015.勇者の勧誘
目立ってしまうことは、王太子の婚約者となった以上、覚悟していた。物語の主要な登場人物から情報を得ることも、現状を把握するうえで必要なのは理解している。
特に勇者と聖女は重要だ。彼らが魔王を倒したひと月後、ロディナは再び八歳に戻る。動きを知っておくことに越したことはない。
彼らの邪魔をして時間を稼ぐという方法もあるが、ロディナの動ける時間が長くなるということは、魔族や魔物に苦しめられる人々が増えるということ。自身の都合で行っていい策ではない。
協力はできないが応援する。勇者と聖女とは、〝ただの同級生〟が理想だった。
(殿下とアダラさんが友人だなんて……)
ロディナの隣にガカク、正面にはペルレとアダラ。お説教を終えて、四人でようやく昼食をとっていた。
食堂では日替わりで三種の食事が提供されているらしく、ロディナはデザートのついたものを選んだ。
「アダラは、殿下とどこで知り合ったの?」
「初めて会ったのは、セルチドだな」
「セルチドって女神教会の」
「そ。俺とガカクはさ、契約友達なんだよ」
「契約友達って何? 友達か友達じゃないかどっちなの?」
スープを飲む手を止めて、ペルレが眉根を寄せる。
(降誕祭で知り合った友人だと……。物語にはそんな設定はなかったようですが)
随分と言葉が足りないなと思いながら、ロディナはパンを齧った。
「友達だけど? 俺は力の精霊と契約してて、ガカクは裁き」
肉を豪快に頬張りながら要領を得ない説明を続けるアダラに、ガカクは説明を付け足す。
「年に一度、セルチド王国で行われる女神降誕祭に、精霊の契約者は出席することになっている。僕とアダラはそこで知り合った」
「な、なるほど…降誕祭。殿下、ありがとうございます。ようやく理解できました」
「色んな種族が住む国って聞いてたのに、すげー居心地悪かった。ガカクいなかったら帰ってたと思う」
「そんなに酷かったんだ。まぁ、国同士が仲悪いもんね」
「…その、アダラさんは帝国出身なのですか?」
知ってはいるが尋ねないわけにもいかず、ロディナは口を挿んだ。
「あ、ロディナは知らないよな。正確には、帝国に負けた小国の出身だ。ほんと、散々だったな。あんときは言い返してくれて助かったよ、ガカク」
「僕も不快だったからな。気にしなくていい」
「こっちの皇子たちも見習ってほしいぜ。派閥争いしてないでさ」
原作にはなかった繋がり。ペルレも少し驚いた表情で、二人を交互に見ている。
(ペルレさんは転生者確定ですね。降誕祭は原作に描写がなく、この反応は理解していないご様子。偽シルフと違って、善人であることを祈りた…この野菜不味い)
あまりの苦みに歯を食いしばっていると、隣の王子が思い出したくもない悪目立ちを掘り返した。
「ところで二人は、どういった用件で二度も呼び出しを?」
「一回はガカクが起きなかったからだろ! ロディナ困ってたんだぞ」
「僕が悪かったのか…。仕事が昨日に集中してしまってな。申し訳ない」
「殿下は謝らなくていいんですよ。アダラが魔法を許可なく使ったからでしょ! ねぇ、ロディナ様」
話を振られるとは思わず、肯定を返すか逡巡する。
「えっと。ガカク殿下が眠くなってしまったのは、きっと私が無理を言ったせいでもあるので。アダラさんも私を思っての行動ですし、一概に責めることは」
(あれ? 静かになって)
正面の二人から驚きを向けられ、隣の男は嫌な笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ロディナ嬢。心配とはいえ、無理は禁物だな」
「こちらこそ? 私のために色々とありがとうございます」
「なぁ、ペルレ。おめでとうで良かったんじゃねーの」
「…そうみたいね」
(しまった……仲良し認定された。いや、いいのか。仲が悪いと教会関係者が……。なぜでしょう、屈辱的)
「おめでとうとは?」
「あ、ガカクに言ってなかった。婚約おめでとう」
「ありがとう。ようやく父上に小言を言われなくて済む」
「ヤベェのしか寄ってこないから断ってるのにな。俺も精霊と契約してから変なのが寄ってきてさ、ようやく貴族の気持ちが理解できた」
「契約者って、やっぱり大変なんだね」
「ペルレも今日から大変だぞ。聖女様になっちまったんだから。力と権力を求めた男がわらわらと」
「やめてよ。考えないようにしてたのに。それに食堂で言わないで」
「皆には昼休憩が終わったら知らせるって言ってただろ。大司教のおっさん」
聖女という単語を聞き取った周り生徒たちが、耳をそばだてているのがわかる。
聖女になれるのは、蘇生魔法が使用できる者。蘇生魔法は運命の輪から外れた死、つまり魔物や人に理不尽に殺された人間を生き返らせることができる。権力者ならば誰もが手に入れたい魔法だ。
「そうか。大司教様の呼び出しか。つまりアダラは」
「『君は勇者だ。聖女と共に仲間を集めて魔王を倒すのだ!』だってよ。なんで俺とペルレに押しつけんだよ。俺だって魔族のやり方が気に入らねぇとは思ったことあるけど、神託とか言うなら、色々教えてもらって和平を結べよって思ったね」
「確かに。それにさ、強い人集めて皆でやっつければいいのにね」
「それは難しいだろうな。大勢が動けば、向こうも形振り構わず虐殺を始める。魔族と繋がりのある貴族もいるだろうから、世界中が大混乱だ。となると、少数での奇襲が望ましい」
ガカクの言葉にペルレは複雑な表情を浮かべる。この男の黒幕説を信じているのかもしれない。
「ガカクも一緒に来てくれよ。暇なときか、サボる理由に使ってくれてもいいからさ」
アダラの誘いに、ペルレや聞こえていた他の転生者たちは驚いたはずだ。物語ではまずあり得ない展開であり、彼は断れない。嘘でも協力すると言っておかないと、王族としても黒幕としても不味いことになる。
「わかった。討伐への参加は難しいが、魔王城の位置を特定するための情報を提供しよう」
「やりぃ! 早速強力な仲間ができたな、ペルレ!」
「ガカク殿下忙しすぎるじゃん! えっと、無理は禁物だと仰ってたじゃありませんか。公務に学校、ゲラノスの領主としての仕事もおありですよね?」
ペルレは不穏分子を仲間に加えたくないらしい。ガカクの都合で嘘の情報に踊らされることも考えると、気持ちはわかる。
「ペルレ嬢もありがとう。仕事のついでにできる範囲だから、心配には及ばない」
「なら、いいのですが……」
明らかに落胆した声に続いたのは、アダラによる最悪な提案だった。
「ロディナもどうだ?」
「え?」
驚きのあまり声が裏返る。
「ロディナ様が仲間になってくれるのは、あたしも嬉しいかも」
(今日が初対面なのに? ペルレさんはサナさんと同じ、好意的に思ってくれているタイプの転生者? それとも、能力を知っているから仲間に加えようと? どちらにせよ……どう断ろう。足手纏いだと、この学園に入学できたのだから説得力に欠け――)
「その後ろ姿! 魔法試験のときのっ!」
唐突な男の大声には、聞き覚えがあった。ロディナの両肩に乗った手。正面の二人が見上げる先には、これまた面倒な人が立っているらしい。本人の都合か、クラスでの自己紹介に参加できなかった男。
「お前、いきなりなんだよ。吃驚してんだろ」
「失礼した! 私はヴァルク・オスキロス。お嬢さんのお名前は? あの風魔法のコツを、ご教授願いたいのだが」
後頭部に向かって話している彼の勢いに、アダラとペルレが引いている。二人の少し向こうに座っていたシルフが、恐ろしい顔をしているのが見えた。
(ヴァルク様は、こういう御方でしたね。強くなるためなら、誰にでも教えを乞う。相手が元孤児であっても)
ロディナは名乗るために、後ろの男を見上げる。するとなぜか、ヴァルクの目が泳ぎ始めた。
ペルレは頭を抱えて下を向き、アダラはヴァルクを睨みつけている。
「座ったままで申し訳ありません。ロディナ・ニフテリーザと申します」
「……に、ニフテリーザ嬢、か。ん? まさか、奴の」
「奴とは私のことか、ヴァルク殿。婚約者を困らせないでいただきたい」
ガカクを認識した瞬間、ヴァルクの表情が怒りに染まった。
「なぜ貴様が、学園にいるのだぁぁぁ!」
サナの本には、ガカクとヴァルクは知人だと書いてある。仲が悪いと付け加えなくてはならないらしい。
(私は、確実にクラスで浮いた存在になりますね)
ロディナは確信して、ヴァルクの怒鳴り声を背にデザートを食べ始めた。




