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果実の月の下、野良猫はたい焼きの夢を見る

作者: 猫の勇者
掲載日:2026/01/31

 ワタシは、鉄くずの丘に座っていました。


 廃棄されたロボットさんや、錆びついた家電などが、積もっています。

 潮の匂いを含んだ風に吹かれながら、お利口さんなワタシは――。


 とても躾の良い犬のように、マスターの帰りを待っています。

 あの日以来、ここがリルの特等席なのです。


「……食べたいなぁ」


 空を見上げて呟きました。

 ホログラムプロジェクタが、まっさらな青と、昼に浮かぶ月を映し出しています。

 日替わりで、今日は紅玉林檎の月です。


 この月を、皆は好きだと言うけれど。

 ワタシは、現実的な乙女です。食べられないモノには、あまり興味がありません。


「マスター……。早く帰ってこないかなぁ――」


 錆びた部品の山の上で、足をぶらぶらと動かしました。

 温度センサーは三十二度。人間的には、ちょうどいい夏なのでしょうね。


 機械のお墓の下で、「たい焼き泥棒」がニャーと鳴きました。


 ワタシと同じく、お腹を空かせてるようです。



 ぐぅぅぅぅ……。



 空腹警告が鳴り、怒りが内部回路の奥まで伝わりました。

 マスターは一体、何をしているのでしょう? だんだん、腹が立ってきました。


 用事があるとか言って、どうでもいいことをしているに違いありません。

 いつもいつも、こうなんです。


 "リルの面倒を見なさい!"


 ワタシは、心の中でそう叫びました。


 ……そして、少しだけ、黙りました。


 …………

 ……



「たい焼き――」



 ワタシはぽつりと、愛を告白しました。

 ハカセが教えてくれた、愛の味。

 たい焼きは栄養素ではなく、癒しの魔法です。

 芳ばしい小麦粉と甘いあんこ。機械の身体にも届く、シュガードリーム。


 修理屋であるマスターの特技も、たい焼きを焼くことです。


 気が利かなくて、普段はボケっとしてますが、たい焼き作りにおいては神様の域です。


 寝癖だらけの銀髪に、だらしない服装。

 でも顔は……ギリギリ、合格ラインです。

 リルは"容姿端麗"なアンドロイド――

 理想も高いので、これはとても名誉なことなのです。


「たい焼き……食べたい」


 ワタシはまた、ぽつりと呟きました。泥棒――猫さんは、不思議そうに首をかしげていました。



 瓦礫の向こう、遠くに人工の海が広がっています。


 ―—海辺に、レモンの木が見えます。





 その時でした。


「悪いな、リル! 遅くなった!」


 独身オトコが、帰ってきました。



「……たい焼き!!」



 ワタシは、少しだけ語尾に怒りを込めて、丘のてっぺんから

 ちょこんと降りました。


「は?」


「マスター。早く帰って、たい焼きを食べましょう!」


 ワタシはぷいっと横を向きながらも、視界の端にマスターを捉えていました。


「朝食ったばかりだろぉ?また、作らないといけないのか?」


 マスターは、片手に工具袋をぶら下げたまま、困ったフリをしていました。

 たい焼き作りのプロフェッショナルが、それを苦にするはずがありません。


 食べさせろ、たい焼き!


(落ち着け、リル。ワタシは……もう、レディだろ――)


 ハカセの言葉を思い出します。



 ジジジッ……。



["博士の誉め言葉"抜粋] memoly.log No.45–47

 アクセス権限:リル


 □■□■□■□■


「リル。食べたいものは好きなだけ食べなさい。でも、レディらしさは

 忘れちゃいけんよ。」

「リルが世界一可愛い?ははっ。そうかもしれんな」


「たい焼きばっかりじゃ、また冷却管に砂糖が詰まるぞい」 

 ※削除済


 ■□■□■□■□



 プツンッ。



 気持ちを、落ち着けます。


 深呼吸して――


 ワタシは堂々と、自身の"権利を宣言"します。



「大丈夫です。リルは、お腹が空いてますから」



「そういう問題じゃないだろっ?!」


 マスターは、わざとらしくずっこけてみせました。


 ワタシは、猫さんにペコリと頭を下げました。

 ごめんね。ワタシには、主がいるんだ。


 ―—今度、美味しいたい焼きを持ってきてあげます。


 廃材の坂を、すたすたと降りながら、ワタシは前を見つめました。


 そして……ふと、あの日々が蘇りました。




 数年前。

 ワタシは、ジャンクの中に埋もれていました。

 ハカセがいなくなったのです。

 波の匂いと油の腐った匂い。大粒の雨が、容赦なくボディを打ち付けました。


「……」


 首を横に向けると、あちこちが壊れたロボットさんが、埋もれていました。


(……リルも、一緒だ)


 いえ、それ以下です。なにせワタシは、"当時は"街でも有名なポンコツでしたから。


 たらい回しにされて、誰にも拾われない、"野良猫"さんでした。



 ワタシは指の欠けたロボットさんと、そっと手を繋ぎ…………


 瓦礫の隙間から、浮かぶ月を見つめました。




 さよなら、世界。役に立てなくて、ごめんなさい。



 さよなら、ハカセ……




 ……




 さよなら―― たい焼き……





 ハカセがいなくなって初めて、

 AIがひとりで生きていくことの難しさを、知りました……


 ワタシは、物好きなハカセの愛に、守られていたのです。

 毎晩泣いて、それでも戻らないものは戻らない――人間の命は儚い。ワタシは、そんなことも知らなかったのです。


 途中で、様々な困難がありました。


 ハカセが、最後に命を賭して……ワタシを守ってくれたこと。


 ワタシは決して、忘れません。


 あの丘で拾ってくれた、物好きなマスターに必死にしがみ付いて――

 なんとかスクラップにされず、今日まで生きてます。


 おかげで、あんなに出来の悪かったワタシも、

 今では一人前の"レディ"です。


 人は、別れを経験して強くなる。

 AIも同じです。



「なにしてんだ?行くぞー、リル」



 廃棄場の出口に、マスターの背中。


 指先で、そっと視界の端をなぞりました。


 いけませんね。潮風は、機械には毒なのです。



 一歩――、前へ。



 そしてワタシは……






 今日も元気に生きて、前を向くのです――






 空には、白い羽根の海鳥が、羽ばたいてました。


 ここは、ジャンクとレモンの町。


 フォステタウン。


 すべてが始まり、すべてが続く場所。


 まだ名前のない未来へ、ワタシは歩いていくのです。


 いつか――、世界が始まりますように。



 願いを込めて。





 レモンの木の陰で、葉が揺れていた。


 ふと、誰かが笑ったような気がした。


 記録には残らないはずの、かすかな気配が――


 そこには、あった気がした。





 夏の幻影。


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