101.Why We Thugs
101話目です。
よろしくお願いします。
「邪魔」
「ぎゃん!?」
一二三は腰にしがみついたシクを蹴り飛ばした。
コロコロと転がっていくシクを一瞥することも無く、鎖鎌を持った一二三は再び進み始めた。
その足取りはゆっくりだが力強く、何者にも止められない圧力を発している。
「闇魔法だと……」
「狼狽えるな! 弓と魔法で畳み掛けろ!」
声がかかったと同時に、石や風の刃に加え、圧縮された水流までもが一二三を狙う。
「おおっと。こいつは激しいな」
軽いステップを踏むように、一二三は飛んでくる魔法を避けていく。
10名程が半円状に囲むように立っている中、鎖鎌を振り回しながら右へ左へと動く一二三に、エルフたちは苛立ちを隠せない。
「周りとタイミングを合わせろ!」
「遅い!」
一二三が放ったのは、分銅の方ではなく鎌の方だ。
「ぎゃっ!」
一人のエルフの首筋、鎖骨に引っかかるように鎌がざっくりと刺さる。
驚愕に目を見開いたエルフは、引き抜く間も無く一二三の方に引き寄せられた。
「よっ、と」
軽い掛け声で、鎌を抜きつつ首を切り裂く。
手足をばたつかせたエルフは、風魔法に対する盾にされて全身をズタズタにされて絶命する。
くたり、と力を失った身体を、一二三は一人のエルフに向かって投げつけた。
「うわっ?」
「なんてことを!」
騒ぐエルフに突っ込む一二三に、今度は矢も含めて魔法が次々に飛んで来る。
隙間なく打ち出される弓と魔法を正面から迎え撃った一二三は、流石に全てを避ける事はできず、腕や頬に少しずつ切り傷が増えていく。
だが、一二三は笑っている。
「そうだ、そうだそうだ! 必死で抗え! 俺の命を狙え! 自分の命を守るために! 誰かの命を守るために!」
ザッ! と砂を撒き散らして滑り込むように一人のエルフに肉薄し、分銅を握り締めた拳で思い切り顔面を殴りつける。
振り向きざまに握った分銅を投げつけ、もう一人の顔も潰した。
「ふふっ……ふふふふ……」
頬に指を滑らせ、指先に絡みつく熱い血を感じる。
「死ぬ事を想像しろ。それでこそ生きている実感が味わえる。最も……」
鎖鎌を収納し、一二三は腰の刀を抜く。
僅かに顔を覗かせた太陽の光が、木々の隙間からほんのりと刀を照らした。
「死ぬことから目をそらした時点で、お前らはろくな死に方はしないだろうな」
自分とエルフの血に両腕を肘まで染めながら呵呵と笑う一二三に、エルフたちは魔法を放つことも忘れて戦慄した。
「おや?」
残ったエルフたちに、一二三が切っ先を向けた。
「諦めて死を受け入れることにしたのか? 木偶を斬ってもつまらんのだがな」
ピリピリと痛みが走る傷の感触を愉しみながら、刀を左肩に背負うように構える。
「ふざけるな!」
残ったエルフは7人。充分に圧倒できると判断したエルフが叫んだ。
再び、魔法の一斉射撃が行われる。
人間たちが使っていた魔法よりも遥かに早い発動と弾速は、一二三にとっても見切れはしても全ては躱すことができない。
姿勢を低くして、滑るように前に出る一二三は、肩を切られ、石を腹に受けながらも、速度を落とす事は無い。
「温い!」
「ぎゃぁっ!」
走り抜けた勢いそのままに、指示を出していたエルフを袈裟懸けに両断する。
短い悲鳴を上げ、エルフは二つに別れた身体を地面に落とした。
「ふぅーっ……」
見た目には既に満身創痍だが、その顔は晴れ晴れとしている。
「あの人間、不死身か……」
誰かが呟いた言葉に、一二三は口を尖らせた。
「失礼な。不死身なんてつまらないだろう。死ぬかもしれないから、戦いは心を震わせるんだ」
柄頭を左の腰に当てるように構えた一二三は、一足飛びに次のエルフへ近づき、撃ち出すような勢いの突きで殺す。
刀を引き抜き、別のエルフが土魔法で無数の礫を打ち出して来るのを背中で受けながら近づき、振り向きざまに首を刎ねた。
「あと、4人か」
刀を振り、血を払う。
「他の魔法は無いのか? もっと見せてくれ」
「くっ……この!」
一人のエルフが放ったのは、炎の矢だった。
「お前!?」
他のエルフが驚いたのを、一二三は視界の端に捉えた。
森の中で生活しているということもあり、火魔法はほとんど使われない、というより、使えないのだろう。
「それでいい」
敢えて火の矢をギリギリで避ける。
右脇を灼熱の火が焦がし、道着が黒く焼ける。
「必死で生きた。そんな実感がするだろう?」
一二三が突き出した刀は、エルフの胸を貫き、背中から切っ先が顔を出している。
「そん、な……」
かすれた声に血が混じり、倒れた拍子に刀が抜ける。
切っ先から滴る血が、地面に落ちる。
「あと3人」
その呟きは小さい。だが、全員の耳に死刑宣告として正しく聞こえていた。
☺☻☺
一二三襲撃の前に、動きがあったのは指導者ザンガーの家だった。
「邪魔するぞ」
夜明け前、一言だけ形ばかりの断りを入れて踏み込んで来たのは、村の男衆をまとめるラボラスという男だった。
エルフというイメージとはかけ離れた、背が高く筋肉質で、ナイフの扱いが得意な大男だが、見た目に反して魔法も得意だった。
「なんだいラボラス。突然だねぇ」
「突然なのはどっちだ」
勝手知ったるという雰囲気で、囲炉裏を挟んだザンガーの向かいに座ったラボラスは、全身から剣呑な空気を漂わせていた。
「人間を、この村に入れたと聞いたが」
「ああ、入れたね。というより、来てもらったと言ったほうがいいかもねぇ」
「……なぜ、そんなことをしたのか、聞かせてもらおう」
「個人的なことだよ」
火が弱まった囲炉裏に、ザンガーは小枝を放り込む。
「あんたにゃ、関係ないことさ」
「人間が必要な事とはなんだ? しかも、村の空家を貸してまで泊める必要がある事とは?」
次第にラボラスの声が低くなっていく。
「……何をそんなに必死になっているんだい」
「俺は、な」
ラボラスは、自分の膝を掴んでいる指に力を込めた。
「指導者としてのあんたは尊敬しているつもりだ。村人を良くまとめていると思うし、あんたの言葉なら、と聞く奴も多い。だが……」
言葉を切ったラボラスが右手を上げると、外から二人の男性エルフに両腕を掴まれたプーセが入って来た。
「掟を破ったというなら、それを許すつもりはない」
プーセは酷く打たれたようで、左の頬を腫らし、両目からポロポロと涙を流していた。両腕を掴まれているのは、魔法で癒さないようにするためだ。
「プーセ……! あんた、同胞に手を出すなんて、何を考えているんだい!」
「掟を破る者を、同胞とは呼ばない」
男たちが手を離すと、プーセはヨロヨロと歩きながら崩れ落ち、ザンガーの横で膝をついた。
「プーセ、大丈夫かい?」
「も、申し訳ありません、ザンガー様……」
何を謝ることがあるのか、と思うザンガーに、ラボラスが怒りを滲ませた声を上げた。
「プーセと共に人間を迎えに出た者たちが、死体で見つかった」
ラボラスは、目を覚ましたシクから状況を聞いて、荒野側の結界の近くを捜索したという。そこで、動物に食い荒らされた同胞の死体を発見した。
「それは、あたしの指示を無視して、手荒な扱いをしようとした結果だろうに。残念だとは思うけれど、それが掟に反したとは言えないんじゃないかねぇ」
「相手が、人間で無ければな」
目を見開いたラボラスは、ザンガーを睨めつけた。
「問題はそれだけでは無い」
ラボラスは状況を知る人物としてプーセを呼びつけ、事情を話させる事にした。そこで、ラボラスはプーセに聞いたという。
「シクが朧気に話し声を聞いていた。掟を破り、死にゆく同胞に話しかけ、あろうことか穏やかな死を迎える前に殺したというではないか! 俺はその話を聞くためにプーセを呼んだのだがな」
そのことについて、怯えて口を割らないプーセを殴りつけ、ラボラスは無理やり聞き出した。
「……指導者ザンガーよ。あんたが呼び寄せた人間が、同胞を殺し、この村の重要な掟すら傷つけた。これでも、“個人的な事”で済ませられると、本当にそう思うか?」
ラボラスは、口を引き結んだザンガーから視線を外し、泣き崩れているプーセを睨みつけた。
「少なくとも、同胞の死を汚した罪はプーセにもある。こいつは村の掟に従って、森へ追放するべきだろう」
「……たまたま、人間がやった事に居合わせただけだろうに。それはあんまりじゃないかね」
プーセの背中を右手でさすりながら、ザンガーは擁護の言葉を並べた。
だが、そのどれもがラボラスを納得させることはできなかった。
「残念だが、俺はあんたの言葉を聞く気は無い。明日の朝には村人たちに事態を説明し、あんたを指導者から外すことになるだろう。……人間の死体を見せて村人を安心させ、プーセを追放して掟の厳しさを示すことも必要だろう」
「あんた、あの人間を殺すつもりかね」
「当然だ。あれは異物であり、災厄だ。さっさと処分する以外に無い」
「できるかね」
「俺の下で動いている者たちも、掟の重要さをしっかり理解している。そのために、人間を始末することも納得している」
言葉に自信を滲ませたラボラスだが、ザンガーの返答は皮肉な笑みだった。
「そういう意味じゃあないよ。村の男どもで、あの人間に勝てるのか、と言っているのさ」
「俺たちが、人間一人に遅れを取るというのか?」
「遅れを取ったから、迎えに行った連中は死んだんだろうよ」
しばらく、沈黙が室内を包んでいたが、ラボラスがやおら立ち上がった。
「とにかく、朝には村人の総意としてあんたの解任とプーセの追放を行う。それまで、二人ともこの家から出ることを許さん」
プーセを連れてきた二人の男を見張りとして残し、ラボラスは出ていった。
「……相変わらず、口で負けるとすぐ逃げるね、あいつは」
「ザンガー様……」
「ほら、涙をお拭き。あんたは可愛い顔をしているんだから、そんなふうに涙でくちゃくちゃにしていたら、勿体無いじゃないか」
傍らに積んでいた布を一枚掴むと、プーセの顔をそっと拭う。
「あたしは今更、指導者なんて地位に興味は無いんだけれどねぇ。プーセや、あの人間に、とんだとばっちりが行ってしまったね……」
本当にごめんね、とザンガーはまだ動かせる右手で、そっとプーセを撫でた。
☺☻☺
ザンガーの家の前で聞き耳を立てていたシクは、プーセが追放されると知り、慌てて助けを求めようと一二三の所へ走ったのだ。
自分がラボラスへ話したせいなのだが、まさかプーセが責めを負うとまでは考えが回らなかった。村の誰に話しても、掟を破ったとラボラスが言えば、プーセが許されることはないだろう。
あれほどの強さを持った人間なら、プーセを救い出してどこか安全な場所まで連れて行ってくれるかもしれない、と考えたのだ。
あの恐ろしい人間に会うのは怖かったし、同胞を殺したときの笑顔を思い出すと膝が震えるのを抑えられないが、他に良い方法が思いつかなかった。自分だけでは、番として残った男たちに勝てるとも思えない。
そうして、助けを求めたシクと、ラボラスが放った刺客がほぼ同時に一二三が止まっている小屋に着いたのだ。
そして今、再び気を失う羽目になったシクがようやく目を覚ました。
「……あれ?」
ぼんやりと見えてきた視界は、天地が逆さまだ。
「あう、いたたた……」
逆さまになった状態で木の幹にぶつかって気絶していたらしい。
もぞもぞと身体をひねって、ようやく座った体勢に戻ったシクは、自分が気を失う前の状況を思い出した。
「あ、あの人間は……っ!?」
目の前には完全に潰れた空家があり、その向こうにはいくつもの死体が転がっている。
「うぅぶっ……うぇええ……」
身体が二つに別れた死体からはみ出たものを直視してしまったシクは、胃が空になるまで吐いた。
気を取り直して、死体を見ないように一二三の姿を探したが、まさにその死体に囲まれて、しゃがみこんで何かをやっている後ろ姿が見えた。
綺麗な紺色だった奇妙は衣服はあちこちに穴が空き、何か赤黒いシミで染められていた。
「な、何やってるの?」
意を決して近づいたシクは、一二三が握っているのが誰かの腕だけだと気づいて、白い顔を青くする。
「……お前らエルフが樹木と同化する理由な。やっぱりこれだ」
死体の指先を二つに切り割った一二三は、その断面に指を這わせてから、シクの目の前に突きつけた。
一二三の指先に、白く粘つく何かが張り付いている。
「なに、これ……」
「知らん。何人かを割って調べてみてわかったのは、足や手の指先から少しずつ溜まっていくということだけだ」
一二三は、ここまでの解剖で仮説を立てたが、ほぼ間違いないと確信した。
「食い物なり飲み物なり、あるいはこの森に漂う空気の中の何かが、体内に溜まって変質を促すのだろうな。死にかけの方は首まで粘液が来ていたから、手足からで身体に溜まり、最期は頭の中まで入る。いや、溜まる」
末端から変質し、頭部が最後に侵食されるため、意識がはっきりしたまま身体が変質していくのだ。まるで恐怖を与えるためにそうしているかのような悪質さである。
「じゃ、じゃあ、森で樹木と同化した人って……」
「身体の機能がじわじわ止まって死ぬんだ。相当苦しいだろうな」
「そんな……」
良いことだと信じきっていた風習が、180度違ったと肩を落としたシクは、ようやくプーセとザンガーの事を思い出した。
がばっと顔を上げたシクは、一二三に向かって叫んだ。
「助けて! このままじゃプーセ姉ちゃんが追放されちゃう!」
「ふぅん……」
死体を触っていた両手を懐紙でゴシゴシと拭った一二三は、両手両足を失った死体を掴み、潰れた家の方へ放り捨てた。
「別に興味ないな」
一二三はあっさりと、シクからの涙の願いを断った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。