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07 神は六日で世界を作った。ダクトテープがなければ六十日かかっていた。

【衣】

 衣服

 タオル

 洗剤


【食】

 水

 米・パスタ

 缶詰

 調味料


【住】

 トイレセット


【神】

 ダクトテープ(絶対)。




「ダクトテープって、いるぅ……?」


 衣食住、と分けて必要なものをリストアップしていく中。


 協議も経ず、神、なんて言葉の下に打ち込む景虎に、エリスは怪訝な顔をした。


 景虎は黙って腰のポーチを示す。黒い革製のそれはかなり使い込んでいるらしく、あちこち銀色のテープで補修してある。幾重にもそれが重なり、いかにも歴戦のポーチ、という感じがする。これがガムテープだったら貧乏くささの方が先に立つだろうに、銀色のダクトテープというだけでどこか、プロ愛用の品、なんて雰囲気が出るのが不思議だ。


「オマエは今までやってきたポストアポカリプス、ゾンビゲームで何を学んだんだ。ダクトテープは神だ。なんでもできる。信じて使えば、人生の意味がわかる」


 本気半分冗談半分で言う景虎に、エリスは軽くため息をついた。


「ゾンビゲームからなにかを学んでたらヤバい人でしょ、かなり」

「太りたいならシリアルを食え、って学んだぜ俺は」

「あ、真理かも」

「さて、こんなとこか? 一週間分を目安に、健康維持を優先して……あ」


 と景虎は顔を上げ、気まずそうにエリスを見た。エリスはしばらく彼の顔とリストを見比べていたけれど、やがて彼の視線の意味に気付き、少し笑った。


「生理は先週終わっ……あ、え……どうなんだろ……? ……うん、書いといて」

「わ……わか、った」

「……気まずそうにされるとこっちも気まずくなるからやめて欲しいんですけど」

「しょ……しょうがねえだろ、俺は、その……おっさんのセクハラをしたくないんだ」

「アンタねえ、トイレの話題は躊躇無いくせに生理はためらうわけ?」

「なったことねえからわかんねえんだよ!」

「私、そこまで重い方じゃないから、そんなに気をつかわないでいいよ別に……軽めの風邪ひいてるぐらいの扱いで」

「……努力する」

「あはは、なにその顔、なんでアンタが赤くなるの?」

「だ、だから、ちゃんとしようと、してるんだよ」

「あははははっ、意外~、アンタこういうので赤くなるんだ?」

「うるっ、うるせえな、なっ、だからっ」

「あ、アンタたぶん、おっぱいとかブラジャーとか、言うと顔赤くなるぐらい恥ずかしいから言いたくない方でしょ?」

「ああそれはあるな」

「いきなり真顔になられると困るんですけど……」

「いや、小学四……三年ぐらいでさ、そろそろみんなモテを意識しだしてる時にまだ、女子のパイパイ、ブラブラブラジャーとか言ってるアホいなかった? 俺はそれを見て、ああはなるまい、と子ども心に誓ったんだ」


 からかい続けよう、と思ったけれど、まさしくそんな人物に心当たりがあって、思わず懐かしい気分になってしまうエリス。


「ああ~……小林~……」

「ウチのは山田だったな……」

「……ねえ、みんないなくなってるって、小林たちもいないのかな?」

「そりゃあ……わかんねえよ、まだ。ひょっとしたら……」

「ひょっとしたら?」

「小林と山田がどっかでモニター越しに俺たちの様子にかぶりついてるかもしれねえ」

「あはははっ、やっぱりデスゲームなのこれ?」

「さてな。わかんねえから、とりあえずは、生きるために必要なことをやるしかねえ。ひとまずはこのリストを完成させないと」

「あ、話題が逸れてほっとしてるでしょ、ねえねえちょっと言ってみてよおっぱいって、ねーねー、おっぱいってさー」

「言わねえよ!」


 結局、なんだかんだとからかわれながらもリストは完成した。食料品からダクトテープまでを網羅したリストの物資を回収するのに、どこに行けばいいのか、と考えた結果……近所の大型スーパーに赴くことにした。ホテルのロビー、その窓からも、巨大なロゴ看板が見える大型チェーン。


 景虎は必要になりそうなものを詰め込んだリュックにポーチをつけ、エリスは手ぶら。懐中電灯を手にした二人は、四階か五階立てらしいそのスーパーが近づくにつれ、こんな状況ではあり得ない高揚感に包まれた。




 壁面の広告、看板を見ると、地下と一階がスーパー、二階は服屋と雑貨屋と百均、三階は中古屋、四階は映画館で、五階は改装中。リストに上げた物資はすべて揃いそうだし……それ以上のものも、きっと、ある気がする。それに……中古屋には大いに期待したい……と思って首を振る。そんなことをやってる場合じゃない……でも……。




「…………全品百%(ひゃくぱー)オフか……」




 エリスが呟き、景虎は笑う。




「さっきまで金を払うか払わないかで悩んでたってのに、現金だなオイ」

「しょうがないじゃん、こんなのもう、そういうこと気にしてたらしょうがないよ、あは、ご飯食べたらなんか、吹っ切れちゃった。赤信号なのかなんなのかもわかんないし」


 赤も青も黄も、揃って暗くなっている道路を渡りながら、エリスは楽しくなって、くるくる、両手を拡げて回る。


「ほらほら! 美少女にしか許されない種類のはしゃぎ方!」


 だぶだぶの黒いワンピースが、睡蓮の花びらじみて拡がり綺麗な円を形作る。たっぷりとしたプリーツのサーキュラースカートは、やはり、こんな時に見てもエリスの心を躍らせる。


「……やれやれ」


 少しその光景に見惚れながらも、景虎は皮肉っぽく言った。


「あははは、そのやれやれってのも、イケメンにしか許されない……いや! でもいいのか!? 私たち今、美少女にイケメン……!?」

「おい正気に戻れ! 俺たちはそこまでじゃないぞ!」

「マジで!?」

「マジで!」

「じゃあブスとブサイク!?」

「そこまででもない!」


 言いながらも二人はげらげら笑い、踊るような浮かれた足取りでスーパーに向かった。だが、ふと景虎の足が止まる。


「……どしたの?」


 と、エリスもそれにつられて足を止める。もうスーパーは目と鼻の先、建物手前の駐輪スペースと、そこにうち捨てられている少しさびた自転車が見えている。その向こうには、建物奥に闇を満たした、スーパーマーケット。




 そして、声がした。




 獣の、うなり声。




「っっ……!?」


 我に返った二人は互いに寄り添い、懐中電灯を刀のように持ち、何かに備えた。




「Grrrrr…………」




 のそり。

 ゆらり。

 たす、たすり。

 駐輪スペースの柱の陰から、三頭の犬が姿を現した。




※今日から使える防災知識※


非常持ち出し袋には「気分のアガるなにか」を一つは入れておきましょう。トランプ、ウノ、TCG、本……娯楽用品でなくとも、ダクトテープやドライバーセット、これがあれば安心だゼ、とアナタが思えるモノを。避難をしているような時は、自分の気分が平常ではなくなっている、という想定が肝心です。

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