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櫻の樹の下で  作者: 赤司 恭
櫻の樹の下で、君と出会った。
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ひとり。


社内で歩いていると、視界がボンヤリとかすむ感覚がある。


もうじき社を辞めるとなると、がむしゃらに引き継ぎを頑張ってしまい後任の東にあれもこれもと、書類に説明を付けたのを用意してしまう。


勿論CRにも焼いてあるので、東なら探し出して上手くやってくれるだろうと確信はしているのだが。


『ヴィ』



どこかで、聞きなれた声が聞こえる気がした。


赤鬼あいつは、うまくやっているだろうか?


六花は、慣れない仕事に上手く対処しているだろうか?


昨日蒼太は、1年の研修を経て英国へと帰って行った。



「さーみしーねぇ」


六花の空き机には、今年入社した新入社員が新しく座り悠人の渡す書類を、必死になってこなしている。

悠人の仕事も、ほぼ東に移行は済んでいて席も譲渡し、かつて東が座っていた席に悠人が座っている。今は他のスタッフのサポートに廻っているので、これと言って固定した顧客も扱っていない。SEの新人は頭角が出てきて、メキメキと成長株。時々悠人に構成を聞いてきて、根気よく教えてあげたりしているのが、日常となっていた。


「どした?退職するのが、嫌になったか?」


喫茶スペースで呆けている悠人の向かいに、東がニヤと笑って座る。


「まさか、やらなきゃならない事が山盛りなのに?」


「まー、トップになるってのは周辺整理大変そうだな。」


「大変、それに面倒。誰か考えてほしい…人間不信になりそう。」


体験したくねーな…と、東が呟きカックリと悠人が頷く。


「あぁでも、肩の荷はごそっと君に渡したから。結構軽いかな?」


「クレイヴとは、連絡取ってる?」


「あぁ…アーネスト?取ってるよ、今親父さんと仕事やっている。元気だよ。」


「斎藤さんは?家族のなんとかって言ってたけど?」


ん?と、悠人の片眉が器用にあがる。自身の唇に、人差し指を当てて内緒のサイン。


和慎うちの、秘書課に入れた。」


「マジかよ!」


ふふふと、目を細めて笑う悠人を呆れた顔で見る東だが、楽しそうな顔にすぐ変わる。


「そーですか、そーですか。ごちそうさまと言っておこうか?」


「お粗末様と言っておこうかな?」


クククとたがいに笑い、ようやく重い腰を上げる。






「たーだーいーまー♪」


18時ごろに帰宅すると、10分もしないうちに六花が帰ってくる。


「あ!ヴィーだ。」


ひょっこり自室に顔を出してきて、嬉しそうにちょこまかと悠人に近寄ってソファの前に立って、手を握る。


「おかえり」


「ただいまっ、やっぱりヴィの顔見ないと駄目。凄く寂しいもの。」


ソファの前に膝立ちになり、悠人の顔を覗きこむとユルユルと腕が伸びてあっと言う間に唇を奪われてしまう。


リップ音とお互いの息だけ聞こえて、六花がへたり込みそうになった頃に漸く解放されて悠人の膝にすくい上げられる。


「禁断症状出てる…、明日から写真でも持って行こうかな?」


「それは…恥ずかしいかも」


せめて携帯の中だけの、写真にしてくださいとお願いし許可がでるまでてこずる六花だった。



―――悠人退職まで、あと1カ月。

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