さいかい。
フワフワと揺れるシフォンワンピースは濃紺、花柄が白く抜いて染められている柄は愛梨がお気に入り。待ち合わせの相手は、最近敏腕SEと社内で噂の課長東だ。今日も綺麗に磨かれたメガネが、キラリと光っているように見えないでもない。
「連絡は入れているのか?」
「明日行くって連絡入れてます♪でも、お仕事は暇らしいのでフェイントですよ、ドッキリです。」
うふふと笑い、がっちりドライアイスの入ったケーキ箱を抱え、愛梨は東を見上げた。
「まぁ忙しくても、少しなら時間あるだろう。」
自営業を継いだ元上司は、明日と今日入れ替えても柔軟に時間のやりくりくらいするだろうと。
「ここか?」
「おおきいビルですね、このビルの一番上らしいですけど…テナント料高そう…。」
日傘をずらし、首が痛くなるほど高いビルを見上げてフラフラしながら、1Fの総合受付に向かう。
「和奈城さんに、アポイント取ってます山元です。」
「お伺いしています、あちらの一番奥のエレベータで最上階へとどうぞ」
受付がニッコリ笑い、手で示したエレベーターに乗れば来客用らしく、2人の他にも数人の部外者が乗り合わせていた。
「凄いですよねぇ課長」
「ホントだなぁ、でかいな。ウチの会社とは偉い違いだな。」
ポーンと音と共にドアが空き、真ん前に立っていたのは六花だ。
「り…りっかぁ?」
「斎藤さん?!」
「いらっしゃーい」
実家に帰ったと聞いていた六花が、驚かせようとしている人間の会社にいる事で驚きだ。
直ぐ傍の受付で、「来客」のIDカードを準備して手際よくクリップで留めて行く。
「アレでしょ?驚かせようと思って…でしょ?」
「そうそう!本当は明日の約束なんだけど、よく分かったね?」
「うん、1Fの受付から私に先に連絡来るのね?それで山元と東って聞いてもしかして!と思って…。大丈夫、本人には黙っているから」
ダークブラウンの絨毯が敷かれた廊下を長く歩き、扉に植物の彫り物をしている前でドアを軽くノック。
「ヴィ?」
六花が顔だけ扉に入れ、何事か会話して直ぐに扉を開いて招き入れる。
「明日じゃなかった?」
スーツ上下にvネックのカットソーの悠人が、驚いた顔で2人を見る。大きなデスクから廻って来て、ソファを指差しながら驚きっぱなしの顔。
「驚かせようと思って」
ポスっと座った東も、隣に座る愛梨も満足そうな顔だ。
「驚いた、でも来てくれて嬉しいよ」
デスクの電話で何事か2回程連絡し、暫くすればヒョッコリとアーネストが顔を出す。
「あ?アーネストぉ?」
「おぉ東だ、何お前遊びに来たの?」
クスクス笑う悠人が、お茶と運んできた六花を手伝う。
「なんかこのビルでかいよな、こんなビルのテナントなら高いだろ?」
「そんなに高くは設定してないけど?1Fのコーヒー屋も、納得の料金設定だけど?」
一瞬間があって、首を傾げつつ悠人は答える。
「だって、最上階だろ?このフロア全部が賃貸じゃないのか?皆扉があって、ロックも見えたけど?」
それぞれの部屋にある、IDカードで識別ロックしている設備を見たのだろう。
納得して、ケーキをかぶりつきながらアーネストが頷く。
「賃貸は、1Fのコーヒー屋だけ。それ以外は、全部ヴィのモンだぞ?」
「本当にぃ?」
目を丸くして、愛梨も東も食い入るように悠人を見るが、見られた本人は苦笑するのみ。
「ホント」
「そんなウチにいる時より、ラフな格好してて?」
「一応スーツ、中身は別にいいんじゃない?会食とか部外者と面談の時は、ネクタイするよ?」
「自営業継ぐって聞いていたから、もっとショボイの想像してたわ」
社員の皆さまの生活を、支えているんですよぉと一応は軽く言ってみる。
「ヴィ俺今から会議行ってくるわ、レオンは15時に戻るらし―し今夜はそっちでメシ喰うわ~」
愛梨と東に「ごっそさん」と笑い、手を振りながら書類を抱えて部屋を足早に出て行った。
「アーネストは、何やってる?まさかPC触ってるとか?」
「うーん基本僕に上がってくる案件とか、書類の調査とか社内のアレとかコレとかの、調査とか…。もう1名いるんだけどね。」
企業秘密ですと、アヤフヤに言う。
東は半分忘れていた社長や常務の近況を教えてくれる、おおらかなお偉いさん達は最近新規分野に開拓を勤しんでいるらしく、あちこちの会合にも顔を出しているらしい。
「そう? ウチの営業も、新しいソフトが何かって言っていたけど?暇があるなら、そっちの名刺でも渡しておく?」
東のメガネがキラリと光ったかのように感じ、ニヤリと笑ったのを見て悠人も苦笑する。
「仕事多いと文句言うくせに」
「それとこれとは別、今日のご新規様は今年のボーナスって思う事にしたから」
東と悠人の軽口に、愛梨と六花が苦笑する。
直ぐに内線で連絡を入れ、青山が顔を出し東を見ると『お』と言う顔。
「青山、ウチの営業の新規ソフトの話あるデショ?それにちょっと顔出しさせてあげて。僕の顔云々はいいから、拒否したければ迷わずして下さいって。」
「お前…それ東君の前で言っていいのか?」
呆れた顔で、悠人と東を見比べる。
「大丈夫、東君には聞こえてない」
「聞こえてるぞー」
名刺の確認をして、青山に連れられて退出する姿を見送る。
「まぁそんな感じなので、山元さんもっとゆっくりしていって?」
「もー遠慮なく!」
その後小一時間程して戻った東は、次回プレゼンのチャンスを獲得しホクホク顔で帰宅する事になるのであった。勿論帰り際、ロビーで人間ウォッチングした愛梨は、合コンをセッティングして欲しいと青山にゴネるのである。
7/21 誤字修正




