しんぼくかい。 (後)
親睦会は総勢40人ちょっと、和慎の中庭の桜の樹の下でお花見を兼ねて行われた。
土曜の昼前から行われ、仕事を少ししていた悠人は遅れての参加だ。
あちこちらからアルコールを注がれ、それを景気良く飲み干していく。
レオンが本場ドイツ直送の肉を扱っている店で、ハムやら骨付きウインナーを買ってきてトング片手に次々と焼き上げ、あちこちにばらまく。
「レオンこのウィンナー、美味しいねぇ」
「美味いだろ?」
丁度市田がお絞りを配っていて、手持ちが無くなったところだ。
「はい、お絞りです」
「ん」
舐めていたのだ、タレか何かが自身の指に付いていたのだろう悠人が、「ちゅ」と舐めて市田に気が付き目が合った。
瞬間市田は真っ赤になり、隣にいた森田と走って逃げた。
「森田さん、私あの色気に負けそうです!」
「負けちゃあ駄目よ、でも中てられるわ。鼻血でそう…、指舐めてる姿…セクシー過ぎでしょ!!」
「何なにー?誰の話?」
「誰って、会長ですよぉ」
振り向けば、目をキラキラさせた六花だった。
「セクシー?ヴィが?」
「「そうですよ!!」」
深く頷いた、六花も同じらしく「部屋でも、時々だだ漏れなんだもの」よ、遠い目をする。
手に持っていたソフトドリンクを3人で分けて、近くの椅子に座る。
「それね、最悪な事に無意識なのよね…。」
「「無意識」」
六花が横を向けば軽く目を剥いていて、森田と市田が視線を辿るとゲームをしているらしく、数人の男性が逆立ちしてレースしているのだ。
「アレお酒飲んでいたら、回るわよー絶対。」
ジャケットを脱いだ悠人は、薄手のニットソーを着ているが逆立ちのせいで腹は半分めくれており、他の人間よりリードしているではないか。
トレーニングしているおかげで、悠人の腹は軽く割れておりカニの腹のようだ。
「六花ちゃん、ヴィだいぶ飲んでるぞ」
レオンがやってきて、面白そうに逆立ちの悠人を指差す。
「…まさか!皆、お酒飲んでるの?」
「飲んでる、酔ってないけど」
青山氏は電車で来たらしいよと、その言葉に六花が泣き笑い。
「えー帰りの運転私なの?ヴィの車、傷付けたら怒られるー」
「会長って何乗ってるんです?」
「えーっと、BMWの3かな?セダン。おっきいんだもん」
プランと目の前に、熊の某キャラクターの大きな縫いぐるみ。
「くまさん!」
思わず六花が抱きつき、上を見ると下を見下ろす悠人。
「あげる、逆立ち競争の景品。」
六花から取り上げたぬるくなったソフトドリンクを飲み干し、空容器を持ってまたどこかに行く。
ぼちぼちお開きなのだろう、男性の幹事やその他暇そうな人間がBBQセットを仕舞いに取り掛かる。
「今日結構飲んだ?」
隣に立つ六花が、冷えたミネラルウォーターを差し出し小さく礼を言って飲み始める。
「うん?そうだなぁ、500mlの缶だと10本位かな?酔ってないぞ、水みたいなもんだしビールって。」
「酔いの心配じゃなくて、運転の心配だもん。頑張って運転します。」
上目づかいに、キロリと見られ苦笑する。
「…ごめんね?」
「くまさん貰ったから、勘弁してあげる。」
一抱えもある熊の縫いぐるみを抱え、ぎゅっと抱きしめているのだ。少々焼肉臭いのは、御愛嬌だ。
幹事が終了の挨拶をして、親睦会は終了となった。当然ながら飲酒した人間は、絶対に運転しないようにと悠人は釘を刺し、アルコール抜けるまで2次会をしようと騒ぎだすものも出始めた。
「ヴィ!俺とアーネスト、2次会行ってくる。」
「了解!ちゃんと家に帰れよ?」
「まだ昼過ぎだっての!」
自社ビル前の街路樹下で、ガードレールに腰かけて熊人形を隣に座らせていると、幹事をしていた市田と森田その他の女性陣が珍しそうに、チラチラと見てくる。
「会長お疲れさまです!」
「お疲れ様、飲んだ?食べた?」
「食べました~!斎藤さんとも、お話をしたんですよ♪」
「へぇ?また見かけたら、喋ってやってね。会長室近辺は、気軽に喋れる人いないし秘書課は忙しそうだしね」
だいぶ慣れたのか、市田が声をひっくり返さず喋っていると、少し遠くで見ていた総務課の女性が何人かやってきた。
「会長、ソフトドリンクが余ったんですがいかがですか?」
覗きこめば何本もあり、六花の好きなようなドリンクが一杯だ。ピーチジュースと、紅茶を選ぶと丁度後ろの公道に車が止まる。
薄い水色のセダン、色に一目ぼれして買った悠人の愛車だ。
後部座席に荷物を入れていると、ひょっこり運転席から六花が顔を出し市田と森田に手を振る。
「市田さん、森田さん今日はありがとう~。」
「斎藤さんの車ですか?綺麗な色ですねー!」
森田の言葉に、六花が一瞬キョトンとして笑う。
「違うよ~、和奈城さんの愛車ですよ~。お酒飲んでるから、私が運転…久しぶりで緊張するけどね」
ブンブン手を振って、意外にスムーズ発進して消えて行く車を見送る。
「斎藤さんって運転下手なんですか?」
「いやいや、女性にしては上手だよ?ネックは車のデカさだね。万が一 ―――」
横に居たレオンが、チラと森田を見て笑う。
「六花ちゃんが、車をこすろうが大破しようが、ヴィは怒らなないさ。」
ニヤニヤ笑うレオンとアーネストの意味が分かり、森田は『えー』と驚く。何事か分かったのだろう、市田に耳打ちして『うそぉ!!』と。
「こういうのって、車に2人で乗った時点で分かるもんじゃないのか?」
青山氏が、ポツンと言うがレオンがニヤリと笑うのみ。




