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017.『聖女と三つの毒』の世界

 シルフは一人、教室からペルレが出てくるのを待っていた。ヴァルクとカルミアと送迎役の使用人の三人には、聖女と話したいことがあると言って、図書館で待つよう伝えている。


(聖女じゃなくてよかった。人任せな同級生たちに「頑張ってね」とか無責任なこと言われたら、絶対殴りたくなる)


 担任教師の説明で、ペルレとアダラは休み時間のたびに他クラスの生徒にまで囲まれていた。放課後となった今では、リボンやネクタイの色が異なる生徒たちまで押しかけてきている。彼らは、安寧の崩壊が始まっていることに気づいてもいないらしい。


(あ、やっと終わったのね)


「ペルレさん、お疲れのところにごめんなさい。お話があるのだけれど」


 げっそりとした顔で出てきたペルレは、こちらの意図を察したのか力なく頷いた。


 カルミアに頼んで取っておいてもらった応接室の扉を施錠する。この会話を誰かに聞かれるわけにはいかない。


「防音魔法もばっちりね」


 シルフは言って、ソファに座る。


「えーと。ヴァルクのこと、だよね?」


(あら、察しが良いわね。話が早くて助かる)


「えぇ。私はヴァルク様を攻略しようと思っているの」


 シルフは自身の身分と、婚約していることを彼女に伝えた。禁術を使って婚約に漕ぎ着けたことは、もちろん伝えない。


「婚約したんなら、攻略したも同然だと思うけど」

「ヴァルク様の異変に、気がついたでしょう?」

「やっぱり昼食のときの見てたんだ。自覚は、してないと思う。この世界の設定だと婚約破棄って軽いものじゃないし、貴方は公爵令嬢なんでしょ?」

「でも不安だから手伝ってほしくて。貴方が狙っているキャラを教えてくれたら、もちろん私も協力するわ」


 ロディナには一度正体を見破られているため、正直近づきたくない。聖女に邪魔をしてもらえるのが一番だが、最低限ヴァルクとロディナの情報を提供してもらえればいい。


「…いないからいいよ」

「そんなはずないわ。言うのが恥ずかしいの?」

「だからできないって!」


 大声に、シルフは瞬きを繰り返す。


(できない? ……ふーん)


「じゃあなんで、乙女ゲームの転生体験を選んだの?」


 この世界は、ハコニワ社が用意した『聖女と三つの毒』という乙女ゲームを再現した仮想空間。他にも様々なジャンルがあり、現実の時間で約一ヶ月間、ゲームのキャラになって物語を楽しむことができる。巷では転生体験として話題を集め、どの仮想空間も順番待ちだ。


 聖女と三つの毒のプレイヤーの定員は十二名。事前のアンケートで、攻略したいキャラが被ることはないため、プレイヤー同士の争いは起こりにくい。ペルレとなった彼女も、このアンケートには答えたはず。無回答は受け付けられないため、誰かの名を絶対に書いている。


「好きなキャラを一目見たかっただけ。だから、誰かを攻略する気はないから安心して! でも……邪魔するのは嫌かな。他の人にも言われたけど、魔王を倒すまでの期間を延ばすのも嫌。ごめんね」

「…そう。こちらこそごめんなさい。貴方は気にするタイプなのね。私は、ゲームなら何人と付き合おうと構わないし、モブが魔物に苦しめられても問題ないって思うタイプなの。ゲームだからこそできる選択なのは、もちろん理解しているけれど」

「割り切れるタイプかぁ。あたしは無理だな。転生体験初めてだし、ここまでリアルだと思ってなかったから。ほら、感触とか。初めて魔物倒したとき、吐きそうになった」

「へぇ。…で? 本当に攻略したいのは誰? 攻略出来ないキャラ?」


 容赦なくシルフが切り込むと、ペルレは唇を尖らせた。


「だからいないって。しつこいなぁ」

「キャラに会いたいだけなら、乙女ゲームを選ぶとは思えないもの。あわよくばって、思ってるはず。事前アンケート、誰の名前を書いたの?」


 ようやく観念したのか、ペルレはモゴモゴと口を動かしている。


「………………おう、じ」


(おうじ。攻略対象に絞るならセルチドのミカエル王子かフィシンのレオナルド皇子。なぜか意外と人気キャラの黒幕は攻略対象外だし――…え、まさか)


 予想が当たっているのなら、この女は使える。シルフは内心ほくそ笑んだ。


「もしかして、ガカク王子?」


 シルフが言うと、彼女は小さく頷いた。


「この転生体験ゲームなら、攻略できるものね!」

「いや、攻略する気はないよ」

「どうして? 誰も成功していないから? 流刑にされたとか、牢に放り込まれた人はいるらしいわね。慌ててログアウトしたって聞いたわ。裁きの精霊を連れた相手に、犯罪行為で婚約を目論むって、馬鹿すぎて笑っちゃったけど」

「らしいね。あたしは、自分とキャラの恋愛が解釈違いっていうか。一目会えるだけでよかったの。でもさ、魔王城探し手伝ってくれるって聞いたときはもう、嬉しかったんだけど、一緒に冒険行ってくれないかな……とも思っちゃって」

「城探しを手伝う? 黒幕が勇者に勧誘されてたの!?」


(悪女と黒幕の組み合わせは不味かった? 展開が読めなくなるのは困る)


 シルフが驚いていると、ペルレは不機嫌な顔つきになる。


「黒幕って言うのやめて。あたしはあの説、信じてないから。もしかして貴方だったりする? クー様とロディナ様婚約させたの!」


(クー様ってなに。気色悪いな…。それにロディナ()って……悪役好きとか信じらんない。趣味悪すぎでしょ)


「私は無理よ。あの婚約は教会が動いて決まったらしいから。身分格差の改革の象徴にしたいんですって」

「教会が? じゃあ、あの二人って無理やり婚約させられたの!」

「そうらしいわ。教会キャラのプレイヤーが邪魔されないようにって婚約させたんじゃないかしら?」


 ロディナは、この世界のもととなったゲームにおいて、どのキャラクターを攻略しても邪魔者として登場する。選択肢を間違って親愛度が足りないと、狙っていたキャラクターはロディナと結婚してしまうという最悪の仕様だ。


 攻略情報を見ずにコンプリートを狙っていたシルフも、おかげで何度見たくもない結婚式を見るはめになった。


「あー…そっか。ロディナ様を悪女って言う人もいるもんね。あたしは、一生懸命で芯のある強い女性って好きなんだけどな」


(は、馬鹿なの? 男に媚び売って幸せになるために決まってるでしょ。教会のおかげで養子になれただけで、あの女は能力を提示するしか道がないのよ)


 合わない。そう思いながらも、シルフは彼女を利用するために言葉を尽くす。


「好きなキャラたちが婚約したからって、貴方は諦めるつもりなの? 私でよければ手伝うけど」

「解釈違いだって言ったじゃん。それに本編では見れない組み合わせだし、案外お似合いだなって。関係の変化を見守るのも楽しそう」


(良い子ぶるなよ。どうせゲームでは逆ハーエンドとかやったくせに。聖女が婚約者を奪ったら、魔王討伐どころじゃなくなるだろ? だから本心に従って動けよ! 何が解釈違いだボケ)


 内心で罵りながら、シルフは眉尻を下げた。


「ガカク王子が悪い人だったら、ロディナは不幸になってしまわない?」

「……。あのさぁ」


 ペルレは力強く言って立ち上がり、呆れたような表情でシルフを見下ろす。


「ごめんなさい。不快に」

「本編で明言されてない黒幕説信じるのは勝手だけどさ、貴方…さっきからごめんって思ってないよね? あたしを利用して何かさせようとしか考えてない。あと、なんでそんなに必死なの? 汚い手を使って婚約したから、愛されてる自信がないんでしょ!」


 本当に察しが良いのね。そんな感想を通り越して、シルフの脳内が怒りに染まる。


(うるせぇな! 金をドブに捨てたのにも気づかず、強がりやがって。お前は最推しがイチャついてるのを指くわえて見てろバカ女! あー作戦変更。この女は使わない)


 ふーっと大きく息を吐いて、シルフは顔を上げた。


「うざ。邪魔をしたくないなんて言って、このゲームをプレイしている時点で同類じゃん。原作を壊してるんだから、違う?」


 ペルレの表情が歪むのを見て、シルフはせせら笑って立ち上がる。


「そんなこと――」

「下心もあるよね? 一緒に冒険したいんでしょ? 黒幕と冒険とか、他のプレイヤーに迷惑かけると思うけど、それは邪魔じゃないの? 皆、お金払ってプレイしてるんだけど。魔物退治も向いてなさそうだし、ログアウトして返金してもらえば? 心折れて迷惑かける前に。あ、もしかして魔王討伐までの時間を延ばしてくれようとしているの? だったらありがとう。その調子で頑張って」


 口をぎゅっとすぼめて涙を堪える姿に、噴き出してしまいそうになった。


(あーあ。時間無駄にした。聖女が使えたら便利だったのに。あとのプレイヤーは誰になってるんだろ? エイレアは評判悪いから除外したって運営が言ってたし……)


 シルフは震える彼女を置いて、次の作戦を練りながら図書館へ向かった。

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