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17.ニコラス・マッケンジーの墓を暴け

 いちど銃声が聞こえても子守唄を上機嫌で歌うのをやめなかったジョーは、二発目、三発目と続けて鳴ったのを聞いて階下の部屋に駆けつけた。

 壊れて開いた窓。手前の床には灰の山と右手首。そしてダニエル・クレイトンが気を失っている。ジョーは何があったのかといぶかしみながら、窓から外をのぞき込む。しかしそこからは痩せ細った木が見えるばかりで、人影はない。


「ジョー」


 足元から声がしたので目をやると、ダニエル・クレイトンが床の上で意識を取り戻して体を起こすところだった。


「カーラが来た。追えるか」

「無理だな」


 あの女の身軽さではもう見つける事はできないだろう、とジョーは考えた。


 以前、刀の捜索が行きづまった頃、ダニエルがしびれを切らして銀山のアジトにカーラを寄越してきた。

 監視小屋の階段の下にいつも陣取っているティムがそうとは知らずカーラに手を出そうとして、そのとき彼は軽くいなされてしまった。ティムを転ばせたついでに階段の脇を猫のようによじ登ってカーラはあっという間に戸を叩いたと、ティム自身の口からジョーは聞いた。

 その後、進捗を問いただし呆れたカーラは一人で刀の捜索に出掛けていった。


 黄金の刀。


 大統領への贈り物と聞いてはいたが、ただの高価な宝物ではなく何かしらの異常な代物であることは今のジョーにも察しがついていた。

 様子のおかしくなったカーラに()()()()から、ティムが金の糞をひり出し、ディックがよく分からない芸当をできるようになったりと、昔クレイトン盗賊団にいた仲間たちに大きな変化が起きていた。ティムとディックは死んでしまったが、ジョー自身も、好きなだけ狙ったところに銃弾が必ず命中するようになっていた。


 謎の変化は目の前のダニエル・クレイトンにも起きているはずだ。ただジョーたちを警戒しているのか、ダニエルは彼個人の変化について誰にも教えようとしない。


「遅いぞ、てめえ」


 ジョーはあとから部屋に入ってきた一人のならず者に文句を言った。町をジョーの代わりに牛耳っていたボビー兄弟の手下はもうこの一人しか残っていない。でくの坊だけが生き残っている。ジョーは心の中で彼をでくの坊と呼んでいた。彼は不満と申し訳なさを両方混ぜ合わせた顔で軽くうつむいた。


 使えない手下のことなど最初から目に入っていないといった風に、ダニエルが口を開く。


「まあいい。カーラは私の右腕だ。カーラに戻ってくるよう私が説得しよう。ジョー、君に言っておく。彼女を見つけても下手に手を出さない方がいい。まるで魔女のようだった」

「なら、俺たちはポイントヒル塩田の権利書を見つけるだけでいいんだな?」

「そうだ。引き続き権利書を探してくれ。マッケンジー家は町を出るときに権利書をどこかに隠していったようだ」

「そうさせてもらう」


 ダニエルとの話を切り上げたジョーは部屋から出て行こうする足を一旦止めて、念を押した。


「約束は生きているな?」

「心配無用だ、ジョー。塩田の権利書さえ手に入ればポイントヒルは思いの通りだ。君を町長だろうが判事だろうが、町のなんでも好きな地位につけてやる。いちいち略奪の必要もなくなる。楽に稼げるぞ。働かせる手下はまた集めればいい」

「そのつもりだ。だが俺は気楽にやれればそれでいい。楽しければな」

「わかっている。州知事選の応援があるから、私はここにあまり長居できない。ポイントヒルの事でばかりこの手を煩わせるわけにもいかないし、政治家連中に死んだものと思われても困るからな。急げよ」


 ジョーはダニエルとでくの坊を置いて、廊下を歩く。銀行の受付に使われた一階から外へ向かう最中、拳銃をこっそり撫でる。百発百中となった今、こうも愛おしく感じるか、と肩をすくめた。




「三か所だけリトル・ボビーが手下にも手を出させなかった場所があるんです。保安官事務所と、マリアさんの娼館と、この教会。持ち切れない財産を隠す場所に、確かにぴったりだと思います」


 エミリオが言った。


 教会の牧師の目を盗んで、厩舎の少年エミリオに土を掘らせている。

 ヘザーは仲間の元に帰らせた。娼館を経営していたマリアが殺されたわけで、女たちで今後のことを話し合う必要があるはずだ。


 死に際、保安官が口にしたニコラス・マッケンジーの名前はすぐに見つけることができた。古い礼拝堂の裏手にある墓地の、薄暗く陽が当たらない片隅に粗末な十字架の墓標が立っている。きっとこれだろうと近づいてみれば、勘の通り墓標にはニコラス・マッケンジーと刻まれていた。


「シェイナさん」


 エミリオがよく日焼けした手を止めて私を呼ぶ。見れば、棺の天板が顔をのぞかせている。特に豪華な塗装や飾りなどもなく、そっけない造りではあるが頑丈な棺だった。

 残っている邪魔な土をさらにどかしてみると、蓋と本体とが錠前の付属した金具で固定されており、開けるには鍵が必要なようだった。ふつう棺に鍵は掛けない。釘を打つ。そういえば、死にゆく保安官から鍵束を受け取っていた。こじ開けてもいいが、せっかくだから合いそうな鍵を探して当てはめていく。すぐに錠前の正しい鍵は見つかった。


 棺の蓋を開けると、中に大量の札束が見えた。そして札束と札束の隙間には指輪や首飾りなどの多種多様な宝飾品が乱雑に詰め込まれている。大人用のサイズの棺に死体は入っていないようだ。保安官の言っていた通りだった。


 教会に来る道中でエミリオに聞いた話によれば、マッケンジー家の三男ニコラスは若く、まだ子供だったという。一家がポイントヒルから出て行く一週間ほど前に、町を荒らしていた連中の駆る馬に蹴られてニコラスは死んだ。なすすべもなく可愛い息子を殺されたマッケンジー家の当主は争う気をなくした。土地を諦め、町を捨てた。


 エミリオの父もその頃にボビー兄弟の不興を買って殺された。保安官が町の住人とならず者との間を一人取り持って苦心し、表面上の安定を勝ち取ったのはそれから少ししてのことだった。


 札束をひとつ取り出してエミリオに投げる。エミリオにとってはこれだけでも大金だろう。彼は受け取ると、顔をほころばせて肌着の裏側に札束をしまった。


「残りはどうするんですか」

「さあね。鍵をかけて埋め戻すってのもいい」

「今は隠しておくしかないみたいですね」

「よくわかっているじゃないか」


 ここの教会をあずかる牧師はマッケンジー家の隠し財産のことを知っているだろうか。見つけたものは再びどこかに隠したほうがいいのかもしれない。必要な隠し場所の事を考えるのを忘れていた。どうすべきか。


 この大金を私は保安官から託された。だがすぐには使い道など思いつかない。山のような金を見るのは八年前の列車強盗以来だった。ミシェルが死んで何もかも嫌気がさしていたから、あのときの私の分け前は将来の展望を持っていたマリアに全部譲った。そのマリアも八年経ち、死んだ。


 保安官にはこの町を頼むとまで言われてしまった。金を受け取ってポイントヒルの町からジョーたちを一掃しろ、という意味なのは明白だ。ミシェルやマリアの敵討ちにもなるからやぶさかではない。しかし、どうやって殺すか考えなくてはならない。

 私が顔と名前を知る残りの三人と他のならず者たちを私ひとりで相手にするには分が悪いように思えた。特に盗賊団で一緒だった三人。彼らが厄介だ。


 電撃ディックはマリアが殺したようだ。恥知らずのティムは――ミシェルそっくりの妹カーラが言うには死んでいる。ジョー、片目のグレゴリー、オリヴィア。彼らに三角星の加護が働いているのなら、私にとって不利だ。なぜか私は力を使えなくなっている。


 三角星の加護。あるいは呪い。マリアが私に紹介した占い師は、この三角星の呪いを解くには誰か昔の仲間をこの手で殺す必要があると言った。的外れ、見当違いもいいところだ。ミシェルは呪いの力で蘇ったのではなかったし、昔の仲間をいまだ誰も殺していないのに私の力は失われた。


 そしてもう一人、かつて盗賊団の首領だった男ダニエル・クレイトンのことが気掛かりだった。死んだ、という話は噂だけの情報だ。列車が襲われたのは本当だろう。

 だがそれは、いつかの私や昨日の銀山跡でのジョーたちと同じように、黄金の刀を持って正気を失ったカーラに斬りつけられたのではないか。だとすれば警戒すべき相手が一人増えることになる。私の敵だ。


 覚悟を決めよう。この町をきれいに掃除する。私の過去も、全てを。

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