あいば。 ②
インストラクターが悠人を見つけると、ニコと笑って小走りにやってくる。
「和奈城さん!凄くお久しぶりですねー」
小麦色の肌で、悠人より少し小柄の青年は田辺と言う。
「オーナーにも言われたよ、何?それ僕だけに決めた方針?」
クスクス笑って厩舎の中に入り、風雪の馬房へと移動する。六花は受付嬢に連れられて、その前で待っていた。
「初心者で風雪ですか?和奈城さんが乗るだけだと思っていたので、ガス抜きやっていないんですよ…」
「ガス抜き?」
不思議そうな六花に、田辺が笑みを浮かべる。
「朝起きてまだ運動していないので、元気いっぱいなんですね。このまま初心者さん乗っても大丈夫ですが、勢い余るとビュっと行くかもです。」
田辺が説明している間に、悠人が装備を準備して「チッチッチ」と言えば風雪が片足ずつ足裏を見せる。
「じゃ、僕がちょっと乗ってガス抜きしてくるよ。ちょっと手抜きで悪いけどね」
言いながらヒョイと身軽に馬に騎乗し、馬房から直接馬場に出ようとする。
「ホントは駄目なんですけどネ」
田辺が周りを見渡し、馬が驚かないようにする。六花は受付嬢と別れ田辺の後ろに付いて行き、日陰の椅子で悠人の「ガス抜き」を見る。
広い敷地の中で、空いている練習場で気持ちよさそうに、走らせてグルグルと円を描くように走り段々と円を小さくしていく。
「凄いですよねー、レオンさんとアーネストさんは奥の外周走っているんですよ。凄腕なのに、もっと真剣にやれば国体とか出れちゃいますよ」
「そんなに?」
「そうですよ、妹さんは英国で障碍の大会とか出ていますし。」
「何が?」
顔を向ければ悠人が風雪を曳いてやってきた。
「和奈城さんが、国体に出ればいいのにって話ですよ。」
「僕の国籍は英国だけど…、あぁ今は永住権があれば、出れるらしいね。」
「2006年に、変更になったんですよねー。はい、斎藤さん乗りましょう♪」
パカパカ歩くところから始まり、柵にもたれて面白そうに見る。
ピコピコお尻を上げたり下げたり、馬の上と言うのも2回目でおっかなびっくりの仕草が可愛い。
1時間のレッスンを受けて、若干歩き方がおかしい六花を見て小さく笑うのであった。
放牧場に松風と東風を入れていて、手入れをした風雪を入れれば仲良くフンフンと匂いを嗅ぎ、悠人が入って行けば3頭が脇やら腹やら首などをフンフンと嗅いで顔を擦りつける。
昼食を採る為に、放牧場から出ると「どぅどぅどぅどぅどぅー」と低く鳴いて悠人の方を見つめる。
「田辺さん、お馬さんが鳴いてます」
「あれは、寂しいって言ってるんですよ。あの鳴き方は、仲間とか呼んだりコミュニケーション取る鳴き方ですから。」
柵に戻り、首を精一杯伸ばした3頭の顔をぎゅっと抱きしめて、耳をワシワシと撫でつける。
「あ・斎藤さんあの耳の仕草は、やっちゃ―駄目ですよ?急所なんで、他の馬は基本嫌がりますので」
毛だらけになった悠人が、3頭から解放されたのは暫くしてからだ。
「あー目、目が痛い」
冷えた缶ジュース2本の底を、片目ずつ当てて冷やしている横で、入会書のパンフを食い入るように読む六花。
「どうする?入会する?」
「どうしようかなぁ?」
気持ち決めたら、いつでも入会できるし何日か悩んでみたら?の言葉に素直に頷き、キョロキョロと周りを見渡す。
「レオンとアーネストは?」
「綺麗なおねーちゃんと、お茶してるんじゃない?後ろとか居ない?」
「…本当だ」
目が冷えたのか、持っていた缶ジュースを六花に渡し、毎回の事だからねと苦笑するのであった。




