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櫻の樹の下で  作者: 赤司 恭
櫻の樹の下で、君と出会った。
74/158

ぼくと じゅうどう。

真っ暗な庭を足早につっ気切りながらも、携帯がプルプルを震える。


「はいはい」


何事か言っているが、その為に向かっているんだよと言って切る。

母屋から縦長に庭を歩いているのだが、いっそこの横に自転車が通れる小道でも作ろうかと思うが、古い庭を愛してしまっているので、それは脳内でうちすてる。籐編みの壁が表れ、腰までの扉を内側から施錠をはずして通れば柔道場だ。


「着いた着いた、ヤレヤレ…。」


「悠人先生こんばんわー」


「おかえりなさーい」


出入り口で家族が練習しているのを見ている親子は、ニコニコ笑って通りやすいように体をずらす。


「どうぞ奥に入ってください、まだ座れますよ」


ニコと笑い返し、小さな子にも屈んで「あっちあいてるよ」と指差す。


「どうもすいません…。」


「いえいえ、立ってるのはつらいですから」


「ヴィ!こっちー」


道場の中から、アーネストが手を振りくだんの御客さんを手で示す。


「はいはい、おまたせしました。代表の和奈城です。」


悠人達が仕事で指導がおろそかになる分、代表代行として岩波いわなみという青年が指導をしてくれている。小学生の頃より在籍しており、現在大学生見るからにスポーツマンと言う風体で、がっしりムッキリな体格である。


「先生入会希望の方々です、体験を2回経験されています。」


ペコリと頭を下げて、入会希望の3家族を改めて見て目を和ませた。

大きな1枚板のテーブルに、向かい合って座り必要な書類を並べて、保険や注意事項の説明をしていく。男の子ばかり3名入会だ。


「小学生高学年くらいまでは、通うのが楽しいって気持ちを育てるのと、受け身をしっかり覚えて貰うのがメインになります。」


「…じゃあ、通うのが早かったって事ですか?」


一人若い父親が、訝しげな顔をして悠人を見る。


「そう言う訳ではありません、受け身はどの年齢で入っても嫌と言う位練習していただきます。受け身をマスターしないと、先には行けませんから。地味ですが、これを怠ると試合や練習で大けがをする可能性もあります。見てください、あの生徒…今背負い投げと言う技をしましたが、投げられた子供は首から上が浮いているでしょう?」


「…はい」


「無意識でも、そうなるようになってくれないと、脳震盪起こします。受け身の他にも、型の練習もありますし、道場に来るのが楽しいと思ってくれないと上達しませんから」


お手伝いは沢山しますからね…と言えば、納得したのか首を縦に振る。


「ヨシキ君、ナオト君、ツヨシ君ですね。僕の他にも赤毛と白毛の外人がいます、彼らと先ほど挨拶した岩波がメインで指導に当たります。僕達がいなくても、岩波は必ずいますし 言いにくかったらあっちに、女性スタッフの斎藤がいますので、何かあれば連絡ください。」


「あの…、こちらの道場近所の方に勧めていただいたんですが、結構昔からあるんですよね?」


ナオト父が、人懐こそうな顔で問う。


「そうですねぇ、明治かな?もう少し前かな?その辺りから、やってます。曾祖父の前の代は、指導していたとは聞いていますが。」


「凄く歴史あるんですね…。」


「古いだけですよ、あとそれからこの道場の奥立ち入り禁止区域を、案内させていただきます」


外へ…と促し、先ほど自分が通ってきた籐編の扉まで行く。


「ここから奥は、お子さんの立ち入りはご遠慮おねがいします。奥に池があって、フェンスも何もないので落ちてしまうと危ないですからね」


「この奥は、公園か何か?」


ツヨシ父のメガネが、庭を照らす光で光る。


「いえ、僕の家です。道場を囲むように、こうやって囲いをしていますが、子供たちは好奇心旺盛なので。以前迷い込んで、練習中止で大人総出動で捜索した事がありまして。5時間探しましたよ」


他保護者の事は、保護者委員がいるので聞いてくださいと言えば、背後に本年度の保護者委員が1名立って道場に戻る。



「ねー、ゆうと先生って、いっつも笑ってるね?」


「楽しいからね」


「ゆうと先生って、おこる?」


「おこる」


眉を寄せて、しかめっつらをすればツヨシが笑う。


「アーネスト先生と、レオン先生と友達?」


「ツヨシ君位の時から、ずっと友達だよ。ツヨシ君も、そんな友達作ろうね」


うん!と頷き、若干大き目の柔道着を着た少年は練習に戻って行った。


見送り、首を左右に廻せばゴキゴキと音が鳴る。


生徒が増えると、その度に親御さんと面談をする。

直ぐに辞めてしまう家族もいるが、基本長続きだ。流行りのスポーツではないが、武術という枠を通じて何かを感じ取ってくれるだろうか。


何か呼ばれた気がして、道場へと足を向けた。





脱字6/20修正済

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