きみにあうために ぼくは うみをこえた。
ざっくり、和奈城のじーさまのお話メイン…だね。
古い洋室のテラスから、庭を見れば赤く燃えるように色づいた紅葉…。
部屋の主がいなくなった、2間続きの洋室は当時―――12年前のままだ。
アンティークな机と椅子は、主が若い頃に買ったままだと言うから相当な年季物だろう。書棚にあるアルバムをめくれば、懐かしい顔が。
「ちょっと借りるよ、カイン。」
部屋の隅――庭が一望出来る場所に、揺り椅子がありその方向を見て言えば振り返って頷くが、その姿は直ぐにかき消える。
「面白いんだよな、めーっちゃくちゃそっくりだから。」
アーネストが、ツテを頼ってやってもらったと言う写真。A4判の写真は縦にしており、バストショットの男性が2名写っている。
「これ、ヴィと蒼太君?」
「六花ちゃん、こっちの人は目の色が違うよ。明るい紫色デショ?」
トントンとレオンが指差し、もっともだと頷き悠人を見れば苦笑している。
「それは、カインだよ。和奈城カイン、改名する前はカイン=グリフィスだったかな?ウチの祖父だよ、それでいて和慎の創設者。」
「ナニ?じーさまが創設者だったか?」
レオンが驚いて見ると、もっともらしい顔をして古いアルバムを広げる。
曾祖父母と祖父母、お互い若く周りは使用人らしき人間が固めているのが写真で分かる。
「ばー様に言われたけどね、こうやって見れば激似だなぁ」
戦前に出会った2人を曾祖父母は許したが、戦時中は非国民とか異人に魂を売ったとか言われたとも。
「スイスで産まれて、英国人の貿易商に引き取られて日本に来て、神戸から横浜に来ていたみたいだね。もっとも戦争が始まる直前に、義両親が帰国したのに残ってウチの一族総出で、離れにかくまったらしいよ。」
「良くやるな―」
六花が見えやすいよう、アルバムを傾けてやると白黒写真の彼は途中から黒髪になっている。
「おじいさま、黒髪になってるよ?」
「あぁ墨汁と木炭の粉を練ったのを、頭に塗っていたらしいよ?憲兵が来た時とか、大変だったみたいでそう言う偽造は大変だからって、屋敷にある防空壕に隠していたとか聞いてる」
戦後の混乱期、戦前からやっていた事業が立ち行かなくなったのを、祖父カインが立て直し大きくしたのも。終始おだやかで、時にひょうきんな祖父を悠人は好きだった。頭の固い父親と意見が真っ向から合わず、喧嘩しているのも良く見ていた。
「13回忌なんだよ、今年の夏にだけどねぇ。」
名前を変え、崇拝する神も変え。生き抜く国も――変えた。
「じーさんよくやったよな、キリスト教だったんじゃないかい?」
「最後は自分しか信じないって言ってたけど?改宗して、ばーさまと寺に収まってたらオヤジが外人墓地にいる立場無いよ。」
口角を上げ、皮肉気に笑う。
分家と菩提寺に連絡をする為に、連絡先を改めていて思い出したアルバム。
「今年は、鱧の湯引きが食べたいらしいから、美味しいのをお供えしてあげないとね。」
「ヴィの好物じゃなくて?」
古いアルバムを閉じ、不思議そうに見上げる六花を笑って見る。
「本人のご希望だよ、さっき会ったからアルバムを、取りに行った時。」
「えーッ!おじいさま見えるの?出ちゃうの?」
探し出した連絡先は束にして、青山に渡そうと封書に詰める。
「17回忌までは、うちにいるらしいよ。今度会えたら、宜しく言っておいて?」
立ち上がり、座って見上げる3人をグルリと見渡し意味ありげに、手を挙げて部屋を出る。
「どーなの、どうなんだよ?」
「知らないよぉ、でもおじいさまのお部屋は、中庭の奥の蓮池の横でしょ?紅葉の庭の。あまり行かないから…。」
「俺その前を通って、ここに来るんだけど!?」
レオンが若干青くなり、どうか遭遇しない様にと両手を組んで祈る。
「でも会ってみたいかも?一度ご挨拶したいかもぉ?」
ヴィに激似だもの、きっと怖くないよ♪と六花が笑い、レオンもアーネストも閉口する。
「会ってどうする?」
振り返れば後ろのソファに悠人が座って、足をゆるりと組んで非常に楽しげな表情。大きな窓からの日差しが、髪を照らして光っている。
「そうねー、初めまして~から始まってぇ…あ!柔道していたとか?そう言うのとか聞いてみたいな?」
「柔道はしたよ、和奈城に住みながら覚えたし、由愛花も柔道はできたしな。」
「そうなの?」と、振り返り六花が悠人を見る。
「ねぇヴィ?その色のシャツ持っていたっけ?」
濃い青に、白いストライプ模様…黒いスラックスをはいている。
「実に君は、綺麗な魂の色をしているね。会えて良かったよ…、レオンもアーネストも大きくなったもんだ。」
カタン―――
「ヴィ!?」
さっきと同じ格好の悠人が、驚いたようにソファに座る彼を見て―――笑う。
「また、若い格好で出て来て」
「お嬢さんが、呼んでいたからな。――ヴィ、無理はするなよ」
陽炎のように、フワリフワリと周囲から色が抜けソファの彼は、やがて消えた。
「…ま、そう言う事で。六花、あれがじーさまだ。」
「自己紹介できなかったー」
「「そこかい!」」
レオンとアーネストが突っ込むが、口を尖らせて六花は不貞腐れる。
「まぁ…、気が向いたらまた出てくるんじゃない?」
「しっかしまー、お前の隔世遺伝の凄さは驚きだなぁ」
今起こった事は、にわかには信じがたいが、目撃してしまった以上真実だろう。
後日執り行われた法事では、大きな皿に美味しそうな『鱧の湯引き』がお供えされていた。
由愛花→双子達のお祖母さんです。




