おしごとしましょう。 (後)
午後の会議を終われば、仕事も今はあまりないので社内を歩いてみようとフラフラ歩く。
フロア案内を見れば2Fは、営業本部が全部を占めているらしい。
「ダウェル?」
声を掛けられて思わず振り返れば、見知らぬ青年が5人程笑って近寄って来た。
「あ…すいません、会長でしたか。失礼しました。」
一番年長らしき青年が蒼太と間違えた事に気づいて、他の人間を制する。
「もしかして、蒼太を指導してくれた方と先輩方…?」
「ええまぁ、仲良くさせて貰いました。」
立ち話も何だからと、近くの小さなミーティングルームに引き入れる。
一番年長は瀬良と言うらしい。
「瀬良さん、皆さんも蒼太が大変お世話になりました。」
悠人が頭を下げるのを、瀬良が慌てて止める。
「お世話だなんて、とんでもない!!」
「いえいえ、お恥ずかしい話蒼太は今回瀬良さん達に、仕事を教えて貰うのが初の社会経験でして…。」
「初めて!?」
「見ての通り僕たちは双子です、僕は和名城を蒼太は母の実家のダウェルを継ぎましたが、ダウェルを継ぐのが予想外でアイツはそう言う勉強一切なしで、会社を継ぐ準備になってて…慌てて僕がここに放り込んだ訳です。」
無言で聞いているのだが、顔は正直で『嘘だろう』と言う文字がデカデカと出ている。それに気付いて、悠人も苦笑する。
「ところで、蒼太はどんな会社を?」
「今は母がまだ責任者ですが、会社ともう一つオプションがありまして…。」
「はぁ、オプション…とは?」
「英国には、貴族階級が未だに残っているのは御存じですか?ダウェル家は、侯爵位を預かってましてそのあたり諸々と…。」
その辺りで、瀬良も先輩達も頭を抱えた。
「なんか非現実的過ぎて!」
「良かったら、こちらに連絡してやってくれませんか?たぶん蒼太も、連絡を取りたがっていると思います。」
蒼太のメールアドレスを書いたメモを、瀬良に渡しにっこりと笑う。
「会長は、この会長職に就くまでにどの位勉強したんですか?」
先輩の言葉に、まぁ疑問になるでしょうねと前置きする。
「僕は産まれたときから決まっていたので、それらしき勉強は幼稚園辺りからですよ。」
「よ…幼稚園…。」
ポケットでブルブルと携帯が鳴っていて、ディスプレイを見れば青山からだ。
「それじゃ、怖い秘書のお兄さんが呼んでいるので、ボチボチ戻ります。何かあれば、上のフロアで待ってますから、いつでも来てくださいね。」
ペコリと一礼して出て行く悠人を見送り、予想外な人物だったなとこの後5人でボソボソと密談するのであった。
『会長と社員の距離は、上司よりも近い』――こう言う噂が、やがてまわり始めた。
徘徊する経営者…。




