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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十三章 魔人族は檻の中
116/184

116.The Beautiful People

116話目です。

よろしくお願いします。

 誰かが声をあげるより早く、最初の犠牲者が出た。

 それは主に対して苦言を呈していたあの魔人族で、主が反応できなかった一二三の突きから身を挺して庇った結果だ。

「ぐはっ……お、お逃げください!」

 身体が一瞬浮く程の勢いを持った突きを胸に受けた男は、それでも主を逃がす事に必死だった。

 だが、鈍い主は目を白黒させるだけだった。

「うあ……」

「遅い」

 目の前で部下が刺し貫かれた事で狼狽えている間に、目の前まで迫った一二三にあっさりと首を刎ね飛ばされた。

「な、なんという……」

 苦悶の表情で主の最期を見届けた男は、その次の瞬間にはこめかみから顔半分まで刀で断ち割られ、脳漿を撒き散らして転がる。

「ふぅー……」

 刀を振り、貼り付いた血と脳漿を飛ばしながら、一二三は大きく息を吐いた。

 そして、鼻から息を吸う。

「外の空気は良い。さっきは埃っぽくてまともに呼吸も何もなかったからな」

 明け方の冷えた空気に、新しい血の匂いが乗ってくる。

 突然の凶行に、算を乱して逃げた者が多かったが、彼らは最終的には正しい判断をした事になる。後になってウェパルから少数を相手に逃げ出したと怯懦を責められ閑職へと飛ばされる憂き目に遭うのだが、それでも、命は長らえたのだから。

 不幸だったのは、この場に残って戦うことを決めた者たちだ。

「相手は一人だ! 遠方から魔法で撃ち殺せ!」

 馬に乗った誰かが、一二三を指差して叫ぶ。

 それに呼応して、四方から火球や土くれが一二三を狙って次々に打ち出された。

「やはり、人間よりも魔人族の方が魔法は得意なのか。速度が違うな」

 感心しながらも、するすると身体を揺らして魔法攻撃を避けていく。アガチオンが放ってきた高速の石礫に比べれば、かなり遅い。

 顔の正面に向かってきた風魔法の攻撃を刀で散らした一二三は、そのままくるりと刀を回して鞘へ収めた。

「今更降伏するつもりか?」

 魔人族の誰かが嘲弄するのに、一二三はつまらなそうに答えた。

「馬鹿かお前は。勝てる相手に降伏なんぞするわけないだろう」

 柄頭を左の手のひらでポンポンと叩きながら、一二三は開いた闇魔法から突き出した短刀を右手に掴んだ。

「久しぶりに短刀の稽古がしたいから、付き合ってもらおう」

 一二三の持つ刀を参考に、フォカロルにいるドワーフのプルフラスが三日三晩かけて作り出した短刀は、見た目は脇差に近いが、刀身が厚く、武骨な印象を持つ反りの少ないものだ。

 アリッサが持つ脇差は、この短刀を見た一二三から散々ダメ出しされたプルフラスが奮起して鍛造したものだ。

 酷評しながらも、一二三は重さがあるものの頑丈そうなところは良いと思っていたので、そのまま持ち歩いていた。

 刃を外向きに逆手に持ち、右足を出した半身の姿勢で左手は腰に添えて構える。

「強がりを……」

「構うな、攻撃を続けろ!」

 一二三に再び魔法攻撃が集中するが、やはり当たらない。

 簡単に避けてみせる一二三にしびれを切らした誰かが、自分の部下たちに突撃を命じた。

「とにかく一度でも斬りつけて来い! 俺が止めをさせる状況を作り出せたら、出世はいくらでも約束してやる!」

 その言葉に、魔法が飛び交う光景に一瞬だけ躊躇したものの、五人いた部下たち全員が声を上げて突進した。

 その手には剣や槍を持っていて、我武者羅に走る。

「相手をよく見ろよ。それじゃ当たらない」

 足が速い、先頭を走って来た男の剣を歩いて避け、首筋にするりと短刀を滑らせて殺す。

 突っ込んできた槍の穂先を叩き落とし、踏みつけて押さえる。

「あっ!?」

 槍を離してしまった兵士は、そのままの勢いで前につんのめって、一二三が差し出した短刀に自ら喉を貫かれる格好になった。

 二人が揃って血を吹き出している姿に、残った三人が恐怖に足を止める。

 一人の背中に、誰かの火球が轟音を上げて打ち付けられ、飛ばされるように前に吹き飛ばされた。

 驚きと痛みに歪むその顔を、一二三の左手が掴み、地面に叩き付ける。

 一度の痙攣の後、絶命したその兵士に視線を移すことなく、一二三は前に出る。

 それでも、まだ残っている二人は武器を握りしめて立っていた。

 後に引けないのは状況がなせる業でもあったが、魔人族が押し込められた狭い社会の中で、上位の立場へと上がる機会は無いに等しい。戦争も無く、生まれでほとんど一生の社会ランクが決まるのだ。

 そこへ転がり込んできた王の仇討ちという一大イベントである。止めはさせずとも、貢献したとなれば……。その一縷の望みをかけて、二人の兵士は震えながらも槍と剣をそれぞれ構えていた。

 見方によっては美談かもしれない。自らの一命に自分や家族の将来を託した姿は、同じ立場の者たちにすれば美しく見えただろう。

 だが、そんなものを一二三は尊重しない。

「死ね。阿呆どもめ」

 肘打ちで槍を叩き折り、脳天に短刀を突き差すと、剣を持った相手には手首を下から蹴り上げて剣を離させ、頭を掴み、短刀を握ったままの拳で顎を強かに殴りつけた。

 首がぐるりと回り、頚椎が破壊された身体は一瞬で魂を手放す。

「まともに戦う力を得ることも、脳みそ絞って力不足を補う工夫をすることも無く、流れに押されて怯えたつらで戦場に立つな。腹立たしい」

 一二三は、本気で怒っていた。

 戦えない者を嫌うことはない。料理人でも文官でも農夫でも、自分の人生を精一杯生きているならば、それが良いことだと思っている。

 だが、戦いの場に身を晒しておきながら、生きる努力も勝つ工夫もせず、ただ武器を振り回して戦っている気になっている奴は嫌いだ。

「それに、お前は自分の存在理由が何かわかっているのか?」

 一二三が指差したのは、今や物言わぬ死体となった魔人族兵士たちに突撃を命じた魔人族の貴族だ。

「お、俺は魔人族の中でも名誉のある生まれの……」

 言い差したところで、一二三が駆け寄って思い切り殴りつけた。

 落馬した貴族は、背中を打ったようで呼吸ができずに喘ぎながら、いくつかの歯を吐き出しながら頬を押さえている。

「そうじゃないだろう。お前は勝つために兵士を死なせるのが役目だろうが。どんな手を使ってでも、最終的に敵を、俺を殺すにはどうするかを考えて、そのために兵士の命を使うのが指揮官だろうが」

 確実に自分を殺せる状況を作り出すために、一度ならず二度も復讐に身を任せる事を拒み、部下に手を出さないように命じる事ができたイメラリアを、だからこそ一二三は評価している。

 冷静に、確実に自分を殺しにくる。そのために戦闘力は無くとも立場と思考を最大限に利用する。それが、一二三の求める“人間の在り方”だった。

「奴隷であっても、その立場の中で自分にできる復讐のために努力を続けた者もいる」

 這い蹲り、逃げ出そうとする貴族の背中に足を乗せた一二三は、ゆっくりと力を入れていく。

「そいつは少しおかしくなったが、自分の力で復讐するために自らを鍛え続けた。強くなるために貪欲に、プライドを捨ててでも力を得るために努力を続けた」

「ぐぇええ……や、やめてくれ……」

 背骨がミリミリと音を立てるのを聞きながら、みぞおちが圧迫されてうまく声が出せない貴族は、小さな声で懇願する。

 だが、一二三の足はさらに力が入る。

 貴族はもはや息をするのに必死で、口を開閉しながら地面を掴むしかできない。

「お前らの王は強かった。フェゴールとやらも俺を殺すために工夫をした。ベンニーアとかいう女も、自分にできる技を最大限に利用して、俺の命を狙った」

 背中にめり込み始めた一二三の足の圧力に、すでに肋骨が数本折れ、内臓にも刺さったらしく、口の端から血を流して貴族は涙を流して助けを乞うている。

「お前を殺す。他の、ここにいる連中は皆殺す。魔人族の戦力を考えていくらかは残すかとも思ったが、やめた。残していても、ウェパルの役には立たないだろう」

 水気を含んだ音と空気が漏れたような悲鳴が響いて、貴族は力尽きた。

「あとは、お前らだな」

 短刀を順手に持ち替えた一二三は、視線を巡らせて残りの人数を数えた。


 残っているのは、後三十三人。


☺☻☺


「どういう事か、ご説明いただきたい!」

 フォカロル領軍の指揮官であるアリッサのために設えられた天幕の中で、ヴィシーからの使者は声を荒げた。

 その目の前に座っているアリッサは、キョトンとして吠えている中年男をまっすぐ見ている。

 椅子に座るアリッサの後ろに立つミュカレは、使者の無礼な振る舞いに青筋を立てて震えているが、今はアリッサが主役である、と拳を握って耐えていた。

「説明なら、したよ?」

 首をかしげて?マークを頭上に浮かべているアリッサに、使者は苛立ちを隠そうともしない。

「長官殿の言われる説明とは“魔物が強いから退治しに来た”という、先ほど最初に聞かされた一言の事ではないでしょうね」

「だって、他に理由なんかないもん」

「そんな理由が信じられるとでもお思いか! 大軍を持って国境に布陣する事が、どれだけ我がヴィシーを構成する各都市国家の人民に不安を強いているかを知らぬとでも言うのですか!」

 使者が平手でテーブルを叩くと、カップが揺れて焼き菓子が皿から宙に浮かぶ。

 その焼き菓子を落ちる前に摘み取ったアリッサは、ポイッと口に放り込んだ。これもカイム特製のもので、アリッサはこの焼き菓子が大好きだった。

「だって、それ以外に来た理由なんかないし」

 口をもごもごさせてから、ぬるくなったお茶を飲む。熱いのが苦手なアリッサのために、ミュカレが手ずからいれたものだ。

「本当に、魔物も何体か倒したよ。兵士の訓練も兼ねてるけど、一二三さんの指示通りだし、何の問題も起きてないと思うけど? 魔物がいて困るのは、町の人たちもおじさんも同じだと思うけど」

「ぐ……ですが、これほどの規模である必要があるかという話で……」

「おじさんは」

 顔と年齢に似合わず、見据えるように細められたアリッサの視線は、四十代半ばを過ぎた使者をすら話を止める程度には圧力を持っていた。

「仲間の誰かが死んじゃう可能性があっても、他人を気にして人数を減らして戦力を減らすのが良い事だと思ってる?」

「それは……」

「ぼくは、仲間だと思ってた人達に殺されかけたことがあるけれど、死ぬくらいの怪我ってすごく痛いんだよ。悲しくてやりきれないんだよ。仲間の誰かがそんな目に遭うくらいなら、誰かが怒っても怖がっても、仲間が生きて帰れる方法を考えるし、選ぶよ」

 ミュカレがお茶を足して、アリッサが礼を言う。

 その間、言葉を選んであうあうと使者が汗を流している。

「ぼくたちは一二三さんという領主の意思でここに来ているし、魔物を倒すことも命令だしみんなの為だと思ってやっていることだよ。でも、それが嫌だというのなら、仕方ないよね」

 アリッサが首を捻ってミュカレと目線を合わせ、ミュカレが頷いたのを見て、使者はようやく話が通じたと思ったが、現実は甘くない。

「懸命に生きているぼくたちと、不平不満を言うだけで魔物対策を何もしていないおじさんたち、どっちが正しいかは実力で決めようか」

 アリッサはコロコロと笑っているが、想定外の結論に使者はもはや真っ青を通り越して白くなっている。あの恐ろしい領主ならともかく、年若い少女にこうまで強行な意見を言われるとは思っていなかったのだ。

「そ、そんな無茶苦茶な……」

「一二三さんもぼくも、変なことは言ってないよ。ただ、とても重要で簡単な話をしてるだけだよ」

 狼狽えて椅子の上で小さくなって滝のように汗を流す使者に向かって、アリッサはゆっくりと、噛み締めるように言った。

「望みがあるなら、実力で手に入れないと」

 助けられて教えてもらったぼくが言っても、変な感じだけれどね、と笑うアリッサの声が、天幕の外にいる兵士たちの耳にも聞こえていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] あぁ…アリッサたそぉ…(何とも言えぬ表情)
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