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とある悪役令嬢の話【短編】

作者: りな
掲載日:2025/10/22

私が前世を思い出したのは、三年前のことだった。

学園の門をくぐったその瞬間、視界の先に見えたのは――私の婚約者であるこの国唯一の王子、レオンハルト=ヴァルデンが、ふわふわとしたピンク色の髪を揺らす女生徒、ミリア=ブランシェと楽しげに話している姿だった。


その瞬間、まるで世界がぐにゃりと歪んだように、記憶が押し寄せてきた。

あれ? この光景、どこかで見たことがある。……いや、知ってる。

これ、私が前世で遊んでいた乙女ゲームの冒頭じゃない!?


そう気づいた瞬間、背筋が冷たくなった。

ということは――私、もしかして悪役令嬢なの?


前世の私は、毎日ストレスフルな仕事をこなしながらも、

「せめて心の癒しを」と夜な夜なネット小説を読み、恋愛ゲームをプレイするのが日課だった。

睡眠時間を削ってでも、それだけは譲れない。

画面の中で煌めく物語と、幸せそうなヒロインたちが、現実の私の小さな救いだったのだ。


そして今の私は――赤いつり目に、まっすぐな黒髪。

鏡に映るのは、誰が見ても「クールビューティー」と呼ぶような顔立ち。

でも、そんな見た目の私が立っている場所は……まさに“断罪イベント”まっしぐらの悪役令嬢ポジション。


――ああ、どうしてこうなったの。



私は、卒業までの三年間――ただひたすら、努力を重ねた。


毎日図書館に通い、古今東西の知識を詰め込んだ。

王宮にも足繁く通い、次期王妃としての礼儀作法や政治学、外交学を学び、身につけた。

ヒロインであるミリア嬢への「いじめ」など、一切関与していない。

むしろ、極力関わらぬように心を砕き、レオンハルト王子とも必要最低限の会話しか交わさなかった。

成績は常に上位を維持し、礼節も完璧――それは誰が見ても非の打ちどころのない「理想の令嬢」だったはず。


……それなのに、運命はあまりにも残酷だった。


――卒業パーティーの夜。

煌びやかなシャンデリアの下で、私は唐突に断罪されたのだ。


レオンハルト王子は冷たい目で私を見下ろし、宣告した。隣にいるミリアは、身分不相応に着飾っていた。どれだけのお金をかけたのか……。

「ミリアを影で虐げていたことは、すでに判明している。

 貴様は婚約者として相応しくない。……婚約破棄だ。」


ざわめく会場。

私は呆然と立ち尽くした。――虐めた? 私が?

誰かがミリアを陥れたのだろう。だが、その罪がなぜ私に?


「……それは、真実なのですか?」

震える声で問うと、彼は鼻で笑った。


「証言が幾つもある。言い訳は無用だ。

 ――貴様は、この王国から追放する。」


その言葉に、胸の奥で何かがぷつりと切れた。

込み上げる涙が、頬を伝ってはらはらと落ちる。


「……賭けには、勝ちました。」


私は静かに呟き、首にかけていたペンダントを床へ投げつけた。

ガラスが砕けるような音と共に、ヒールでそれを踏み潰す。


――瞬間、床一面に巨大な魔方陣が広がった。


「な、何だっ!?」

「魔法陣……!? 誰がっ!」


ざわめく会場の中、魔方陣から現れたのは――漆黒の軍服をまとった皇国の兵士たち。

指揮官らしき男が冷たい声で叫んだ。


「全員、拘束せよ! 逆らう者は容赦するな!」


悲鳴と怒号が飛び交い、豪華な卒業パーティーは一瞬にして阿鼻叫喚と化す。

そして、最後に魔方陣から一人の青年が姿を現した。


月光のような銀髪を持つ皇国の王子――アレクシス=ヴェルンハルト。


彼は微笑みを浮かべ、私に言った。

「……君の言う通りになるとはね。」


私は涙を拭い、かすかに笑う。

「前にも言いましたよね。現王子――レオンハルト殿下は問題ありだと。

 彼が王になり、彼女が王妃になったら、きっとこの国は傾きます。

 だから、その前に……皇国の属国にしていただくのが最善だと。」


アレクシスは少しだけ目を細め、あの時の会話を思い出すように言った。

「確か、君はこう言ったね。

 “もし私が婚約破棄されたら、この国を失くして”と。

 “されなかったら、皇国と友好を深めましょう”と。」


私は頷く。

「ええ。……あの時、あなたは言いましたよね。

 “君のように優秀な人を、婚約破棄するなんてあり得ない”と。」


そして、私は微笑んだ。

――あの時、すでに運命の歯車は静かに回り始めていたのだ。



卒業パーティーに出席していた貴族や王族たちは、次々と皇国の兵によって拘束されていった。

煌びやかな宴の場は、いまや鎖と叫び声が響く静かな牢獄のよう。

けれど、それでよかった。――彼らはこの国の象徴、人質として十分に“使える”だろう。


私は、アレクシスのもとに歩み寄り、深々と礼をした。

「……大変、お手数をおかけしました。」


アレクシスは少し眉を寄せ、静かに私を見つめた。

「君は、どうするのだ?」


その問いに、私はわずかに目を伏せ、唇を噛む。

「……裏切り者の私に、もはや居場所はありません。

 身分も名も捨てて、どこか遠くへ行こうと思います。」


そう言いながら、懐から小さな魔法陣の刻まれた紙を取り出した。

それは、密かに用意していた“もうひとつの転移陣”。

この日のために、誰にも知られぬよう作り上げた最後の逃げ道。


「機会があれば――また、お会いできるでしょう。

 ……さようなら、アレクシス殿下。」


彼が何か言おうと口を開いた瞬間、

眩い光が私の足元を包み込んだ。


風が渦を巻き、光が弾ける。

次の瞬間、私はその場から跡形もなく消えた。



転移陣の光が収まったとき、私が立っていたのは見知らぬ森の奥。

夜風が頬を撫で、遠くで梟が鳴く。

静寂の中で、私はようやく深く息をついた。


「……終わったのね。」


王国は、もうすぐ皇国の支配下に置かれるだろう。

あのパーティーにいた者たちは捕らえられ、権力の象徴として使われる。

そして、私は――誰の記録にも残らない、無名の亡国の令嬢となった。


けれど、それでいい。

あのまま、断罪されて追放されるより、心がずっと自由だ。


月明かりの下、私は小さく笑った。

その胸の奥で、淡い記憶が光る。


銀の髪を揺らしながら、真っすぐに私を見つめていた人――アレクシス。

「君のような人を婚約破棄するなんて、信じられない」

そう言って笑った声が、今でも耳の奥に残っている。


「……もし、また会えるなら――」

言葉を風に溶かす。

その続きを口にするには、まだ早い。


いつか、彼が私を探し出したなら。

そのときこそ、この胸に灯る想いを伝えよう。


それまでは、この静かな世界でひっそりと生きよう。

新しい名前で、新しい日々を紡ぎながら。


夜空に流れる星が、ひとつ軌跡を描く。

それはまるで、遠い約束の灯火のように。


――そして、物語は静かに幕を下ろした。



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― 新着の感想 ―
普通にプロローグにしか見えない と、思ったら連載版があった。
いつか来たる再会の日を想像する自由を頂けたこと、感謝申し上げますわ。 わたくし、ハピエン主義ですの。
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