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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
129/184

129.In The World Like This

129話目です。

よろしくお願いします。

 ミダスがネルガルを見つけ、合流に成功したのはフォカロルから舞い戻ること三日目のことだった。

「そのような状況だったのですか」

「オーソングランデの情けない実情をさらすようでお恥ずかしいのですが、そのためにネルガル様に万一の事があってはいけない、とイメラリア女王はお考えです」

「ありがたいお話です。国の中が一枚岩であるのは、理想ではありますが、難しい話だというのはわかります」

 ホーラントなど、もっと大変な状況ですよ、とネルガルは微笑む。

 安宿の一室で、水を飲みながらの会談は、とてもではないが次期王と騎士には似つかわしくないが、ネルガルの素朴な人柄と、ミダスの騎士らしくない野暮ったい雰囲気にはある意味合っていた。

 ミダスが現状を子細に説明すると、ネルガルは騎士による護衛を快く受け入れた。

「実際、私を狙っているのは貴国の貴族だけではないかもしれません」

「と、申しますと?」

「ホーラントには私のような穏健派が実権を握るのを良しとしない者もいます。要するに、どの国にも主流派と反対派は存在するということです」

 そう言うと、ネルガルは疲れた顔を見せた。

 移動の間、暗殺に気を張りながら、帰国後の動きについても考えなければならなかった。本来であれば、フォカロルでの留学後はヴィシーの都市国家制度について学び、自分なりの政策をまとめてから帰国、スプランゲルと充分な打ち合わせをしてから王権を委譲、安定を待って戴冠という予定だった。

「まったくもって、物事は予定通りにはいきませんね。遺言が国にもあり、私も念のため持たされたものがありますので、即位そのものは問題なくできる予定ではありますが」

 それもこれも、ネルガルが死亡してしまえば意味がなくなる。

 改めて、ミダスは任務の重大さに気持ちが引き締まる思いだった。

「ホーラントの法では、王が亡くなり、次代の即位がなされるまでは、一時的に軍の責任者は解任され、全て宰相と文官たちによって次期王への引き継ぎがなされる事となっています。軍部が暴走するのを抑えるための措置です」

 ですから外部からの攻撃には対処しても、勝手に他国へ攻め込むようなことはありませんよ、とネルガルはミダスを安心させるように語る。

 だが、その制度にミダスは疑問を覚えた。

(つまり、次期王であるネルガル様がここにおり、ホーラントへ戻られて戴冠されるまでは宰相が実質の最高権限を持っている、というわけだ。なるほど自ら他国へ攻め込むことは確かにしないかもしれない。だが、他国から攻め込まれ、自衛のためと名分が立てば……?)

 そして、今のホーラントには一二三の領地から派遣された教導部隊がいる。

「ネルガル様」

「はい。なんでしょう」

「……無礼を承知で、仮定の話をさせていただいても?」

「構いませんよ。どうぞ」

 ネルガルの傍らに立っていた護衛のホーラント兵が、身体に緊張を漲らせたのが見えたが、ミダスは思い切って尋ねた。

「もし……ネルガル様がこのままホーラントへ戻られず、帰国待ちのままになったとしたら、宰相閣下の権限はどうなるのでしょうか?」

「失礼ながら、そのご質問はどのような意図が……」

 たまらず声を出した護衛を、ネルガルは右手を上げて制した。

「つまり、宰相が私の帰国を妨害する可能性がある、と?」

「……あるいは、行方不明ということに……」

 絞り出すようなミダスの言葉に、ネルガルは天を仰いだ。

 薄汚れ、黒ずみが目立つ天井板が、そのまま自分の気分を表しているかのように見える。

「一生見つからないように、ということですか。忠臣面して権限を握ったままにするには、良い方法かもしれませんね」

 ホーラント兵はすっかり青ざめてしまっていた。彼はオーソングランデ国内で賊に襲われる可能性は考慮していても、同国人から狙われることは考えていなかったのだろう。

「ネルガル様。なるべく先を急ぎましょう。王都からはさらに人員を補充し、全力でご帰国を手助けさせていただきます。その先に関しては、その……」

「充分過ぎるお申し出です。帰国後については私自身がやらねばならぬ事。それよりも、私にそこまで肩入れしてよろしいのですか?」

 他国の人間に対し、いささか度が過ぎてはいないかと笑うネルガルに、ミダスは首を横に振った。

「我が国は、オーソングランデはイメラリア女王を始め誰も戦いが起きることを望んでおりません。……ご存じの通り、他国との戦闘が始まれば自国内すらも脅かしかねない人物を抱えておりますので」

「ぷっ……あっはっは!」

 たまらず笑い声をあげたネルガルは、なんとか声を抑えると、申し訳ないと詫びた。

「いやはや、一地方領主なのに女王陛下すらもその動向を気にするとは……スプランゲル陛下が私を勉強に行かせた理由が、改めて良くわかりました。とても真似できるような人物ではありませんが」

「あのような人物が何人もいましたら、民は平穏に過ごせますまい」

「おや、それはどうでしょうか」

 ネルガルが微笑み、ミダスは首をかしげる。

「いざ戦いの場に出てきた相手には容赦しませんが、始めから戦う気のない相手には優しい方ですよ。志願した兵士以外を戦場に引き出すことはされませんから、そういった意味では、一般市民を徴用して兵士とするホーラントの方が余程、民を不安にさせているでしょう」

 ミダスは目を丸くして聞いている。

「貴方もあの方の事をご存じのようですから、心当たりはあるでしょう。戦うか戦わないかは自分で選べ、そして戦うと決めたなら、どんな手を使ってでも相手を殺せ……それが、フォカロルであの方が兵たちに語っていることですよ」

 唖然としているミダスを見て、ネルガルはまた、堪えられずに笑い声をあげた。


☺☻☺


 早暁、一二三はオリガとアリッサを連れて馬に乗ってフォカロルを発った。護衛はいない。誰からも護衛の必要性を訴える言葉は出なかった。

「本当に、僕も一緒で良かったの?」

 アリッサは、並走するオリガにそっと尋ねた。

 最初は王都に単身向かおうと考えていた一二三にオリガが同行を希望して許され、さらにオリガの推挙により、アリッサも同行する事となった。

 夫婦水入らずの旅行も兼ねてのオリガの同行だと思っていたアリッサは突然の指名に驚き、援軍の編成と指揮があるからと辞退をしたのだが、その夜にオリガから“女同士の話し合い”という名の呼び出しを受け、説得に応じたという形で三人での旅となった。

「良いのよ。アリッサも一二三様と旅をした仲間なんだもの。最近はこういう機会もすっかり減っていたし、丁度良かったじゃない」

 戦いに行くというのに、丁度いいも何もないだろうとアリッサは思ったが、それでも一二三やオリガと旅をするのは、どことなく心が浮ついて楽しくなってしまう。

「でも、せっかく夫婦二人で旅行できたのに」

「私は一二三様がこの世界に来られた日から一緒にいさせてもらったんだもの。それに、フォカロルに戻ってからもたくさん相手していただいたから」

 頬を染めて微笑んでいるが、その“たくさん”の大部分が稽古に付き合ったという意味であることをアリッサは知っている。夜に自室に戻ってからは知らないが。

 男女の付き合い方がそれで合っているかどうか、今まで男性と付き合ったことがないアリッサには自信がなかったが、多分何か間違っているんじゃないかと思っている。

 領軍兵士たちは優しいし、ミュカレも色々と世話を焼いてくれてはいるものの、それはどちらかというと楽しい仲間づきあいだった。

「男の人かぁ……」

 自然と、視線が一二三の背中に向いた。

「ところで」

 オリガの声に、アリッサはびくりと肩を震わせた。

「な、なに?」

「一二三様の左手、ずっと手袋をされているけれど、何か聞いているかと思って」

 アリッサは、おや、と首をかしげた。

「知らないけど……オリガさん、自分で聞かなかったの?」

「聞いてもはぐらかされちゃって……。そっか、アリッサも聞いていないのね」

 オリガが見せたのは、安堵と不安の表情。

 自分だけが聞かされていないというわけではないということにホッとして、何があったとしても、自分だけには教えてもらいたいという気持ち。

 アリッサには、それが何となくわかった。

「アリッサは、気にならなかった?」

「気にはなったけど、必要になったら教えてくれるだろうし……。うん、僕は一二三さんがそれで良いと思ったなら、僕もそれで良いと思うから」

 明るく笑ったアリッサの答えに、オリガはクスッと笑みをこぼした。

「時々、貴女には敵わないかも知れないと思うときがあるわ。そうね。一二三様のお側にいれば、いつか教えてもらえるでしょう。焦る必要はないのよね」

 大きく息を吐いて、オリガは手綱を握りなおした。

「アリッサ、良い笑顔ね。私も貴女のその笑顔、好きよ」

 昨夜の語り合いの中で、アリッサはオリガにも対バールゼフォンでの敗北と兵士の死を伝えていた。そこでアリッサが見せたのは気丈にふるまうぎこちない笑顔だった。

「も、もう。なんか恥ずかしいよ」

 耳まで赤くして手を振るアリッサと微笑むオリガに、一二三が声をかけた。

「楽しそうなところに悪いが、俺は先に行くぞ」

「ええ、先にいる賊どもの事ですね」

 振り向いた一二三に、オリガはにっこりと笑う。

 つい先ほどから、街道の先に二十人ほどの人物が待ち構えているのを、オリガの魔法エコーロケーションでも捉えていた。

「わかるか。ちゃんと訓練しているな」

「あなたに考案いただいた魔法ですもの。当然です」

「じゃあ、行ってくる」

 返事を待たずに、一二三はさっさと行ってしまった。

 いつの間にか百三十センチ程の棒を取り出し、バシッと右脇に構えて突き進む背中を、オリガたちは見送る。

「私たちも急ぎましょうか」

「手伝うの?」

 アリッサの質問に、まさか、とオリガは微笑む。

「貴女だって見たいでしょう? 一二三様が格好良く人を殺すところ」

「あ……うん、そうだね」

「行きましょう。一秒だって見逃したくないもの」

 一二三の背中を追いかけるオリガを見て、アリッサは胸にすとんと落ちるものを感じた。

「……そっか。オリガさんも自分の“好き”のために、今を一生懸命生きてるんだ」

 一二三のことばかりに気を取られていたが、すぐ近くにもすごい人がいたんだ、とアリッサはなんだか嬉しくなってきた。

「好き、かぁ」

 もうちょっと自分も素直になって、正直にまっすぐ生きていこうと決めた。

 まずは、あの背中を追いかけて。


☺☻☺


「……魔人族の王様が、こんなところまで出てきて良いのですか?」

「いいのよ。全部部下に押しつ……信じて任せてきたから」

「職務放棄では?」

「部下を育てている、と言って欲しいわね」

 魔人族の王となったウェパルと、エルフのプーセが荒野のど真ん中で言い合いをしているのを、それぞれの同行者は距離を取ってにらみ合いをしている。

 プーセたちが一二三の領地を目指して荒野を横断中、ようやく出られるようになった外の状況を自分で視察すると言って出てきたウェパルと鉢合わせしたのだ。

 お互いに顔は知らないが、エルフと魔人族は、それぞれの特徴を良く知っている。

「プーセさん、この方たちは……」

「肌の色ですぐにわかります。魔人族ですよ」

 プーセが警戒を露わにしたところで、ウェパルは自己紹介をしたのだが、それでもプーセは緊張を緩めるどころか、より強い視線でウェパルをにらみつけたのだ。

「それにしても珍しいわね。犬と兎と虎の獣人が一緒にいて、エルフまでいるなんて」

 ウェパルが犬獣人と言ったのは、ゲングの事だった。彼も護衛を兼ねて、一二三に会うためについてきている。道中は虎獣人マルファスの訓練相手も務めている。

「貴方たち魔人族が籠っている間に、世の中は動いているのですよ」

「閉じ込めたのは貴女たちエルフじゃない」

「閉じ込められるようなことをしたのは、魔人族でしょう」

 魔人族とエルフの因縁は、代々受け継がれて歪に根を張っている。

 普段は大人しく、穏やかな性格のプーセが敵愾心むき出しで言い合いをしているのを見て、マルファスやゲングも目を丸くしていた。魔人族とはほとんど縁が無く、先祖からの言い伝えなどを残す習慣のない獣人族には、プーセの気持ちはわからない。

「まあ、いいわ。それにしても、荒野もすっかり勢力に変化が出てきたみたいね」

「獣人とエルフと人間が、手を取り合う時代が来ているのです。以前のように魔人族が幅を利かせるのは無理だと理解するべきでしょう」

「プーセさん、止しましょう」

 片耳兎の獣人が、プーセの肩に手を置いて止める。

「魔人族の王様、わたしたちはまだまだ長い旅をしなければなりません。どうか、ここはお見逃しいただけませんでしょうか」

 深々と片耳だけが残った頭を下げる兎獣人の女性に、ウェパルはため息をついた。

「これじゃ、まるで私たちが悪役じゃない。別に、貴方たちをどうこうするつもりはないわよ。ちょっとだけ、外の様子を見に来ただけだし」

 でも、とウェパルはプーセをちらりと見やって、兎獣人に声をかけた。

「何をしに、どこへ向かっているかは、教えてもらえるかしら、兎さん?」

「それを、貴女に伝える必要が……」

 声を荒げたプーセを、「待ってください」と兎獣人が止める。

「わたしは、人間の男性が好きになりました。だから、彼に会いに人間の町に行くのです」

「あら、種族を超えた愛ってこと? 素敵じゃない。どんな人?」

「その……獣人にも人間にも同じように接してくれる優しい人で、そんなに強そうに見えないのにとても強くて、傍若無人だけど、どこかさわやかで……」

 照れながら語る兎獣人に、ウェパルとプーセは顔を見合わせて同じ表情をしている。眉をひそめた難しい顔で。

「ええっとね……兎さん、貴女の名前は?」

「ヴィーネです」

「ヴィーネちゃん。ひょっとしてその人、細い片刃剣を腰に差して、ひらひらしたちょっと変わった服を着てる黒髪の人じゃない?」

「そうです! ご主人様のことを知っているんですか?」

「ご主人様?」

「ヴィーネさんは、元はその人に奴隷として買われたそうです」

 辛い過去の事としてプーセが補足を入れるが、当人は特に嫌な過去ではないらしく、一二三を知っているという人物に会って興奮しているらしい。

「確かに、ご主人様には買われる形で出会いましたが、何も知らないわたしに学を与え、仲間を与え、自分の力で生きるための機会を与えてくださいました」

 興奮気味に語るヴィーネに、また顔を見合わせるウェパルとプーセ。ゲングたち男性陣とウェパルの護衛は、完全に蚊帳の外だ。

「悪いことは言わないから、あの男はやめておきなさい」

「……えっ?」

 ウェパルがきっぱりと止める言葉を発すると、ヴィーネはきょとんとして目を瞬かせた。

「あの男は世間をかき回して楽しんでいる危ない奴よ。近くにいたら絶対に不幸になるから、もっと良い男を見つけなさい」

「そんな、そんなこと!」

 ヴィーネが助け船を求めてプーセに視線を送ったが、プーセは視線を落としてしまった。

「えっと……危ない人っていうのは、私も賛成でして……」

 言いづらそうに、しかし正直に呟かれたプーセの言葉に、ヴィーネはがっくりと肩を落としてポロポロと泣き出してしまった。

「じゅ、獣人族は、少なくとも町の獣人族は、みんなご主人様のおかげであんな生活ができたんです。なのに、なのに……」

「ご、ごめんなさい。私も、一二三さんの事は悪いとは思ってないのよ。ただちょっと、近くにいると怖いというか……」

「怖いわよねぇ。抜き身の剣がそのまま歩いているみたいなものじゃない」

 ウェパルの言葉で、とうとうヴィーネは号泣してしまう。

「と、とにかくここは退きますから、魔人族の人たちも、昔の栄光なんか忘れてさっさと元の場所に戻りなさいね」

 プーセはウェパルを一瞥すると、ヴィーネの肩を抱いて、謝ったり宥めすかしたりしながら再び荒野を歩いていく。

 呆然としていたゲングたちも、なんとなくウェパルに一礼してから後を追って行った。

「……え、これ私が悪いの?」

 後ろに控えている護衛たちを見回す、彼女たちは元からウェパルの下についていた部下たちで、女性ばかりで気心のしれたメンバーだったが、全員が一斉にウェパルから視線を外した。

「ちょ……」

 親切心で言ったのに、と口をとがらせて不満を言いながらも、ウェパルはプーセたちが向かった先とは反対方向へ視線を向けていた。

「ま、まぁいいわ。それよりも、面白い情報が聞けたし。人間と獣人とエルフ、か」

 なんだか楽しいお散歩になりそう、とウェパルは唇をぺろりと舐めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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