花畑で会いましょう。②
シュー…
そんな音が微かに静かな朝の部屋に響く、そっと昨日貰ったオイルを鏡台に置き蒸留水で薄めてスプレーしたのだ。
「ん…いい香りぃ」
驚いた事にジャスミンのオイルまであって、一体このオイルを作るのにどれだけの花を採取したのだろうと、フィーの作業を思うと貴重なオイルに感謝した。
「ヴィ…朝ですよぉ」
「んー…」
声を掛けるとムクリと上半身を起こし、ぼやーっとした体に六花が飛びつくと「うっ」と唸って共倒れ。寝起きでぼんやりしているのに、しっかりと抱きとめらればっちりとキスもされる。最近伸びて来た前髪を掻き上げて、チラリと見上げる悠人を見て胸をキュンキュンさせる六花。朝っぱらから、色気満開なのである。満開すぎて、だだ漏れ…本人は分かっていないので尚性質が悪い。六花が化粧し終わる頃には、悠人も目覚めて着替えが終わっており時刻は6:30。
食堂に行けば、いつもの顔ぶれが2人を笑顔で迎えてくれる。ローズも怪我の経過は大丈夫なのか?と心配そうで、完治したよと悠人が跳ねれば歓声が上がる。
「滞在中暇があれば、新しく起こした仕事を手伝ってくれない?」
キャロラインの言葉に、頷き六花も興味津々そうにローズの顔を見る。
「なに、観光客相手にちょっとしたカフェを開いたら、ちょっとあたってね。バース浴場近くでやってる」
「んじゃ、後でちょっと見に行こうかな?」
「うん、楽しみ~」
ローズが腹黒い笑みを浮かべているのは、レオンとアーネスト位しか感じ取れていなかったのは、言うまでもない。
ダウェル家で空いていた乗用車に乗り込み、バース浴場へと車を走らせていると『バース』と書いたスケッチブックを持って、若い女の子が立っている。
「またヒッチハイクだよ、タンクトップにショーパンって…。」
「危ないなぁ、ダウェル領内で妙な事件起きたらどうするんだ?六花…イイ?」
意味を直ぐに理解し、六花は悠人を見上げてニコリと笑う。
「バースでいいの?」
サングラスの悠人がいきなり話しかけて、一瞬ひるんだ女の子は笑顔で頷く。
バースの入り口でOKだと、妙にたどたどしい英語で言って後部座席に乗り込む。
「どこから来たの?」
六花の言葉に、ロンドンと答える。女の子は18歳で、アヤと名乗った。
「バースで、新しい仕事決まったから移動してる最中なの!」
「それはいいけど、その格好でヒッチハイクしていたら、襲われても文句言えないぞ?一人でするもんじゃないからね。」
言っている内容はいまいち分からないが、六花は口調で悠人がアヤに注意しているのだと推測した。
「次はちゃんとお金貯めて、移動するよ~♪頑張って働くんだぁ」
嬉しそうに笑うアヤを見て、苦笑するしかない2人であった。
アヤは本当にバースの入り口で降りて、『ありがとぉ』と仕事先の場所の地図を持ちながら人ごみの中に消えて行った。残った2人は、今朝キャロラインから聞いた場所に車で向かいパーキングに車を入れ、観光するべく雑貨や土産物を売る店が多い場所に向かう。
「楽しかった~、また来たいね?」
本当に嬉しそうに笑う六花の手を握り、荷物を殆ど持って悠人もニッコリ笑う。
「じゃ、問題のカフェに行こうか?荷物は車に先に入れておこう」
トランクに詰め込み、店に行けばレオンとアーネストがギャルソンの格好に長い腰から下のエプロン。
「ん?」
「遅いぞ遅いぞ~、おばさんが来たら連絡してくれって」
店の電話の子機をレオンから渡され、バックヤードで掛けると案の定店の集客率やメニューの見直しを命じられる。会社経営をしていても、飲食店と自分のやっているのは違うのだぞ…と、眉間に皺を寄せどうせ後ろで糸を引いているのは、ローズだろうと予測を付けて苦笑しながらも、従業員からメニューやら資料を受け取る。ギャルソンの格好をした男性従業員3割に対し、古風なメイド姿のメイドは7割。女子は若いのが多い。ざっと見れば、そこそこ回転率も良いし軽食を取っている人間も多そうだ。客は観光地のせいもあって、男女そこそこ半数か。
「六花好きなもの食べていいよ?」
隅でありながら、街が見渡せる席をさりげなく押え、メニューを広げて六花はニッコリ笑う。
「美味しそうぅ~、アフタヌーンセットとか?ブリュレとか?アップルシナモンパイもぉ~~」
クスクス笑いそれらをオーダーし、食べる感想を聞いて脳みそに叩き込んで行く。
甘いものを食べない悠人の代わりに、六花は大活躍だ。
「もう駄目入らないぃ~」
死にそうな顔をした六花を連れ、バックヤードに帰る旨を伝えると店長が申し訳なさそうな顔。
「悠人様申し訳ありませんが、2名程城に連れて行って貰えませんか?」
店長は悠人も知る人間で、城で数年執事をしていたのがローズの命令により、カフェの責任者に収まっている。
「いいよ?丁度帰るし?」
「申し訳ありません、本来なら私が閉店後に連れて行く予定でしたが、ローズ様が早いうちに連れてくるよう命じられまして…。」
カフェでいるであろう悠人を、使ったって事である。
「いいよ、後部座席空いてるし。」
車で待っていると、窓ガラスに店長が映る。
「こちら2名です、お願いします」
目線を移せば、朝ヒッチハイクしていたアヤだ。
「「あ!」」
仲良くハモって、アヤはあんぐりと口を開けた。
「カフェの関係者だったんだぁ」
車に乗り込んだのは、アヤとリサ。アヤは黒髪で、リサは金髪の同じ位の女の子だ。
リサは大人しい性格らしく、ニコニコと話を聞いている。車で移動は30分程、城に到着しエントラスで待ちかまえる執事達を見て、リサもアヤも口を開けたままだ。
「最初に来た時の、六花みたい」
プと笑うのを、六花が笑って腕をつねる。
「悠人様、申し訳ありませんでした。こちらの手違いで、城に行く人材がカフェの方に行ってしまいまして」
執事長が慌てて走って来てそう言い、トランクの荷物を持って城内へ入る。
「カフェじゃなくて、城?もしかして、メイドかな?」
リサとアヤがこくこく頷くと、おかしそうに悠人が笑う。
「もしかして、カフェの関係者じゃなくて、お城の関係者?!」
「惜しい、まぁそのうち分かるんじゃないかな?」
ヒラヒラと手を振って歩く後ろ姿を、リサとアヤは驚きの顔のまま見送るがすぐにメイド頭のマーガレットにより、バックヤードに連行された。




