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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
128/184

128.Hero

128話目です。

よろしくお願いします。

 敵の大将と思しき人物が落馬し、周囲の兵たちも我先にとホーラント方面から撤退していくのを確認すると、マ・カルメはたっぷりと息を吸い込んで、ため息をついた。

「はぁあ。やぁっと終わったか」

 伝令も同じように肩の力を抜きながら、周りの兵士たちも安堵の表情を見せていることに気付いた。

 彼らも、戦場に多少慣れているというだけで、戦いが怖いことには変わりないのだ。

「一時間、ここにとどまって警戒を行うから、各自交代で休息をとれ。一時間経ったらホーラントに入って状況を報告するぞ」

 言うが早いか、マ・カルメは地面に横になった。

「あぁ、疲れた。領主様がいないところで戦争なんて、怖くてやってらんねぇな」

 へらへらと笑ったマ・カルメの横に、伝令も腰を下ろした。

「トオノ伯爵様は、それほどお強いのですか?」

「強いとか、そんな段階じゃねぇよ。あの人は一人で一つの軍隊と同じさ。もし敵側にあの人の顔が見えたら、何もかも放って逃げるのが正解だと思うぜ」

 つくづく、国軍からの異動要請に応じて正解だった、とマ・カルメは語る。

「そんなに……」

「対ヴィシーの戦闘はお前も聞いたことあるだろ? そりゃ、多少は誇張されて伝わってる部分もあるだろうが、基本的には事実だ」

 でもな、とマ・カルメは身体を起こしてあぐらをかくと、腰の鎖鎌を叩いて大笑いした。

「ホーラントに来る途中に寄った王都の酒場で、黒髪の麗しい騎士様の物語を詩人が弾き語りしてるのを聞いた時には、笑いがこらえられなかったぜ!」

 ポン、と伝令の肩に手を置いたマ・カルメは、やれやれと首を横に振った。

「本当の殺し合いなんて、そんなきれいなもんじゃあないのにな」

 なにも答えを返せなかった伝令を放って、マ・カルメは周囲の隊員たちに声をかけ、怪我人がいないことを確認する。

 そうするうちに一時間が経ち、マ・カルメたちはさっさとホーラント国境を超える。

「やれやれ、数日休ませてもらったら、一度フォカロルに戻ろうや。そろそろアリッサ長官の顔も見たいよな」

 マ・カルメと隊員たちが、最後まで見届けると言ってついてきた伝令を伴い、国境を越えた。

 そこに待っていたのは、完全武装をしたホーラントの歩兵たちと、ホーラント自慢の魔法兵たちだ。

 訓練用にマ・カルメたちが持ち込んだ数台の投槍器が、明らかにこちらを狙っているのを見て、マ・カルメは目を細めた。

「……とりあえず聞くが、何のつもりだ、これは?」

 見れば、投槍器についている兵士たちは、マ・カルメたちが指導していた兵士たちで、マ・カルメとは視線を合わせようとせず、おどおどとした様子を見せている。

 対して、魔法兵たちはいつでも魔法が放てるよう、殺気立った様子で短剣を構えていた。

「いやはや、ご苦労だった」

 一人の中年が、でっぷりと太った腹を抱えて、歩兵と魔法兵の間から進み出る。

「この投槍器の威力は素晴らしいもののようだ。まさか、たった十名であれほどの大軍を崩壊せしめるとはな……。ありがたい武器をもらったものだ」

「なんか勘違いをしているようだが、それは俺たち教導部隊が指導のために持ち込んだもので、置いて帰るつもりはないぞ。ほしけりゃ、自分で作ればいいだろうが」

「勘違いしているのは貴様らの方だ」

 わざとらしい咳払いをした中年は、腕を腰の後ろに回し、胸を張ったつもりだろうが、どうみても腹を突き出したようにしか見えない姿勢でマ・カルメたちを見回した。

「オーソングランデの兵が、我がホーラントへ攻めてきたのだ。使えるものを使うのは当然であり、それを使って自衛するのも当然のことであろう? これも戦場いくさばならいとして名乗っておこうか」

 ふふん、と見下すような目線に、マ・カルメは苛立ちを覚えながらも、冷静に周囲を見回す。

「私はこの国、ホーラントの宰相を務めるクゼムだ。覚えておく必要は無いがな」

 文字通り半包囲状態であることを確認し、ちらりと後ろに視線を向けるが、オーソングランデ側の兵士たちはこちらが見える程近くにはいない。だが、邪魔になるホーラント兵もいない。投槍器や魔法の誤射を恐れて、完全な包囲はしていないようだ。

「いや、勘違いはしているだろうが。俺たちはホーラントに攻めてきた連中を水際で食い止めた。お前も知っているだろう。もう迎撃態勢をとる必要も無い」

 マ・カルメの言葉に、投槍器に取り付いている歩兵たちはクゼムに視線を向けた。

 だが、クゼムは鼻で笑った。

「侵略なら、今現在も行われている。我が国の主権を無視してオーソングランデの兵士が我が物顔でホーラント王都を闊歩し、あまつさえホーラント兵をまるで部下のように扱っている。そして」

 クゼムは、マ・カルメの足元を指差した。

「今もまた、我が国にオーソングランデの兵が不躾にも足を踏み入れているではないか」

「待て!」

 薄笑いを浮かべるクゼムに、一人の大柄な中年男が兵士たちをかき分けて声をかけた。

 高い地位にあるであろうことが、金糸がちりばめられた豪奢な服装からも見て取れる。立派な口ひげを蓄えた強面が、怒りをあらわにして怒鳴っている。

「これはどういうことか、クゼム殿! 王の許可なく兵を動かし、あまつさえ協力者であるフォカロルの兵を脅すなど……」

「王が不在であるからこそ、宰相として私が国のためにこうして動いておるのです」

「兵を動かす権限は、軍務大臣であるわしだぞ!」

「軍務大臣は“時の王が指名する”とされております。宰相である私と違い、前王スプランゲル様が亡くなられた今、貴方の肩書は無役です」

「では、後継者として指名されているネルガル様のご指示があるまでは……」

 愕然として、言葉が続かない元軍務大臣に、クゼムが言葉をつないだ。

「そうです。ネルガル様がお戻りになられ、ご指示があるまでは、私が代理を務めることになっております」

「そ、そんなこと……」

「そういう法なのです」


 クゼルが大臣と言い合いをしている間、マ・カルメは伝令の男に小声で話しかけた。

「合図をしたら、馬に飛び乗って急いで国境を越えてビロン伯爵に状況を伝えろ。国境の兵士にのんびり話している暇はないだろうから、無視して街道を突っ走れ」

「え、そ、それは……」

「余計なことは考えるな。お前は、伝令としての自分の仕事を全うすることだけを考えろ」

 伝令の反論を許さず、びしりと伝えてしまうと、マ・カルメは他の隊員たちに目配せをした。

 隊員たちは、笑って頷く。

「ちゃんと俺たちの活躍を伝えてくれよ」

「アリッサ長官に、勇敢さを褒めてもらわないとな」

 口々に言う言葉に、悲壮感は無い。

「聞いたな? お前は俺たちの格好よさを伝える大切な伝令でもあるんだ。ビロン伯爵の許可が取れたら、フォカロルへ行ってくれ。アリッサ長官に「あなたの部下は最高だ」と言ってくれたら、それでいい」

 行け、と尻を蹴飛ばされた伝令は、泣きながら馬に飛び乗る。

「逃がすな!」

「止せ! 大問題になるぞ!」

 動きに気付いたクゼムが声を荒げ、大臣はさらに大きな声を出した。

 戸惑う兵たちの中から、槍が一本だけ発射され、いくつかの魔法が飛ぶ。

「おらぁ!」

 一筋の槍は伝令の背中を狙っていたのだが、マ・カルメの振るう鎌に叩き落された。

 とっさにフォカロル兵たちが台車を蹴倒して壁にして、魔法を防ぐ。

「ぐぁっ」

「うおっ?」

 それでも、防ぎきれずに二人が風魔法で引き裂かれ、血を噴いて倒れた。

 さらに、火球で燃えた台車から離れた一人が、石つぶてで頭を撃たれて昏倒する。

「さあさあ、遠慮なくかかって来い! 領主様ほどじゃあねぇが、俺だって格好よく戦えるところを見せてやろうじゃあねぇか! アリッサ長官の前なら最高だったけどな、ここが戦場ってんなら、仕方ねぇ!」

 鎖鎌を構え、分銅を回しながら啖呵を切ったマ・カルメは、多勢に無勢をまるで知らぬかのように笑って見せた。


☺☻☺


「使い時が来るまで、これを1階の受付にでも飾っておこうかと思うんだが」

「いやいや、一二三さん。これは、ちょっと……」

 口をパクパクと動かし、声にならない恨み言を語り続けるバールゼフォンの生首を見せられたアリッサは、うぇ、と呟いてから、一二三の提案を止める言葉を探していた。

「動力も無くて動き続けるんだ。順番待ちの暇つぶしに見ているにはちょうどいいと思うだろ?」

「思わないよ! みんな怖がって来なくなっちゃうと思うよ?」

 領主館の前で、生首を前に話あっている二人には色々な意味で近づきにくい状態だった。一つはその得体の知れない魔物のような生首の存在と、領主というこの土地での最高位にある人物、そして、アリッサが一二三の腕にしがみついているという姿勢も。

「それを了承するのは、オリガさんくらいだよ」

「そうか。なら仕方ないな」

 首から下は死体として魔法収納ができたものの、どうやら首はまだ“生き物”扱いらしく収納できなかったので、一二三は頭をつかんでむき出しのままぶら下げてきたのだが、議論が終わるとアリッサは職員に頼んでさっさと布に包んでしまった。

 たまたまやり取りを見ていた受付担当職員は、あとでアリッサにお礼を言わなくては、と固く誓った。

「とにかく、これで魔物退治も終わりだな。帰っても大した動きは無かったようだし、また待ちぼうけか」

「いいじゃない。一二三さんは働きすぎなんだから、少しゆっくりするくらいで丁度いいんだよ。この前、町で新しいお菓子のお店が……」

 言いかけて、何かに気付いたアリッサは、抱きしめるようにつかんでいた一二三の腕から離れると、一メートルほどの距離をとった。

 同時に、知っている気配に一二三が顔を街の方へ向けると、轟音をあげて領主館に突っ込んでくる馬車がいる。

「ああ、オリガ、か」

「一二三様!」

「お、帰って来たか。思ったより遅かったな」

 領主館の前に砂煙を上げて止まった馬車から、オリガは一切の躊躇なく一二三の胸へとダイレクトに飛び込んだ。

 勢いを殺しながら、くるりと回って受け止めた一二三は、オリガの熱い抱擁を気にしたようすもなく、汗だくで馬を走らせて追いかけてきたミダスに視線を向けた。

「おう、久しぶり」

「お、お久しぶりです。トオノ伯爵」

 上位貴族の前では必ずそうするように、ミダスは馬を下りてしっかりと頭を下げて挨拶をした。肩が上下しているのは、どうしようもない。

「なんだ、オリガの護衛をしたのか?」

「そんなもの必要な……いえ、それもありますが、ネルガル様をお迎えする任務も仰せつかっております」

「ああ、そう」

 適当な返事をする一二三に、オリガは身体ごと一二三に張り付いたまま、次々に王都で一二三がいない生活がいかに色あせて寂しいものだったかと語り、見事に聞き流されていた。

「それで、一二三様にお使いいただこうと思いまして、美しい陶器のお皿やお椀を買い求めたのですが、道中の馬鹿どもに割られてしましまして、一枚だけしか残りませんでした……」

 メソメソと一二三の道着に顔をうずめたオリガは、さりげなく匂いを確認し、一二三に見えないようにギラリとアリッサを見た。

「ぅひっ!?」

「アリッサ、後でお話があります。私のお部屋で、ゆっくり語り合う必要がありそうですね」

「はぃ……」

 女どうしの会話が進む間、ミダスは一二三に尋ねたいことがある、と話を切り出した。

「我が国の一部の貴族が、ホーラントへの侵攻を企てたことはご存知ですか?」

「ふぅん。初めて知った」

「左様でしたか。実は、トオノ伯に対抗して、王が斃れたホーラントへ攻め込み、戦果を上げようとしているようで……」

「なんだそりゃ」

 嘲笑を浮かべた一二三は、そのままミダスを見据えている。

「それで、俺の真似をした阿呆がいるから、俺に責任をとれ、と」

「めめ、滅相も無い! 女王陛下はこの件に関して、トオノ伯に一切の援助を乞うことを良しとされておりません。全ては女王陛下の差配によって解決すると明言されております」

「当然だな。見た目だけ真似する奴がいたとして、いちいち構ってられるか。それより、その戦いの規模はどの程度だ?」

「おそらくは、ビロン伯爵を含めた国内の女王派貴族と騎士隊によってほどなく終息するかと。問題は、ホーラント側に被害が及んだ場合ですが……」

「一二三さん!」

 横で話を聞いていたアリッサが、慌てて一二三の腕をつかんだ。

「ホーラントには、マ・カルメさんたちがいるはずだよ!」

 どうしよう、と一二三を見上げるアリッサの額に、一二三は手袋をした左手で軽くでこぴんを当てた。

「あ痛っ?」

「俺に聞く必要なんかあるか。お前が敵だと思うなら、お前の意志で殺せよ」

「そうですよ、アリッサ」

 オリガは先ほどまでの威嚇するような視線はどこへやら、一二三の胸に手を置いたまま、まるで聖母のような慈しむ微笑みをアリッサへ向けた。

「貴女の敵は貴女が決めるのです。そして、敵と決めたなら躊躇なく殺すことです。それが私たちのやり方でしょう?」

 アリッサは、一二三とオリガを交互に見てから、ぺこり、と頭を下げて走って行った。

 あまり戦場を広げて欲しくはないミダスは、苦々しい思いでそれを見ていたが、目の前の重大事を解決する方が先だった。

「我々はネルガル様を護衛して無事にホーラントまで送り届けるのが任務なのです。ネルガル様にお会いしたいのですが」

「ん? 途中で会わなかったのか?」

 一二三の口から、ネルガルがすでにフォカロルを発っていることを知り、ミダスはかつてないほどに焦りを覚えた。

「しかし、途中の町では一定以上のランクの宿は全て確認したのですが……」

「おそらく、それが原因でしょう」

 ミダスの言葉に応えたのは、馬車の音を聞いて領主館から出てきたカイムだった。

「お帰りなさいませ、領主様、奥様」

「カイムさん、馬車にみなさんへのお土産がありますから、札がついている通りに配っていただけますか?」

「お気遣い、ありがとうございます」

「待ってください、それが原因とは、一体?」

 カイムは居住まいを正し、能面のような顔でミダスを見た。

「ネルガル様は、質素な生活をお好みで、贅沢をするよりも勉学のための資料を購入することに予算を割いていらっしゃいました。当地での滞在も、謝礼を考えなければならない領主館は避け、町の下宿を選ばれるほどに」

「では……」

「おそらくは、道中も護衛の皆様と共に安い宿をお選びになられたでしょう。もしミダス様が、貴族の方々や豪商が選ぶような宿のみをご確認されていたとすれば、そこで行き違いになったとしても、不思議ではありません」

 失敗した、とミダスは頭を殴られたような衝撃を覚えていた。

 周囲にいる騎士たちも落ち着きを失い、顔を見合わせている。

「幸い、ネルガル様が出発されてからさほどの日数は経っておりません。ネルガル様は乗馬を得意とされておりませんから、馬車を伴わず、騎馬のみで追えば、まだ十分に王都前でも追いつけるでしょう」

 混乱していたミダスは、カイムの言葉にハッと顔を上げると、カイムに礼を言い、一二三に頭を下げ、慌てて馬に乗って部下の騎士たちと共に去って行った。

せわしいやつだな」

 一二三は、ミダスが走っていくのを見届けると、ふむ、と考え込んだ。

「何か気になることでもありましたか、あなた?」

「ホーラントな。爺さんが死んで面倒事が起きているだけだと思っていたが、これは……」

 にやりと笑う一二三の顔を見上げて、オリガはうっとりとした表情を浮かべる。

「殺し合いの匂いがするな」

 それも、大量の血が流れる騒動の匂いがする、と一二三はこのまま魔人族が動き出すのを待つよりも、そっちを引っ掻き回した方が楽しそうだと考えていた。

「ちょうど、イメラリアに持っていくのに良い土産物があるからな。久しぶりに王都に顔を出してみるか」

 その言葉に、カイムは一礼し、オリガは今度こそ行動を共にする事を固く決意した。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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