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10.再生する脅威

 亡霊が去り、私は一人になった。銀山の跡地はジョーの手下たちで賑わっていたというのに、ごく短い時間で私以外死に絶えてしまった。


 近くで倒れていて邪魔なディックを足でどかし、マリアに触れた。まだ温もりは残っているが脈はなかった。もう動くことはないだろう。斬られたはずの顔の周囲に傷はなく、トッドの時と同じだった。

 あっけない。昔の仲間はこれで全滅だ。呪いを解くために私が手を下すまでもなかった。


 少しのあいだ立ち尽くし、最早この場に用がないのだと思い至る。ただ、私を助け出そうとしてくれたマリアの遺体を他の連中と一緒に置いていく気にはなれず、ポイントヒルまで連れていくことにした。彼女のことだ。付き合いのある町の誰かしらがきちんと葬式をあげてやりたいと思うだろうから、そいつに後を任せて私はポイントヒルを去ろう。




 町に着いた。

 道中、気づいた事があった。私が三角星やミシェルに想いをせていると、視界から消えていた三つの星がまた見えるようになる。さらに強く念じると、それが大きく光りだし、再び私以外の動きが遅くなるのだ。

 馬の歩みはほとんど止まったようになるし、空を飛ぶ鷹は前に進まなくなる。だからといって落下するわけでもなく、その場に浮かぶ。この間、私は普通に動くことができるのだ。そして、周りが元に戻るのを私が欲すると、その通りになる。また、元通りに動き出す。


 これも三つ子星の呪いなのか。私の意思で自由自在にこんな事ができる呪いとは? よく分からなかった。ただ気味が悪い。


 娼館へ向かう。

 ――町の住民の視線が集まるが、私に対してではない。すっかり冷たくなったマリアは馬から落下しないようにくくりつけてある。


 もうすぐ暗くなる頃合いだ。通りを進んでいくと、保安官が飛び出してきた。


「何があった。また町に戻ってくるとは思わなかったぞ」


 彼もまた、死んだマリアを見て険しい表情をしていた。


「銀山の跡地に行ってきた。ジョーの一味は壊滅したよ。喜びな」

「壊滅だと? あの人数が? 冗談はよせ」

「今から行って確かめたらいい」


 あそこで起きた事をこの保安官に説明したところで信じるはずがない。


「いいだろう。役に立たない助手を確認に向かわせる……だが、奴らの仲間はまだこの町に残っているぞ。ジョーはボビー兄弟を通してそいつらを動かし、ポイントヒルを牛耳っていたからな。貴様はリトル・ボビーも殺しただろう。ただのならず者だが厄介な連中だ。この町にいればいずれお前は殺される。これから俺も残った連中を片付ける努力くらいはするが……」

「町を出た方がいいと言いたいんだろ」


 保安官の話をさえぎる。


「もとよりそのつもりだ。マリアの遺体を娼館の奴らに引き渡したらすぐにでも、立ち去るよ」

「そうか。では、それまで付き添おう」


 マリアの経営する、いや、していた娼館の場所はきちんと覚えていた。保安官事務所からそう離れていない。何しろ今日訪れたばかりだ。だが、ミシェルの亡霊について警告しに会いに行った当日に、まさにそれが原因となってマリアが死んでしまうとは思ってもみなかった。昔ミシェルを見殺しにしたジョーたちが死んでいくのをこの目で見られたのは有難かったが、後味はあまり良くない。


 保安官が戸を叩くと、中から用心棒の男が顔をのぞかせた。


「お前たちの主人は死んだ。遺体はこの女が運んできてくれたよ」

「マリアが死んだだと?」


 彼は馬に乗せられた遺体に目をやった。私は馬からいったん下りた。疑うような目で私を見るので、保安官が助け舟を出す。


「殺したのは別の奴だ。そうだろ?」

「ああ、そうだ」

「あいつらか」


 用心棒の彼はジョーの一味が殺ったと考えたようだ。本当の事を説明しても到底信じられないだろうから、それで良かった。

 用心棒が中にいる女たちを呼びに行った。


「昔のマリア・サイフルがどういう女だったかを俺は知らん。だが、あのならず者連中と以前関係があった事くらいは察しがつく。お前もな」

「仲間だった。昔の話だ」

「今違うのなら、それで構わん」


 入り口に近寄ってきた客が「今夜はもう店じまいだ」と保安官に言われて追い返された頃、女たちが玄関口にぞろぞろと出てきた。マリアと彼女たちの関係が良好だったのは、それぞれの表情や仕草を見ても明らかだ。


 中に遺体を運び入れた。

 後ろの方で小さな子を抱いている女が目に留まる。彼女は動かないマリアの姿を見てその場に立ち尽くし、青ざめていた。

 マリアと出発する際に玄関ホールで顔を合わせた気の強そうな女が、私に声を掛けた。


「なあ、あんた。シェイナ・グリーンだろ。マリアから話は聞いてるよ。少しだけどね」

「あいつが?」

「友達だったって」


 そうか。私はまた、貴重な友人を失ったのだ。


「彼女をここに返してくれて、ありがとう」


 そう言って、彼女は牧師を呼びに外へ出て行った。


 立ち去ろうとした私に用心棒の男が声をかける。


「もう行くのか」

「これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないさ」


 長居は無用だ。私がでしゃばるよりも、後のことは彼女たちに任せればいい。だからすぐに町を出て行こう。


「気の毒だな」


 再び馬にまたがった私を見上げ、保安官が言った。


「あいつは面倒見が良かったんだ」

「ああ、知ってる」


 盗賊団にいた頃、私と違って彼女はよく新入りに目を配っていた。粘り強く人と接し諦めない。ポイントヒルの町に居着いてから今まで、それは変わらなかったようだ。


 私と保安官は黙々と道を進み、町の外まで来た。

 別れ際に行くあてはあるのかと尋ねられたので、こう答えた。


「ない。どこか遠くの町で仕事を探すよ」


 日は落ち、道は暗くなっていた。しばらく進んで振り返ると、彼が途中で保安官事務所から持ち出したランタンの光が小さく揺れていた。


 ――礼を言うのを忘れていた。引き返すほどの事ではないが……町の中で一味の残党に襲われずに済んだのは保安官がいたからだ。明らかに私を見る目が他の住民と違う奴が何人か、ぽつりぽつりと通りにいた。

 ポイントヒルの外まで夜道を追ってくるだろうか? ……もしそうなったとしても、返り討ちにしてやる。




 男が目を覚ます。車窓の外を見ると、止まっている。秘書が近くで倒れていた。脈がなく、秘書が死んでいると知った彼は豪華な客車を出た。彼は目覚めるのと同時に、列車全体が不気味な静けさに支配されている事に気づいていた。

 慎重に、通路を進んでゆく。懐中時計を確認すると、今は午前十一時を回ったところだ。乗客は全員動かなくなっていた。不気味さを覚えるのは、昔から見慣れた流血の痕跡が一切そこに見当たらなかったからだ。


 車内を一通り見て回ったあと、特注の紳士風の服を着た男は自身専用の客車に戻った。車掌も機関士も含めて、列車の中で生きているのはどうやら彼だけらしかった。そして、何かが盗まれたような跡は残されていなかった。()()が再び彼の前に現れたのは復讐のためか。真実を知る誰かが口を滑らせたか? ただ、彼女の様子は尋常でなかった。


 高級ワインをボトルの口から直接胃に流し込む。

 助けを待つべきか、否か……この線路は支線に過ぎず、ただでさえ列車の本数は少ない。列車が目的地に到着しないのを単なる遅れと見なされれば、助けが来るのはかなりの時間が経ってからになるだろう。

 線路をそれて南にずっと行った先にポイントヒルという町があるのを男は知っていた。汽車の線路を通す事業に出資したことのある彼は、周辺の土地の事情を把握している。もしただの事業家に過ぎないのであれば、助けを待って客車の中でじっとしているべきだ。そして彼はただの事業家ではなかった。


 ダニエル・クレイトンは線路上で止まった列車を降りて、強い日差しのなか南に向かった。

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