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第5話 音楽魔法

『この初級ダンジョン【ベル塔】は段差が少ない平面で構成されており、車椅子の移動も容易です』


 美歌はほっと胸をなでおろした。天井も床も壁も赤茶色の煉瓦を重ね合わせたような単純な構造だが、フラットな地面は車椅子の邪魔にはならなそうだったからだ。


「確かに今まで考えたことなかったけど、ここのダンジョンって平坦な道が続いていた気がする」


「そうなんですか?」


 振り返ると、瑠那は白地に赤と青が散りばめられた柄物のヘアバンドを装着すると、肩に背負っていた明るいピンクのストライプの杖を手にした。


(カワイイ!)


 もしかしてこの瑠那の姿を見れるのはここだけじゃないか、などとうっとり見つめていると、瑠那はにっこりと微笑んだ。


「どうかな?」


「かわいいです! とっても! それもここで買えるんですか?」


「この杖だけは、ここで作ったの! 【杖製造】スキルを買ってね!売ってたのは、どれもいかにも魔法使い!っていう感じの地味な杖だったから。これだとステッキみたいでちょっとカッコいいでしょ?」


 瑠那はダンスを踊るみたいに杖をくるくると振り回した。


(な、生ダンスだ~!!)


 とはさすがに言葉に出せなかった美歌は、「カッコいいです!」と手を叩いた。もしかして、自分もオリジナル楽器を作ることができるんだろうか。


「あっ、そうそう。まだ、誰も踏破してないから、最上階がどうなっているのかはわからないんだ。初級ダンジョンって言うくらいだから、このままずっと変わらない道なりだと思うんだけどね~」


 と、そのときだった。前方の曲がり角から、何かが疾走してくる音が聞こえる。


「さっそく、モンスターね!」


 杖を手にした瑠那の後ろで、美歌は恐る恐るお試しで入手したギターを奏で始めた。その指の運びを聞いて、ナビが自動的にミュージックアプリを起動する。


『音楽魔法火属性初級スキル、【アレグロ】。楽譜を表示しますか?』


「お願いします!」


『了解しました』


 瞬時にエレクトフォンの画面に楽譜が表示された。


 バードが主に使う音楽魔法スキルは、瑠那などが使う一般的な魔法に必要な詠唱の代わりに、楽譜を用いてそれを演奏することで現象を引き起こす仕組みになっている。美歌は、初回のお試しということで一番効果がわかりやすそうな火の魔法「アレグロ」を選んだ。


 美歌がギターの演奏を始めると同時に、瑠那が杖を振りおろす。


「トンドロ(落雷)!」


 瑠那がそう叫ぶと雷が落ち、煉瓦が剥がれ飛んでいく。瑠那は、美歌の音楽魔法が発動するまで時間を稼ぐために前へと躍り出た。


 視線の先、曲がり角から出てきたのは額に二本の特徴的な鋭い角を持つ四足動物。


「バイコーン!!」


 それがどんな姿をしているのか、美歌は瑠那の背が視界の大半を覆っていてよく見えなかった。


 だが、それよりも紡ぐ音の羅列に心を奪われる。


 音楽は浦高のおかげで毎日聴くことができていたが、オーディエンスではなくプレイヤーになったのは随分と久しぶりのことだったからだ。


 獣の咆哮にも、雷の轟ですら意に返さず、ただひたすら音を追いかけていく。美歌の目はすでに閉ざされ、楽譜を見ていなかった。指に挟んだピックが同音を順々に高速で弾き、熱情的なメロディを築き上げていく。


 葦毛の馬に似た容貌のバイコーンは、怒りに満ちたその赤い目を瑠那に見据え、さらにスピードをあげて突進してくる。


「トンドロ! トンドロ! トンドロ!」


 連続で雷を落とすものの、そのスピードの方が勝り、すんでのところでかわされてしまう。バイコーンの怒りの形相が間近に迫ってくる。だが、瑠那はふっと笑みをこぼした。


「美歌ちゃん、思った通り、すごい音だよ!!」


 瑠那の声にはっと目を開けたときには、バイコーンが飛び掛かってきていた。同時に美歌のギターの音が止まる。演奏が終わり、魔法が発動した。


 その瞬間。瑠那の目の前に、自身の身長ほどの大きな火の玉が出現した。荒れ狂う波のように蠢くその焔の塊は、バイコーンを網に掛けたように包み込み、苦渋の声を上げさせる間もなく呑み込んでいった。


 炎が消えたとき、今襲ってきたはずの獣の姿は、それこそ影も形もなかった。


 間があった。4分休符が4回ほど続く長い沈黙の後、瑠那は杖を放り投げて大歓声を上げた。


「やったぁーーーー!!!!」


 ポカンと口を開けたままの美歌の手を強引に引っ張るともみくちゃに動かし、最後に美歌の頭の上で手を止める。


「え、あの、え?」


「ハイタッチ!」


 パンッ、と小気味いい音が余計な構造物のない塔内に響き渡っていく。美歌は、その余韻にすら耳を傾けるほど、離れた手の感覚を味わっていた。


「あ、ほら、金貨と、お、珍しい! 角を落としていったよ!」


 美歌は、瑠那に言われて車椅子を前に進めると、今しがた火が起こった場所に大量の金貨と長い角が落ちていた。


「これをね、エレクトフォン──略してエレフォンで写真を撮ると、戦利品として保存されるの。はい、撮ってみて」


 後ろに回った瑠那が耳元でささやくように言う。


 美歌は恥ずかしさを隠したまま、言われた通りに写真を撮った。エレクトフォンの画面に戦利品という装飾された文字が表示され、金貨5000枚とバイコーンの角が画像とともに現れた。エレクトフォンの先にあったはずのそれらはどこかへ消えたかのようになくなっている。


(というか金貨ってなにに使うんだろう?)


その疑問には無機質なナビが答えてくれた。


『スラッグからも説明があったと思いますが、金貨はスキルや装備の購入に使います。また、現実世界のお金とも交換することも可能です』


 思わずギターをその手から落としそうになって美歌は両手でつかんだ。


「え!? お金と交換!?」


「今の敵は強敵だったからね。まあ、それでも普通に冒険してるだけで結構なお金が貯まるよ!」


(大量のお金がもらえて、魔法が使えて、モンスターも出てきて、なにより瑠那さんと一緒に冒険ができて──やっぱり絶対に夢、だよね。こんな夢みたいなこと現実で起きるわけないし))


「あっ!」


 知らず知らずのうちに美歌は、自分が諦めていた夢を一つ叶えていることに気がついた。それは──。


(私、演奏できた……しかも瑠那さんの前で)


 ──脚もろくに動かすことができず、弱虫で、引っ込み思案で、迷惑かけたらどうしようと思ってたけど、何も気にすることなく演奏することができた。


 そのことに気がついたとき、美歌の目から、涙が零れ落ちた。いつの間にか前に移動していた瑠那が、それを人差し指で拭ってくれる。


「楽しかったね、美歌ちゃん!」


「はい……とっても……」


 至近距離でくしゃくしゃな顔を見られて火が吹きそうなくらい顔が熱かった。それでも溢れ出てくる涙は止まらず、しばらくの間二人はその体勢のままでいた。


『間もなくあと一分で時間です』


 ナビの声が二人を慌てさせた。


「あっ、そうだった! 今日は時間短いんだったね! えっと、はい、これ、急ぐからとりあえず私のリアルの番号!」


「え!? いえ、もらえないですよ! だって……」


「いいから! そこで連絡取り合おう! 私、もっと美歌ちゃんのこと知りたいし!」


 押し付けられた紙を両手でしぶしぶ受け取ると、美歌は遠慮がちに手を振った。瑠那が、最高の笑顔で手を振ってくれていた。


 また景色が歪んでいく。見慣れた美歌の部屋が現れ始めた。


「あっ! そうそう! 美歌ちゃんの演奏! とっても心に響いたよ! ファンになりそう!! じゃあ、またね~!!!」


 弓で射抜かれたような衝撃を心に受けたまま、美歌は小さな住み慣れた空間に戻っていた。


 開いたその手には、くしゃくしゃになってしまったが、確かにサインとかで見覚えのある瑠那の字で電話番号が書かれていた。


「えっ……夢、じゃなかったってこと?」

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