にんぎょのこい。
秘書課には総勢7名の秘書は在籍しており、常務・専務・社長・会長と仕事を共にしている。
ジャスミン・ケイ(27)
秘書課のトップである、数日間悩んでいた結果を書類に書き込み読みなおして小さくため息を突く。
「どうしたんですか?」
常務秘書の本庄が、隣の席から声を掛ける。いつもなら、ハキハキキビキビがベースなのに数日大人しいのだ。
「なんでもないわよ、社長って在室していたかしら?」
「確か今は、会長室で打ち合わせ中ですよ」
社長秘書が、向かいの席から顔だけ出して答える。非常に大人しい社長は、皆が時々存在を忘れる。
中年のキッチリ7:3分けの髪型に、分厚い黒の縁メガネ着用なのである。
「んじゃ、まとめて報告行こうかしらね」
ピラピラと用紙を持ち、直ぐ傍の会長室へと足を運んだ。
「お忙しいですか?」
ひょっこり顔を出し、件の2名が顔を突き合して談笑中を邪魔する。
「見て分かるだろう?」
「じゃ、暇って事で。」
片眉を引き上げ、ひきつる顔でジャスミンを見る社長。
「ケイ君、君ねちょっと本当に常識ってのを…。」
「はいこれ、承認お願いします。」
ズイと突きだす書類、社長の目線は左右に流れて上下にも動く…。
「これ…いいのか?せっかく秘書課のトップをしているのに?」
「決めたんで!」
社長が書類を悠人に渡す、ササッと目線を動かし驚く顔。
じっと見てくる視線に、ジャスミンの目線は揺れる。
「…ジャスミンが決めたなら、引き止めようがないけど。残念だね。」
海外支社での、秘書人員募集の申し込み用紙には、はっきりとジャスミンの名前が記入されていたのだ。アメリカ支社開設により、日本からも広く人材を募集したものなのだが、急な募集で赴任も早いうちなのでなかなか応募が少なかったのだ。
「社長、ちょっと会長とタイマンでお話したいんで!」
「はいはい」
扱い悪いな―とぼやきながら、悠人が承認のサインを先に入れた書類を片手にさっさと出て行く。
そのドアが閉まりきるまできっちり見て、ジャスミンはソファに座って見上げる悠人を正面に廻りこみ、仁王立ちになる。
「で? 社長には、ちゃんと敬意を払った方がいいな。」
ジャスミンは、ジャイアンだからねぇと薄く笑い目を細めて見上げる。
アメリカで同じようにしても、通じるか分からないよ?とか、君ならむしろ打破しそうだねとか、好き放題サラリと言う悠人を見据えればピタリを止まる。
しかし、なかなか喋らないのでいいかげん悠人も、不信感が芽生える。
「だ・か・ら、何?」
「…なの!」
「聞こえません」
ついでに、耳に手を添えてみるがジャスミンの顔が真っ赤になる。
「だから!」
「あぁ聞こえる、そのままどうぞ?」
「和奈城 悠人が」
「僕が?」
「すきなの!!」
「ふぅん?LOVEなら却下。」
ポスリとソファの背もたれにもたれ、表情は変わらない。薄く笑ったままだ。
「LOVEに決まってるでしょ!」
「断る。 想われても結果は同じ、僕は六花しか愛さない。」
「斎藤さんが、アンタに見切りつけたら?最近は直ぐに離婚するわよ?アタシは、ずっと横にいるわ。」
すっと目をすがめ、尚も真っ赤な顔のジャスミンを見る。
「それはありえないな、でも…もしかしての仮定形未来法で行くと、その場合僕は恐らく独身だね。蒼太の所から、養子でも貰うんじゃない?」
「ハイスクールの頃から、ずっとずっと好きだったの。男の姿と、ココロに違いを感じて手術して、女性になれば対象として見られると思ったから!」
「から?からどうした? それは、君の独りよがりな考えだよ。――もういいかな?時間だ。」
ガチャリとドアが開き青山と六花が顔を出すが、ジャスミンの泣いた顔に驚いている間に目の前を走りぬけて行く。
「青山さん、行ってきます」
「頼むよ」
カツカツと近寄り、悠人を見下ろせば冷ややかな表情だ。
「ジャスミンが、僕の事が好きだそうだよ」
「それは…また、どうした?」
「即断で切り捨て、どうやら僕が原因で性転換したらしい…みたい?」
「ついてこないでよー」
屋上に逃げるジャスミンに、意外と俊足な六花がヒールで追いつく。
「逃げても同じですよ、さぁどうしたんですか?」
濃紺のパラソルがある東屋に、ジャスミンを連行して冷たいジュースを傍の自販機で買う。
しばらくすると、ふっきったように六花を見た。
「あんたの彼氏に、好きだって告白したのよ。」
「まぁ…。」
「ばっさり断られたから、安心しなさい。ついでに、ノロケも聞いたわ。悠人は、あんたしか愛さないだって!普通断る時にそんな事言う?言っちゃうの?」
フーフー鼻息も荒く、手にしていたミネラルウォーターを一気飲みし、タン!とテーブルに叩きつければ飲み口から水柱が立つ。
「良いけどね!自分の気持ちに整理ついたし、あぁもきっぱり断られたら逆にせいせいするわ」
キッと六花を見下ろし、ニヤリと不敵に笑う。
「いいこと?このあたしが、こんなに派手にふられたんだから、アンタ絶対幸せになりなさいよ?あたしは、アメリカであんた達が分かれるの祈ってるわ」
「アメリカ?…アメリカ支社に行くんですか?」
ペチリと額を叩かれ、「そうよ」と立ち上がってさっさと部屋に戻って行ってしまった。
コトンとデスクに冷えた緑茶を置いた音で、悠人は顔を上げた。いつの間にか、集中し過ぎていたようだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
何か言いたげな視線を、顔にチクチク感じるが悠人は気にせず視線を書類に落とす。
「ヴィ、あのね?」
「うん?」
視線が上がり、六花を見てフワリと笑う。「ん?」と、聞く時に首を少し傾げるのは悠人の癖だ。
「寂しくなるね?」
何が?とは言わない、だが分かっていたみたいでまた視線は下へ。
「六花がいない方が、僕には寂しいけどね。」
思わず、お盆を落としてしまったのは、御愛嬌。
冷たい?
思わせぶりな態度は、駄目ですよねー。スパッと…決断デス。




