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これでいいんだ。これで、いいんだ。

作者: アマヤドリ
掲載日:2025/10/15

あの娘は、僕にとって、一体どういう存在なんだろう。

どういう人だと、言えるだろう。

どういうふうに、認識しているんだろう。


もう1年以上も前に別れた人。

もうすでに別の男のものである人。

人生で一番愛した人。

世界に、期待をさせてくれた人。

僕という人間を、僕自身に愛させてくれた人。

僕という人間を、こんな人間を、愛してくれた人。


裏切ってしまった人。

傷つけた人。

苦しませた人。

泣かせた人。


塗りつぶされたような闇の中で、繋いだ手を離してしまった人。


もっと他に、言えるはずなのに。

もっと沢山、表しようがあるはずなのに。

思い浮かぶのは、罪悪にまみれた手で汚したあの子の笑顔ばかりだった。


情けない。


今更なにを考えているんだろう。

もう嫌というほど、目尻を腫らした。

もう、いいだろう、もう、いいだろう。


もうただの友人だ。もうなんとも思わない。

バイトでも普通に話せる。お互いなんともない。

時々笑い合う。普通に仕事をする。


これでいいんだ。


これで、いいんだ。


もう忘れた。

もう痛む胸はない。

軋むこころもない。

歪む顔もない。

つきまとう後悔も、この体に追いすがる感傷も、もう見えない。


僕は変わったんだ。もう変わったんだ。。。。。


僕という人間がそう言葉にできるだけには、現状が変わってきていることは確かだ。

もう、終始こころの影にあの笑顔があるわけじゃない。常時、ころころ笑う声が耳鳴りのように響いて、身体を引き裂くこともない。


もうない。


もう、ないんだ。



そんな事を考えていると、必ずどこかから、声が聞こえる。 


『お前は一体、何処がどう変わったっていうんだ?』


憎たらしいその声に、僕はいつも泣かされてきた。背後霊みたいに僕を見ていて、成功すれば、懐疑して、失敗すれば嘲笑う。


僕は、いつも見透かされている。

僕自身さえ気づかない。


いや、気づきたくないのか。 


わかっている。

わかっている。


わかってるってば。


確かに、前に進んでいる。

取り巻く景色も見違えた。


しかし、それは、僕の意志でもなければ、努力でもないのだ。

なにかに追われるようにして、否応なしに一歩を踏み出すしか無かったってだけ。

後ろから風に煽られて、半ば崩れながら、曖昧に一歩を踏み出したってだけ。


その只中に、佇む僕は、いつまでもあの日に囚われたままなのだ。


「ほんと、痛いこと見せるよね、いつもいつも」



見慣れた部屋の見慣れた天井を見つめながら、そんなことを考えていると、小舟に揺られるような浮遊感が柔らかに僕を包んだ。

薬が効き始めてきた。

うつらうつらとしているさなか、脳裏に何かがさっとよぎる。調子の悪いテレビの砂嵐みたいに、一瞬、でも確かに、八重歯が覗く、笑顔がよぎる。

途端、一気に現実に戻される。眠気は消える。


飯を食っている。珍しく、こころが湧かず、黙々と手が動く。ところでさっきからなんだか、心臓が、握られている感触がする。きゅうと鈍く、重く痛む。そこでああ、と気がついた。

耳の奥、脳の裏、イヤホンのホワイトノイズみたいに、さり気なく、曲に紛れるように、気づいたら脳裏に笑い声が響いている。ころころころころなっている。道理で飯が楽しくない。


もう忘れた。もう変わった。

そう言い聞かせて納得するほど、背後霊は大人しくなかった。普段どうにかこうにか騙せているそれが、こころの機微を見逃すはずもない。


僕は僕から逃れられない。にげてもにげても、追ってくる。昔は後悔や感傷だったのに、今や実体のある影になってしまった。

ひたすらに走って、時々振り切る事ができる。うまく逃げおおせたと思って、息をつく。ふと振り返った後ろには、見慣れた形の黒がいた。


 『逃げた、逃げた、おまえは逃げた、”また”逃げた!』


逃げたことからも逃げられない。欺瞞が、皮が、暴かれる。


そうだ、そうだよわかってる。

わかったってうるさいよ。

俺は変わってなんかいないよ。忘れてなんかいるわけないよ。そんなこと、できるはずがないよな、。



鈍くて重い痛みに随分と悩まされた挙げ句、麻痺してしまっていただけ。

時間が経って身体が慣れて、自分で自分にそうやって、言い聞かせられるだけにはなったってだけ。

いまだ、在る。ここに在る。


挙げ句の果てに、こうやって、こびりついた思い出が、僕すら忘れた頃に顔をのぞかせる。”勘違いしてんじゃねえぞ”って、後ろから誰かが言っている。聞き覚えのありすぎる声で言っている。


そこで僕は思い出す。僕という人間を思い出す。ああ、そうだ、僕は、逃げられない。僕は僕から、逃げられない。 



僕はこういう人間だーー




読んでいただいてありがとうございます。

こんな個人的な苦悩や葛藤が、誰かに届いたなら、それほど嬉しいことはありません。

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