104.To Feel The Fire
104話目です。
よろしくお願いいたします。
都市アロセール。
一二三の電撃的な進攻によるフォカロルへの併呑の後、大きな混乱もなく人々はそれぞれの日々を過ごしている。
この街にある冒険者たちのギルドも、一二三に数名が殺された以外は、それまで通りに運営されていた。
支部のギルド長であるレシも、そのまま在籍している。
アロセールがヴィシーからオーソングランデへ吸収された当時、冒険者の中にはフォカロルの一二三に媚を売って保身を図ったと陰口を叩く者もいた。だが、ヴィシー時代よりも生活が向上し始めたことを人々が実感し始める頃には、そう言った噂話もすっかり収まっていた。
だが、レシは当時よりも深刻な悩みに頭を抱えていた。
「うむぅ……」
デスクの上に積み上げられているのは、アロセールのギルドに所属する冒険者たちからの証言や報告を、ギルドのスタッフが取りまとめた物だ。
その多くは、取り分の話や獲物の横取りなど、日常茶飯事とも言える見慣れた揉め事についてであったが、取り分けた書類に記載されているのは、これまでに見たことが無いものだ。
曰く、見たこともない魔物がいる。
曰く、サイズが通常よりふた回り以上大きな個体を見た。
曰く、魔物の群れが減り、強い個体が増えた。
「どういう事じゃろうな……」
レシは白いヒゲをさすった。
アロセールは、どちらかといえば人口が多い都市の一つであったし、国が変わってからは、フォカロルへの中継地として大変な発展ぶりを見せている。護衛として出入りする冒険者も増えた。
人が多い場所に近いほど魔物は然程強くはないというのが、冒険者たちの共通認識だった。人がいるから魔物が避けるのか、魔物が弱い場所に人が街を作るようになったのか、今更誰もわかることではないが、実際にそういう状況になっている。
それが、急速にバランスを崩しているというのが、レシは報告から読み取った現状認識だ。一般市民や冒険者の中には、そのイレギュラーな魔物に襲われた犠牲者も少なからずいる。
国か、他のギルドに協力を要請すべきか、とレシが決断を迷っているところに、ノックの音が聞こえた。
「入りなさい」
「失礼します」
一人の男性職員が入室し、会釈をする。
「領主様の使いという方がお見えですが……」
領主という言葉を口にした時、職員が少しだけ青ざめて見えたのは気のせいではないだろう、とレシは思った。彼は、一二三がアロセールで行った冒険者殺しを目の当たりにした一人だ。
「トオノ伯爵の使い、か……。無論、会わねばならぬだろうよ。通しなさい」
「かしこまりました」
「それから、ワシが良いと言うまで、誰も部屋に入れるでないぞ」
再び頷き、職員は出て行く。
すぐに、二人の女性がレシの前に現れた。
まとまりのない赤い髪の少女が前を歩き、その後ろには、もう少し落ち着いた赤髪の女性が立っている。
初めての任務と、そのお守りのような立ち位置に、レシは彼女たちの用件を全く想像できなかった。
少女が、ニカッと笑う。
「僕は一二三伯爵領軍務長官のアリッサだよ」
「はじめまして。アリッサ様の専属で軍務専門の文官ミュカレと申します」
「これはご丁寧に」
アリッサの挨拶はまったく丁寧ではなかったが、あえて触れずに笑顔を向けるレシ。まずは“刺激しないこと”が最優先だ。
「どうぞ、こちらのソファへお掛けください」
「ありがとう!」
素直に座るアリッサと、一礼してから静々とアリッサの後ろにたったミュカレ。立ち位置は確かに重鎮と補佐官なのだが、キョロキョロと執務室を見回しているアリッサの様子が、すべてをぶち壊しにしている。
「紅茶で、よろしいですかな」
「うん」
レシが手ずから紅茶を入れる様子を、ミュカレはしっかりと見ていた。
そして、レシの方もそれを承知で紅茶を入れる。余計な疑いを持たれるのは得策ではない。
「どうぞ。それで、ワシに何かお話ですかな?」
「えっと……魔物のことだけど」
内心、動揺をしたレシだったが、長年の経験でうまく隠すことに成功した。
「魔物、ですか。ワシら冒険者ギルドの主な標的ですな」
「その魔物で、変わったことが無い?」
「変わった事……」
先ほどまで、頭痛の種として向かい合っていた書類の事を思い出す。
だが、じっくり考える時間は与えられない。
「強い魔物が増えたとか、聞いてない?」
仕方がない、と苦笑したレシは、そっと立ち上がるとデスクから書類を取り、アリッサの前に広げた。
「初めて見られた魔物や、凶暴化、巨体化した魔物の報告があがっております。ワシとしましても、対策に困っていたところでしてな」
さっと書類に目を通したアリッサは、そのまま後ろのミュカレへと手渡した。
ミュカレの赤い瞳が、飛ぶような速さで書類を読み取っていく。
「……アリッサ様、これは間違いないようですわ」
「ああ、やっぱり?」
主従が納得した顔をするが、レシはついていけない。
「何か、ご存知なのですかな?」
「えっとね……」
「私からご説明いたしましょう」
アリッサを止めたミュカレは、書類をレシへと返した。
「フォカロル領だけでなく、オーソングランデ全土、ヴィシーやホーラントにも、同様の状況が見られます」
驚くレシに、ミュカレは全てオーソングランデ王国ではなく、フォカロルが独自に調査したものだと付け加えた。
「なるほど。さすがは英雄殿と言ったところですな。慧眼という他ない」
実際は細かい部分を全てカイムの指示によって動いた結果なのだが、ミュカレもアリッサも、そこには何も言及しない。
「必要であれば、この書類を書き写したものを届けさせましょう」
「その必要はありません。内容は大体覚えましたから。それよりも、重要なお話があるのです」
「……伺いましょう」
書類を置き、居住まいをただしたレシに向けて口を開いたのは、アリッサの方だった。
「何者かが、魔物を強化している疑いがあります。これほど広範囲に渡り、かつ国を問わずに影響が出ていることから、ヴィシーやホーラント、当然オーソングランデも含めた国家に所属している可能性は低いかと」
「……おとぎ話に出てくるような、魔王のような存在ですな。荒野の向こうの国の可能性はありませんかな?」
「それらを調査するため、トオノ伯は荒野へ出ています」
「あの話は、本当だったのですな!」
思わず大声を上げたレシは、失礼、と言って咳払いでごまかした。
一二三が荒野へ、しかも単身で出ていった事は、噂話として届いていたが、多くの者が荒唐無稽なただの噂として切り捨てており、レシもその一人だった。
「正直に申しますと、強い魔物の目撃や遭遇例が極端に増えておりましたので、領主様か国へ相談を持ち込もうかと考えておったのですが……どうやら、フォカロルの中枢で働く方々は、我々なぞよりもずっと先を見ておられるようだ」
レシの言葉を聞いて、アリッサとミュカレは顔を見合わせた。
「私どもから、お願いしたいことがあります」
「なんでしょう」
ミュカレの言葉に、レシは素直に耳を傾けた。
「冒険者に、注意を促していただきたいのです。凶悪な魔物が増えている事、そしてその黒幕がどこかに存在するかもしれない、と」
「……混乱が起きるかもしれませんぞ?」
「結果として、何者が裏にいるのかがあぶり出せるのであれば、それで良いのです」
「どこの誰かがわかれば、一二三さんがやっつけちゃうからね」
ああ、とレシは不思議な納得をした。
「……わかりました。信用できる者から、少しずつ情報を流すように致しましょう。細かい手順に関しましては、ワシにお任せいただきたい。それでよろしいですかな?」
「もちろん構いません」
紅茶のお礼を言ってアリッサたちが退室すると、レシはソファの背もたれにぐったりと身体を預けた。
「何が起きているのか……ワシが生きているうちに、こうも世の中が動くことになろうとはな」
レシは自分のために入れた紅茶に口をつけたが、ひどく冷めていた。
☺☻☺
エルフの村の夜明けは、騒然とした空気の中で迎えられた。
村の一部には多くの死体が倒れ、中には男衆のまとめ役だったラボラスの無残な惨殺体もある。
騒動を聞きながらも、怯えて家から出なかった者達も、陽が昇り始めるとそろそろと家から出て、惨状を目の当たりにすると慌てて知人たちと集まって、答えの出ない話し合いを各所で始める。
そういった状況を見越していたザンガーは、シクとプーセに村人たちへ状況を説明して集会をする告知をするように指示し、自らは杖をついて一二三の案内を買って出た。
「え……ざ、ザンガー様?!」
村の外れ、一二三が入って来た場所とは別方向に、小さいが大きな丸太を使った頑丈な小屋がある。その中に魔法陣を構築しているのだと、ザンガーは説明を交えながら「邪魔するよ」と入った。
当番として結界の構築のために魔力を使っていたエルフたちはかなり驚いている。
「な、何故ここに……え、しかも、人間が一緒に……?」
「落ち着きなさいな。この人は、まあ、何もしなければ何もしないよ」
多分ね、と心の中で付け加えたザンガーは、一二三を連れて小屋の中央にある椅子に腰掛けた。
「久しぶりに外の空気を吸ったねぇ。これも、あんまり良くないんだろうけれど……」
不意に寂しげな表情を見せたザンガーを不思議に思ったエルフたちだったが、それよりも、初めて見る人間に警戒心が高まっていた。
その警戒も、ザンガーの一言で吹き飛んだ。
「一瞬だけ、結界に穴を開けるよ」
「そ、そんなことできませんよ!」
一人のエルフが声を上げたが、ザンガーはヒャッヒャッと笑って手を振った。
「あんたたちじゃなくて、あたしがやるんだよ。これでも、昔はエルフ随一の魔法使いだったんだからね。攻撃魔法はからきしだったけどねぇ」
守る事に関しては、中々馬鹿にしたもんじゃないんだよ、とザンガーは楽しそうに一二三を見た。
「人間さんよ、どれくらいで戻ってくるんだね?」
「わからん。だが、ここの場所は覚えた」
「そうかい。……じゃあ、戻ってきたら、お願いするよ」
小屋の奥には、いくつかの魔法陣らしき円や正方形の中に文字や記号のようなものが無数に並んでいる。
「よいしょ」
杖を使って立ち上がったザンガーは、エルフたちに支えられながら魔法陣の前に座る。
「この小屋の向こう、道なりに1分も歩けば結界にぶつかるよ。今から3分だけ、道の上だけ結界を開いてあげるから、その間にお入りよ」
「わかった」
「人間さん、名前を、聞いていなかったね」
教えてもらえるかい、とザンガーが問う。
「一二三だ」
「ヒフミさんかい、不思議な響きの名前だねぇ。だが、いい名前だ。ねえ、一二三さんはどうして、こんな森の奥まで来て、わざわざ魔族に会うんだい? 敵対するのは、攻撃されるだろうことは、あんたにもわかっているだろうに」
言いながら、ザンガーは視線を魔法陣へ向けた。
「……この世界には、戦いが足りない。心に火を点けてくれるような、命を削る、人生をかける殺し合いが足りない。誰かが尻に火を点けてやらないとな」
「で、その火種が魔人族ってわけだね」
ザンガーは肩を震わせて笑っているが、周囲にいるエルフは、何かよくわからないがとんでもない事を言っているんじゃないか、と困惑している。
「じゃあ、あたしたちも必死になって生きなければいけないね。あたしたちは森を捨てたとしても、誇りあるエルフだ。そう簡単に滅びるわけにはいかないよ」
魔法陣に向かい、魔力を集中させ始めたザンガーの言葉に、一二三は背を向けた。
「それでいい。どこで途切れるかわからん人生だ。大いに楽しまなくてはな」
一二三は小屋を出て歩き始めた。
魔人族の技、魔法、何が見られるだろう、と逸る気持ちが踏み出す足を急かす。
「最初は、どんな奴と会えるかな?」
刀を取り出し、腰へと手挟む。
「願わくば、良い“魔王候補”が居れば良いんだがな」
独り言は、誰にも聞かれる事なく、風に流れていった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。