表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第一章 王都の一二三
12/184

12.Makes Me  【訓練の日々】

12話目です。今回は修行回。

日本の武道に関する話がいくつか出てきますが、

解釈とか流派とかで色々違うので、一二三が習得したのはそういうものと思って下さい。

作者のidoが道場で習ってきた知識と、本やネットの知識が混ざっています。

 一二三がギルドに登録し、オリガとカーシャの稽古が始まって三日が過ぎた。

 新しく作った魔物の皮の道着も違和感なく、むしろ新品の道着特有のゴワつく感じが無くて非常に動きやすいのが嬉しい。少し高くついたが、頼んで良かったと一二三は思った。

 まだまだ稽古は始まったばかりだが、オリガはもちろん、カーシャもなんだかんだと真面目に取り組んでくれるので、ついつい色々と力が入った指導になってしまう。

 ギルドにたどり着くなり、テーブルに突っ伏して無言になる二人の女性の姿も、三度目となるとギルドの連中も見慣れたらしい。

 精根尽き果てた二人に反して、疲れた様子も見せない一二三は、足取りも軽くカウンターへ向かい、慣れた動きで獲物の詰まった袋を渡す。

「お疲れ様です。今日はストーンボアの依頼を受けられていましたね」

「ああ、石化毒の毒腺だけ剥ぎ取ってきた。だいたい50匹分くらいな」

「では、確認させていただきます」

 ヘラは、もう一二三が非常識な量を狩ってきたとしてもスルーすることに決めていた。

ストーンボアと言えば、体長3mを超えるものも珍しくない大型の蛇の魔物で、石で覆われた体表は刃を受け付けないと言われている。石化毒を注入してくる噛み付きや、硬い尾での攻撃は非常に強力で、力自慢が打撃武器で一体を倒すのにも苦労すると言われている。殺したあとでも、体表の石が邪魔で、買取対象の毒腺を取り出すことができず、丸ごと持ってくる冒険者がほとんどだったりする。

それを一日足らずで50匹と言われても普通なら信用できないが、ヘラはもう、一二三を普通と思うのをやめたのだ。

「52匹分の毒腺が、すべて綺麗に摘出されていました。報酬は満額、金貨5枚と銀貨20枚です」

 布の袋に入れられたコインを掴み、懐に入れるふりをして闇魔法収納に放り込む。布の袋はヘラの前に戻した。

 袋を受け取ったヘラが、くすりと笑って一二三を見た。

「何か楽しいことでもありましたか?」

「顔に出てたか、俺も未熟だな。今から、頼んでいた武器を取りに行くんだ」

 やっぱり物騒な話題からは離れられなかったと、ヘラは苦笑した。


 少しだけギルドで休憩というより、オリガが動けるようになるまで待ってから、注文していた武器を受け取りにトルンの店に入った。

「来たか。できてるぞ」

 いつもの場所に座ったまま、顎をしゃくって一二三たちを呼び寄せた。相変わらず客あしらいが適当な感じだ。

 台の上に並んでいるのは、作った本人もよくわかっていない武器と装備だ。

「まずは注文通りかどうか確認しろ。それから、裏の試験場で試してみるといい。俺もどう使うのか見せてもらうぞ」

「ふむ……」

 作成してもらったのは、一二三が使う篭手の他、十字手裏剣と寸鉄と言う小型の武器だった。

 これから魔物の相手をすることが増えるのに合わせて、腕周りだけは相手に触れずに済むようにしておきたかった。しかし、この世界の武装としての篭手は、まさに鎧の一部という感じに無骨でガッチガチに固められていた。手首の動きが制限されるのを嫌った一二三は、肘と手首の間を硬い皮で包み、手の甲に鉄板が当たるような篭手を作ってもらうことにした。

 ささっと革紐で篭手をつけると、くるくると手首を回して自由度を確認する。

「いい感じだ。ほとんど邪魔にならないし、硬さも申し分ない」

「それが腕の防具だというのは聞いていたけどな、そんな薄い革と鉄板じゃ、何も防げないだろう」

 ふんっと鼻をならずトルンに、一二三は二つの武器を手に取り、重さやバランスを確認しながら笑いかけた。

「……手裏剣も寸鉄もいい具合だ。篭手の使い方が気になるなら、実際に見てみたらいい」

 トルンの案内で建物の裏、少し開けた空き地に向かう。

 空き地の中央には直径50cmはあろうかという太い柱が建てられ、いくつかの斬りつけた跡がついていた。

「カーシャ、剣を抜いて俺に斬りかかってこい。遠慮はいらんぞ」

 言われたカーシャは、するりと剣を抜いた。稽古で嫌というほどやらされた抜刀は、大分素早く隙がなくなってきた。一二三から見たらまだまだだが。

「うっかり斬ってしまっても恨まないでくれよ、ご主人」

「そういう台詞は稽古中に一度でも俺に攻撃を当ててからいう事だな。それに、命の危険がある時こそ、技は冴え渡るもんだ」

 いつの間にか、一二三の周りの空気が冷たくなっている。

 剣を構えるカーシャも真剣だ。奴隷が主人に剣を向ける事の是非などは語られない。何しろ、稽古初日の最初のメニューは、真剣でひたすら一二三に攻撃する事だったのだ。もちろん、かすりもしなかったが。

 ぐっと足の裏に力を入れて、飛びかかるように上段から斬り下ろすカーシャの剣筋は、確かな経験を感じさせる迷いの無い素直なものだった。

 それだけに、読みやすいのが難点だと一二三は評する。

 首筋を狙って力の限り打ち込まれた剣は、不意に振り上げられた一二三の左腕を滑るように軌道をそらされ、地面を斬りつける格好になったカーシャの額に、一二三が軽く頭突きを食らわせる。

 鈍い音がした。

「!……痛った~……」

「何度も言っているだろう。力みすぎて自分からバランスを崩しているぞ。お前が振り回してるのは棒きれじゃなくて刃物だと、何度も教えただろうが」

 涙目で額をこするカーシャに、まったくダメージを受けていない一二三はぴしゃりと言った。

「……なるほどな。正面から受けるんじゃなくて、剣の横から当てて逸らすための防具か。器用なもんだな」

「相手の力に逆らわず、逆に利用するのは俺の故郷だと当たり前の技術だよ」

「じゃあ、次は武器の使い方を見せてくれ」

 なんだかんだ言っても、見たことのない武具に興味深々なのだろう。トルンが興奮気味に急かしてくる。

「じゃあ、これな。これは十字手裏剣という。投擲武器の手裏剣の一種だよ」

 一二三が図面に描いた十字手裏剣は、ナイフのような刃が四方にあるタイプではなく、細い杭が十字に組まれたような形のタイプだ。

「トウテキ? 投げる武器か。手で投げるくらいなら、弓の方がよく飛ぶだろう」

「言うと思ったよ」

 トルンの疑問に答えず、一二三は中央の柱に向かって手裏剣を打った。

 ガツンと言う音を立てて、十字の一本が深々と突き刺さる。

「短距離なら、矢をつがえて弓を引いて狙い打つよりも、こっちの方がずっと速い」

「確かに、ご主人様は肘から先だけで一瞬のうちに投擲されました。あの速度なら、どんな熟練魔法使いの魔法も間に合わないでしょう」

 太い柱に突きたった手裏剣を色々な角度から見ながら、トルンは低く唸った。

「軽く投げたように見えたが、しっかり刺さっている。致命傷を与えるには余程コントロールが良くないといかんだろうが、腕や足に刺さっても、充分相手を弱らせることができるだろう」

「そうだな。この形の奴は、投げやすくて当てやすい。その代わり比較的浅くしか刺さらないから、相手をひるませる時か、隙を作って逃げるための武器だ。オリガ」

 呼び寄せたオリガに手裏剣を手渡す。

「これはお前が使うんだ」

「よろしいのですか?」

「元々は俺が使うつもりだったが、まだ他にも持っているしな。この前に話した、魔法を使う暇がない状況から立ち直るための手段として練習しろ。まずは、5歩離れた場所から狙い通りに当たるようにだ。投げ方はまた明日教える」

「はい。ありがとうございます」

「アタシには無いの?」

「カーシャはまず自分の剣をもっとうまく扱えるようになるのが先だ」

 チェッと呟いたカーシャは、まだ額をさすっている。

「で、これはどう使うんだ?」

 トルンが差したのは寸鉄だ。

 握り締めると上下に少しずつ余る程度の長さがあり、中央に指を通すための穴があいている。中国拳法などで使われるそれとは違い、一二三が依頼したものは両端が尖っておらず、丸みを帯びた形状をしている。

 突き刺す事を暗器としてではなく、拳打の威力を増す為の握りとして、服などに引っ掛けて体勢を崩す道具として、または石垣等に突き立ててよじ登るための道具として使う。先を尖らせないのは、使用中に先が曲がって取り回しがしにくくなるのを防ぐためだ。

 一二三はさらりと用途を説明すると、握り締めた寸鉄の、拳の下から出た部分を思いきり柱に突きたて、自分の懐に引き込むように腕を振るった。

 柱の一部が剥がれて、無残な姿を晒す。

「振るった力を一点に集中できるから、速度があれば力をかけずとも骨を砕くことができる。指と違って、引っ掛けて引っ張っても爪が剥がれる心配も無い」

「簡単な造りだったが、随分便利な武器だな」

 しばらく寸鉄を試した一二三は、満足げに頷くと、トルンに金を渡した。

「……多すぎるぞ」

「寸鉄をもう一本。それと十字手裏剣は後5つ作ってくれ」

「いいだろう。また二日後に来い」

「早いな」

「一度作ったら楽なもんだ」


 それから数日の間、一二三はオリガとカーシャと共に、自分も鍛え直すように訓練を続けた。手頃な練習相手として狩られる魔物たちにとっては、悪夢のような日々だ。

「はぁ……はぁ……」

 今日は動きの速いランナーラビットを相手に、オリガが懸命に手裏剣を当てようとしている。一二三からの課題として、“首に打ち込んで一度で殺すこと”“必ず歩くか走りながら打つこと”“午前中のうちに10匹殺すこと”の三つを言いつけられている。

 もう二時間以上歩き回っているが、足音や息遣いで気取られて逃げられるのをくり返し、やっと当てても致命傷とは言えないカスリ傷程度しか与えていない。リミットの昼までは、あと1時間程度だ。とても達成できそうにない。

 動かない的にかなり当たるようになって、自分に自信を持っていた朝までの自分を本気で呪いたいと、一二三の課題に胸を張って答えた自分を杖で殴りたいとオリガは思った。

(動く的だとこんなに当たらないとは思わなかった)

 焦りが動きを雑にして、余計な音を立てては逃げられる。

 オリガは自分が情けなくて、表情は今にも泣きそうになっていた。

(このままだと、ご主人様に顔向けできない……!)

「落ち着け」

 鼻息荒く獲物を探し回っていたオリガは、急に頭をはたかれてびっくりした。そばに人がいるなんて、全く気がつかなかった。

「ご、ご主人様……?」

 今一番顔を合わせたくない相手に、どういう表情をしていいかわからないオリガに、一二三は苦笑い。

「ひどい顔してるな。そんなに鬼気迫った顔でうろついていたら、臆病な連中はすぐ逃げ出すぞ」

 ひどい顔と言われて、オリガは別の理由でも泣きそうになったが、不意に一二三に頬を撫でられて心臓が止まりそうになった。

「まず顔の力を抜け。木に向かって手裏剣を打つときは、そんな表情じゃなかっただろう。もっと気楽にやれ。手裏剣はぶつけるんじゃなくて、狙った場所に置くように放るんだと教えただろう」

「は、はい……」

「まだ時間はある。木と同じ気持ちでいい。ただ自分の当てやすい距離まで行って、そのまま打つだけだ」

 オリガは少し気持ちが落ち着いたのを自覚した。それから深呼吸をして、ギュッと握っていた手裏剣を少し楽に持ち直して、歩き始めた。

 顔は少し赤くなっているが、気持ちは大分楽になった。


 カーシャの方は、大木の前に立ち、抜剣・正面打ち・納剣を繰り返している。

 朝から延々とやっているので、もう腕に力が入らなくなってきている。それでも、半歩踏み出しながら剣を抜き、二歩踏み込みながら切っ先が表皮だけ木を削るように上から下へまっすぐ切り下ろし、下がりながら剣を鞘へ戻す。

 以前は両腰に簡単な金具でぶら下げられていた鞘は、多少の遊びを残したまま、剣帯でしっかりと腰に固定されている。以前のようにもたもたと剣を抜くような真似はせず、よどみなくスラリと抜き放つ事ができるようになっていた。

「それくらいでいいだろう」

 一二三に声をかけられ、汗だくで振り向いたカーシャは、そのまま大の字に倒れた。

「疲れた~……」

「水をしっかり飲んでおけ。飲みすぎはいかんが、水分が足りないと動きが鈍る」

 渡された木製の水筒から、浴びるように水を飲んだカーシャは、さっぱりとした表情で一二三を見た。

「で、どうだいご主人。アタシも大分良い形にできてると思うんだけど」

 今までの動きで、カーシャは一二三に習った足さばきと、腰を中心にした剣振り方をひたすらくり返して身体に染み込ませていた。

「この短期間としては上出来だ。腰まわりの安定感は出てきたから、剣に振り回されている感じは無くなってきたな」

「腰周りとか……なんか言い方がイヤラシイ」

「何を言ってるんだお前は。それより、次は俺と模擬戦な……そんな顔するな。木刀でやるから安心しろ」

 模擬戦と聞いて心底嫌そうな顔をしたカーシャに、二本の木剣を渡した。カーシャが使う剣と同じで、刀身が70cm程の長剣が二本だ。大して、一二三も二刀を構えて相対する。彼が持つのは、二尺四寸の太刀と一尺五寸の小太刀だ。

「ご主人、左右の長さが違うけど……」

「いいからかかってこい。本当の二刀の使い方を教えてやる」

「言ったね。アタシは両手持ちでずっとやってきたんだ。ご主人相手でも、アタシに分がある……いくよ!」

 左右から打ち込んできたカーシャの剣を、太刀をくるりと回してまとめていなす・・・と同時に、小太刀を脇腹に叩き込む。もちろん、内臓にダメージがでない程度で、痛くなるように。

「ぐ……まだまだ!」

 2本同時の突きを、×字に組んだ二刀で摺り上げて流し、そのまま太刀で押さえて小太刀でみぞおち・・・・を突く。

 息ができなくなったカーシャは、剣を落として転げ回った。

「何のために二つ持っているかをよく考えて動け。下手くそが粋がって二本振り回しても、怖くもなんともない」

「うっぷ……今の動きは……」

「基本中の基本だ。くり返しやってやるから、身体で覚えろ」

「なんか言い方がイヤラシイ」

「アホな事を言ってないで、さっさと立て」

 教えて相手して繰り返させる。その間にいつの間にか一二三は受けた依頼の分の魔物を狩っている。

 こうしてまた、夕方には疲れ果てた二人の奴隷が出来上がる。


「そう言えば、旅をすると言いながら、結局王都近くから離れてすらいないな」

 夕食の席で、一二三は不意にそんな事を言い出した。

「どこかご主人様が行かれたい所があるのですか?」

 スプーンを止めてオリガが訪ねてくる。

「行きたいとか行きたくないとか以前に、この世界の地理がわからん。地図とかないのか?」

「簡単な地図ならギルドで見せてもらえると思うけど?」

「そうか……」

 少し辛めの野菜ソースを絡めた蒸し肉を口に放り込み、しばらく考えた。

「そろそろ別の街や別の国を見に行くか」

 一二三の決断を聞いて、オリガとカーシャは顔を見合わせた。他国へ行くという事に、二人共通のある期待を持って。

お読みいただきましてありがとうございます。

評価点100ptをいつの間にか超えていました。本当に感謝してます。

多分次で、奴隷娘たちの過去の事件の話がでます。

次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ