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12.マリア開花

 ディックは周りの男たちに合図した。


「残念だ」


 一斉に銃を抜く。だがそれと同時に、いやそれよりも早く、マリア・サイフルは目にもとまらぬスピードでまず一人、喉を切り裂いた。マリアは自分でも驚いた。殺しは久々だ。腕は全く衰えていなかった。


 さらにもう一人、銃弾が当たらないよう盾にしつつ命を奪う。血管から押し出された真っ赤な血が自由を求め噴き出した。どいつも鈍いが、気を抜くと命取りだ。次の獲物を探して舐めるように動くマリアの視界の中で、ディックが彼女の方に向けて片腕を伸ばし、手のひらを開いた。利き手には拳銃を握って、手のひらと銃口を横に並べてマリアの動きと合わせスライドさせる。彼女を狙うように。


 殺しの高揚感と共に、マリアは危険を感じ取った。これからディックが起こす何かがマリアの生命を危機に晒すのだと察知し、他の五人よりも優先して彼を殺すべきだったとマリアは思った。

 一人分の新鮮な死体を盾にした程度ではそれを防ぎきれないだろう。するとマリアはあっさり筋肉質の盾を手放した。そしてディックに向かって思い切り蹴り飛ばす。


 次の瞬間、マリアの脳が戸惑った。さっき蹴り出した死体とディックとの間にマリアはいた。胸にディックの手のひらが触れている。銃口が間近な位置で心臓に向けられている。反射的に腕でディックの銃を払ったが、発射された弾丸はマリアの左肩を貫いた。


 幸い、彼女を狙う他の男たち三人の引き金はそのあいだ微動だにしなかった。ディックが瞬間的にマリアを左手まで引き寄せたのを見て、マリア同様彼らの思考が追い付かなかったのだ。狙うべき獲物は一度消え、次の瞬間には仲間の死体を越えてディックの手中にいた。名もなき男たち全員が引き金を引くべきか混乱し、短時間だが迷い続けた。


 マリアは左肩を撃たれるのと同時にディックの股間を鋭く蹴り上げた。ディックの方はというと、マリアの利き手に握られているナイフの刃先が意外と彼の首に近かった事に怯み、後ろに避けようとした。そして急所を蹴られた事で、そのまま仰向けにバランスを崩した。ディックが後ろ向きに転倒する。彼の拳銃は転んだ衝撃で手を離れた。


 この時、自身の背後が無防備である事をマリアはようやく悟った。ディックがうめく。振り返れば、三つの銃口がマリアを狙っている。終わりだ、と脳裏をよぎった。そして理性よりも理解が先に訪れた。

 三つの星が、マリアにも見えた。


「三角星の加護よ」


 色とりどりの花が咲いた。彼女に向けられた銃口から飛び出したのは弾丸ではなく、花だ。銃口に咲き誇る花は火薬の代わりにその場で炸裂した。血の色が混ざる。


 驚き、叫ぶ三人は銃を取り落とした。手が傷ついている。


 自分がした事をマリアは目撃した。三角星の呪いはシェイナやディックだけでなく、マリアにも力を与えていた。


 ナイフはまだマリアの手中にあった。ためらっている暇はない。立て続けに発生した予想外の事象を呑み込めずにいる男たちへと向かっていく。

 逃がすものか、とマリアは思った。町に残った仲間やシェイナのためにも、ジョーの手先はもはや一人でも残しておくわけにはいかない。


 しかし、一人の心臓を突いたところで体に自由が利かない事をマリアは悟った。ディックによる左肩の負傷が肉体の力を削いでいた。気合で残る二人の片方を倒せても、そこで限界が来る。ディックも一時的に動けなくなっているだけだ。少し経てば立ち上がってくるに違いなかった。


 男たちの間を素早くすり抜けて、酒場の隣の廃屋に滑り込む。ここもジョーの一味が荒らした家だ。住人は戻らなかった。そのまま放置され、荒れ放題だった家にマリアは逃げ込んだ。


 急いで止血をした。

 何か使えるものはないかと視線を動かす。息を整えながら、五人とディックをたった一人で相手するのは無謀だったとマリアは少し反省した。


 物陰に身を潜めて敵が入ってくるのを待つ。丁度よく落ちていたガラス片を使って、マリアは入り口の方をうかがった。汚れを拭き取れば、ドアが外れた入り口にディックが姿を見せていた。だが彼は入って来ない。他の二人に指図して廃屋の中に入らせた。


 マリアは勢いよく立ち上がった。そして床に転がっていた空き瓶を二人に向かって投げつける。彼らは避けた。空き瓶の割れる音。直後に投げられたナイフは片方の男の目に突き刺さった。すかさずマリアは無事な方の男に飛び掛かる。下顎に頭突きを食らわせ、持っていたガラス片で喉を裂く。


 二人にとどめを刺して、マリアはナイフを死体から引き抜いた。視線はディックに向けている。入り口に立つシルエットは、銃口をマリアに向けるかどうか迷っているようだった。そして彼は逃げだす。


「待ちやがれ!」


 気合で大声を出した。外に飛び出してディックを後ろから追う。

 左肩の傷口が悲鳴を上げる。引き離される前に仕留めなければ――狙いを定め、ナイフを掲げる。


 ディックが振り向いた。手を広げる。左手だ。

 マリアの手からナイフが消えた。投げる前に、ディックの左手にナイフが現れた。彼は勝利を確信し、笑みを浮かべた。現れたナイフを落とすまいと力強く握る。表情が変わる。

 ナイフが落ちる。ディックの左手は血まみれになった。


 ディックが愚かにも刃ごとナイフを握り、手のひらを深く切ったのを見て、マリアは頭に血が上るのを感じた。こんなどうしようもない人間によってあの孤独な老婆は殺されたのか。


 詰め寄る。ディックは左手を抑え、腰を抜かした。拳銃を抜いて引き金を引くが、マリアが念じ、真っ赤な花が咲く。両手が赤く染まる。マリアは馬乗りになった。首に触れる。


「誰も助けちゃくれないよ」

「待て――」


 見下ろしながら、両方の手に強く力を込めた。マリアは、叫び声を上げる事さえ認める気はなかった。




 ひと仕事済ませたマリア・サイフルは酒場をのぞいた。ディックの言っていた通り目当ての人物はいなかった。客や主人らにウォード大佐がどこにいるか尋ねても満足のいく答えは返って来ず、左肩の怪我の事もあり、一旦、彼女は娼館に戻る事にした。自分自身での手当てには限界があった。


 ポイントヒルの中心にある十字路を通り掛かったとき、その一角にある邸宅のバルコニーから視線を感じ、マリアは足を止めた。邸宅は一帯の地主マッケンジーのもので、今は誰も住んでいない。

 マッケンジー一家はジョーたちならず者が町を荒らし始めた頃に真っ先に逃げ出した。それから彼らは戻っていない。時折、一族が逃げる際に持ち出しきれなかった大金がどこかに隠されているという噂を確かめに邸宅へ入り込む者があったが、保安官が巡回するようになってからは侵入も途絶えた。


 さてはウォード大佐か、と考えたマリアはバルコニーの人物を見上げようとした。大怪我のせいで目が眩む。よく見えなかった。

 風に乗って、ほんのかすかに香水の香りがした。この辺りでは誰も使わないような、高級な代物だった。


「おい! マリア・サイフル」


 彼女の背後から声を掛けて驚かせたのは若い保安官だった。酒場の近くで騒ぎがあった事を聞きつけて、ようやく駆けつけたのだった。


「来るのが遅いよ」

「悪いなマリア。どうなった」

「皆殺しにした。私を捕まえるかい」

「いや、せっかく生き延びたんだろう。もし後でけちをつけられる事があったら俺がお前にバッジをやった事にしておいてやる。俺自身が証人だ。さっきヴィクトリアからお前の死亡は誤診だったと聞いた。だが生き返ってさっそくそんな怪我をされては俺が困る。もう無茶はするな。後片付けは俺に任せろ」


 保安官がマリアから目を離し、新鮮な死体が点々と倒れている方へ向かおうと数歩足を進めた。その時、

 マリアは喉に何かが引っ掛かるのを感じた。地面が足から遠ざかる。真上に向かって強い力で引き上げられ、喉に掛かった縄、彼女自身の体重が首を絞めた。ナイフに手が届かない。力が入らない。

 届いた。しかしもう腕が上がらない。


 軋む音を聞き、保安官が振り向く。上の方、そこには高いバルコニーに結びつけられた縄が見え、まるで絞首刑のようにマリアを吊り下げていた。ナイフが彼女の手から、落ちた。

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