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16.切れた糸

 納屋を去ったあと、カーラは単独でマッケンジー家の屋敷に忍び込んだ。黄金の刀を持って、静かに、誰の目にもとまらない。


 二階の窓をこじ開けて中に入ると、足音を吸うカーペットに身を任せ、廊下を静かに進む。ただしカーペットは邸宅を荒らした盗賊たちのブーツによって乾いた泥がこびりついており、汚らしい。

 大階段の降り口を横目に通り過ぎ、壁にはめ込まれた一枚のレリーフをふと眺めた。それが岩塩を丁寧に彫った代物だということはカーラの目にかかればすぐ分かる。金目のものはとっくに持ち去られているが、目立たない場所にあるせいかこのレリーフだけは略奪を免れていた。


 ジョーの気取った歌声がカーラの耳に届いた。上階のどこかの部屋にいるようだ、とカーラは考えた。歌声はそのまま無視して進む。カーラが会おうとしている人物はジョーではない。


 廊下を曲がって奥の部屋は彼女の予想通りマッケンジー家の当主がかつて使用していた執務室だった。閉じているドアの手前で壊れかけの揺り椅子と共に一人のならず者が見張り番をしている。腰に目をやれば、当然のごとく拳銃が顔を覗かせている。


 マリアという女がボビー兄弟の手下をかなり殺したと、屋敷に忍び込む前、カーラは町の住民の会話を盗み聞きして知っていた。カーラは見張りの彼を知らなかったが、きっとボビー兄弟がこき使っていた手下の生き残りだろうと考えた。その彼との間に充分な距離を取り、そして堂々と声を掛けた。


「扉の奥にいるボスにこう伝えてくれるかな? カーラが探し物を持参して戻って来た、とね」


 見張り番はゆっくりと銃を抜き、立ち上がる。カーラに銃を向けて、そしてまたゆっくりと、ドアをわずかに開けた隙間から中の人物に用件を伝えた。


 つい先ほど、正面玄関から二人の人物が出て行くのをカーラは確認していた。味方の側だったならず者たちとこれからは対立することになるかもしれない。同じ建物の中に居合わせる人間が二人も減ったいま、目的の人物と会うにはこれ以上ないタイミングだった。


 通せ、という声がかすかにカーラの耳に届く。


「こっちに来い。会ってくれるとよ」


 銃を向けたまま、見張りの男は言った。彼の視線はカーラの持つ黄金の刀に注がれていた。


 カーラは促されるまま部屋へ入った。背後に銃を握る見張りの男が立ち、彼はドアを閉める。

 警戒されているのを確かめ、彼女は考えた。最初に黄金の刀を握ってからの薄ぼんやりとした記憶。カーラはずっと、三つの星が指し示すままに姉の過去の関係者――ダニエル・クレイトンらの居場所に向かい、近くにいただけの人間もろとも刃で切りつけて回った。ポイントヒルの近くで正気を取り戻して以来、あれは夢だったのではないかとすら思っていたが、催眠状態ではあったものの間違いなく現実の出来事だった。さて、どうしたものか。


 カーラの目の前には、数年来の雇い主ダニエル・クレイトンが立っていた。カーラとダニエルとの間には二人を隔てるように立派な木製のデスクが置かれている。引き出しは全て破壊されていた。他には荒らされた本棚と、部屋の片隅にほこりの被った酒瓶がぽつんとあるくらいだった。

 カーラより先にダニエルが口を開く。


「手間が省けたな。君を探させるところだった」


 紳士然とした優しい声色だったが、彼が振る舞いどおりの人間であるか、カーラはずっと疑っていた。猫を被っていないか。その下には危険な猛獣が隠れてはいないか? それにサンドポート行きの列車でカーラに襲われたことを、彼は忘れているはずがない。


「それを、よく見せてくれないか。やっと見つかったんだね」

「渡す前に、聞かせて」


 カーラは胸の辺りの高さまで黄金の刀を持ち上げた。むき出しの刃物の柄をけっして離さないように握りしめる。


「ミシェル姉さんのこと」


 ダニエルの表情は変わらない。ただ、声にわずかな冷たい色が混ざった。


「誰から聞いた? ジョーか?」

「あんたの元仲間だったってさ。そう、シェイナ・グリーンっていう」

「そうか。あいつらは漏らさなかったか。なら、あの連中が私を裏切ったわけではないという事だな」

「そんなことはどうでもいい!」


 カーラが声を張る。


「どうして姉さんのことを隠したまま、私を使っていたんだ!」


 カーラの後ろに立つならず者が肩を乱暴に掴もうとするのを、ダニエルは黒い革手袋をはめた手を向けて制止した。


「悪かったね。何度か話そうとしたんだが……何と言えば君に上手に説明できるのか、自信がなかったんだよ」

「本当なんだな?」

「ああ、誓って本当だとも」

「あんたらが姉さんを見捨てたのも本当か!」


 ダニエルはカーラに背を向けると、ただ一言、発した。


「そうだ」


 カーラはそれを聞いてすかさず机の上に飛び乗り、刀を振りかぶった。

 銃声が鳴る。ダニエルが懐に隠した小さな護身用の単発銃をカーラに向けて、撃った。


「君の姉には犠牲になってもらった」


 ダニエルは刃の届かない距離をとり、腹を撃たれて机の上で膝をつくカーラの姿をじっと眺める。銃声を聞けば上の階からジョーも来るだろう。逃げられまい。


 だが、うずくまるようにして痛みに耐えていたカーラは目を上げた。ほんの数秒で立ち上がる。

 ダニエルが彼女の背後、ドアのきわに立つ見張り番に目で合図を送る。呼応して彼が拳銃でカーラを撃とうとする直前、カーラは床の片隅に直に置かれた酒瓶に手のひらを向けていた。酒瓶が消え、手のひらに現れる。そして見張り番が引き金を引くのと同時に、カーラによって投げつけられた酒瓶は彼の足元にぶつかって粉々に割れ――漏れた中身が炎上した。


 二人とも悲鳴をあげる間もない。脇腹を撃たれたカーラはすかさず黄金の刀で、拳銃を握る見張り番の腕を切り落とした。あっという間に炎は見張り番の体を焼き尽くし、役割を終えると灰を残して消滅した。拳銃と、物言わぬ切り落とされた手首だけが残された。


 脇腹の銃創はほんの数秒で治った。ダニエルに撃たれた傷はとっくに治り、ふさがっている。

 刀を握っている間は怪我の治りが異様に速くなるとカーラが気づいたのは、ポイントヒルで納屋に身を隠してからだった。町の近くで正気に戻ったとき服のところどころに穴が開き、出血の跡があるのを見つけたカーラは銀山の拠点で起きた事をまだ思い出せず、怪我の一つもない事を不審に感じていた。その後、納屋で直感が働き手の甲を切ってみると、信じられない速さで傷が治癒したのだった。


 カーラは拳銃を拾い上げた。そして、素早くダニエルに銃口を向けようとして振り返る。

 視界の隅に怪しい影を見た。ジョーやその仲間ではないその影は、ダニエル・クレイトンから少し離れた本棚の脇に突然現れた。少なくとも、カーラはそう認識した。肝心のダニエルはなぜか意識を失い、その場でうずくまるように崩れ落ちた。


 カーラの頭の中で警告が響き渡った。自分自身と相手以外の何もかもがこの世から消えてなくなるような感覚。空気が張りつめているのを感じ、彼女は慎重に、確実に狙いを定める。そして、撃った。


 人間のように見えるが人間ではないそれは、少しだけ腕を上げ、そこから勢いよく細長いものが飛び出してくる。

 命中した銃弾はそれに何の影響も与えなかった。不利を悟ったカーラはすぐに駆け出し、意識を失っているダニエルを飛び越えて二階の窓を突き破った。刀だけは手放すまいと、その手に強く握ったまま。

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