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呼び出された殺戮者  作者: 井戸正善/ido
第十二章 エルフの最期は
100/184

100.Welcome To The Jungle

100話目です。

よろしくお願いします。

「おっ」

 プーセの案内で森を歩く中、一二三が見つけたのは先ほど見たのと同様に、大木に背中を預けたエルフの姿だった。

 最初に見た者とは違い、まだ完全に木像と化してはいない。

 プーセの遠慮がちな制止を聞かずに一二三が近づくと、座っている老エルフは左目を見開いた。

「意識はあるのか?」

「……人間か。死の間際に、珍しいものを、見られたな……」

 か細い声で話す老エルフは男性だった。布を巻きつけるような簡素な服を着て、あぐらをかいた姿勢で座っている。

 目に見える大部分が変質しており、顔も右目と口の右三分の一程までが苔むした樹皮となっていた。

 小さく開かれた口の隙間から漏れる声は、いかにも苦しそうだ。

「苦しいか? ちゃんと見えているか?」

「質問攻めだな」

 ふふっと空気を漏らすような笑い声をこぼした老エルフは、一二三の後ろに立つプーセに目を向けた。

「プーセか……。人間を、連れて来たのは、お前か」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることは、ない。最期の瞬間に、面白い出会いができた。人間よ、何か聞きたいのだろう?」

 視線を一二三に戻したエルフは、時間はあまり無い、と呟いた。

「身体が、次第に動かなくなる。木になった部分は、濡れても割れても、何も感じない」

 感じていた空腹も、いつの間にか消え失せた、と老エルフは語る。

「穏やかな死、か」

「ふふふ……人間、それは、違う」

 老エルフは眼球をぐるりと回し、見える範囲の全てに視線を向けた。

「こうして、見えるのが、目玉が動く範囲だけになって、どれくらいになるだろう」

 ふぅふぅ、と息を会える。

「じわじわと、呼吸が、苦しくなる。穏やかな気持ちなど、無い。あるのは、じわじわと来る死への。恐怖だけだ……。きっと、このままならば、完全に動けなくなっても、しばらくは、生きているのだろう。見えず、聞こえず、動けない」

 これが、怖くないわけが無いだろう、と言う。

「もはや涙も流れない。自分で死ぬことも出来ない絶望で、気が狂いそうだ」

「そんな……」

 プーセは、初めて聞いた死への恐怖に、青ざめた顔で絶句している。

「知らなかったのは、お前だけではない。誰かが作った、死へ向かうものに、近づかない掟が、あれがいけないのだ」

 誰もかもが、真実を知ることなく、穏やかな死が訪れると信じて森へと消えていく。

「その結果がこれだ。だから、誰かに話せたこと、感謝しているよ。そして、人間よ」

「なんだ?」

「私を、殺してくれ。これ以上、自分が生き物で無くなっていく、恐怖を味わいたくはない……」

「なるほどな。良いだろう」

 一二三は、その願いをあっさりと受け入れ、腰の刀を抜いた。

「ま、待ってください! 彼を殺すなんて……」

「お前は残酷な奴だな」

「えっ?」

 想定外の事を言われた、とプーセは驚きの声を上げた。

「人間の言うとおりだ、プーセ。今の私にとって、死は救いだよ」

「そんな……」

「死体は調べさせてもらうぞ」

 刀を構えた一二三の言葉に、老エルフは表情を変えられる範囲で微笑んだ。

「死ねるなら、あとは好きにするといい。人間よ、お前の名は?」

「一二三だ」

「そうか、一二三か……。感謝するよ」

「じゃあな」

 大上段、真っ向から打ち下ろされた刀は、驚異的な切れ味で首までを縦に真っ二つに分けた。

 さらに、横には横一閃にて首を落とす。

 二つに別れた頭部が、ひと呼吸置いて首から転がり落ちた。

「ひ、ひどい……」

「酷いのは、体の中の状態だ」

 一二三は刀の切っ先を使って、地面に落ちた頭部の切り口を上向きにした。

「うっ……」

 凄惨な光景に、喉の奥からこみ上げるものをなんとか我慢しながら、プーセは恐る恐る視線を向ける。

 一二三は、しゃがみこんで至近距離からじっくりと観察していた。

「頭の中身も、大分変質しているな。で、これはなんだ?」

 何度も人間の中身を見てきた一二三は、まるで一部のパーツを木に置き換えて作ったかのような人体に眉を顰めた。

 さらにもう一点、一二三がわからない部分がある。

「この白いやつ、何かわかるか?」

「わかりません。初めて見ましたけれど……」

 一二三が差したのは、頭の中身、木になりかけている部分にべっとりと貼り付いた、ネバネバした白い何かだ。

 軽く指ですくい取ってみると、糸を引いてとろりと垂れて流れていく。

「わからんな。エルフ特有のやつかもしれん」

 懐紙で指を拭った一二三は、立ち上がって小さな声で呟いた。

「まだ無事な奴の中身が見れたら、それが一番いいんだが」

「え、なんですか?」

 聞き取れなかった様子のプーセを見た一二三は、黙ったままじっとプーセの頭部を睨みつけている。

「どうかされましたか……?」

 視線に何か恐ろしいものを感じたプーセが、怖々と尋ねる。

「いや、いい。それより先を急ぐぞ」


☺☻☺


 プーセの説明によると、魔人族を森の奥へ押し込めるための結界は、村を通り過ぎた先にある魔法陣が描かれた特殊な場所でエルフたちの魔力によって生成されているらしい。

「結局、村を通らないといけないわけか」

「どうか、村では穏便にお話をお願いします」

「それは、お前たちの態度次第だ。敵対する奴と仲良くしようとするようなトチ狂った頭は持っていない」

 対して、一二三からは質問がどんどん浴びせられる。一二三がエルフの森に入った事がわかったのも、結界に近い防衛のための感知魔法が設定されており、それがエルフか獣人か、人間かくらいまでは分かるのだという。

 シクは巡回中にたまたま出会っただけで、ザンガーの指示を受けて迎えにきたのが、プーセたちだったのだ。

 そんな会話をしているうちに、村が見えてきた。

 簡素な木の門の前には、二人のエルフが弓を持って立っている。

「あぁ、着いちゃった……」

 そのまま案内したら揉め事になると考えていたプーセだったが、結局は何も思いつかないまま到着してしまった。

「待て! 止まれ!」

 門番をしていた二人のエルフが声をかける。

「人間、か。来るのは聞いていたが、何故プーセと……背中にいるのはシクか。何があった?」

「えっと……説明すると長くなるから、まずは彼をザンガー様の所へ案内したいのだけれど」

「そうか。シクは俺が家まで運んでおくから、人間を連れて行ってくれ」

 未だ気を失ったままのシクを抱え上げ、一人のエルフが離れていく。

「そ、それじゃ、こっちへ」

 何の解決にもなっていない事を承知の上で、少なくとも一触即発の状況だけは避ける事ができた、と安堵しながらプーセは先導を続ける。

 見渡す限りの家すべてが、木製の板と何かの蔦や枝で作られた平屋の建物だ。ドアらしいものはなく、暖簾のように薄汚れた布が入口に垂らされている。

「ザンガー様の家は、あそこにあるわ」

 プーセが指差した建物は、他に比べて2倍ほどの大きさがあり、出入りには暖簾ではなく板で作られた簡素な扉がついていた。

 何か違和感があると、しばらく立ち止まって見ていた一二三は、その建物に窓がないことに気づいた。他の建物には、くり抜いただけではあるが、明かり採りのための開口はあるのだが、その建物には一切見られない。

 その様子に気づくことなく、プーセは扉の前に立ち、建物の中に向かって声をかけた。

「ザンガー様、プーセです。人間をお連れしました」

「ああ、ありがとうね。入っておいで」

 中からはしわがれた老婆の声がする。

「許可が出ましたので、どうぞ」

 板をまるごと取り外すように入口を開けたプーセに促され、一二三はためらう事なく中へと踏み込む。

 建物はひと部屋だけらしく、乾燥させた草を積んだ上に布をかけた寝具や、木製の低いテーブルが見える。

 窓が無いのは建物全体のようで、ただ部屋の中央にある囲炉裏のような場所で仄かに揺れている小さな炎だけが、室内を朧気に照らしている。

「よう来たね、人間さん。ほら、そこへ座るといいよ」

 部屋の中央に座る老婆は、自分と囲炉裏を挟んだ向かい側を指差し、細い枝を右手だけで器用にへし折り、新たに火にくべた。

 指定された場所には、干し草が積まれ、寝具と同様に布がかぶせられている。

 遠慮なく腰を下ろした一二三は、真っ直ぐに老婆を見た。森で見た、樹木へと成り果てたエルフたちと同様、整った顔立ちではあるものの、深いシワが刻み込まれたその顔は、長い年月を思わせる年輪のようにも見える。

「プーセ。あんたはもういいよ。お客人と話があるから、他の仕事に戻りな」

「はい。それじゃ、失礼します」

 プーセが出て行くと、老婆は溜息をつき、また右手に持った小さな枝を火へと放り込む。右膝を出してぐいっと火に近づくと、揺れる炎がより鮮明に、ザンガーの老いた顔を照らした。

「いい年のようだが、まだ身体が動くのか」

「……その口ぶりだと、エルフが最期はどうなるかを知っていなさるね?」

 確認するために一二三が知っている内容を話すと、ザンガーはそれであっている、と頷いた。

「エルフはね、大昔からこの森に住み、この森で死んでいった……いや、大樹へと同化していったんだよ……。人間から見て、これをどう思いなさるね?」

「異常だな」

「ふふっ……ひっひっひっ」

 真正面から否定する言葉に、ザンガーは愉快だね、と笑った。

「異常か。そうだろうね。自分が自分じゃ無くなっていくのを、どうしようもなく待つしか無いなんて、異常だね」

「わざわざ俺を呼んだのは、それを聞くためか?」

「いやいや、これはちょっとあたしが気になったから、聞いてみただけさね」

 それ、とザンガーは一二三が脇に置いた刀を指差した。

「さっきエルフを死なせてくれたのは、その剣なのだろう? あたしも同じように、殺して欲しいのさ。同じエルフ相手じゃ、こんなお願いは聞いてもらえないからね」

 エルフは、絶対に同胞を傷つけるような事はしない。事故や病気で死ぬ以外では、みんなが森で死ぬべきだという考えが定着しているらしい。

「見るかぎりは、まだ変質は始まっていないようだが……いや、足と左手か」

「慧眼だねぇ……」

 お察しの通り、左足首までと左手首までが、すでに硬質化し、動かせなくなっている、とザンガーは語る。

「アタシは、昔から身体が弱かったんだけれどね、家に篭って大人しくしているうちに、いつの間にかズルズルと長生きしてしまったよ。でも、もう少しこれが進行したら、森へ出て死ななくちゃいけないかと考えたらね……恥ずかしながら、怖くなってしまったのさ」

 自嘲気味に笑ったザンガーだったが、直ぐにその笑いは収まった。

「だからね、人間のお客人。そうなる前に死にたいのさ。死ぬのが怖いんじゃないんだよ。何もできないまま死を待つのが怖いんだ」

「まあ、それはいいだろう。だが、その為に村人が死んでも良いのか?」

「……どういう意味だね?」

 わからないのか、と一二三はザンガーを睨みつけた。

「お前を斬るのは別にいい。どうとも思わん。だが、それを知った他のエルフは俺に復讐しようとするだろうな。それにむざむざやられるような、自己犠牲の精神は持っていない、と言っている」

「……一晩だけ、待ってくれないかね。村人には、あたしから説明するよ」

 しばしの逡巡のあと、ザンガーはそう言って一二三に害がないようにする、と約束した。そのうえで、一二三に危害を加える者がいたとして、それが返り討ちにあったとしても、仕方がない、とも口にする。

「寝床は用意しよう。それより、頼みを聞いてくれる代わりに、何かできる事は無いかね?」

「なぜ、エルフの中でお前だけが森へ入る事を恐れている?」

 一二三の質問に、ザンガーはさっと視線を外した。

「まあ、聞いても意味が無いことだな。死ぬまで黙っているなら、そうすればいい。俺がお前に頼むようなことはない。聞きたいことは、あの女エルフに全て聞いた」

「そうかね……ありがとうよ。ここを出て、右へ進むと小さな家がある。その隣にプーセの家があるから、声をかけてくれたらいいよ。食事も用意しよう」

「いや、食物はあるから、不要だ」

「そうかい。なら、また明日、ここへ来ておくれ」

 死ぬ覚悟を決めておくからね、とザンガーは再び笑顔を取り戻した。


☺☻☺


 指定された小屋で、干し草の上に横になっていた一二三が目を覚ましたのは、小屋に踏み込もうとする気配を感じた故であった。

 時間はまだ、夜明け前。

「誰だ」

 素早く刀を引き寄せ、抜き打ちの構えを取った一二三の視界に飛び込んで来たのは、あの若いエルフ、シクだった。

「に、人間!」

 怯えながら声をかけてくるシクに、一二三は構えを崩さないままだ。

「寝込みを襲うのは利口なやり方だが、気配を消すのが下手すぎだ」

「ち、違うんだよ! プーセ姉ちゃんが、大変なんだ!」

「プーセ? ああ、あの女エルフか。……どうでもいいな」

 刀を腰に差し、一二三は草のベッドに座り込んだ。

「そんな! お願いだから、プーセ姉ちゃんを助けてよ!」

「それより、伏せた方がいいんじゃないか?」

「へっ? ……あうっ!?」

 シクの背後から飛来した石礫は、一二三に当たらずにシクの肩を掠めた。

 次々と飛んでくる大小様々な石に交じり、風の刃もあるようだ。小屋の入口に垂れ下がった布が切り裂かれている。

 傷を負った瞬間に倒れたのが功を奏し、肩を浅く切った以外には、シクはこれといって傷を負っていない。

 だが、次々とダメージを受けている建物は、もう持ちそうもない。

 壁は穴だらけになり、柱も大きく揺れている。

「う、うわぁ!」

 とうとう屋根が落ちて来たのを見て、シクは一二三にしがみついた。


 完全に潰れ、土埃に包まれる小屋を見て、魔法を放っていたエルフたちは笑い声を上げていた。

「へっ、人間風情が。同胞を殺した罪は、命で償うがいい」

 ヘラヘラと笑うエルフたちの耳に、誰かの声が聞こえる。

「罪か……。お前たちの復讐ごっこに付き合うつもりはないんだがな」

 潰れた小屋の上、大きな黒い円盤がぐるりと回転すると、土埃は一瞬で消えた。

 そして、そこに立っていたのは一二三だった。

 腰には、シクがしがみついている。

「そうするつもりも無かったが」

 一二三は、屋根と土埃を吸収した闇魔法の円に手を突っ込むと、鎖鎌を取り出した。

「殺して欲しいなら、大サービスで応えてやろうじゃないか」

 分銅付きの鎖をくるくると回しながら、右手に鎌を握り締める。

「どんどん魔法を使ってこい。ファンタジーと武術と、楽しい力比べだ」

 一二三は、ゆっくりと一歩目を踏み出した。

お読みいただきましてありがとうございます。

100話でも特に何かあるわけではありませんが、

昨日今日の活動報告にてキャラデザラフを公開しております。

次回もよろしくお願いします。

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