きみのしらないぼく。
【夏季休暇前】の、和奈城君でございます。
六花は出社してまず最初にするのは、始業前のお茶入れである。
悠人が課長を務める『開発課』は、過日問題になったホットラインや社内のプログラムを構築したりしているが、大元となっているのは技術屋の集団である。
世間では、それをSEと呼ぶのであるが…。SEの数は開発課の中だけでも20人はいて、それにプラス補助として事務員がSE2名に対して、1名付くのだ。
案件の多さと、他にも処理する仕事が有るために悠人には六花と言う専属の、事務員が付いているのだが課全体としてはそれでもキチキチの運行である。
「いち…に…さん…」
席からSEの数を数えると、ちょうど全員の頭がある。
「えーっと、今現在抱えている案件の進行状況と、2カ月以内の予定表を15分以内に提出ー」
手でメガホンを作り、課に届くように言うと返事の代わりに手が挙がる。
「返事の代わりに、挙手なの?」
「そう、他の課は電話応対あるからね。もうちょっとしたら、書類集めてくれるかな?」
はーいと、笑って悠人にお茶を渡すのだ。
集めた書類を、1枚に纏めると結構案件を抱えている人間が多い。
特に夏前の今、夏季休業に入る8月までに終えてしまおうと、法人の顧客が営業にねじ込みそのしわ寄せがこちらに来る。
「んー、そっかそうか」
「何がそうなんだ?」
顔を上げると、部長が白髪交じりの笑顔で悠人を見下ろしていた。他の課では、部長には低姿勢なのだが悠人はさしてそういう態度はとらない。
「2カ月以内の、部下の仕事量を調べたんですね。結構抱えてまして…。」
「じゃあこれ、和奈城君に頼もうか。」
ペラリと渡された書類、ざっと目を通し眉間にしわを寄せて見上げたが部長の態度は変わらない。
「これ新規さんですよね、これは3人位掛かると思いますが今も申し上げましたが、キチキチなんですよ運行が。この状態でこちらの案件いれると、ウチの課がパンクします。部下が死んでしまいます。」
なので、営業で調節して2カ月後のプレゼンでお願いしますと、つっ返す。
…が、部長が受け取らない。
「やぁやぁ、切れ者で有名な和奈城君じゃないか。君一人で3人分できるだろう?」
「違う意味で、切れ者って言われてるんじゃないでしょうか?」
ニッコリ。
笑顔で睨みあう2人を、部下がPCのモニタ越しにチラリチラリと見る。運が悪ければ、自分にお鉢が廻って来て残業のパレードになるのは見えている。
「アレ貰ったら、絶対死ぬな。」
「今でも死亡フラグ付いてるのに、課長引き受けないでー」
仕事してるようで耳はダンボ、会話の代わりにPCの社内ソフトでチャットにて会話だ。一見すると、ひたすらプログラムを構築しているように見えるが、今現在自分の保身の会話でチャットは満員だ。
「活きのいい営業を2人貸してもらいますよ、それと本日以降からは納期しばらく緩めでお願いします。お盆以降の納期じゃないと、引き受けませんからね。それが嫌なら、外注すればいいでしょう?」
「お前…ッ」
部長はモゴモゴ言っていたが、最終的に首を縦に振った。
部長が立ち去ると、部下一同から拍手が起きたのは言うまでもない。
「…ま、喜んでくれて何より。六花、多分暫く遅くなると思う。」
「ご愁傷さまデス」
互いに苦笑しかでない。
「ひーろーいー」
”活きの良い営業マン”2名は、佐藤と安藤で紛らわしいなと内心思う悠人だが気を取り直して書類を読みながら、新規の顧客…私立高校に来たのだ。
「OA教室を新設して、授業に使えるようにお願いしたいんですが」
教頭と学年主任と、OA授業の担当教諭と向かい合い営業と一緒に詰めていく。
SEの仕事は案件を受けてから引き渡すまで全てで現場の確認からクライアントの要望を入れた、プログラムの構築までた。
「授業ソフトは、弊社のもので揃っていますがこちらでよろしいですか?」
先持って営業がいくつかサンプルを渡していて、希望のソフトを選んで貰ってそれは完了。
新しく構築するのでないからして、悠人の仕事が想像よりも減る。
「和奈城課長?何していきましょうか?」
佐藤が手持無沙汰なので、白紙を止めたボードを手渡し「これ、埋めて行ってくださいね」と押しつけた。安藤には、学年主任とOA担当の教諭のヒアリングを頼んであるし、後は金銭面の値切り攻撃が来るかどうかが問題。
学年主任から受け取った、授業概要を読んで行きソフトに手直しを入れるかどうか思案。
売ったはいいが、扱いに不備があれば今後に影響する。ソフト的に良くても、生徒が使ってどうなるか…だ。
帰りの車内後部座席で、ノートPCをカタカタ打ち込む悠人。
安藤から受け取ったヒアリングの成果と、佐藤の記入した用紙を参考にして比べながら素早く打ちこんでいくのだ。
「和奈城課長?」
「はい?」
カタカタ、返事はするが顔は上げない。
暫く打ち込んで、もう一度不備がないか見直すと更にメールフォームを立ち上げてどこかに転送する。
ひっきりなしに動く手、うす暗い車内でキィボードを叩く音が止んだのは小一時間経過したくらい。
「何か?」
パタンとふたを閉めて、やっと顔を上げた悠人に安藤・佐藤がひっそりとため息を突く。
「なにも車内でやらなくても、デスクでゆっくり仕事できますよ?」
「社に戻ったら山盛り仕事がたまってるので、出来れば帰りの車内の方が片付きませんか?ソフトウェアの在庫確認と、それに伴う説明書一式の確認は既に担当部署に依頼しています。それと、おおまかな納期と進行状況・搬入とセッティングの段取りは冊子にして帰社したらデスクにありますので、確認しておいてくださいね。」
ポカーンとするのは、当然だと思う2人。
安藤・佐藤達のいる営業課では、帰社して資料引っ張りだして電話しながら残業して作成するのを、帰りの車内でしかも冊子の依頼までしているのには驚く。
「早いですね…」
佐藤の呟きに悠人は苦笑、課では普通だと思っているからだ。
「あれ?和奈城課長は?」
翌朝10時、安藤は昨日の冊子を持って悠人を尋ねると既に私立高校にヒアリングに向かった…と、補佐の東から聞かされ驚く。
「課長は、ソフト導入で生徒の反応を聞きに行ってます。聞いてませんか?おそらく他の現場も廻っているんでしょうけど?」
サンプル機を3台、先に設置しているので部活で使う生徒に、聞きこみに行くとは昨日言ってたと東に言う。
「遅い!ウチの課も暇じゃないんですから、和奈城の手伝いになるよう動いてくれないと。」
ジロリと睨まれ、居心地の悪さを肌で感じた2人は慌てて自分の部署に向かった。
カラリと引き戸を開けると、ブレザー姿の生徒が数人テスト機に群がって従来のソフトの違いを言いあっていた。
「こんにちは、新規導入のソフトの使いここち教えてくれますか?」
「先生が言ってた業者さん?」
パイプ椅子を借りて悠人は、足をゆるく組んで座り手にしていた手帳を広げる。
「そうです、先生達がOK出しても実際使うのは生徒の君達だからね。触ってどうかなって。」
ニッコリ笑うと、女子生徒が赤くなって黄色い悲鳴があがる。
「業者さん、プログラムとか組めるの?」
いくつかの指摘や、意見をメモしていると部長だと言う男子が悠人のメモを覗き込んでくる。
「うわっ、英語だ。」
「英語ですよ、読めるかな? 僕はプログラムも組みます、SEって分かるかな?サービスエンジニアは、全部できないと駄目だからね。」
「業者さん、ガイジン?」
女子は、使い勝手より悠人に興味があるのだろう。
「ガイジン80%です」
入校許可証につけた、身分IDの名前を女子生徒はじっと見てる。
男子生徒は、パソコン雑誌で覚えた知識が悠人い通じるのか、一生懸命話しかけてくるのだ。
チャイムが聞こえる、昼休憩が終わるらしく校内が騒がしくなてきた。
「それじゃ、また来ます。また思った事、教えてくださいね」
「業者さん、今度はいつくるの?」
うーんと、明日の夕方かな?と答えれば、一杯使って感想言うね!と女子生徒が走って去っていく。
「女子は、あんまりパソコン触らないから…」
「そんなもんだと思いますね、部長君期待しています」
ポンと、肩を叩いて校舎出口で別れ次のクライアント先に廻る悠人であった。
翌日は約束通り放課後に現れ、部長君以下部員の意見交換を実施し、部員の友達も参加して普段パソコンを使わない人間からの意見も汲み取り手帳に控えて行く。
「これって、先生とかに意見報告行くんですか?」
副部長の言葉に、思案する。
「そうですね、意見があったと報告は逐一入れては居ます。匿名にしていますがね?後ソフトに反映するかどうかは、僕が決める事なので…もちろん学校側から許可貰ってそれからの話です。」
「関係ないけど、SEってどうやったらなれるの?やっぱ専門学校かな?」
ウンウンと、他の部員も頷く。興味があるのだろう、部室にもそういう雑誌が置いてあるのが見える。
「そうですね、専門学校卒業が多いですね。大学とか、高校で専門に習うって道もありますからね。数こなさないと、やっぱり駄目ですねぇ」
『そーかぁ』と、あちこちで声があがり悠人は苦笑する。
「あきらめないでください、僕は昼間大学行って夜に専門行ってましたよ」
生徒からどよめきがあがり、苦笑して他に意見は無いかと聞く。
「業者さんは、どこの大学行ってたの?」
「僕はね高校まではインターナショナルです。大学は日本の学校を受けましたよ」
こんなんだから、普通の学校では浮いちゃいますのでと笑う。
「えーどこ?」
部員ではない生徒が数人、食いついてきて口を尖らせなんとか聞こうとするが、男子部員に嫌な顔をされる。
「ひ・み・つ」
人差し指を立てて、唇に当てて言うと言われた本人は耳まで赤くなって周りにいた女子部員も真っ赤だ。
「さてと、貴重なご意見ありがとうございます。先生方と相談して、また納品の時にこちらに寄りますね」
「ってかさー、俺多分必要ないと思うわけー」
「必要必要、車の運転してくれたらいいだけ。我が家で食べてる分、ここで僕の手足となりたまえアーネスト君♪」
先日のソフト納品で学校に行き、諸手続が終わった帰り悠人は朝事務所で暇そうにしていたアーネストを連れてやってきた。
「こんにちは」
声でパっと生徒が振り返る。
「業者さんだー、今日納品?もう終わり?」
ワァワァとあっとう言う間に、アーネストの分の椅子とお茶まで出て来た。
「なんだ?えらくモテモテだな?」
「業者さんのお友達?」
キャッキャと女子が騒ぎ、悠人とアーネストをかわるがわる見つめる顔は真っ赤だ。
「ソフトの件で、色々ご意見貰ったから最後には挨拶をね。」
フレンドリーなアーネストは、あっと言う間に生徒に溶け込み話を弾ませ大笑いする。そんな姿を見て少し笑うチラリと見た時計はもう移動する時間だ。30分程喋り、顧問の教諭に挨拶するがなかなかアーネストが動かない。
「アーネスト帰るぞ!」
まったくもって、動かないアーネストを見て部長君も苦笑するしかない。
「動きませんね、ウチで貰いましょうか?」
「いやいや、連れて帰らないとね…。アーニー!!」
「ぅあいっ!」
ピョンと立ち上がり、愛想を振りまき教室をでたのは予定を15分も経過してからだ。
「んだよ、アーニーって呼ぶなよ。かーちゃんみてぇじゃん」
かなり前に帰国した母親が、呼んでいた愛称を悠人は覚えていて女の子みたいだと嫌う愛称をわざと言ったのだ。ぶっすりとした顔だったが、「まっいっか♪」で終わる。
「んで、今日ホントは俺なんの用だった訳?」
「だから、運転手」
「マージー?」
「部長2人も貸していただきありがとうございました」
後半は殆ど事務所に置き去りだったのは、あの2人が新入社員もいいとこで悠人で研修をさせようとした部長のもくろみを、東から聞いたからだ。
「大して使ってないくせに」
ブツブツ当てが外れたと、悔しそうに言う営業部長の後ろ姿があったとか。
社外にも仕事に行くのです、SE→サービスエンジニアです。
プログラマーは、プログラミング。サービスエンジニアは、請負から設置まで関わりますの。でもそれは、日本独自らしく外国では少し違うみたい。




