死刑のない町
旅の途中で奇妙な町に立ち寄った。
その町の中央に巨大な虫籠がある。
いや、自分で言うのもなんだが、これを虫籠と表現するのは正しいのかどうかは分からない。
幼い頃に虫取り網をもって虫取りへ行ったとき、必死に捕まえた戦利品たちを入れるプラスチック製の透明な虫籠。
まさにあれの巨大な物が町の中央に置かれているのだ。
大きさは10畳の部屋と同じくらいか。
床と天井の距離は5メートルほどだろうか。
どれだけ背の大きな人間でも道具なしでは出ることは出来ないだろう。
人間。
そう、人間が入っているのだ。
その虫籠の中には。
少なくとも私にはそれが人間に見えた。
服を着ず、丸裸で虫籠の隅っこでうずくまっている。
仮に人間であったなら中年の男だ。
自分と全く同じ姿形をした者達が普通に暮らしている中、虫籠に入れられた男。
彼は今、何を考えているのだろうか。
もし、私なら自分を可能な限り晒さないよう縮こまるだろう。
丁度、彼がやっているように。
羞恥も怒りも絶望も。
自分の全てを見せたくもないし、見られたくもない。
そう思うから。
しかし、そんなことを気にせずとも周りの人々は相手にもしないのだ。
時折、野次を飛ばす者も居るがほぼ全ての人間は見向きもしない。
とても分かりやすいので虫籠を待ち合わせ場所にしている者は幾人もいるけれど。
「あの人は何をしたのですか」
私は思わず町人に聞くと町人は微笑んで答えた。
「旅の人。あれは人間に似ていますが人間ではありません」
「人間ではない?」
悪い冗談だ。
そんな思いが顔に浮かんだのだろうが、町人は眉をしかめもしない。
「あれはヒトデナシという生き物です。人間によく似ていますが人間ではない。ですが、とっても人間に似ているから人間に化けて暮らしていることもあるんです」
「ヒトデナシ」
人でなし。
浮かぶ言葉は実に分かりやすい。
しかし、あの男はどう見ても人間だ。
誰が何と言おうとも人間だ。
「旅人さん。あなたが考えることはよく分かりますよ。ですが、逆にお聞きしたいのですが、人間は人間を殺しますか?」
唐突な問いに面食らう。
「人間は他者を侮蔑し笑いますか。否定して自殺に追い込みますか。自分より遥かに弱い少女を力づくで凌辱しますか。反省の素振りさえ見せずに生きていくことは出来ますか」
ここに来て私はようやく町人が言いたいことを理解した。
同時にあの男が何をしたのかも。
「人間にはそんなことが出来るはずありません。こんな酷いことはヒトデナシにしか出来ないのです」
町人はそう言うとヒトデナシが入っている虫籠を思い切り殴りつけた。
ヒトデナシはビクリと震えてこちらを睨み、何事かを口にした。
私はヒトデナシの言うことが理解出来る気がしたし、事実その言葉はすらすらと頭の中に入ってきていた。
しかし、それを受け止める前に全て捨てた。
ヒトデナシの言葉など理解する必要もないのだと分かったからだ。
――少なくともこの町では。
「旅人さん」
町人は言った。
「あなたはすぐにでもこの町から去った方がいい」
言われるまでもない。
しかし、何故か私は問い返していた。
「何故ですか」
「この町にはヒトデナシを見るのが好きな人間しかいません。けれど、あなたは違うでしょう?」
これ以上ない答えか。
町人は微笑む。
「このヒトデナシが死んだら私もこの町を出ます。ですが、それまではこの町に居るつもりです」
私は町を出た。
あの奇妙な町がいつから存在していたのか。
そして、いつまで存在するのかをふと考えてみたが、すぐにそんな無駄な事をするのをやめてしまった。




