ。
「でも……」
カーシャには僅かに何かが胸に引っかかっていた。
その厚遇に感謝こそすれ文句などあるはずもないが、素直に賞賛するには、一二三は今までカーシャが会ってきた人物の中では飛び抜けて異質だった。胸の奥底で何を考えているかわからない、深い深い枯れ井戸を覗いているような背筋の冷たさを感じる。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。身体を綺麗にして横になったら、ちょっと疲れが出ちゃった」
一二三に好意を持っているらしいオリガを、無駄に不安にさせることも無いと、カーシャは笑って見せた。
「そろそろ寝ようか。明日もまた朝からご主人の厳しい指導が待ってるからね」
「そうね。おやすみなさい」
「おやすみ」
どうか、自分の不安の正体が親友の気持ちを壊してしまわないようにと、カーシャは心の中で願った。
翌日、三人が朝食をとっているところに、制服姿のパジョーが食堂へ入ってきた。
「先日の侯爵の件で報告があるんだけど、よろしいかしら?」
「ああ」
「失礼」
一二三の正面にオリガとカーシャが座っているので、自然と空いている一二三の隣にパジョーが座る事になる。
パジョーは周囲の人間がこちらの話を聞いていない事を素早く確認すると、音もなく椅子を引いた。体ごと一二三の方を向いて座る、すぅっと背筋が伸びたパジョーの姿勢は美しく見える。
「ラグライン侯爵の屋敷の書類はかなりの数が焼失してしまったわ。でも私が持ち帰った書類でもかなりの事実が判明したし、密貿易に利用していた……というより、その為に他人名義で立ち上げた商会まで判明したわ。今はその商会の拠点を調査しているの」
この数日、第三騎士隊と治安維持隊が共同で調査に当たり、王都の商業エリアから少し離れた場所にある古い建物が商会として登録されていた事がわかった。もっとも、混合部隊が踏み込んだ所、もぬけの殻だったらしいが。
「それを何故わざわざ俺に伝える?」
「貴方が当事者だからよ。結局は未遂で終わったけれど、侯爵が密貿易までしてお金を作っていたのは、宮廷内工作のためだったみたい。侯爵の息子……謁見の間で貴方に殺された騎士だけど、彼があの若さで近衛騎士隊に入れたもの、あの場で王族の近くにいたのも、稼いだ資金を使って貴族の中で大きな派閥を形成できた結果なの」
そうして王族に近づき、最終的には“優秀で若い騎士かつ家柄も良いので、王女の降嫁先に”という形に持っていこうと狙っていたらしい。相続問題など起きないとアピールするために子供はその一人だけにしたりと、中々気の長い計画だったようだ。自白はそこまでだったが、あるいは王家の外戚となって国政を操る狙いもあったかもしれない。
その遠大な計画が、王が勇者召喚を行ったことと、その結果として騎士だった息子を殺害されたことで潰えた。その復讐で一二三を狙ったのだろう。
「まあ、それだけなら高位貴族の中でひっそりと処理しちゃうんだけどね。裏をとって関係者を捕まえておしまい。世間的には侯爵は病死、騎士は訓練中の事故ってことでね」
しかし、商会の関係から調査を進めているうちに、単なる密貿易という規模の問題ではない事が発覚した。
「金額が大きすぎるのよね。こそこそやっている割にはかなり貴重な物品が出入りしているし。おまけに、購入側の商会なり個人なりの情報がまるでない。それにどうもその商会、売り先は全て決まっていたみたい。というより、その購入先が商会設立に関わったようね」
それで、とパジョーはオリガとカーシャの方へ身体を向ける。
「オリガさんとカーシャさんだったわね。貴方たちが奴隷になる前、“アクアサファイア”という宝石に関わる仕事をしなかった?」
パジョーの質問に、オリガはぴくりと身体を震わせた。
カーシャの目が鋭くパジョーを見る。
「……確かに、そんな名前の宝石を運ぶ仕事を受けたよ。けどそれがどうかしたのかい?」
「パジョー、回りくどい真似はやめろ」
「……わかった。最初から説明するわ。その上で、冒険者である一二三さん、貴方にオーソングランデ王国より依頼があります」
一二三に向き直ったパジョーは、真剣な目で説明を始めた。
パジョーの説明を聞いて、依頼については明日返答すると伝えた一二三たちは、オリガたちの部屋に集まった。
「で、そのアクアサファイアとやらの件が、お前たちが奴隷になるきっかけとなった借金を背負う事になった原因というわけだ」
「はい……」
パジョーの話を聞いてから、オリガは何やら思いつめた顔をしていた。
隣に座ったカーシャに肩を抱かれてうつむいている。
騎士隊が調べた内容はこうだ。
オリガたちが受けたのは、高価な宝石として貴族の間で有名なアクアサファイアを、職人がいるという街まで無事に運んで欲しいというものだった。数ある依頼票の中でも割がい仕事だったし、ギルドの依頼票があれば他の街へも楽に入れるので、観光気分もあった。
アクアサファイアは、オーソングランデの特産品でもあり、王族が許可をしないと国外へ持ち出すことは禁じられている。非常に高価ということで、採取から加工して販売されるまで、その所在を届け出る必要がある。貴重な分狙われやすいかというと、他国にでも売らないと簡単に足がつくので、普通の盗賊などは狙わない。
オリガたちは街道の各所にある兵士の検問で書類と現物を確認してもらいながら、数日かけて目的の街へとアクアサファイアを運んだ。依頼人はその街に先行して加工職人に話をつけておくことになっていた。
ところが、街の出入り口で確認してもらってから職人の所で木箱を開けてみると、中にはいっているはずのアクアサファイアが無い。
当然依頼人は怒ってしまい、オリガたちは賠償をしなければならなくなったが、一介の中堅冒険者に支払えるような金額でもなく、あえなく返済期限が来て奴隷となってしまった。
「アタシたちが奴隷になると決まった時、依頼人は嫌な顔で笑っていたんだ。その時、アタシたちはハメられたと気づいたのさ……」
自嘲気味に笑って、カーシャはため息をついた。
「その時の依頼人が、ベイレヴラとか言う奴で、そいつが侯爵とつながっていた商会の代表というわけか」
そして、アクアサファイアを持ち込んだ街は、侯爵の派閥に属する子爵が治める街だという。おそらく、街へ入る関所で侯爵の指示を受けた兵士が、確認をする時に抜き取ったのだろう。兵士が複数人いたらしいが、全員がグルならどうしようもない。
情報があり、整理して見てみると実に簡単な罠ではあるが、オリガたちは見事に引っかかった。
行方不明扱いになったアクアサファイアは、そのままヴィシーへ運び込まれたと、侯爵家にあった書類と商会に残された書類で確認が取れたらしい。その際に、オリガとカーシャの名前も出てきたという。
「要するに、犯罪をでっち上げて行方不明の宝石を作って、裏から国外へ持ち出したわけか」
ベイレヴラは侯爵のサインが入った許可証を使ってヴィシーへ行ったままとなっている。ヴィシーとの国境では騎士隊が出張って網を張っているが、戻ってくるかどうかもわからず、隣国を刺激しないためにも少数しか置けないので、成果が上がるかどうか疑問だ。
「それで、たまたま国へ貢献したことで出入国の許可を持っている俺が、冒険者の仕事としてヴィシーへ行って来いと」
そしてヴィシーでベイレヴラを探し出し、つながっている相手を調べて欲しいというのが、パジョーが持ってきた依頼内容だった。
本来であれば騎士の誰かが行くべきなのだろうが、国家所属の騎士だと所属がバレた時に言い訳の仕様がない。一二三であれば、実力のある冒険者が国境を越えて仕事をするのはそこまで珍しいわけでもないし、騎士爵と言っても他国では通用しないレベルの爵位だ。
今回はしっかりギルドを通して依頼をする事で、一二三への指名依頼として扱うという。騙して利用しているわけではないという、王国からのアピールなのだろうと一二三は受け取った。
「さて、どうしようか」
そういえば、ストラスとかいうホーラントの魔法使いの件はどうなったのかと一瞬頭に浮かんだが、話題にも出なかったあたりさほど重要でもなかろうと一二三は思考をヴィシー行きの件に向けた。
どこへ行くかと決めあぐねていたところだし、物のついでとヴィシー見物をしてくるものいいと、一二三は思っている。
馬や馬車は王国が用意するというし、オーソングランデ以外の者の戦いも見てみたい。機会があれば、命のやり取りをしたいと思う。
「お前たちにとっては、仕返しの機会だが、どうしたい?」
一二三が質問を投げると、終始うつむいて黙り込んでいたオリガが、床に座って一二三に頭を下げた。
「ご主人様。優しく扱っていただいておきながら、勝手な事を言う私をお許し下さい。できるなら、可能であれば、私たちに復讐の機会を……」
一二三の反応を待たず、オリガは堰を切ったように語りだす。
「あの時、私がカーシャを急かしていなければ、ちゃんと箱の中身を確認していれば……。私だけならまだしも、カーシャまで巻き込んでしまいました。あの時の事、片時も忘れたことはありません。ご主人様から武器を頂戴し、戦い方を教わって訓練している間、私はご主人様への感謝と共に、復讐心で行動しておりました。復讐が終わりましたなら、ご主人様に斬られて果てても悔いはありません。どうか、私に復讐の許可をください」
「オリガ、あんたまだそんな事を気にしていたんだね……。アタシはオリガと組んだことを一度も悔やんだことなんてないんだよ。アタシもしっかり確認をしようとは言わなかったし、オリガにだけ責任があるなんて、一度も考えたことなかったのに……」
泣きはらした顔を上げるオリガに、カーシャも涙をこらえきれなかった。
同じように床へ座り、頭を下げて頼み込むカーシャに、一二三は頭をかいていた。
「オリガ、お前は俺にやってくれとは言わないんだな」
「これは私の復讐です。私がやらなければ意味がありません」
「アタシたちの復讐だよ、オリガ」
「カーシャ……」
「ふぅん……じゃあ、行くか。ヴィシーとやらに」
主人の決定に、オリガは再び頭を下げたが、次の言葉には、カーシャと二人で目が点になっていた。
「対人戦のいい経験が積めるしな」
「え? 経験って……」
戸惑うオリガに、一二三は立ち上がって笑った。
「要するに俺の奴隷に迷惑をかけた犯罪者と黒幕がいるわけだ。うまくやれば向こうから殺しに来るぞ。遠慮なくかかってくるうえに、殺してしまっても文句を言われない相手というのは貴重だぞ?」
「それって隠れての調査がうまくいってない場合だし、文句は言われるんじゃないかな……」
つい冷静にツッコミを入れたカーシャの言葉は届かない。
「一週間で対人戦の基本を叩き込むから、気合入れろよ。オリガは手裏剣と魔法の使い方をみっちり見直す。カーシャにも暗器をひとつ教えてやろう。旅の準備もあるし、忙しくなるなぁ!」
まずは準備だと部屋を出ていった一二三を、二人は呆然と見送っていた。
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