30.町を去る女
二か月ほど経ち、ポイントヒルに活気が戻り始めていた。それでもマッケンジー家を始めとする町の名士と呼ばれた者たちは、ほとんどがポイントヒルに戻らなかった。
ヘザーは町の外で見つけた弁護士を雇い、全ての事業を取り仕切っていた当主アンドリュー・マッケンジーとの交渉を進めた。交渉は意外なほど早く終わった。
マッケンジー家はすでに別の都市を新たな拠点とし、製鉄業を営み始めていた。脱出のために置いて行かざるを得なかった、息子ニコラスの遺体を彼らの元へ送り届ける事を条件に、ヘザーはマッケンジー家が携わっていたポイントヒルでの全ての事業を譲り受ける事となった。
彼女は精力的に動き続けた。
いちどクレイトン社の人間が町に現れた。失踪した経営者を捜索しに来たのだったが、ダニエルの死にまつわる事情を知る住民は誰ひとり真実を話すことはなく、彼は諦めて帰っていった。
結局のところ、ダニエル・クレイトンは列車襲撃のあと行方不明になったままという記事が新聞に載ったきり、真相はクレイトン社の誰も知らないままとなった。
カーラはダニエルの会社には興味を持たなかった。戻るつもりはないという。当然だった。
私はこの間、戦いで受けた傷が充分に回復してきたので、町の中を出歩くようになっていた。
初めて私が来た頃は、ならず者を恐れて皆が息を潜めるように暮らしていた。今は違う。様々な人が表に出て活発に行き交っている。元からの住民たちに加え、働き口を探しに新しくやって来た人々が町に住むようになった。彼らの間はヘザーが上手く取り持っている。彼女はすでに町の顔役といっていい存在になっていた。
きちんとした医者が町に住み始めたことも大きかった。そのおかげで、ヘザーは自らの事業に注力することができるようになった。ならず者どもに占領されていた時期のポイントヒルでは、彼女とマリアがどうにか医者の代わりを担っていたのだ。ただ、これまで通りヘザーに診てほしいと頼む者がいれば、彼女は決して断らなかった。
ヘザーに乞われ、私は保安官ではないものの、町に目を光らせる仕事を一時的に請け負った。ただ、する事といえばたまに酒場で起きた喧嘩を仲裁するくらいで、ほぼ何もせずに済んでいた。生まれ変わった町でヘザーが発揮する手際の良さと、この辺りにいるならず者が一掃された事のおかげだろう。
空いた時間で、私は娼館を出たヴィクトリアに銃の扱いを教えていた。彼女は保安官になりたがっていた。そのためには銃を最低限扱えるようにしなければならない。
彼女には意欲も根気もあった。馬の乗り方は私ではなく、厩舎のエミリオに教わっていた。今では名人のヘザーに及ばずとも、馬との相性の良さが判明し、ときおり町の外で気ままに馬を走らせている。
ヘザーやヴィクトリア同様、娼館の女たちは大半が身を売る稼業をやめて、それぞれの道を歩み始めた。
パンを焼いて売り始めたパティに触発されて、アンヘラはパン屋の向かいに雑貨店を構えた。生来の人たらしでもあった彼女の店はポイントヒルでも一、二を争う人気店となった。
ある日キャスリーンとアイリスは旅先から手紙を送ってきた。旅行記を出版する目論見は問題なく進んでいて、いずれ本の第一弾をヘザーのところにも届けさせる、といった内容の手紙だった。彼女らに読み書きを教えたマリアへの感謝が追伸に綴られていた。
フランソワーズは新しくエマと名乗り、たまたま町に流れ着いた解放奴隷の男と派手な恋愛劇を繰り広げた。騒動を経た二人は町はずれの土地を開墾し、家を建てて暮らしている。二人とも子供好きで、ヘザーが訪れるときは必ず息子を連れて行った。
ヴィクトリアと同郷の黒髪のリンは、生まれ育った故郷を一目見るために海を越える計画を立てている。
娼館に残ったのはマーガレットとスージーの二人だけだった。二人は得た資金を使って娼館を改装し、主に宿泊用の宿としても使えるよう生まれ変わらせた。マリアの遺品であるナイフは玄関ホールの目立つ場所に飾られている。
新たに町の外からやって来た娼婦もいたが、マリアの意思を継いだヘザーは受け入れに難色を示した。元々、娼館を経営していたマリアは彼女らが別の道を選べるような手段を模索していた、とヘザーはあるとき言った。
話し合いのあと、幾人かはパティやアンヘラが店員として雇い、結局、ルビーという一人だけが新顔の娼婦として仲間入りすることになった。
ハンスは用心棒を続けている。相変わらず、無表情で玄関ホールを守っていた。
日陰で昼寝中の私を、ルビーが呼びに来た。ルビーは恐る恐る私に声を掛けると、用事は済んだとばかりに元娼館の宿屋へと小走りで去っていった。
私は外に出していた椅子から立ち上がり、ヴィクトリアとエミリオが厩舎の脇で飼い始めた鶏に餌をやっているのを見ながら、ポイントヒルの大通りを北に向かった。
中心部の十字路に差し掛かると、今はヘザー商会の建物として使われている旧マッケンジー邸のバルコニーで、外の空気を吸いに出てきたヘザーを見かけた。彼女は私と目が合い、会釈した。軽く手を挙げて挨拶を返すと、彼女はすぐ秘書に呼ばれて中へ戻っていった。
ヘザーは町の事業を復活させる仕事が一段落した頃から、新たな移住者と共に増えた子供たちのための学校を建てる計画を進めていた。必要であれば子供でなくても生徒として受け入れるようにしたいと彼女は言った。
すでに建てる場所は決まっていて、そこでは運び込まれた木材が職人によって組み上げられ、完成形となる外観は見えないまでも建物の骨組みが出来上がっていた。頃合いを見て、教師を呼び寄せる予定だという。
さらに道を行き、教会を望む町の北側に出た。私が呼ばれたのは、あるものが完成したからだった。教会の横を通り過ぎて、ポイントヒル塩田を見下ろす小さな丘の頂上で私は足を止めた。塩田の全体を見渡せる丘の上に、石碑が立っていた。滑らかな石材の表面にしっかり刻み込まれた文字を見る。
わが姉ミシェル・クレマンをしのんで
星とは孤独 誰も知らず 友よ別離の旅路にて骨朽ちるまで
新月の輝きは灰のごとく 水面のごとく
私を抱きしめ眠らせる
カーラ・クレマンと有志より 1875
ミシェルの墓の代わりにと、カーラが腕の良い石工に注文して作らせたものだった。出来が良い。これならカーラも満足するだろう。注文通りに、いやそれ以上に、美しい仕上がりだ。
石碑を見つめていると、後ろで声がした。
「綺麗に出来上がったね」
カーラだった。
「戻って来たのか。ちょうど今日完成したところだ」
「そうみたいだね。聞いたよ」
カーラは私より前に進み出て、手に携えていた一輪の白い花を石碑の上に捧げ乗せた。
「それで、どうだった」
彼女はここ数日、ポイントヒルを離れていた。
黄金の刀は私たちに力と波乱をもたらした。その刀を発見した洞窟を調べに行っていたのだ。
「大丈夫だと思う。私以外、誰かが中に入った痕跡はなかったし。洞窟で刀の近くに怪しい隕石があったの言ったよね? 粉々に砕けて塵になっていたよ。あれが“三角星の加護”の本体だったのかな……刀が力を失ってボロボロになったのと同じ感じで、単なる塵になったみたいだった」
三角星の方角から落下した隕石は、呪われた力を黄金の刀に媒介したのだろう。役目を終えて刀と共に塵と化したようだ。
カーラは続ける。
「私が刀を見つけたときと違っておかしなものは何も感じ取らなかったわけだけど、念のために洞窟の入り口を塞いできた。また何かあったら良くないからね。他に特筆すべきものは何も」
「そうか……これ以上、何もないといいが」
「大丈夫だよ」
カーラは私を安心させるように言うと、姉ミシェルのための石碑に満足した様子で、大きく伸びをした。
「彼女はどう? 準備できてる?」
カーラの言う彼女とは元娼婦のリンの事だった。カーラは私が回復し、町の復興を見届けたあと、自由の身で海を見に行く予定を立てていた。そしてリンが故郷に戻るため遠くの大きな港町へ向かおうとしている話を偶然聞きつけて、無償で用心棒役を買って出たのだ。
実際、一人旅は危険だ。何があってもカーラがいれば心強いだろう。
「ああ、お前さんが戻ってくるのを心待ちにしていたよ」
「じゃあ急ごう」
石碑の向こうに広がる塩田を一瞥し、カーラは身を翻した。
「もう行くのか」
町の中心へ戻る道を歩きながら、私たちは話した。
「そうだね。もう私がここに居る理由はなくなったから」
確かにカーラが調査から戻り次第リンと二人で出発することになっていたが、気が早い。だがカーラ・クレマンはそういう女だ。もともと一つの場所に留まり続ける柄ではないということは私ももう分かっている。
「でも、たまには姉さんのためにこの町に立ち寄るかな。シェイナ・グリーンはどうするか決めたの?」
「まだだ。もう少し、考える」
アンヘラの店で休んでいたリンと合流し、二人は出発の最後の準備を整えた。厩舎に立ち寄り、旅を共にする馬を連れ出す。荷物の確認を済ませて、町の出口まで移動した。
二人の旅立ちを見届けに、アンヘラとヴィクトリアが来ていた。リンたちは静かに別れを告げ、互いに軽く抱きしめ合った。
「達者でな」
一言だけ私はカーラに告げた。他にかける言葉はいらない。カーラは黙って頷いた。
カーラとリンは馬に乗り、二人は西へ旅立った。
一晩明けて、早起きした私は再びミシェルの石碑の前に立った。
「ミシェル。君の妹は町を出たよ」
沈黙する石碑の前で語りかける。返事はあるはずもないが、そんなことは分かりきっている。
「あいつは私の命を取らずに置いて行った。だから、私は拾った命の使い道を見つけに行こうと思う。いいだろう?」
カーラを見送ったあと、夜眠り、朝起きたときにはすでに決意が固まっていた。
ヘザーに決心を伝えに行くと、彼女は寂しそうな表情で、こう言った。
「もう行くんですか」
私がカーラに言った言葉と同じだ、と思った。
ヘザーは旧マッケンジー邸で彼女が寝起きしている部屋の鏡台に向かって、鏡越しに話した。
「ポイントヒルに、ずっと住んでもらっても良いんですよ」
「ありがたい話だが、断らせてもらうよ。これ以上この町に居座るのは、相応しくないと思う。私には居心地が良すぎるんだ。それに私の代わりもいることだしな」
「残念ですが……そこまで仰るなら、引き留めません」
「悪いな。あんたのもてなしには感謝している。本当にな」
建物を出ると、強い日差しが私を出迎えた。帽子を深く被り直して、厩舎に預けていた馬を引き取りに行く。
エミリオに出発を伝えた。彼は、引き留めるような顔で一瞬何か言おうとし、ただ「分かりました」とだけ言った。
「見送りは要らない。代わりにヴィクトリアのやつに伝えておいてくれ。お前さんの度胸と腕はとっくに一人前だが、己を過信するな、とな」
「はい」
「彼女を支えてやれ」
エミリオは深く頷いた。ヴィクトリアはもし保安官になれたなら、エミリオとハンスを助手にすると言っていた。この二人ならば充分に彼女の助けになれるだろう。栄え始めた町の安全と平和を守るのは容易くないが、きっとやれるはずだ。
私は一人でポイントヒルの町を出た。行き先は決まっていないが、南に向かい、国境を越えようと思う。私を必要とする場がどこかに存在するかもしれない。己の命はまだ捨てない。生きて活用できる方法を探しに行く。
今度こそ、ただのシェイナ・グリーンとして。




