102.The Kids Aren't Alright
102話目です。
よろしくお願いします。
「どうしようかねぇ……」
小さな声で呟いたザンガーは、方法はともかく死ぬつもりではあったので、自分がどうなろうとあまり気にはしていないが、追放を宣言されたプーセの方は憔悴しきっているようだった。
ラボラスが出て行ってしばらくたち、室内からは見張りがいなくなったが、家の外にはいるだろう。
そっと背中を撫でているうちに、プーセは泣き疲れて眠ってしまった。
頬を腫らしたまま眠る顔を見て、ザンガーは自分が治癒魔法が得意であれば良かったのに、と自分の無力さに呆れていた。
「本当に、名ばかりの指導者とはこのことだねぇ」
ラボラスが出ていったドアを見る。
間も無く、完全に夜が明ける。
遠くで、何かがぶつかる音や、悲鳴が聞こえてくる。
「やってるね……。あの人間は、大丈夫だろうかね?」
そう言えば、彼の名前を聞いていなかった、とザンガーは笑った。どれだけ、自分が変質して死んでしまうことを恐れていたのか。
「ん……んぅ?」
「起きたかい。悪いけれど、傷の治療は自分でやってもらえるかい?」
涙の跡も痛々しいプーセは、無言で頷き、腫れ上がった頬に向けて治癒魔法をかけた。
ゆっくりと腫れがひき、本来の細い顎と白い肌を取り戻したあとも、プーセの表情は晴れない。
「プーセ。あんたを迎えに行かせたあたしの判断が悪かったねぇ。人間だから、荒野で傷を負っているかと思ったんだけれどね……」
そのために、治癒魔法が得意なプーセを指名したのがいけなかった、とザンガーは頭を下げた。
「それは、もういいんです……。私は助かりましたけれど、他の人はあの人間に殺されてしまいましたから、それに比べれば」
無理に笑う表情が痛々しく、ザンガーは見ていられない、と視線をそらした。
「今、あの人間の男は襲われているみたいだね。さて、その結果次第で、この村やあたしたちもどうなるか……」
そう言いながらも、ザンガーは大人数に襲われては、いくら荒野を抜けて来られる実力があるとはいえ、攻撃魔法で袋叩きにされて終わりだろうと考えている。
「その……」
プーセが、遠慮がちに顔を上げた。
「どっちが勝ったとしても、あまり状況が好転するとは思えないのですが……それより、シクは大丈夫でしょうか?」
「なんとも言えないねぇ……ラボラスはあの子をどうこうするとは思えないけれど。プーセのことが知られたら、きっとびっくりするだろうね」
それにしても、とザンガーは改めて思う。
「あたしが人間ひとりを招き入れただけで、とんだことになってしまったね」
プーセが本当に追放になるなら、自分も共に森を出よう、とザンガーは心に決めた。
獣人に襲われた時、攻撃魔法が苦手なプーセでも、一人が犠牲になっていれば逃げるくらいはできるだろう。
「そのくらいは、させてもらわないとね……」
「ザンガー様?」
「なんでもないよ。とにもかくにも、今は待つしかないね」
いつの間にか絶えそうになっている囲炉裏の火に、ザンガーは小枝を放り込んだ。
☺☻☺
「どういうことだ、これは!」
数名の取り巻きを従えたラボラスは、プーセ弾劾のために一二三の行いを詳しく聞こうとシクを探していたが、家にいないので仕方なく一二三を殺害しに向かった。
そこで目にしたものは、一二三によって細々と解体されている同胞たちの姿だった。
「うわ……」
「うぐ、げぇええ……」
連れてきた取り巻きたちも、とんでもない光景と濃厚な血の匂いに、口を抑えたり耐え切れずに吐いたりしている。
しばし呆然としていたラボラスは、彼を無視して作業を続けている一二三に向かって大声を上げた。
「貴様が、ザンガーが引き入れた人間だな! 同胞に、我らの仲間になんということを!」
「あ?」
振り向いた一二三は、両手を再び赤く染めている。
「人間とは……」
ここまで残酷なものなのか、と取り巻きの誰かがつぶやき、全員が戦慄している。
「お前らも、こいつらと同じように俺を狙ってきたのか?」
だとしたら大歓迎だ、と一二三は闇魔法収納から水の入った瓶を取り出して、のんきに腕を洗い始めた。
「いったい、同胞に何をした……!」
怒りを押さえたように低い声で問うラボラスに、一二三は視線も向けない。
「いい感じに材料が揃ったからな。この連中の身体を調べてみた。ほれ」
一二三が投げたのは、小指の先ほどの小さな白い塊だった。
「なんだ、これは」
「あいつの」
一二三が指差す先には、手足を無残に細切れにされたエルフの姿。
一瞬、ラボラスは視線を泳がせたが、すぐに一二三へと視線を戻す。
「足と手の指先に計3つ、同じような白い塊が入っていた。言っとくが骨じゃないぞ。手も足も骨の数はそれ以外でちゃんと他の奴らと同じだった」
「それがどうしたというのだ!」
「おまえらが、年をとったら次第に変質していく原因を調べてるんだよ。興味ないのか? 自分がどうやって死ぬのか、どんな死に様を晒すことになるのか」
一二三は、転がる死体を指差す。
「戦いに身を投じるなら、ああなって死ぬのが定めかもしれんな。俺もそうだろう。だが、戦いと無縁ならどうだ。運良く生き抜くことができたら?」
「我々は、森へ還ることができる! 森の民として、森の一部へと戻るのだ! お前ら人間とは違う!」
「ああ、そう」
ラボラスの必死の反論を、一二三は無感動に流した。
「それより、これを見てみろよ」
さっさと歩き始めた一二三が立ち止まったのは、木の根元にある血だまりのそばだった。
もちろん、これも一二三がせっせと死体を運んできて作ったものだ。
「木の幹に近い部分だけ、うっすら白くなっているのがわかるか?」
あまりの光景に、逆に毒気を抜かれた様子の数名の若いエルフが、好奇心に背中を押され、恐る恐る近づく。
「白い……なんだこれ?」
首をかしげるエルフの前で、一二三が拾った木の枝を血だまりに突き刺して引き上げると、蜘蛛の巣のような白い糸が絡まる。
「最初は、元々お前らエルフの血の中にある成分かと思ったが、そうでもないらしい。あっちの血だまりは変化が無いだろう?」
そう言って一二三が差した広場側に作られた同様の血だまりは、赤黒くはなっているものの、特に白色化するような変化は見られない。
ここまで学校の科学実験を思い出しながら、意気揚々と対照実験の用意をしていた一二三だが、大体の状況がわかって満足げに頷いていた。
「仮説でしかないが」
と、前置きしつつ語り始めた一二三に、エルフたちの視線が集まる。
「エルフのエリアに入ったあたりから、生えている木の種類や空気が変わったのも理由の一つだが。村の周辺の森を構成しているこの木が原因だろうな」
一二三は、血だまり横に立つ大木の幹をペシペシと叩く。
「幹からか葉からかはわからんが、この木々からの成分が身体に溜まっていくと、体内で固形化して木のような性質に変化するんだろう。それが、元々肉体を構成していた血肉を侵食していくんだろうな」
自分自身に言い聞かせるように語り終えると、一二三はぐるりと周りを見渡した。
「で、どう思う? お前らは木になって死ぬ事を選ぶか? ここで武器を抜いて魔法を打って、この連中と同じように単なる肉塊になって終わるか? それとも、今のうちにこの木の呪縛から逃げるか?」
一二三の言葉には、誰も返事は返せない。
互いに顔を見合わせて、ざわざわと語り合うだけだ。
「貴様は……」
討伐対象であるはずの人間の言葉に狼狽える同胞たちに、そして無残な同胞の死に様と、その死体を弄ぶ一二三に、ラボラスが一人、怒りに震える。
「わけのわからん理屈を並べて、自分の罪を糊塗するつもりか!」
「理解できない……いや、したくない、の間違いじゃないか?」
ケラケラと笑いながら、一二三は持っていた枝を投げ捨てた。
「死ぬことから目をそらすなよ。誰もが必ず経験することだ、怯える事は無い」
刀を抜いた一二三は、大きく一度、深呼吸をする。
「ほら、選べ。ここで戦って意地を通すか、冷静に自分たちの環境を見直すか」
その言葉に、数名のエルフがそっと距離をとった。
そのことも、ラボラスの癇に障る。
「貴様らには、森の民としての誇りは無いのか!」
「馬鹿な事を言うな」
激昂するラボラスに対し、一二三は冷静かつ不機嫌をあらわに言い放つ。
「誇りとか理想が人を死に近づける。お前らのくだらない“掟”とやらが、結果としてエルフから死に向き合う機会を奪った」
艶のある刃紋を見つめながら、一二三は恍惚の表情を浮かべた。
「死ぬというのは、その人物を完結させることだ。生き方に沿ったものか、それとも不満に満ちたものか、何かを達成したか志半ばの非業の死なのか」
つと、エルフらしからぬ筋肉質な身体に力を込めて睨んでくるラボラスに目を向ける。
「思いも、目標も、未来も、死ねば終わりだ。そこにあるのは完成された人生。殺すことはその人生を完成させることだ」
だから、と刀を正眼に構える。
「望むなら、その終わりをくれてやろう」
「この人間は……」
取り巻きのエルフが半数はジリジリと下がって行き、半数はラボラスの判断を待っている。
仲間たちの視線を集めたラボラスは、そっと腰のナイフに手をかけた。
一二三が、笑う。
☺☻☺
シクが木陰から、そっとザンガーの家の様子を見ると、出入り口前に二人のエルフが気だるそうに立っていた。
眉を潜めて口をモニュモニュと動かしたシクは、必死で口の中で詠唱を行う。
「ね、眠れぇ……」
催眠魔法は、シクが辛うじて使えると言ってもいいかもしれない程度の魔法だ。エルフとしてはあくびが出るほどの詠唱時間を必要とするうえ、完全に覚醒している相手にはあまり効果がないが、ぼんやり立っているだけの相手にはなんとか通じる。
「や、やった」
壁に背中を預けて、ずるずると座り込んだ二人の見張りを確認したシクは、そっと建物の中へ入る。
そこには、並んで座る指導者ザンガーとプーセの姿があった。
「シク? 無事だったのね」
「ぷ、プーセ姉ちゃん……」
膝の力が抜けたシクは、へなへなと座り込む。
「ごめんなさい、ラボラスに聞かれて人間のことを教えたせいで……」
ポロポロと涙をこぼすシクに、プーセが慌てて寄り添う。
「大丈夫よ。傷は自分で治したから、ね?」
「で、でもラボラスがプーセ姉ちゃんを追放するって言ってた……」
顔を青くしているシクが震えていることに気づいたプーセは、力強く抱きしめる事で慰めた。
だが、言葉がうまく出てこない。
追放が怖いのは、本当のことだからだ。
「シク、あの人間は今、どうしているのか知っているかい?」
「はい……」
ザンガーの質問に、シクは座り直した。
「良くわからないけれど、エルフが樹木と同化する理由がわかったとか言ってて、でもたくさんの大人が殺されて……」
「なんだって?!」
珍しく大声を出したザンガー。
目を丸くして驚いた二人に、ザンガーは浮かせた腰を落とし、囲炉裏の小さな火を見つめた。
その視線は遠くを見ているようだ。
「あの人間の考えている事は、あたしにもよくわからなかったけれどね。まさかそんな話に……それで、その理由は聞いたのかい?」
「あの、本当かどうかわからないんですけれど、森の木から身体に入るのが悪いとか、なんとか……」
正直、半分も理解していなかったシクの説明はあやふやで、隣で聞いているプーセは首をひねっているばかりだったが、ザンガーには理解できた。
「なるほどね。あたしが長生きするわけさね」
ひゃっひゃっと笑うザンガーは、プーセたちにゆっくりと語る。
「あたしはね、小さい頃に森で怖い思いをして、家からほとんど出なくなったんだよ」
「私が聞いた理由は、多くの村人からの話をいつでも聞けるように、居場所を決めていると聞いておりましたが……」
「それは、まあ体面上の言い訳、取り繕っただけの話さ。本当は、単に森が怖くなっただけだったんだよ」
エルフのくせに、と自嘲する。
「森が怖いって、どういうことですか?」
シクの質問に、ザンガーは小さく「話しておこうかね」と呟いた。
「あんたたちも、森で見たんだろう? エルフの死に様はどんなものなのか」
言われて、プーセは一二三に死を乞うた老人を思い出し、息を飲んだ。
シクは半覚醒状態で朧気であったが、かすかな記憶はある。
「あたしもね、今のシクより小さいころに、森で見たのさ。死にゆくエルフの老人の姿をね。……それも、あたしの祖母の死に様を」
ふぅ、と息を吐いた。
「祖母はね、苦しい、痛いと言って、あたしに助けを求めたけれどね……小さな子供でしかないあたしには、なんにもできなくて、結局、あたしの名前を呼び続ける祖母から逃げたよ」
それから、森への恐怖が拭えず、エルフでいること自体にも嫌悪を感じるようになったという。
「でも、もし人間が言うことが本当なら、あたしも少しは救われるね。エルフだからじゃなくて、本当に森のせいなら……」
また息を吐いたザンガーは、火を見ていた視線をプーセとシクへ向けた。
「あの人間には、生きていて欲しいねぇ。もう一度、話がしたいよ」
それはつまり、同胞の死を願うも同然の言葉でもあった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。