ぼくと じゅうどう。
真っ暗な庭を足早につっ気切りながらも、携帯がプルプルを震える。
「はいはい」
何事か言っているが、その為に向かっているんだよと言って切る。
母屋から縦長に庭を歩いているのだが、いっそこの横に自転車が通れる小道でも作ろうかと思うが、古い庭を愛してしまっているので、それは脳内でうちすてる。籐編みの壁が表れ、腰までの扉を内側から施錠をはずして通れば柔道場だ。
「着いた着いた、ヤレヤレ…。」
「悠人先生こんばんわー」
「おかえりなさーい」
出入り口で家族が練習しているのを見ている親子は、ニコニコ笑って通りやすいように体をずらす。
「どうぞ奥に入ってください、まだ座れますよ」
ニコと笑い返し、小さな子にも屈んで「あっちあいてるよ」と指差す。
「どうもすいません…。」
「いえいえ、立ってるのはつらいですから」
「ヴィ!こっちー」
道場の中から、アーネストが手を振り件の御客さんを手で示す。
「はいはい、おまたせしました。代表の和奈城です。」
悠人達が仕事で指導がおろそかになる分、代表代行として岩波という青年が指導をしてくれている。小学生の頃より在籍しており、現在大学生見るからにスポーツマンと言う風体で、がっしりムッキリな体格である。
「先生入会希望の方々です、体験を2回経験されています。」
ペコリと頭を下げて、入会希望の3家族を改めて見て目を和ませた。
大きな1枚板のテーブルに、向かい合って座り必要な書類を並べて、保険や注意事項の説明をしていく。男の子ばかり3名入会だ。
「小学生高学年くらいまでは、通うのが楽しいって気持ちを育てるのと、受け身をしっかり覚えて貰うのがメインになります。」
「…じゃあ、通うのが早かったって事ですか?」
一人若い父親が、訝しげな顔をして悠人を見る。
「そう言う訳ではありません、受け身はどの年齢で入っても嫌と言う位練習していただきます。受け身をマスターしないと、先には行けませんから。地味ですが、これを怠ると試合や練習で大けがをする可能性もあります。見てください、あの生徒…今背負い投げと言う技をしましたが、投げられた子供は首から上が浮いているでしょう?」
「…はい」
「無意識でも、そうなるようになってくれないと、脳震盪起こします。受け身の他にも、型の練習もありますし、道場に来るのが楽しいと思ってくれないと上達しませんから」
お手伝いは沢山しますからね…と言えば、納得したのか首を縦に振る。
「ヨシキ君、ナオト君、ツヨシ君ですね。僕の他にも赤毛と白毛の外人がいます、彼らと先ほど挨拶した岩波がメインで指導に当たります。僕達がいなくても、岩波は必ずいますし 言いにくかったらあっちに、女性スタッフの斎藤がいますので、何かあれば連絡ください。」
「あの…、こちらの道場近所の方に勧めていただいたんですが、結構昔からあるんですよね?」
ナオト父が、人懐こそうな顔で問う。
「そうですねぇ、明治かな?もう少し前かな?その辺りから、やってます。曾祖父の前の代は、指導していたとは聞いていますが。」
「凄く歴史あるんですね…。」
「古いだけですよ、あとそれからこの道場の奥立ち入り禁止区域を、案内させていただきます」
外へ…と促し、先ほど自分が通ってきた籐編の扉まで行く。
「ここから奥は、お子さんの立ち入りはご遠慮おねがいします。奥に池があって、フェンスも何もないので落ちてしまうと危ないですからね」
「この奥は、公園か何か?」
ツヨシ父のメガネが、庭を照らす光で光る。
「いえ、僕の家です。道場を囲むように、こうやって囲いをしていますが、子供たちは好奇心旺盛なので。以前迷い込んで、練習中止で大人総出動で捜索した事がありまして。5時間探しましたよ」
他保護者の事は、保護者委員がいるので聞いてくださいと言えば、背後に本年度の保護者委員が1名立って道場に戻る。
「ねー、ゆうと先生って、いっつも笑ってるね?」
「楽しいからね」
「ゆうと先生って、おこる?」
「おこる」
眉を寄せて、しかめっつらをすればツヨシが笑う。
「アーネスト先生と、レオン先生と友達?」
「ツヨシ君位の時から、ずっと友達だよ。ツヨシ君も、そんな友達作ろうね」
うん!と頷き、若干大き目の柔道着を着た少年は練習に戻って行った。
見送り、首を左右に廻せばゴキゴキと音が鳴る。
生徒が増えると、その度に親御さんと面談をする。
直ぐに辞めてしまう家族もいるが、基本長続きだ。流行りのスポーツではないが、武術という枠を通じて何かを感じ取ってくれるだろうか。
何か呼ばれた気がして、道場へと足を向けた。
脱字6/20修正済




