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001.婚約破棄はいたしません!

(悪女には、この王太子様がお似合い……ということですか)


 黒いドレスに身を包んだロディナは、大窓から差し込む光を浴びてキラキラと輝く白い髪を横目に見る。


 朗々と誓いの言葉を述べる婚約者の横顔は、相変わらず何を考えているのか全く読めない。望まぬ婚約であるはずなのに、どこか楽しそうにも見えた。


 現実を再確認して、ロディナは視線を戻す。


 女神像の向こうには、晴れ渡った青空。アレクトン王国王都の大聖堂では、婚約式が行われていた。


 式の主役と聖職者だけが着用を許されている黒。『お前には不相応だ』と言わんばかりの視線を背中に感じながら、ロディナは主祭壇の前に立っている。


 アレクトンでは女神の教えが広く信じられており、女神教において黒は神聖な色。式の参列者は信仰が異なる場を除いて、黒を身に着けてはならない決まりがある。


 王家側の席に並ぶ黒い衣服も、それを咎めもしない教会の人間も、この婚約式の異質さを物語っていた。


 居心地の悪さに渋面で宣誓書に視線を落としたところで、ロディナは慌てて顔を上げる。自身の出番が、すぐそこまで迫っていた。


「――ことを、誓います。わたくし、ガカク・アレクトンと」

「ロディナ・ニフテリーザは」

「「両家の出席者を証人とし、婚約いたします」」


 女神像だけが笑みを湛えて見守るなか、最後は二人で宣誓書を読み上げる。


 拍手が送られるわけもなく、教会内は静まり返った。


 中央通路を隔てて並ぶ両家の面々は、暗い顔や険しい表情のまま立ち上がった。教会の人間に見送られ、粛々とこの場を後にする。


 反響する靴音が止み、扉が閉まる鈍い音。 


 ロディナは亜麻色の三つ編みを揺らし、会衆席を見た。二人きりとなった教会内で、そっと息を吐く。


(このあとは確か、女神様に祈りを捧げる時間……でしたっけ?)


 自分より少し背の高い彼の樣子を窺っていると、振り返ろうとした翡翠色がこちらの視線に気づいた。


「ロディナ嬢、申し訳ない。父上と母上が欠席とはいえ、ここまで幼稚なことをするのは想定外だった。ニフテリーザ家の皆様への謝罪は、日を改めてにさせてほしい」


 ガカクは、げんなりした様子で扉を一瞥する。


「殿下が謝罪なさる必要はございません。こちらはあらかじめ、仔細を伺っていましたので」

 

 王太子と元孤児。ロディナが伯爵家の養子とはいえ、歴史的に類を見ない婚約だった。


 女神教会側から『我々が理想とする格差なき世界への第一歩となる二人』という、取ってつけたような理由を熱弁されて決まったらしい。適当な理由で婚約を決められるほど、教会は絶対的な力を持っていた。


 王家は思惑があるとわかっていても、頷くしかない。式での行動は、教会の断行に抗うためのものだったのだろう。


「ロディナ嬢は頼もしいな。私など、教会への謝罪が上手くいくか今から不安だ。……はぁ、なぜあんな真似を」


 眉をひそめる彼に、ロディナは『嘘を吐くな』と心中で叫ぶ。


(揉め事が起きて、あわよくば式が中止になればいいと思っていましたよね?)


 黒の着用は、教会側の指示に従わなかった場合、貴族であっても厳格に処罰される。おそらく式の進行を優先して見逃されたが、安易に取っていい手段ではない。


 何も知らなかった(てい)を装っているが、全て彼の指示なのではないかとロディナは疑っている。


「ん? 随分と表情が険し」

「殿下、式を終わらせてしまいましょう。謝罪なさるのであれば、早いほうがよろしいかと」

「……私を、心配してくれているのだろうか?」


 遮ったにもかかわらず目を輝かせる彼を無視して、女神像のほうを向いた。


「言うのは野暮だったな。気が利かず申し訳ない。心配されたのは、久方ぶりのことでな」


(もしかして、恥ずかしがっていると思われた?)


 とんでもない勘違いをされたと、困惑のまま右隣を見る。


 ガカクは、声色とは裏腹に真剣な表情をしていた。一瞬、驚きで体が強張る。


「お返しに、もう一度尋ねておこう。私と婚約すると、常に周りを疑い続けることになる。人の目があるかぎり、言動にも気を配らねばならない。今ならばまだ、婚約から逃げる機会を用意できるが、どうだろう?」


 『破棄に持ち込みたい』が透けて見える問いに、ロディナは思わず顔をしかめた。


 破棄にしたい王家、結婚させたい教会。各々の思惑がある貴族たち。考えるだけで、目眩がするような世界に飛び込もうとしているのはわかっている。それでも、破棄を選ぶつもりはなかった。


「殿下のお心遣いは、大変有り難く存じます。ですが、婚約破棄はいたしません。覚悟はできています」


 目を瞬かせる彼と、暫し見つめ合う。


(今回で、この理不尽な繰り返しを終わらせる。……あの女の思惑通りに進んでいるのは、やはり業腹ですが)


 怒りのまま、ただでさえ鋭い空色の目を細めた。


 諦めたように小さく息をついた彼は、僅かに口角を上げる。


「…わかった。ではあの日の約束通り、共に婚約を仕組んだ者を見つけよう」


 柔らかい声で言って、ガカクは右手を差し出した。一旦、諦めてくれるらしい。


「よろしくお願いいたします。微力ながら、精一杯尽力いたします」


 この日、ロディナは()()()、黒幕の婚約者となった。

たくさんある作品のなかから、お読みいただきありがとうございます。

あらすじの内容と恋愛にたどり着くまで少々かかりますが、お付き合いいただけると幸いです。

9/19:投稿するデータを間違えてしまっていたので、6日の内容と差し替えてあります。

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