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櫻の樹の下で  作者: 赤司 恭
櫻の樹の下で、君と出会った。
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シロツメクサのきみ。


六花は透明な一輪差しに飾ってある、シロツメクサを見て目を細める。


「これ、庭に生えているんですか?」


家政婦が台所で頷く、2人揃って空いた時間に庭掃除をして群生を見つけたのだと。


「へぇ~、昔これで花冠を作った記憶ある♪今度見つけたら、作ってみよ。どの辺り?」


指先でチョンと突けば、家政婦は何とも言えない顔。


「それが、後でもう少し摘もうとしても同じ場所に、辿りつけないんですよ。」


不思議ね…と、3人でシロツメクサの丸いシルエットを眺めた。



「シロツメクサの群生?…あぁ、もうそんな時期か。」


自室のソファで、経済誌を読んでいた悠人はカレンダーを見て暫し沈黙。


「そうだな4月1日辺り、もう一度チャンスがあるかもね。柔道場の角を左に曲がって、ずっと道なりに行けば辿りつくよ。」


2日後だ、カレンダーを見れば土曜日で。


「あぁそうそう、朝早くがいいよ。日の出から8時までの間かな?」


何だか楽しそうな顔の悠人は、六花がいつもしている悠人のベビーリングネックレスを、服の上から押す。


「きっと、面白いの見れるよ」


目を細めて、何か知っているような顔で薄く笑っていた。






4月2日の早朝、六花は庭にいた。

寝た気がしないが、静かに熟睡している悠人を置いて柔道場の前まで歩いてきた。角を左に曲がると池があって、それに沿って遊歩道が細くある、テクテク歩けば途中小石にけっつまづくが、かろうじて2の足を出して直線に歩く。


どれくらい歩いただろうか、ざくざく歩いていると少し盛り上がった場所がありそこを中心に芝生が広がって緑のじゅうたんがひろがっていた。


「ぅわぁ♪シロツメクサだ!」


薄いピンクも所々あって、それだけでもテンションが上がる。携帯のカメラで撮影し、後で家政婦達に教えてあげようとほくそ笑む。


花の無い場所に座って、プチプチと長くちぎっては編みこんでいく。


「誰だ!」


ガサガサと足音と共に、声を掛けられる。

驚いた六花が顔を上げれば、金髪の少年だった…。



「お前は誰だ?誰の許可を得て、奥庭に入り込んでいるんだ?」


グリーンとブルーの2色の目、それは…。


「ヴィ?!」


「なんで名前まで知っているんだ!不気味な奴め。」


ポカンとして一瞬少年に目を奪われるが、いやいやヴィは部屋にいるしと六花は自分の隣をポンポンと叩く。


「まぁまぁ座って?急いでいるの?」


「僕は忙しいんだぞ、もうすぐ朝食なんだ。遅くなると、トメに叱られる。」


「トメさんって?」


「女中頭だ、なんだそれ?」


少年の目が、六花の花冠に注がれる。


「シロツメクサの花冠だよ?上手に作れるんだ」


プチプチとシロツメクサを摘んでいると、少年が手伝ってくれる。


「ありがと、優しいのね」


「女性には優しくしろって、母上が言っていたからな」


耳の上部を赤く染めながら、忙しいはずの少年はせっせとシロツメクサを摘む。

柔道の道着のままなので、練習をしていたのだろう。


「柔道の練習をしていたの?」


「そうだ、父上は僕にもっと上達しろとおっしゃってるから。毎日修行するんだ。」


きゅっと眉を寄せて、束ねたシロツメクサを「ん」と六花に渡す。


「辛くない?ちゃんと遊んでる?」


「遊び?遊んでいる暇があったら、勉強しないと!家庭教師は、どんどん課題を出してくるぞ?」


「一杯勉強してるんだねぇ、大変だもんねぇ~。ヴィンセント偉いね、私はちゃんと分かるからね?まだまだ小さいのに、こんなに手の平が固いもの。一杯努力して強くなろうとしているんだね…」


そっと手を取って、手のひらを見れば年頃に見合わない手のひら。


「偉くない!僕は和奈城の跡取りだ、もっと勉学に励んで立派な当主になるんだ。」


顔を真っ赤にして、目を潤ませて六花を見上げる。


「うんうん、睡眠時間減らして予習してるんだよねぇ?知ってるよ、すっごく頑張ってるって。私は分かるよ」


「……!!」


少年は下を向いた、肩を震わせてじっと下を見る。


「偉いよ、きっとお父さんもお母さんもそう思ってるよ。…プレッシャーだよね、皆遊んで学校でお話してるんだよねぇ。寂しいよね?」


ぎゅっと、抱きしめてトントンと背中を叩いてあげると、しゃくりあげた。


「ぅぅうううううううう~~~~ッ!!」


子供らしい泣き方も知らないのだ、小さく薄い肩を抱きしめて「大丈夫よ」と囁く。


「ヴィンセントが、少し勇気を出してごらん?世界は変わるよ?お父さんもお母さんも、蒼太君も美桜ちゃんも。みーんな家族だもの…ね?」


顔をグシャグシャにして泣いて、六花が指で涙を拭ってあげると恥ずかしそうに笑う。


「お姉さん名前は?」


六花りっかよ?覚えていてね?」


「ゆーとーぉー」


庭のどこかで、少年を呼ぶ声がする。


「はーい」


走って行こうとする少年を、六花は引きとめて手渡す。


「…これ、おねえさんの?大事じゃないの?」


「いいの、君が持っていて?大事にしてね?ちゃんと貰いに行くから、それまで君が持っていて?ヴィンセント。」


「また、絶対来て?」


「うん、絶対あえるよ。」


少年かシロツメクサの花冠を持って、声のする方向へと駆け出した。





ゆらゆら、揺れているように感じた。


ゆらゆら、ふわふわ。


「六花起きて」


「んや?」


目の前に悠人の顔、下から見上げるようなアングル。


「姫様だっこぉ?」


「庭で寝こけているから、回収に来たんだよ。」


クスクスと楽しそうに、目を細めて六花を見下ろす。

縁側で降ろし、朝食が出来るまで待とうと言われ驚く。


「まだそんな時間?」


「そう。…会えた?シロツメクサの君には。」


「なんか変な夢みちゃった」


庭で寝こけていたなら、さっきのは夢だろう。


「夢じゃないよ、本当だよ?」


悠人がシャラと手からこぼし、六花の手に載せる。

悠人の目と同じ、グリーンとブルーの色石が入った、ベビーリング。


「花冠は、劣化しちゃって壊れちゃった。」


六花は、胸元にいつもあるはずのベビーリングネックレスを探すが、見当たらない。

手のひらに載っている同じネックレスは、昨日見たよりずいぶんと色が劣化していた。


「ほんとの…ホント?」


「待ったよ、ずっと待ってた。4月1日の朝、僕は毎年あの場所に立って待っていたんだ。」


ソファに手を突いて、そっと耳元に囁く。




―――――――――――――あの日、僕は君に恋をしたんだよ?





めぐりあえるのを、ずっとずっと待ち続けた。


悠人少年6歳。

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