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19.発砲、外から

 私が知らないあいだに、片目のグレゴリーは人質の牧師と入れ替わっていた。牧師は服を脱がされてどこかに転がっているのだろう、おそらく縛られて。きっとそれはオリヴィアの発案だ。クレゴリーに牧師の服を着せ、頭に袋を被せて正体を分からなくした。そうすることでタイミングよく私に奇襲をかける計画。銃から弾を抜き、武器となるものを持たない私に対し、グレゴリーは大柄な馬へと姿を変え、襲い掛かった。


 完全に筋骨隆々な馬の姿となったグレゴリーが向かってくる。その奥でオリヴィアがショットガンを手に取るのが見えた。ライフルと違って弾が込められているだろう。

 身をひるがえし、私はグレゴリーのひづめを避けようと飛んだ。背中に痛みが走る。思わずうつ伏せに倒れてしまう。気力をふりしぼり、体を転がして墓石と墓石の間に隠れると、今度はオリヴィアがショットガンを撃つ。もろい墓石が砕け、破片が飛び散る。


 馬の前脚がかすめた背中をかばいつつ、地面に落ちた拳銃の弾を一つだけ拾うことに成功した。しかし弾を込める隙がない。馬が土を踏むリズミカルな音。ショットガンが火を噴く音。オリヴィアとグレゴリーの息の合った連携が、私を追い詰める。


「諦めな!」


 オリヴィアが声を張り上げた。

 次の瞬間、新たな銃声が響き、建物の壁に小さな穴を開けた。その銃弾はオリヴィアのすそをかすめていた。教会の敷地の外から撃たれたものだった。


 オリヴィアがつい射撃手を確かめようとして、私から視線を逸らす。


 隙ができた。一か八か、思い切って飛び出す。誰が撃ったのかなどと考える暇はない。

 私が飛び出した先には未だ片付けられていないマッケンジー家の財産入りの棺桶と、それを掘り起こすためにエミリオに持って来させたスコップが置いてある。当然、目当てはスコップの方だ。


 柄を握り、大きく振り上げる。馬になった片目のグレゴリーのまだ機能している方の目玉を狙い、斜めに角度をつけて思い切りスコップで殴った。


「糞が!」


 大きな馬の口からグレゴリーの声で悪態が漏れ出す。気味が悪い。


 二発目が撃ち込まれた。今度の銃弾はグレゴリーの近くの墓石に直撃した。

 グレゴリーは馬から再び人の姿に戻った。ほぼ全裸の肉体に細かく破れた布切れが所々まとわりついている。彼は私に攻撃された目を片手で押さえ、うめきながら墓石の陰に隠れた。正体不明の狙撃者から身を守るためだ。


 オリヴィアの方は、遠くの狙撃者を探すような仕草をしつつショットガンを持ち、墓地の外に向けて狙うように構えた。ただ遠すぎたのか、彼女は発砲せずすぐに諦めて体の向きを変え、うずくまるグレゴリーの姿を名残惜しげに見ると裏口から教会の建物の中に逃げ込んだ。


 拾ってからそでに隠していた弾を拳銃に込めて、オリヴィアを追って薄暗い屋内に入る。


 狭い部屋だ。ここは礼拝堂の手前の準備室だろう。右手奥に開け放しのドアが見える。足音を立てないようにしつつそのドアへと向かおうとするところでふと勘が働き、私は勢いをつけてドアの手前の床に飛び込んだ。

 すると、「よせ!」という男の叫び声と共にショットガンの大きな銃声が鳴り響いた。


 ショットガンの散弾は私を外した。礼拝堂と準備室を隔てる薄い壁を貫通し、大きな穴が開く。

 伏せた体勢から体をひねって拳銃の狙いをつける。ドアが開いているので丸見えだ。ショットガンを撃ったばかりのオリヴィアが壁の前に立っていた。顔が私の方を向くのと同時に、私は引き金を引いた。オリヴィアは倒れた。


 オリヴィアは壁の前で待ち伏せをしていたのだ。近づいて蹴ると、ショットガンは彼女の手から離れ、板敷きの床にごとりと音を立てて転がった。


 オリヴィアの他に、礼拝堂の中には二人いた。奥の方にエミリオと肌着姿の牧師。先ほどオリヴィアが発砲するときによせと叫んだのはこの牧師だろう。二人が心配そうに寄ってくるのを制止する。まだ終わっていない。

 おそらくエミリオは私の指示で回り込んだ際、一人で縛られ放置されていた牧師を発見したのだろう。見つけるべき馬の正体は片目のグレゴリーで、既にそこにはいなかった。牧師を助け、銃声が聞こえたのでとりあえず屋内に避難した、といったところか。まあそれはいい。


 拳銃のたった一発の弾はオリヴィアの腹をえぐった。まだ息がある。恨めしげに私を見上げている。私はショットガンを拾い、弾がまだ残っているのを確かめ、とどめを刺すために彼女の頭に銃口を向け、撃った。

 牧師が恐怖に声を漏らす。


 礼拝堂の片隅の二人にまだそこにいるよう言っておいて、私は再び準備室を経由して墓地に戻った。

 そこではグレゴリーが先ほどと同じ墓石の裏で座り込んでいた。そして彼の横には銃を構えるミシェル――ではなく、その妹カーラがいた。銃口ははっきりとグレゴリーに向けられている。


「……助けられたな」


 カーラに言う。

 戦いの流れが変わったのは、彼女が墓地の外から銃弾を撃ち込んだからだ。


 グレゴリーが腫れた目をつらそうに触りながら、口を開く。


「シェイナ……オリヴィアを、やったのか」

「ああ」


 歯を食いしばるのが見える。


「三角星の加護ってのはいったい何なんだ。俺たちにただ不可思議な力を与えるだけか? それで何かができると勘違いしたのがこのザマかよ……」


 そうグレゴリーがこぼすと、カーラが口を開いた。


「君らを互いに殺し合わせようとしてるんだって気がするな。ほら、聞いたことない? 三角星は争いの星だ。呪われたんだよ。ざまあみろ」

「何だと? 俺らがティムの奴を殺したのもクソみたいな呪いの手のひらの上だったとでも言いたいのか?」


 納屋でカーラが死人の名を挙げたとき、その中にティムの名前があった。いきさつはともかく仲間同士で殺し合ったということになる。


「お前たちが教会に押し入った理由はなんだ」


 私が尋ねると、グレゴリーは「……殺せ」と呟き、うなだれる。


「一緒に死ぬと約束した」

「頼まれなくとも殺してやる。だから質問に答えろ」


 グレゴリーは素直に吐いた。オリヴィアが死んだことで全て諦めたのだろう。

 彼らはダニエル・クレイトンからあるものを探すよう言われていた。それはポイントヒルの町のそばにある塩田の権利書だった。マッケンジー家が町を放棄するときに持ち出した家財の中にそれがない事は、すでにダニエル・クレイトンが調査していたようだ。


「いくつか探す場所の候補があったが……オリヴィアは墓場だと確信していた。何かが()()()んだろう」

「見えた? 何がだ」

「知らねえよ」


 グレゴリーは不貞腐れている。


 私の中でひとつ、納得することがあった。オリヴィアはものを透かして見ることができたのだ。普通は見えない物体の向こう側を。だから最初、二手に回ったエミリオと私の両方の存在に気づいていたし、変装してヴェールとスカーフで隠した顔も意味がなかった。私の正体は文字通り見え透いていた。壁の向こうでの待ち伏せも説明がつく。


 棺の中をよく確認すると、グレゴリーの言う通り塩田の権利書が札束に紛れて入っていた。しかし、権利書は半分に裂かれていた。残り半分を探してみるも棺の内側からは見つからなかった。


「残りはどこへ行った」

「俺は知らねえな」

「オリヴィアはここだって自信満々だったらしいじゃないか」

「あいつは墓を荒らしたらすぐにボスの所へ戻るつもりだったぜ、どうしてだか知らねえが。先にオリヴィアを殺したお前自身を恨むんだな」

「助かるよ、グレゴリー」


 皮肉が口をついて出る。


「御託はいい。さっさとしろ。もういいだろ」


 彼はしびれを切らしたように言った。


「まだ尋ねたいことがある。クレイトンの野郎はこの町にいるんだな? 奴も何かできるようになったんじゃないのか。さっきお前が馬の姿になってみせたように」

「あいつは言おうとしなかった。仲間にも隠している。俺やオリヴィアはそれに気づいていたがな」


 もうグレゴリーには聞くことはない――拳銃を向けようとして、弾が入っていないと気づく。

 拳銃に目を落とした私を見て、カーラが言った。


「こいつも私の姉さんを見殺しにした?」

「……そうだ」


 肯定すると、グレゴリーは声をあげて笑い出した。

 銃声が鳴る。突き付けていた銃の引き金を、カーラが引いたのだ。


 グレゴリーの体がぐらりと揺れ、墓石に倒れかかる。


「その銃はどうしたんだ」


 厩舎で会ったときには、カーラは銃を持っていなかった。


「保安官事務所から拝借してきた」


 そう答えると、彼女はエミリオを呼びに屋内に戻ろうとする私を引き留めた。彼女の手にはさっきまで背負われていたさやが握られている。鞘にはあの黄金の刀が納められていた。


「ダニエル・クレイトンに会ってきた」


 私が足を止めたのを見て、カーラは続ける。


「姉さんは――ミシェル姉さんは犠牲にしたって。あいつ、私にいずれ話そうと思っていたんだってさ。嘘だってすぐわかるのに。あの人を殺そうとしたけど、私だけじゃ駄目だった。さっきは断ってごめん、協力しよう」


 鞘ごと刀を差し出した。


「カーラ」

「柄に触れて。それで元通りになる」


 言われるがままに手を出し、私が恐る恐る触れると、最初に触ったときのように強い衝撃が刀から体に伝わってきた。

 消えたままになっていた三つの星が、私の目の前に浮かんでいる。三つの光点が輝き、ずっとそこにいたかのように、視界に再び定着した。まばたきを繰り返しても消える様子はない。


「困らなかった? この刀が吸ってしまったみたいで」


 カーラの言うことを咀嚼そしゃくする。そういうことかと思い至り、試しに時間を止めてみると、見事に周囲の動きが止まった。元に戻し、再び止め、また元に戻す。以前よりもスムーズなくらいだ。

 三角星の力を失ったのは、刀の柄に触れたことが原因だったようだ。


「使いようによっては厄介な力を奪い取れるってわけか」

「そうみたい。あんたと別れてから気がついたんだけどね」


 私が殺してしまったミシェルの妹が共に復讐を望むという。わざわざ私に対して三角星の加護の力を元に戻してくれたのだから間違いない。意図を疑う必要などどこにもないのだ。ならば、望み通りカーラと手を結ぼう。


 オリヴィアとグレゴリーの二つの死体を牧師に任せて、私たちは教会を立ち去った。

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