23.秘密の協力者たち
太陽の眩しさに目を伏せながら、女と男の二人組が馬に棺を運ばせてマッケンジー邸に向かっていた。男の方が若く姉弟にも見える二人組は、どちらも、やや緊張した面持ちで何も言わず、黙々と誰もいない通りを歩いている。ポイントヒルの住人たちは恐れを抱き、家々の中に引きこもっている。
馬の蹄が地面を叩く音だけが静かな通りに響くなか、二人は目的地の手前まで来た。大きな神殿風の建物と、バルコニーから吊り下げられた女の死体が見える。
敷地の門前で見張りをしていたジョーの手下は二人とも姿を消していた。そのうち片方はカーラ・クレマンがすでに殺したのだった。
マッケンジー邸に相対した客人たちはそのまま誰もいないように見える大理石の建造物に入り、広々としたホールで馬ごと停止した。入り口はずっと開け放たれていたので、銀行として使われていたホールは土埃やいつ入り込んだのか分からない枯れ葉などの数々で汚れていた。そして人を呼ぶ。
二人が少し待つと、奥の大階段で一人の男が姿を現した。二人を迎えたのはダニエル・クレイトンだった。手下は近くに連れていない。
ダニエルは馬を連れた客人たちの様子を観察しながら、「どんな用件だい、お二人さん」と声を掛けた。
女が――ヘザーが、口を開く。一緒にいるのは馬小屋のエミリオだった。
「この屋敷の持ち主が隠していった置き土産です。私たちが墓地で見つけました」
「置き土産」
ダニエルは表情を変えない。しかし、その視線は確実に、馬に括り付けられた棺へと注がれていた。
「誰から聞いた」
マッケンジー家の隠し財産の存在を誰から聞いたのか。その置き土産の内容。ダニエルが手下に探させていたという事。
誰から聞いた? どうとでも取れる言葉に、ヘザーは答える。
「あの一族がここを去ったとき、保安官にだけ置いていく財産の在り処を知らせていった事は町の皆が知っています」
「保安官……昨日死んだ男だな。確かにその棺、普通のものではないようだ」
ダニエルはそう言って、棺に付いている錠前を指した。棺桶の蓋は錠前によって閉じられていた。
大階段の踊り場に立つダニエル・クレイトンが棺に興味を持つのを見て、すかさず土の付いた棺を軽く叩きながらエミリオが言った。
「差し上げます」
「ほう、殊勝なことだな」
ゆっくりと階段を降りてくる。
「鍵はどうした」
よく見ると、ダニエルの腰には拳銃が差さっていた。
二人とも丸腰で、エミリオはヘザーの横に立っていた。緊張して馬の手綱をよりいっそう強く握る。保安官がいなくなった町で銃を持った悪人の前に立つ事がどういう事かを考え、エミリオは深い谷底を望む崖の真上に立たされた気分だった。
「鍵はありませんでした」
ヘザーが答える。
「中身は見ていないのか。すると、死体が入っているかもしれないのだな」
エミリオとヘザーは目を合わせた。死体以上のものが入っている。
「まあいいだろう。もし、私の満足いくものがそれに入っていた場合の話だが……見返りが欲しいのだろう? わざわざここまで来たわけを言ってみろ」
隠し切れない緊張が入り混じった声で、ヘザーは要求した。
「マリアさんの遺体を返して下さい。それと、私たちの安全を」
「お前たちには悪い事をしたな。よし、決まりだ」
ダニエルは上機嫌に、黒い手袋を嵌めた手をゆっくりと合わせ、軽く拍手するような仕草をする。
「分かっているとは思うが、他言は無用だぞ」
彼は広間の奥の方まで馬を連れてこさせた。片側が壊れかけている両開きのドアの手前で、彼はエミリオの手を借りて馬から棺を下ろし、ドアから続く暗い階段に棺ごと二人の贈り物を引っ張り込む。
ヘザーと馬はドアの手前に取り残された。
「尋ねたい事がある」
棺を地下室に運ぶ途中、ダニエルが急に立ち止まって声を発したので、ヘザーはびくりとした。心細さから馬に身を寄せようとしたところだった。
「グレゴリーとオリヴィアを見なかったか。片方は片目の男だ。昨日から戻らないのだが……」
「いえ、見ませんでした」
ダニエルは「そうか」とだけ言い、地下室に棺桶をしまい込んだ。
小さな息子の顔が胸の内に浮かぶ。早く娼館に戻って我が子の顔を見たい、とヘザーは思った。
ダニエルを手伝っていたエミリオが上がってくる。心配そうに地下室の方を振り返ったあと、そこからダニエル・クレイトンが顔を出した。
「お二人さん、もう帰っていいぞ。約束の礼は後でな……ポイントヒルの塩田だが、いずれ再開させるつもりだ。私はそろそろこの町を去るが、代わりにクレイトン社から人員を送る。客が増えるだろう」
彼は手をひらひらさせた。
ダニエル・クレイトンに地下室から見送られ、二人は邸宅の外へ馬を連れ出した。
十字路の角で大きく口を開ける正面入り口から出て、マッケンジー邸の脇に回り込む。マリアが吊り下げられたままになっているバルコニーを二人は見上げた。
馬が、そのシルエットを変化させた。
棺を運んだ馬はカーラ・クレマンが変身した姿だった。片目のグレゴリーが死んだので、彼女は同様の力を使えるようになっていた。
カーラは振り返り、道の先の物陰を見た。先に回り込んで隠れていたヴィクトリアが包みを持って姿を見せた。左手を向けると、包みはカーラの手元に瞬間移動した。三人にはカーラ自身の力のことを事前に明かしていた。
包みはカーラが着ていた上着で、中には黄金の刀が入っていた。裸のカーラは上着を羽織り、刀を持つ。
「行ってくるから。二人は安全な場所に」
ヘザーとエミリオに声を掛け、カーラは壁面の彫刻を足掛かりに建物の外側をよじ登り始めた。マッケンジー邸にはすでに一度侵入している。彼女にとっては容易い道程だった。
バルコニーの下側を回り込み、こじ開けられたままになっている二階の窓から屋内に入っていく。向かう先は執務室だ。岩塩のレリーフを横目に通り過ぎ、泥だらけの廊下を曲がると、執務室の入り口が見えてくる。
今やダニエル・クレイトンの手下はただ一人だけとなっていた。ジョーからでくの坊と呼ばれていた男は、執務室の中でカーラ・クレマンがやって来るのを待っていた。
「約束通りに来たようだな」
カーラが部屋に入るのを見つつ、でくの坊が話しかける。
「聞いた話と違う」
「何がだ」
「あなたの主は今、別の贈り物に夢中のようだけど」
彼がジョーを探すため娼館まで来たとき、カーラはダニエルに直接会いに来るように、と伝えられていた。ならばここで待っているのはダニエル・クレイトンであるべきだ。
カーラは目の前のでくの坊の腰をそれとなく一瞥した。拳銃はそこになかった。昨日、彼女が銃を取り上げた時のままだった。念のために、死んだオリヴィアの力――透視を用いて注意深く観察した。やはり、丸腰。
下の階でダニエルが拳銃を所持していたのを思い出す。カーラを撃った護身用の小さな銃以外にも持っていたとは思わず、意外だった。カーラがダニエル・クレイトンの部下として働いていた間、彼が種類問わず銃に触れているのを見たことがなかった。
表の通りにはマリア・サイフルが殺したならず者たちの死体が放置され転がったままだから、本人と手下のどちらが拾ったにせよ、そこで手に入れたのだろうとカーラは考えた。
「俺が代わりだ」
男が言う。視線はカーラの脚に注がれていた。
馬鹿な男だ、とカーラは思った。銃を取り上げられたままの丸腰で、しかもダニエル・クレイトンの右腕かのように振舞っている。こいつに務まるはずがない。
「代わりでも何でもいいけど、私が知るべき話があるっていうから来てやっているのを忘れるな」
「そうカリカリしてもらっちゃ困る。また俺たちの仲間になろうって言いだすに決まっているんだ。この話を聞いたらな」
「御託はいい。さっさと聞かせて」
カーラは実の姉ミシェルの死について話があると聞かされていた。そのために直接会いに来るよう言われていたのだ。
部屋にぽつんと残っているデスクを背にして、でくの坊は彼女に対しにじり寄るように前に出た。
「ミシェル・クレマンはお前の姉だな。奴は八年前に死んだ」
「そうだ」
「お前の姉を殺したのは、シェイナ・グリーンだ」