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黒幕の花嫁〜私は悪女なのでしょう?この婚約、利用させていただきますね〜  作者: 竹藤煤


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008.悪女と再会

 十二歳となったロディナを乗せた馬車は、ヴィルトガンス公爵邸に向かっている。


 領主であるガラモス公の息女シルフの誕生日を祝うパーティーに、ニフテリーザ家は招待されていた。


(おかしい……鳴き声がしない)


 ロディナは、隣に座るサナを見る。彼女もここで変化が起きるとは思っていなかったらしく、驚いた様子でこちらを見ていた。

 

 ロディナの記憶とサナの知る物語通りであれば、魔獣の鳴き声が聞こえるはず。


 声にロディナは馬車から飛び出して、魔獣と一人戦っていたヴァルクと出会う予定だった。


 その初対面が、ヴァルクがロディナに婚約を申し込む切っ掛けになっているらしい。


 今まではエイレアに成り代わった者に邪魔されていたが、今回のサナは違う。今日まで、ロディナと屋敷で魔法の練習に取り組んでいた。怪しい動きもない。


「着いたぞ。二人とも、失礼のないようにな」


 平和な道中を過ごし、大きな屋敷に着く。


「嫌な予感がしませんか?」

「しますね」


 不安そうなサナに小声で返して、義父母に続いて屋敷へ入った。




 ロディナがパーティーに参加しなくとも、ヴァルクとの婚約が決まることは何度もあった。ただ、オスキロス家が参加していないのは、初めてだ。


(やはり、どこにもいませんね)


 養子という立場のロディナは、一応挨拶はされるものの、あとはひとりぼっち。ヴァルクを助けていれば、彼が話しかけてくるはずだった。


(これはこれで、楽でいいですけど)


 料理をたくさん皿に盛って、ニフテリーザ家に用意されたテーブルへ戻る。


 ロディナ以外の者たちは、情報交換や交流を兼ねているのか、飲み物を片手に立って話していた。


 主役であるシルフの周りには、彼女が見えなくなるほどの人だかりができている。

 

(大変ですね。ご令嬢は。私も一応ご令嬢ですけど……)


 サナによると、彼女はこの場面でしか登場しないらしい。嫌な言い方をすれば、ロディナとヴァルクに出会いの場を提供するためだけに用意された登場人物、なのだそう。


(私たちの日常が物語になっているなんて、やはり実感が。ん、これ美味しい。……あれ? この料理、こんなに美味しかった?)


「ご歓談中に失礼いたします。こちら、シルフ様がお祝いしてくださる皆様のためにと作ったデザートにございます」


 大勢の使用人たちが、一人一人に小皿を手渡していく。


「チュルリでご確認のうえ、食していただいて構いません。合わないものはお取替えいたします」

 立って食べるわけにはいかないと、皆が席に着いた。


「エイレア、おかえり……?」

 

 隣の席に座った彼女は、小皿の上のデザートを凝視していた。


 茶色の固形物。つるりとした表面は、鈍い光沢を放っている。


 見慣れないデザートに、皆困惑しているらしい。会場はざわざわと騒がしかった。


「美味しさは、私が保証いたします。領では評判の菓子なのですよ。なぁシルフ」


 ガラモス公の登場に、水を打ったように静かになる。皆が一斉に、デザートをフォークで刺した。


「実はこちら、チョコレートを改良したものですの。皆様のお口に合えば嬉しいですわ」

 

(チョコレートは飲み物では? 地域によって、スパイスや砂糖が……とは本で読んだ気が)


 胸元に付けていた赤い宝石から妖精チュルリを呼び出す。問題がないことを確認し、固形のチョコレートを口に運ぶ。


 チュルリは、この世界では必需品とされる妖精だ。チュルリが宿るという宝石に自分の血を一滴垂らし、赤く染まれば契約成功。食品の毒の有無や、自分が食べられるものかどうかを判別してくれるようになる。


 鼻を抜ける香り、熱で溶けて広がるほのかな甘み。


「美味しいですね、エイレア」

「……え、はい! とても」


 先ほどから、彼女はどこかぎこちなかった。このチョコレートに見覚えがあるのかもしれない。

 

(これは、異なる世界の知識を用いて作られたもの? まさか、彼女も転生者)

 

 称賛の声が飛ぶ会場で、頬を染めるシルフを観察する。


 長い金色の髪、穏やかそうな薄紫色の目。おっとりとした性格なのか、全ての動作が緩やかだ。


「今日は、もう一つ良い知らせがあります。早すぎるとの声もおありかと思いますが、シルフの婚約者が決まりました」


 ガラモス公の言葉に、表情の強張った者がいた。自分の息子をと画策していたのかもしれない。


(私と同じ、十二歳でしたよね?)


「魔族が子供を攫う事件が頻繁していることは、ご存知でしょう? 先月の半ば、シルフを攫おうとする不届き者が現れました。我が愛娘を、幼い彼が救い出してくれた。彼以上に相応しい婚約者はいない!」


 ガラモス公が扉の向こうで待機していたらしい少年を呼んだ。


 青みがかった暗い灰色の癖のある髪。濁った黄緑色をした鋭い目。緊張した面持ちで、シルフの隣に少年が歩いてくる。


(ヴァルクさ……ま?)


 ロディナとサナは横目に視線を交わし、並んだ二人に驚嘆する。


「オスキロス家のヴァルク君です。この小さな体で、彼は魔族に立ち向かったと聞いています。大人でも敵わないような相手に一人で! 今日は、シルフを祝うだけでなく、彼の勇気も称えてやってほしい」


 祝福と喝采。ロディナとサナも、周りから浮かないように、笑顔で手を叩いた。


 硬い表情のまま頭を下げるヴァルクと、幸せそうに微笑んで徐に礼をするシルフ。


 顔を上げた彼女と、目が合った気がした。


 髪を整えるよう動かした右手を、シルフは頬に添える。


 一度目の人生でエイレアに成り代わっていたあの女の癖が、脳裏を掠めた。

 

(偶然だ。あれは、人を馬鹿にして、笑いを堪える仕草じゃない…はず)


 伏せた目を戻すと、またシルフと目が合う。


 彼女の浮かべた笑みに、周りの音が消えた。

 

 確かに彼女は、嗤ったのだ。一瞬、ほんの一瞬だけ、あの憎たらしい笑みを浮かべて。


(…………あぁ。あの女だ。お久しぶりですね。伯爵令嬢の次は、公爵令嬢の人生を奪ったのですか)

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