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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十四章 成熟は何を以て成すのか
127/184

127.Black Dog

127話目です。

よろしくお願いします。

「撃て。手前の敵と、あの馬上で叫んでる奴を狙え」

 オクシオンら造反軍が背を向け、十分に距離が取れたと判断したところで、マ・カルメは静かに指示を下した。

「しかし、ずいぶん離れてしまったようですが……」

 恐る恐る話す伝令に、マ・カルメは視線を向けず伝えた。

「本来の投槍器の飛距離は、さっきの倍はある」

「なんと……」

 マ・カルメが断言した通り、弓では狙いをつけるのも難しいような距離まで離れた敵に対して、次々と発射された槍は正確に敵を射抜く。

 後方から想定外の攻撃を受けた敵軍は、攻勢に出たときの勢い以上に算を乱して逃げ出し始めた。

「ちょいと混乱させすぎたか。連中の捕縛を任せたビロン伯爵には迷惑をかけちまったな」

 固く太い指で頭をぼりぼりとかきながら、マ・カルメは苦笑した。

「すごい……たった十人で五百の敵を追い返すとは」

「おっと、勘違いするなよ?」

 ちっちっ、とマ・カルメは指を振る。

「普通に考えたら、人数の差はそのまま勝敗につながる重要な要素だ。今回はたまたま、連絡が早くて準備する時間が取れたことと、連中が素人の集まりで戦いの雰囲気に慣れていなかっただけさ」

「しかし、結果を見れば貴殿の功績の大きさは計り知れぬものでは?」

「バカ言え。こっちは追いやっただけで、主に兵を出して戦ったのはビロン伯爵だ。功績なら、ビロン伯爵が一番だ」

 それよりも、とマ・カルメは敵軍が総崩れになり、逃げるように街道を戻っていく様子を見送り、隊員たちに投槍器ごと後退して国境ぎりぎりでの防衛態勢をとるように指示を出した。

「こっちに流れてくる奴がいなくなれば、とりあえずは終わりだ」

 さっさとフォカロルに帰ってアリッサ長官の顔が見たいぜ、とマ・カルメはボヤいた。

「終わったらホーラントの連中に状況を伝えて、一度撤収するとするか」

 ガラガラと台車に乗せられて後ろ向きに運ばれていく投槍器に並んで、伝令とマ・カルメはホーラント国境へと向かった。


☺☻☺


 オクシオンがホーラント方面の敵から充分に距離が取れたと判断した時点で、彼らの意識は完全に後方からのビロン軍に向いていた。

「先ほどまでの敵はもはや射程の外だ! 気にせず後方の敵を殲滅する!」

 馬の向きを変え、剣を抜いて突撃の号令をかけようとした瞬間だった。

「ぐぶっ!?」

 マ・カルメの指示で撃ち出された槍が、オクシオンの背中から腹を突き破った。

 飛び散った血が、周りを歩いていた兵士に降り注ぎ、悲鳴が上がる。

「しょ、将軍!?」

 ちょうど後方から戻ってきていた副官が、目の前で串刺しにされたオクシオンに向かって馬を進める。

 周囲の兵士は逃げるようにオクシオンから距離をとったのが幸いし、落馬したオクシオンへとすぐに近づくことができた。だが、兵士たちが恐怖でパニックになり、将軍が倒れたことに一切気を向けていないことに、副官は奥歯を噛みしめた。

「将軍!」

 副官が倒れ伏したオクシオンから槍を抜き、あおむけに抱え上げたとき、すでにオクシオンの顔からは血の気が失せて、青白くなった唇が喘ぐように開閉していた。

 槍を抜いたことで、さらに出血が増えている。どろりとこぼれた血の中には、内臓も混じっていた。

「あ……ここで、こんな、ところで……」

「しっかりしてください! すぐに後方にて手当を!」

 言いながら、副官もオクシオンが死ぬだろうことには気づいていた。第一前も後ろも敵に挟まれた今、後方とはどこを指すのか。自分の言葉にすら腹が立つ。

「にげ、ろ……げぶっ!」

 焦点の合わない視線を宙に泳がせながら最期の指示を出したオクシオンは、激しく血を吐いて絶命した。

 その間にも、周囲では槍に貫かれてバタバタと兵士たちが倒れている。

 恐怖に耐えきれず気を失った者や、死んだふりをしてやりすごそうとする者まであらわれ、立っているだけで的にされそうだ。

「……全員、ビロン伯爵領方面へ全速で退避しろ! 槍が届かない場所まで走れ! 死にたくなければ、走れぇ!」

 誰へともなく叫びながら副官は再び馬に飛び乗り、槍のふる地獄から退避した。

 もちろん、その方向にも敵がおり、ホーラント国境より数がはるかに多くなるのは承知の上だった。小数を突破して敵国になだれ込んだとして、大将を失った烏合の衆に何ができるだろうか。本拠地を守る強固な敵を破るどころか、すり減らされて終わり、逃げ場もなくなる。

 ならば、まだ国内で活路を見出したほうが兵たちの気持ちも多少なり楽だろう、と副官は判断した。

「それにしても……」

 と、副官はちらりと背後を見た。

 涙や鼻水をたらし、必死の形相で走る味方の兵士たちの向こう、小さく見える十名ほどの兵士たち。

「ホーラント兵は魔法が得意と聞いていたが、一体何があったのだ?」

 考えても仕方が無いとは思いつつも、思考の片隅に妙な据わりの悪さを覚えていた。


☺☻☺


 一二三の目の前で立ち上がったバールゼフォンは、苛立ちを雄叫びに変えて街道が震えるほどの振動を引き起こした。

「うるさいな」

 魔人族のあいつよりもマシだが、と一二三はへらへら笑いながら刀を握る。

「腹が立つなら目の前の奴を殺せよ。思い通りにならないなら邪魔な奴を消せよ。泣きわめいて状況が変わるのを待つのが許されるのは、赤ん坊だけだぞ」

 だから俺を殺せ、と一二三は嘯く。

「ウゥウウウゥウウ……」

「睨み付けるだけで敵が殺せるなら楽だろうなぁ。でも、それじゃあつまらないだろう」

 切っ先を向けて右足を前に出し、正眼に構えた一二三。

 叩き割られた頭部がつながり、血が固まり始めたバールゼフォンは、長い両腕をだらりと下げたまま、一二三を睨んでいる。

「俺は、お前を殺したいから殺す。さて、お互いの名分も確認できたことだし、お前の傷も治っただろう。再開しようか」

 右足を半歩だけ前にすべり出したところで、バールゼフォンが両腕で大上段から一二三を叩き潰しにかかった。

「おう、豪快だな」

 落ちてくる腕を切り払おうとするが、その両腕がぴたりと止まり、一二三の刀も合わせて止まった。

「ガアァッ!」

 すぐさま、バールゼフォンの前蹴りが打ち出された杭のように一二三の腹にめり込む。

 一二三は息を吐きながら体を浮かせ、蹴られるままに後ろに下がる。

 目の前にある脛に、柄頭で強烈な打ち込みを入れると、骨が折れる確かな感触が手に伝わってきた。

 折れた足ではバランスが取れず、バールゼフォンは転倒するが、一二三も五メートルほど後ろに飛ばされてしまった。

「ごほっ」

 咳払いをして呼吸を整え、一二三はジンジンと痛むが、骨は折れていないと自己診断を行い、刀を構えなおした。

 その間に、折れた足が治ったバールゼフォンはのそのそと立ち上がる。

「基本的な身体のつくりは同じだな。さっき切ってわかった。出てきた内臓も人と変わらん」

 無防備に近づいてくる一二三に、バールゼフォンは、右手をふるうが、軽く身を低くした一二三の頭上で空しく空を切る。

 通り過ぎた腕、その肘を一二三が外から思い切り蹴飛ばすと、バールゼフォンは錐もみして背中を向ける。

「よっ」

 背後から水平斬りに首を叩き落としにかかる。

 発達した肩から盛り上がった筋肉を断ち、首の半分まで斬り裂いたところで、バールゼフォンは左手で無理やり刀を掴んで止めにかかる。

 無理やり後ろでに回したせいで無理な体勢になってはいるが、それでも刀の動きを制しているあたり、馬鹿力もいいところだ、と一二三は楽しくなってきた。

 切れ味の鈍いはばき近くを掴んでいるせいか、手ごと斬り落とすこともできない。

「うおっ!?」

 はじめバールゼフォンは刀を奪い取ろうとしたが敵わず、仕方なく身体の方を刀から引き抜き、嫌がるように一二三の身体を突き放した。

 距離をとり、再び睨みあいを続けながら、一二三はあることに気がついた。

「おお、そうだ。あれを試すのにちょうどいいな」

 刀を右手一本に持ち直した一二三は、左手だけに付けている手袋の中指に噛みついた。

 そのまま左手をぐい、と引き抜く。

「うぅう……」

 沈みかけた太陽は、その左手を赤く染めているはずだったが、まるで縁取りをして切り取ったかのように、暗闇をさらに塗り重ねたように、一二三の左手は真っ黒だった。

 その異様さはバールゼフォンにもわかるのか、左手に視線を奪われたまま、低く唸り続けている。

「これな。まだ色々できそうなんだが、中々試す機会がなくてな。安心しろよ、毒とかじゃあないから」

 カラカラと笑った一二三は、右手の刀を身体の後ろに隠すようにして構え、左手を前に突き出した。

 しばし逡巡していたバールゼフォンだったが、攻撃が来ないことを知ると、再び自ら一二三に向かって襲い掛かる。

 大振りの攻撃は避けられると知ったバールゼフォンは、両手の爪を使い、鋭い突きを放つ。

「っ?」

 バールゼフォンは、驚いて目を丸く見開いた。

 人間の身体くらいは簡単に貫くはずの自分の爪が、目の前の小さな人間に、素手で止められたのだ。

「驚いたろ?」

 いたずらっぽく笑い、一二三は黒い左手でバールゼフォンの両手を殴りつけた。

 ほとんどの指がぐしゃぐしゃに折れ、バールゼフォンは両手を抱えて転がり、喚いた。

「ギャァアアア!」

 左手を握ったり開いたりしながら、一二三は満足そうにうなずいた。

「殴ったこぶしの痛みを感じないのが残念だが、固さは問題ないな」

「アアアッ!」

 倒れたまま、一二三の足元に蹴りを入れてくるバールゼフォンに対し、一二三は右手の刀を地面に突き立てた。

 迫る右足に向けて刃筋を立てるようにして。

「ギャアッ!」

 自らの力で脛から先を切り飛ばし、バールゼフォンは再び地面を無様に転げまわる羽目になった。

 うめき声をあげながら顔をあげ、飛んで行ったはずの自分の右足を探すが、見当たらない。

「探しているのは、これだろう?」

 声をかけた一二三の黒い左手には、バールゼフォンの足が握られている。

「残念だが、これは没収な」

 ずぶ、と血をしたたらせる切り口が左手の平に吸い込まれると、そのままずるずるとつま先までが呑み込まれてく。

 唖然としてそれを見ていたバールゼフォンだが、傷口がふさがったところ地面に手をつき、両手と片足で猛然と一二三に迫った。

「収納魔法と同じで、な」

 再び突きを左手で止め、柄頭で左手の肘を壊す。

 折れた腕の先を黒い左手で握るが、今度は吸収されない。

「生き物はだめなんだわ。……切り離さないとな」

 するり、と刀を滑らせると、あっさりと切り離されたバールゼフォンの左手。今度は指先から、めきめきと音を立てて一二三の左手の中に呑み込まれた。

「生きていない、たんなる“物”ならこの通りだ。で、俺はこれからお前を殺すのにどうすれば良いと思う?」

 左手と右足を失いつつも、ゆらゆらと立って一二三を見下ろすバールゼフォンは、右手を握りしめて自分の爪で自らを傷つけている。

「グゥウウウ……」

 ぼたぼたと落ちる血が、地面に落ちて広がった。

「血は赤い、か。魔法しかり亜人しかり、俺のような他所から来た普通の人間からすれば、魔物も人間も然程変わらんように見えるな」

 刀を鞘に戻し、右手も自由にすると、一二三は舌打ちをした。

「面白くはあるが、どいつもこいつも、どうかしているな」

「ウァアアアアア!」

 片足で跳躍するという器用な真似をして、バールゼフォンが体重を乗せて振り下ろした右手は、逆に一二三に手首を掴まれ、背負投げの餌食になる。

 投げた腕を掴んだまま、バールゼフォンの腹の上を転がった一二三は、そのまま腕を捻り上げて極め、胸を踏みつけた。

「そういう力があるから、工夫がなくなるのかも知れんな」

 一切の遠慮なく、肩と肘の関節を壊す。

 足をばたつかせて抵抗するが、さらに力が入った一二三の足の圧力に、胸の骨が悲鳴をあげ始めた。

「武器がある事、得意な動きなり技があるのは良いことだ。魔法も、お前の爪も身体能力も同じだろう」

 壊した右手を離し、さらに前傾姿勢になってバールゼフォンの顔を覗き込む。

「でもな、そこで終わったからお前はここに死ぬことになるんだ。道具なり能力があるなら、それを使って人を殺す方法を必死で、沢山考えないとな」

 一二三は刀を抜くと、仰向けに倒れたまま睨みつけるバールゼフォンの首の下に刃を上にして差し込む。

「倒れた相手の首を斬る方法は、何も上から刀を振り下ろすだけじゃないんだぞ」

 呻くバールゼフォンの頭を掴み、一二三は手前に引き寄せるようにしてバールゼフォンの首を刃の上ですべらせた。

「ギ……」

 断末魔は途中から泡の吹き出す音に代わり、切断された身体は再び地面へと落ちた。

 首だけとなったあとでも、バールゼフォンは口を開閉させながら一二三を恨めしそうに見ている。

「ふむ、大した生命力だな。……殺せないのは非常に残念だが、そういうことならありがたく利用させてもらおう」

 闇魔法収納を展開し、首無し死体を回収すると、一二三は片手にぶら下げたバールゼフォンの首と向かい合った。

「お前を新しい魔王が放った刺客という事にしよう」

 収納から適当な布を取り出して手早く包むと、離れて待っていた馬を探し、いいお土産ができた、と上機嫌でフォカロルへと帰って行った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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